4話 草原を抜けて
《やっと、自覚してくれましたか。私とカナト様とは特別な関係なのです》
まるで胸を張って威張っているように魔素の声が聞こえる。
しかし、ナナには魔素の声は聞こえていないようだ。
魔素が協力してくれたから、ナナを守ることができた。
カナトは素直に魔素に心の中で感謝した。
《感謝されるのは、まだ早いのです。倒したゴブリン達の胸を開いて魔石を取ってください。このまま放置すると、夜にはグールになってしまいます……魔石は村や町でも貨幣と交換できますから、お早く処理してください》
「ええ……死体を切り開くのか……今まで動物も殺したこともないんだぞ」
《グズグズ言わずにさっさとやる》
カナトは剣を手に取って、ゆっくりとゴブリンの死体に近づく。
ゴブリンの胸を剣で斬りひらいて、その傷口から手を入れる。
胸の中央にある紫色に輝く小さな魔石を取り出した。
手がゴブリンの青い血でヌルヌルとして気持ちが悪い。
「オエ~……オエ~」
《魔獣は食料にもなります。その時は死体を肉へ解体します。これぐらいの血で吐いていては解体はできません。食料が手に入りません。早く慣れてください》
「うるせーよ……俺のいた世界では肉はスーパーで切り売りされていたんだ。肉の解体なんてしたことねーよ」
カナトは初めてスーパーの肉売り場のありがたさを知った。
元の平和な世界が懐かしい。
魔獣の肉を解体して食べるなんて思ってもみなかった。
ゴブリンから魔石を取り除いて、腰にぶら下げている革ホルダーの中へ魔石を放り込む。
この草原はゴブリン達が出現した。
魔素の言う通り、ここは危険だ。
早く草原を抜けて、村や街に避難したほうがいいだろう。
「おい、魔素……村か、街はどの方向だ? この草原より村や街のほうが安全だろう」
《そうですね。村は東へ向かって歩いていくと6時間ほどで着くでしょう》
「……6時間もかかるのか! この世界には車はないのか? せめて自転車でも欲しい?」
《それは何でしょうか? 私では理解できません》
どうも車も自転車もなさそうだ。
6時間もかけて歩いていくのかと思うと、今から足取りも重くなる。
しかし、このまま草原にいても魔獣達に襲われるだけだ。
「ナナ……ここから東へ向かった所に人間の村があるそうだ……ゆっくりと歩いて行こう」
「おお……そういうこともわかるのか。魔素というのは便利な存在じゃな」
そう言って、ナナはカナトと手を繋いでにっこりと微笑む。
なんとも無邪気な笑顔だ。とても愛らしい。
ナナとの歩いていくなら、6時間の距離も遠くないとカナトは思った。
◇
そういう時もありました。
草原の中を6時間も歩いている間にゴブリン達に襲われること12回。
カナトが怪我をすること8回。
歩いてみると、6時間の距離が8時間にも10時間にも感じた。
やっと村が見えた時には、太陽が西へ傾いて夕陽になっている。
カナトとナナは朝から何も食べていない。
不思議とこの時間になっても腹が空かない。
ナナに空腹について聞いてみると、神は食べなくても生きていける存在だという。
神は楽しみとして食事をするのであって、必ず必要ではないらしい。
半神のカナトも影響を受けて、空腹を感じないのだろうという意見をいただいた。
「村に入ったら、料理を食べよう。この世界の料理に興味がある」
「我も人族の料理には興味があるぞ……楽しみじゃな」
やっと魔獣の草原を抜けることができる。
村が近づいたことでカナトとナナの2人も笑みがこぼれた。
草原を抜けた所にある村は高さ3mほどの木の柵でおおわれていて、出入り口は1つしかない。
出入り口を警備している革鎧の村人に発見された。
警備している村人は警戒した様子でカナトとナナを見る。
カナトは安心させるように片手を軽く上げ、警備の村人に手を振って笑顔を見せる。
警備の村人は体格が良く、身長が2m近くもあり、筋肉隆々としている。
その顔には笑顔はなく、不審者を見るような目つきでカナトとナナの2人を見る。
ナナはじっと見られて、カナトの背中に隠れてしまった。
「草原を抜けてきたのか? お前達は冒険者か?」
冒険者が何を意味しているのかわからないが、ここは警備の村人に話を合わせておいたほうがいいだろう。
「ああ……俺達は冒険者だ。草原から来た。この村で少しの間、過ごさせてほしい」
「冒険者なら、冒険者カードを持っているはず……見せてもらおうか」
冒険者カード? そんなカード、自分達は持っていないぞ。
内心で焦りは募るが、なるべく無表情を貫きとおす。
《大丈夫です。腰のホルダーの中に冒険者カードが入っています。私が偽造しておきました》
魔素の得意気な声が耳元で聞こえてきた……それって犯罪だろう。