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一人称視点版@あたしのせいじゃなーい  作者: わかいんだー
序章~出会いから旅立ちまで~
1/52

最初の出会い

「あたしのせいじゃなーい」をベルタの視点で書きなおしただけの作品です。シナリオは変えていません。

 小説の作法とやらを知らずに「あたしのせいじゃなーい」を書いてしまったので、練習をかねて一人称で書きなおすことにしました。

 地の文には、なにをどの程度どうやって書けばよいのかが感覚的によくわかっておらず、あいもかわらずに試行錯誤をしています。

 いい天気だわ。親父の荷馬車に揺られながら見るお花畑は、この世界のすばらしさを実感させてくれる。

 町での生活にも憧れはあるわ。でもこうしていると、やっぱり村の農家に生まれてよかったと思えるのよ。だってお花畑を見たときに感じる喜びが格別なんですもの。

 格別なわけはおそらく、広大なお花畑を維持することがどれだけ大変かを知っているからだわ。栽培の苦労が身にしみているからこそ、きっと感慨深いのよね。

 幼いころはお花畑で遊ぶのが好きだったなぁ。でも15歳にもなるとさすがにね。なによりもお花が可哀想よ。自然を構成する一員として大切にしなくちゃ。

 そうそう、お花も大切とはいえ忘れちゃいけないわ。この世界をつくってくださった竜神様や、今も支えてくださっている四大元素精霊様方に深く感謝しなくちゃね。


――荷馬車が急停車した。


 お~っとっと、突然こんなところに荷馬車を止めた? どうかしたのかしら。

 竜神様へ感謝を(ささ)げている最中なのに間が悪いわね。


「うわー! こどもが死んでいる!」


 なにを言っているのよ、このバカ親父は。またなにかを見間違えたのかしら。

 一応は降りてみにいきますかね。どっこいしょと。


「うわー! 死体が起きた!」


 やれやれ。すぐに混乱するんだから困っちゃうわ。お花畑で寝る人なんて珍しくもないわよ。

 あ~あ~、尻餅をついたまま後ずさるからズボンがドロだらけだわ。誰が洗濯すると思っているのよ。

 というか、いつまで(おび)えているのよ。これは気付けが必要かな。


「最初から生きていたんでしょ、バカ親父!」


 とりあえずは一発殴って落ち着かせて、と。

 気絶はしていないわよね。ちょっと首の角度が気になるかしら…… まぁこれくらいはいつものことかな。


 あら、子どもがいたのは本当なのね。

 こんな片田舎の街道沿いに子どもがひとりで寝ていたの? たしかに妙だわ。これは話しかけてみるべきかな。


「あんた見ない顔よね。こんなところに、ひとりでなにをしているの?」

「うん、それだ」

「え?」

「俺もそれを知りたかったんだ」


 なにを言っているのよ、この子は。あたしをおちょくっているの?

 でもそういう状況じゃないわよね。明らかに困っているであろう立場なのよ。おちょくる動機があるとは思えないわ。聞きなおすべきかしら。


「バカを言っていないで。……まさか本当にバカじゃないわよね?」

「う~ん。なにも思いだせないから、そうかもな」


 げ。まさか記憶喪失というやつかしら? ショックを与えれば治るという話だったわよね? でもいきなり殴りかかったら犯罪だわ。

 どうすればいいのよ。こういうときは親父に…… あ、さっき殴りたおしたままだったわ。

 あ、起きてきたおきてきた。こっちを(にら)まないでよ。

 親父の気が動転していたから落ち着かせてあげただけなのに。過ぎさった遠い昔のことよりも、今はこの子をどうにかしてあげてよね。


「なにがあったかはしらんが、とりあえずはうちに来い。こんなところに子どもひとりを放っては行けん」

「行くいく、なんか食わせてくれ」


 軽いわね、この子は。記憶を失くしたら不安になるわよ、普通は。

 さすがに泣きだす年じゃないとは思うわ。でも悩むそぶりを少しくらいは見せなさいよ。なんの悩みもなさそうにニタニタと笑っているなんておかしすぎるわ。

 もしかしたら記憶喪失のフリをしているのかしら? ……とはいっても確認のしようがないのよね。

 鎌をかけることも兼ねて聞いてみるかな。


「……あんた本当になにも思いだせないの? 悲壮感とか緊迫感みたいなのが全然感じられないのよ」

「ひそーかん? むずかしい言葉は思いだせないぽい」


 思いだせない? 最初から知らないんじゃないの? 知っていたって根拠がどこにあるのよ。

 いかにも忘れただけって態度は問いつめたいわ。でも、そんな状況でもないわよね。

 この子…… おっと、まだ名前も聞いていなかったわ。


「うらやましいくらいにおめでたい子ね。あたしはベルタよ。自分の名前は思いだせる?」

「おぉ。名前は覚えているな。アルフだ。たぶん俺の名だ。よろしくな」

「たぶんなの!」


 自分の名前すら明確にならないことが不安じゃないの? たぶんで済ませていい話じゃないと思うわよ。かなり能天気な感じがするわ。


 親父は準備できたみたいね。あたしたちも荷馬車に乗らないと。

 ん? 荷馬車の乗り方すらわからないの? ならつまみ上げるわね。よいしょと。

 ……体重も軽いわね。いや軽すぎるわよ。骨と皮しかないみたいだわ。

 記憶がないうえに肉もないって、まさに中身が空っぽみたいよ。これはいろいろとわけありそうだわ。


 まずは村まで連れていくしかないわね。道中はなにを話しかければいいのかしら。

 名前を覚えていたのはよかったわ。でも、そこからなにかを連想して記憶を取りもどす様子はないのよね。なにか、記憶を取りもどす切っ掛けが欲しいわ。

 切っ掛けねぇ…… いやいや、殴っちゃダメよ。でも記憶喪失に効果がありそうな切っ掛けなんて、ほかに知らないわよ。

 様子をみて考えるべきよね。今の様子は…… なにかを凝視しているのかしら。空? 特に変わったものは見えないわね。雲が浮いているだけに見えるわ。

 妄想癖? いや、もしかしたら幻覚が見えているのかしら? 脳に異常が発生して記憶喪失になっているわけだし。変なものが見えていないか心配になるわね。

 ん~推測だけをしていても、(らち)が明かないかな。


「なにを見ているの?」

「あの雲…… あれを見ていると思いだすんだ」


 お。案ずるより産むがやすしってやつね。勝手に思いだしてくれそうだわ。


「え、なにかを思いだしたの?」

「うん、あれは大根の形だ」


 やっぱり、おちょくっているの?

 あんたのことを真剣に考えてあげていたのがバカらしくなっちゃったわよ。

 自分の立場がわかっているの? どう見てもまだ子どもなのに記憶がないのよ。


「あんたねぇ、まじめに思いださないと。今後どうやって生きていくのよ」

「ベルタんちで飯を食う」


 くっ。拳がうずく。

 でもここは我慢。初対面の不幸な子に拳で語りかけるわけにはいかないわよね。

 でも忍耐には限度があるわ。次も同じ感じなら覚悟してもらうわよ。


「その後よ!」

「旅に出る」

「え?」


 聞き間違いじゃないわよね。旅に出る?

 いや、そりゃ旅に出るのは自由よ。でもこの子がひとりで? 記憶もないのに? いやいや無理でしょあんた。

 あたしだって旅はしてみたいわ。でも、ひとりでなんて怖くて到底無理なのよ。

 たしかに今は戦争もなくなった平和な世界よ。それでも賊はいるし獣だっているし、自然の脅威だってあるのよ。


「あんた自分の年はわかる? あたしと同じくらいに見えるし、精々15歳ってところよね。ひとりで旅なんて、できるわけがないよ」

「さっきベルタたちに起こされるまでは夢を見ていたんだ。旅でいろいろ見ればいろいろ思いだす夢だった」


 なるほど。動機は理解できるわね。

 旅でいろいろなものを見れば記憶を取りもどす切っ掛けになりえるわ。

 それに記憶をもとに夢が生まれるわけよね。なら夢で思いだしたことって結構重要といえるわ。そうよこれよ。これこそ記憶を取りもどす切っ掛けになるかもしれないわ。


「夢でなにかを思いだしたの?」

「おぉ! 思いだした! 起きたときに忘れたけれどもな」


 あああああ、拳で語りたい。言葉じゃ会話がなりたちそうにないわ。

 思いだしたと気を持たせておいて、忘れたってなによそれ。先に言いなさいよ。

 そりゃ夢なら忘れることもあるわよ。でもそれは、なにも思いだせていないということよね。なら旅なんていっそう無理よ。

 ……少なくとも食事後にすぐ旅立ちなんてバカな真似だけはさせちゃダメね。それとなく説得しなくちゃ。


「旅かぁ。あたしも行ってみたいとは思っていたのよね。でも強盗やら獣やらで危険もいっぱいなのよ。本気なら、まずは村で働きながら体を鍛えてみたら?」

「本気本気」


 全然本気を感じられないわよ!

 あんたはおそらく、本気の意味もわかっていないわよね。

 あぁ疲れる。今日ほどに疲れた日の覚えはないわ。

 でもまぁ、旅に出る前に鍛える気にはなったのかしら。時間が経てば熱も冷めるわよね。とりあえずはよしとするわ。もう村が見えてきたしね。


――村に到着した。


 アルフはどこから来たのかしら。おそらくは町からよね。大半の人は町に住んでいるもの。でもそうだとしたら村での生活にはなじめるかしら。まぁなじめなかったとしても、それが記憶の手がかりにはなるかもね。

 この村の規模は普通だと思うわ。でも町での生活に慣れていたなら不便に感じるわよね。村にあるのは農家とその施設だらけでお店なんてほとんどないのよ。それに村人はみんな、家族も同然の付きあいなのよね。赤の他人だらけの町とくらべると違和感が大きいはずよ。

 でも馬小屋では平然と(うれ)しそうにしていたわね。町の人なら臭いとか汚いとか言って、たいていはすぐに逃げだすのに。それに初対面の村人にもなれなれしかったわね。むしろこっちが赤面しそうなくらいに。

 そういう感覚をしているってことは、村から来た可能性のほうが高いのかしら。知識を失っても感覚的な記憶は残るのかな。


 とりあえず村へのアレルギーはないと思っていいわよね。なら当面はここに住んでも問題がないはずだわ。あとは生活をどうするかよね……

 親父はうちに来いって言っていたわね。敷地も家屋も十分に広いから泊めるところはいくらでもあるわ。居候が何人か増えたところで、どうってことはないのよね。むしろ猫の手も借りたいくらいに忙しいから大歓迎だわ。

 あぁ、そういうことね。やるわね親父、下心がみえたわよ。農作業以外にもやることは(たま)っているのよね。さっきの様子なら馬小屋の掃除も平気でやってもらえそうだし助かるわ。納屋や倉庫も整理しなくちゃいけないし、(あたしが壊した)家屋の修理や――


 あ。やっと親父が村役場から戻ってきたわ。アルフの身元調査依頼は問題なく済んだみたいね。なになに。調査結果が出るまではうちで下働きってことになったのね。想定どおりだわ。

 なら少しは拳で語ってもいいわよね。って、どうして親父が(おび)えているのよ。親父を殴るなんて言ってはいないわよ。あたしはアルフを……

 いや別に殴りたいわけじゃないわよ。

 そうそう、身元調査よね。普通は外見とか身につけているもので調べるわ。でも、村役場の人もアルフには困っていたみたいなのよね。


「あんたって特徴がなさすぎよね。どこにでも売っていそうな服だし、どこにでもいそうな外見だし。まるで正体を隠そうとしているみたいよ」

「隠すといいことあるのか」


 この状況下で、よくも他人事みたいに言えるわよね。

 まぁ記憶を奪って服を着せかえた何者かがいるとしたら、隠そうとしているのは他人といえるのかな。

 それでも被害者として当事者意識を見せなさいよ。


「こっちが聞きたいわよ」

「俺が隠そうとしたわけじゃないと思うぞ」


 ん? なにを根拠に? なにかを思いだしたってこと? 

 でも今までの流れから考えればそれはないかな。

 でもでも万一ってこともあるわよね……


「……期待はしていないわ。でも一応聞くわね。なにかを思いだしたの?」

「思いだしたわけじゃない。ただ、隠すなんて面倒なことを俺が考えるわけがない!」

「ハァ。それもそうね」


 まったく同感だわ。これだけ能天気じゃ記憶喪失もきっと本当ね。記憶喪失のフリなんて面倒なことをやろうとする性格には思えないわ。

 食べものには妙に執着してくるのよね。でも記憶喪失の自覚があるクセに悩む様子は皆無だし。旅に出ると言ったときにも危険性を考えていなかったみたいだし。

 目先のことばかりに気を取られているのよ。過去も未来も全然考えていないみたいなのよね。

 そんなやつが記憶喪失のフリをしてなにかを企むなんて無理に決まっているわ。


 となると今後の仕事の分担を決めておかないと。

 とはいえ記憶がないんじゃ仕事もいちから教えるしかないわよねぇ。

 なら簡単な作業から覚えてもらおっかな。


「まずは覚えないと始まらないから、あたしの手伝いからね」

「まかせとけ」


 よしよし。やる気はありそうね。

 えーと…… まずは荷馬車の荷を下ろさなきゃいけないわ。


「これを納屋まで運ぶわよ」


 おっと、アルフはひ弱そうだったわね。あたしの真似をして怪我をされても困るわ。手間をかけてでも、ここはひとつずつ運ばないとね。

 ほいっと。懐かしい感じだわ。幼いころは、これひとつでも結構重かったのよね。今じゃ荷馬車ごと持ちあげられ――


「ベルタ待て。俺に持てる荷がない」

「え? なにか宗教とか、しきたりでも思いだしたの?」


 荷ならいっぱい積んであるわ。

 あるのに持てないってことは、持っちゃいけない理由があるってことよね。

 つまりはその理由を思いだしたってことかしら。


「いや、どれも重すぎて持ちあがらねー」

「男のクセになんの冗談……」


 え、なによこの細い腕。

 たしかにさっき、つまみ上げたときは軽かったわ。でも、まさかここまでとは。

 今までにスプーンよりも重いものは持ったことがないとでもいうの?

 脚も胴もほっそいわね。

 全身の筋肉をまったく使わずに生きてきたとでもいうの? 情けないにもほどがあるわよ。


「あんたの正体にどんどん興味が湧いてくるわ。力仕事もできないとか、どこぞの王子様ですかね!」

「王子って、こんな服を着ているのか」


 皮肉くらい通じなさいよ。

 王子みたいな雰囲気は微塵(みじん)もないわ。それに王子なら鍛えてはいなくても脂肪はついているわよ。

 いや王族なら謀略とかで虐げられてきた可能性があるわね。

 でもアルフには、それらしい傷跡もなにもないのよね。


「そんなわけがないわよね。本当になんなのよあんたは。じゃぁ帳簿の整理を先にやってもらうわ」

「それは無理だな。字が読めん!」


 ……なにもできないのに、どうしていばって言えるの?

 もしかして、これってサンドバッグとしてあたしに贈られてきたの?

 もう我慢しなくてもいいのよね?

 きっと今までにあたしが身体を鍛えてきたのは、ここでアルフをボッコボコにするためだったのよね?


「…………」

「いやマジだって。字も忘れているのかな?」


 落ち着けあたし。

 そうよ、簡単な言葉すら忘れているのよ。文字だって忘れていてもおかしくはないわ。

 アルフは記憶喪失なのよ。あたしが力になってあげなきゃ。


「もういいわ、掃除とか洗濯のほうを手伝ってあげて」

「おう行ってくるぜ」


 それにしても今まではどうやって生きてきたのよ。

 話せるってことは言葉を学んではいるわよね。普通に生活をしていたってことよね。

 それなのに知識はともかく体力もないってどういうことよ。

 あの年まで胎教で育ってから生まれたとでもいうの?


 あぁ、そっか。おっきな赤ちゃんみたいなものなのね。

 そう考えれば可愛いと思えるかしら?


 なら教育が必要よね。

 旅に出るという話は残っているわ。なら出るまでに知識と体力を少しはどうにかしてあげなきゃね。

 こう愛のムチをビシビシと(たた)きこんででも。

 ん? いやこれは馬用のムチだからさすがに使えないって。いつのまに握ったのかしら。

 そもそも愛のムチとはいってもねぇ。アルフの身体じゃ軽い衝撃にも耐えられないわよ。いちから鍛えるには時間がかかるし、むしろ鍛える過程で必要になるわよね。どうすればいいのかしら……


 そうよ、プロテクターを用意してあげればいいのよ。旅に出てからも護身で使えるようにつくれば一石二鳥だしね。

 怪我だけはさせないようにしておかなきゃ。思いきり殴っても大丈夫なように緩衝材は贅沢(ぜいたく)に使って。でも痛みを感じないと意味がないからチクチクとするこれを内側に入れて。さらに逃げようとしたときに備えて――


――アルフを迎えてから冬を越した。


 ようやく雪解けね。

 春が来たのは(うれ)しいわ。でもアルフのおつむの春には困りものなのよね。

 アルフが来て、もう半年ほどになるわ。でも身元はわからないまま。記憶のほうもさっぱりなのよね。

 このまま村に定住することになりそうだわ。


 冬場はあまり外に出られなかったわね。でもそれがアルフの教育にはちょうどよかったわ。農作業に費やすはずだった時間を注ぎこめたからね。

 ある程度の知識は本を読んで教えたし、字も覚えさせたわ。

 家事手伝いとトレーニングで筋力もつけさせたしね。まぁ人並みとまではいかなかったわ。しかたがないわよね、まだ半年だもの。


 そろそろ仕事の手伝いもできるかしら。これからは農作業で忙しくなる時期なのよね。

 ふっふっふ。しごきがいがありそうだわ。


「アルフ朝よ~って、なにしてんのあんた」


 いつも起こすまでは寝ているのに、もう起きているなんてね。雪が降りなおさないかしら。

 それにしても朝っぱらから散らかしすぎよね。釣竿(つりざお)に網に……

 あぁ春だから遊ぶ気で満々なのね。

 もうそんな暇はないのよ。覚えることはこれからが本番なのよ。


「おぉ、今日旅に出るから準備していたんだ」

「え? 旅? 今日? 突然? たしかに出会ったときには言っていたわね。でも、もう忘れたと思っていたわ」


 というか、あたしが忘れていたわ。

 まさかアルフが、夢で見たというだけの切っ掛けを覚えていたなんて。

 もうここでの生活に慣れたと思っていたわよ。


「おぉ、それは俺も忘れていたぜ。今日出ることにしたのは、さっき呼ばれたからだ」

「呼ばれたって誰によ」


 記憶が戻っていないのに、一体誰についていくっていうのよ。

 旅に誘う知り合いなんていたとしても覚えていないわよね。

 まさか人さらいじゃないわよね。

 ひとりじゃ危険だとは言ったわよ。でも、ひとりじゃなくても連れ次第ではもっと危険なのよ。


「あっち」


 あっち? って誰もいないわよ。

 というか空を指しているわ。

 つっこみ待ちってやつかしら。いやアルフの場合は地よね。

 散々教えたことを、また忘れているのね。


「あんたねぇ、この半年の記憶まで失くしてはいないわよね。相手にわかるように説明しないと、説明の意味がないと教えたわよね」


 どうしてそこで首を傾げるのよ? 考えこんでいるってこと?

 あんたを呼んだ人が何者なのかを説明するだけなのよ。なにがむずかしいのよ。


「教えてもらった知識じゃどう説明すればいいのかわからん。ただ夢を見たときと同じで行かなきゃいけない気がする」


 どうしてそんなに真剣そうな顔をするの?

 どうして根拠もなしに行かなきゃいけないなんて思えるの?

 ……いや記憶がないから根拠を求めるほうが無理なのね。ここに残るべきだという根拠もないのよね。

 そっか、真剣になるほどに強いなにかを感じとったってことなのね。

 なら止めることはできないのかもしれない。でも、さすがに急すぎるわ。


「今日行かないとダメなの?」

「うん。なんか急げってベルタみたいに怒っているかも」

「どうして怒っていたらあたしなのよ!」


 あ。困惑した顔。

 今あたしは怒っているのね。

 あたしって、そんなにいつも怒っていたのかしら。

 言いたいことがあるなら言えばいいのに、そんな顔で見ないでよ。

 まぁたしかに怒った相手とは話しづらいわね。

 とはいえ、あたしは無意識に怒っちゃっているみたいだわ。

 ……ここは親父の出番かしら。


「とりあえずは親父に相談してみるわ。あんたも朝食は食べるわよね」


 こいつは旅の間の食事とかを考えているのかしら。なにも考えていないとしか思えない言動なのよね。賊に襲われる前に野垂れ死にするわよ。うん間違いないわ。


――親父に相談してみた。


 むずかしい話で子どもを言いくるめようなんて大人の悪いクセよね。

 止める権利がないってなによ。権利がどうのじゃなくて、止めるべきよっていう話なのに。話をしていても(らち)が明かないわ。

 でも親父もむずかしい顔をしていたわね。止めたいと思ってはいるみたいだったわ。本当に止めようがないのかしら。

 ならあたしがどうにかしてアルフを説きふせないとね。

 アルフはどこに…… って(うれ)しそうに食事をしているわ。心配することが本当にバカらしくなるわね。


「アルフ、食事とか襲われたときの対処はしっかりと考えてあるの? あんたが半年稼いだ程度じゃ路銀もすぐに尽きるわよ」


 お。今のは効いたのかしら。食事の手が止まったわ。


「そうか! 村の外では助けてもらえないのか」


 やっぱりわかっていないー!

 前にも言ったのにー!

 でもこれなら、今回も押せば引きとめられるのかな。


「当たり前でしょ!」

「……正直どうすればいいかわかんない。でもわかんないからこそ勉強になるかもしれないかな」


 あら。諦めないのね。

 でも認識が甘すぎるわよ。もっと強く言ってわからせなきゃ。


「勉強になる前に死んじゃうわよ!」

「村にいても死ぬときは死ぬんじゃね」


 それはそうよ! でもね、……あ~もう、どう説明すればいいのよ。


「へりくつばっかり!」


 おっと。また怒っちゃっているわね。

 やっぱり、どうにかして親父から説得してもらわないとダメだわ。

 それにしても参ったわね。最初に旅を言いだしたときは、危険性を警告しただけで引きさがったのに。

 今回は危険を承知したうえでも行かなくちゃいけない気持ちなのね。

 応援したい気もするわ。でも、せめて旅が成功しそうな準備をしてもらわないと気が気じゃないのよね。


――再び親父の説得に向った。


「どうして無理矢理にでもアルフを止めないのよ。死んじゃうわよ」

「俺だって止めたいさ。でも俺はあいつの親じゃねぇ。止める権利ってやつがないんだよ」


 またそれ。でもごまかされないわよ。

 権利がなければ助けなくてもいいなんて考えは認めないわ。


「見殺しにするっていうの?」

「誰かを同行させてやりたいとは思うが人の少ない村だし。そもそも旅をしたいってガキが出るたびにわがままを聞けるわけはないだろ」


 そ、それよー!


 その手があるわ。どうして今まで気がつかなかったのよ。

 ひとりが危険なら、ひとりで行かせなければいいのよ。

 久々に血潮が燃えたぎるわ。


「親父! たまにはいいことを言うわね」

「なにを言っているんだお前は」

「あたしがアルフについていくわ」

「あほう! 子ども一人が二人になったところで死体がひとつ増えるだけだ!」


 あら。親父の怒鳴り声なんていつ以来かしら。本気で怒っているのね。

 まぁ言いたいことは理解できるわ。あたしだって不安はいっぱいなのよ。どうせ行くならしっかりと計画を立てて、装備とかも念入りに準備をしてから行きたいわ。

 でもだからって、アルフを放っておくこともできないわよね。

 困っている人がいたら助けてやれって、親父がいつもあたしに教えてきたのよ。

 だからあたしはみんなを助けるために強くなろうとしてきたのよ。ここはどうしても引きさがれないわ。


「あたしは村で一番強いよ? ほかの大人よりもマシだわ」

「お前の強さは筋力だけだろうが。戦ったこともないクセに話にならん」


 あらあら、その言い訳は苦しいわよ。

 旅人がみんな武術の達人というわけじゃあるまいし。逃げる方法はあるのよ。だから戦う必要なんてないのよね。

 大人の言い訳もこの程度なの? でも万一のトラブルを考えてはおくべきかな。


「うん、戦うなんてできないと思うよ。でもアルフを放ってはおけないわ。それに、あたしも旅をしてみたいとは思っていたのよ。行くなら今しかないわ」


 そうよ。アルフは切っ掛けにすぎないわ。

 あたしがずっと前から、旅をしてみたかったのよ。

 成人するまで待ったとしても、ひとりきりの旅じゃきっと心細いわ。旅に出る機会はこれが最初で最後かもしれないのよ。


「俺はお前の親だ。お前に対しては保護する権利と義務がある。縛りつけてでも行かせるわけにはいかない」


――親父がロープを持って迫ってきた。


 正気なの? 村で最強のあたしに正面から向ってくるとは鼻で笑っちゃうわね。

 権利? 義務? そんなものであたしを縛れると思っているの?

 いいわよ、その度胸に免じて、あたしの鍛えぬいた身体を見せてあげるわ。

 こう、全身に力をみなぎらせて…… ちょ、袖が破れちゃったわよ。まぁこの程度でいいわ。


「あ、いや、縛るというのは言葉のあやで……」


 あら? (おび)えちゃったのかしら。

 でもいまさら言い訳は聞けないわ。おしおきが必要よねぇ。うふふふふ。このムチでビシビシと……

 いや、これはロープだったわ。そもそもムチで打つ前に縛るのがお約束だったわよね。


「親なら…… かよわい娘を縛りつける権利もあるのかしら?」


 あたしの縛りテクニックを見せてあげなきゃね。

 重くて大きい荷物を、荷馬車いっぱいに山積みしても、ばらけさせない高等テクニックなのよ。大人ひとりを拘束することなんて楽勝だわ。だてに幼いころから、率先して力仕事を手伝ってきたんじゃないからね。親としてその身体でた~っぷりと味わって頂戴。

 こう、亀甲に見えるように縛るのがコツなのよ。

 ん? 随分とおとなしくしているわね。抵抗するというよりも、喜んでいるように見えるわ。娘の成長ぶりに感激しているのかしら。

 なら期待に応えてきつめに、こうキュッっとね。……この食いこみかたはちょっときつ過ぎたかしら。まぁ大丈夫よね。


「親父ごめんね。あたしも無茶だとわかってはいるわ。でも、行かないとずっと後悔すると思うのよ」


 可愛い一人娘のあたしを旅に出すだけでも心配よね。まして、どこの馬の骨ともわからないアルフとふたりきりでなんて。承服できるわけがないことはわかるわ。

 でも心配しないで。アルフが相手なら眠っていても勝てる自信があるわ。


「あぁ、もうわかったわかった。娘も抑えられないんじゃ親失格だ。旅用具なら倉庫にあるやつを全部持っていけ」


 よし、親父の許可ももらえたわ。これで官憲に捕まって連れもどされる心配はなくなったわね。

 旅用具を使わせてもらえるのも助かるわ。あたしの貯金も大したことはないしね。


「うん、ありがと親父。さっさとあいつの記憶を戻して帰ってくるよ」


 さぁて、早速準備をしてアルフを驚かせてあげなきゃ。善は急げよね。


「おい、ちょっと待て。許可しているんだからロープは解いていけよ」

「え? あぁ、娘を止められなかった理由が欲しいわよね? だからそのままにしておくわ」

「いや、娘に縛られたから止められなかった、なんて恥ずかしい言い訳はしたくないから。おい、ちょっと待てって!」


 娘を見殺しにしたなんてレッテルを貼られたら可哀想だしね。ここは心を鬼にして縛ったまま行くわね。大丈夫よ、すぐに近所の人が気づいて解いてくれるわ。

 決してあたしを縛ろうとした罰ってわけじゃないのよ。うふふふふ。


 倉庫の旅用具はこれで全部かしら。どっこいしょ。

 結構かさばるわ。でも全部持っていくしかないわよね。なにがどれだけ要るかなんて見当がつかないもの。


 あら? アルフがいないわ。まとめていた荷物もないわね。

 うっそぉ、黙っていっちゃったの? 挨拶もせずに? そんな……

 ん~ん、大丈夫。行く方向は聞いてあるわ。アルフの足になら楽勝で追いつけるはずよ。


 全力疾走は久しぶりね。

 あら、走っていると道が派手に削れていくわ。荷物が重いせいかしら。でも、あたしのせいじゃないわよね。

 そうよ、道は走るためにあるのよ。走るだけで削れるほうが悪いんだわ。

 あ。アルフをはっけーん。


「追いついた! あたしもついていく!」


 あら? 妙な反応ね。喜んでくれると思っていたのに、ぼーっとした顔をして。

 あたしの言っていることがわかっていないのかしら?

 これは気付けが必要――


「旅に出る前にお前の親に殺されるっちゅうの」


 お。やっとしゃべったわ。

 でもそこにぬかりはないのよね。


「それは大丈夫。縛りつけてきたから追ってはこれないわよ」

「全然大丈夫じゃねぇよ。俺よりも非常識とかありえねぇ」


 心配しなくても、あんたより非常識な人なんていないわよ。


「大丈夫だいじょうぶ、しっかりと許可をもらってあるのよ」

「だったら縛りつけなくてもいいじゃん」


 アルフのクセに食いさがってくるとは生意気ね。

 でも縛りつけたことにはしっかりと深いわけがあるのよ。


「親父の立場を考えた娘心ってのがあるのよ」

「あのな、旅って気楽に言うけれども死と隣り合わせなんだぜ? 気楽に同行するもんじゃねぇよ」


 ……なによそれ。さっきの会話を覚えていないの? 能天気はともかくとしても物覚えは悪くなかったはずよね。


「それ、先にあたしが言ったわよね? 村にいても死ぬときは死ぬわ」


 あはは。困っているわね。

 ほ~れ、なにか言ってみなさいよ。ほれほれ。


「でも外のほうが危険なのはたしかだぜ」

「わかっているわ。だから今までは諦めていたの。でもあたしもずっと、世界を見てまわりたいと思ってはいたのよ。ちょうどいい機会だわ」


 あんたのせいにする気はないから安心しなさい。あたしが行きたいのよ。

 って言っているのに、随分と悩んでいるみたいね。まだなにか問題があるっていうの?

 まさか、あたしが同行することが不満だとでもいうの?

 そういえばすぐに怒るって言っていたわね。言わないだけで嫌われていたのかしら。もしそうなら……


「俺としては許可を出せる立場にはない。勝手についてきても止められないだけだ」

「はいはい」


 そんなことを悩んでいたのね。変な心配をさせないでよ。

 権利だの許可だの、みんな細かいことを気にしすぎだわ。当たり前のことをするときに、そんなものは必要ないと思うわよ。


 さぁ、いよいよ旅の始まりだわ。

 お話に出てきた世界を、目の当たりにすることができるのね。

 もしかしたら四大元素精霊様にもお目通りできたり……

 まぁ、さすがにそれはないわよね。でもまさに期待に夢膨らむ気持ちだわ。



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