6話 ホビットの英雄神クッカ
神殿へ入っていくと、中は静まり返って、暗闇で足元も見えない。
その中をナナは平然と歩いていく。
「おーい……クッカよ。おるのだろう? 我じゃ……創造神じゃ……返事をせい」
「あれ? 創造神様だ。 こんな所であうとは思わなかったよ。創造神様がいなくなってから、神界が崩壊しちゃってさ。だから、おいらはここに戻ってきたんだよ」
急にカナトの背後から気配があふれ出し、振り返るとカナトの腰ほどまでしか背丈がない少年のような幼い
子供が立っていた。
「ナナ? この子は誰なんだ?」
「うむ……これはクッカじゃ。ホビット族の英雄にして神じゃ。我よりも数倍強いぞ」
「ナナは戦うセンス0だろう」
「0と言うな。我は戦いに不向きなだけじゃ」
クッカはカナトの前に回り込んで下からカナトをしげしげと観察している。
その目はいたずらっ子のように輝いている。
「おいらクッカ。ホビット族の英雄。お前は誰だ? 神界でも見たことないぞ?」
「この者は我の守護神じゃ。しかし半神半人でのう。まだ召喚したばかりなので、カルデナ世界のことを知らん。クッカよ……お前を頼りにしたいのじゃが……」
「おいらで良ければお供しますよ……だって、おいらは創造神様が大好きだからさ。それよりも創造神様? ナナって誰のこと?」
「ナナとは我のことじゃ。名前がないからナナシ……略してナナじゃ」
クッカは嬉しそうにナナの周りを走りはじめる。
ナナと会えて、とても楽しそうだ。
嬉しさがカナトにまで伝わってくる。
「おいらもナナ様と呼んでいい?」
「ナナと呼び捨てでもかまわんぞ」
「ナナ……創造神様と友達になったみたいで、おいらは嬉しいぞ」
クッカはナナの両手をつかんで、両手を大きく振って喜んでいる。
ナナも嬉しそうに微笑んで、いつもよりも安心した笑顔になっている。
やはり神界の知り合いに会えたことがナナには嬉しいようだ。
「クッカよ……カナトに魔力と魔法について教えてやってほしい。それと剣術も頼みたい」
「なんだー……まったくのド素人なのか……わかった。おいらに任せてよ」
カナトは右手を差し出して、クッカに会釈する。
ナナの手を離すと、クッカはカナトの右手を両手で握って、笑いかけてくる。
本当にクッカはよく笑う。微笑みの似合うホビット族だ。
「よろしく頼む。俺の名はカナトという」
「おいらクッカ。カナトよろしく」
「クッカは英雄じゃ。クッカに任せればカナトも強くなる」
ナナは得意満面に胸を張って、腕を腰に当てて微笑んでいる。
剣術も魔法もしたことがない。力強い味方ができた。
これで何回も死にかけることもないとカナトは内心で安堵する。
「それじゃあ、明日の朝にここに来てね。おいら待ってるから。明日から草原で魔獣を狩って練習をするよ」
「うむ、明日から頼んだのじゃ」
明日も草原に出て、魔獣達を相手にするのかと思うと気が重くなる。
しかし、草原で魔獣達を倒さないと宿代が払えない。
このカルデナ世界に慣れるためには、魔獣を倒すしかない。
クッカは神殿の外まで来てくれて、両手を振ってくれる。
ナナと2人で大通りを通って、『水熊の宿』へ向かう。
『水熊の宿』は1階が食堂になっていて、2階と3階が宿屋になっていた。
宿への入り口を開けると小さなカウンターがあり、そこにはツインテールの小さな少女が座っていた。
年の頃は10歳前後ぐらいだろう。ツインテールが良く似合う元気そうな少女だ。
「いらっしゃいませー。お二人様ですか? お部屋は1つ? 2つ?」
「部屋は2つ頼みたい。これから少しの間、世話になるよ。俺はカナト。連れはナナと言う」
「ありがとうございます。1日1部屋、銀貨3枚でーす。2部屋なので銀貨6枚になりまーす」
カナトは腰の革のホルダーから銀貨6枚を出してカウンターに置く。
「夕食はすぐに準備しますね。1階の食堂で食べてください。湯浴みはどうされますか?」
湯浴み……ここの宿にはシャワーも風呂もないのか?
それともコーデリア大陸にはシャワーや風呂の文化はないのか?
昨日は草原で野宿もした。今日は1日中、魔獣と戦って埃まみれだ。
「湯浴みを2人分お願いする」
「はーい。湯浴みは1人銅貨5枚になります。2人分だと銀貨1枚でーす」
銀貨を渡すとツインテールの少女はカウンターから飛び出して、先頭に立ってカナトとナナの2人を3階の一番奥の部屋まで案内してくれた。カナトとナナは隣部屋だ。
「私はルーネと言いまーす。いつでも、ご用の時は呼んでくださいね。夕食の後に湯浴みの桶と樽をもってきーす」
カナトとナナは別々の部屋に入り、カナトは久しぶりに1人になったことに気づく。
ベッドのわき机の上に手鏡が置いてある。
手鏡で自分の顔を映すと35歳の自分の顔ではなく、15歳の頃の自分の顔が映っている。
「やはり若返っていたのか……この世界に来てから、驚かされることばかりだ」
武具と防具を取り外してから、ベッドにゴロンと横になって天井を眺める。
天井にはランタンのような明かりが灯っているが、炎は出ていない。
石のような物から光があふれ出している。
よく見ると魔石に似ている。
「これは魔石か? 魔石にはこういう使い道があったのか。だから交換所で硬貨と交換できるんだな」
天井の明かりを見ながら1人で納得する。
この世界では、魔石が色々な場所で使われていそうだ。
魔法……魔石、今までカナトがいた世界ではなかったモノだ。
異世界に来たことに実感がわく。
部屋の扉が開き、ナナが部屋の中へ飛び込んできた。
「1人は嫌なのじゃ」
「そういえば夕食の時間だな。1階へ降りて夕食を食べよう。別に腹が空いた感じはしないけどな」
「我に食事はいらぬ。しかし、人族の食事には興味があるのじゃ。早く行こう」
ナナに手を持たれて、部屋を出て1階へ向かう。
ナナは人間の食事にとても興味があるようで、ニコニコと微笑んでカナトの手を引っ張っていく。