23話 ベネットからの申し出
「お願いだ……そのアイテムボックスのリュックを売ってくれ」
トロールを倒した日から1週間も経っているのに、まだベネットさんは諦めようとしない。
朝から夜まで、カナトの近くへ寄ってきては、リュックの交渉を始めようとする。
「カナトは行商人にとって、そのリュックがどれだけ貴重な品か理解していない。行商人なら聖金貨を支払っても欲しい道具だ」
「何度、言われても、お断りします」
「そのリュックがあれば、これからリグル村とアールストンの街との行商が楽になるんだ。荷馬車も必要がない。冒険者を雇うだけでいい。それで荷物を多く運ぶことができる」
確かに荷物を運ぶには便利になるだろう。
しかし、リュックは身軽に背負うこともできるが、簡単に奪われることもできる。
もし、冒険者が野盗に変わった時、リュックは簡単に奪われることになる。
そしてベネットさんは死体になって草原の魔獣の餌になるだろう。
そのことにベネットは気づいていない。
「どうしてもダメか?」
「どうしてもダメです」
冒険者も善良な人間ばかりではない。
最悪のケースも考えておかないと、異世界では生きていきないとカナトは思う。
そのことにつていは行商人も冒険者も関係ない。
「そんなに身軽なリュックを背中に背負っていると、今まで以上に野盗から襲われることになりますよ」
「善良の冒険者に依頼をすればいいだろう」
「高価な品物に目がくらむ人間は多い。善良な者も1日経てば、心変わりするかもしれませんよ」
ベネットもカナトの言葉を聞いて、意味を悟ったのだろう。
しばらく考えていたが、カナトの近くから無言で去っていった。
ベネットが考えを改めてくれたことに安堵の吐息をつく。
トロールの一件があってから、『オーガの斧』のメンバーはカナト達をDランク冒険者と下に見ることはなくなった。
今は互いに距離を取りつつ、良好な関係を結んでいる。
正直にいうとカナトを恐れているといってもいい。
Bランク指定のトロール討伐は、それだけ『オーガの斧』のメンバーにとってショッキングな出来事だった。
自分達が手も足も出なかったトロールをカナト1人で倒したのだ。
そしてカナトの実力には計り知れないものがある。
ケネスがカナトの近くへ近寄ってきた。
ケネスはカナトとナナが乗っている荷馬車と並走している。
「カナトのいうとおりだ。そのリュックは危険と厄介ごとしか呼ばない」
「やっぱり、そう思いますか?」
「高価な品物が無防備に歩いていたら、誰でも心変わりするだろう。俺でも一瞬は考えると思う」
正直な自分の意見をケネスは述べる。
善良であろうとする人は多くとも、悪意を考えてしまうのも人の心だ。
高価な品は人の心を狂わせる。
「皆で話し合ったんだが、俺達は今回のトロールとの戦いは見なかったことにする。カナトのリュックについても、俺達は全く知らない。そういうことで意見が一致した。俺達もカナトと対立したくはない」
今回のトロール討伐では『オーガの斧』は良いところを見せることができなかった。
彼らがしたことは、トロールに振り回され、2人が吹き飛ばされたことだけだ。
トロールを討伐したのはカナト1人だ。
よって、『オーガの斧』のメンバーは、早く記憶から消すために、全く関わっていないことに決めたのだろう。
賢明な選択だとカナトは思う。
ケネスの指揮の高さがうかがえる答えだ。
「正直にいうと、今回の件はかなり悔しい。Cランクの俺達が、Dランクのカナト1人に負けたようなものだ」
「皆さんが援護してくれていたのを忘れていますよ」
「俺達の攻撃はどれもトロールには効かなかった。それも事実だ」
「だから悔しい。それでもカナトの魔法剣には敵わない。だから俺達はお前達に味方することにした。強い者と組んでおいたほうが後々のことを考えると得策だ。そのことをカナトに伝えておく。俺達は敵対しない」
そう言ってケネスは前方の荷馬車へと走っていった。
カナトは全身に張り詰めていた警戒を緩める。
『オーガの斧』のメンバーが今後、どのような行動をするのか気になっていたからだ。
カナト1人であれば、難なく切り抜けられる。
しかしカナトには守らないといけないナナがいる。
ナナを人質に取られた時の対策まで考えていた。
最悪はナナと2人で依頼を失敗にしてでも、アールストンの街へ向かうつもりだった。
違約金を払っても、安全な道を選択したほうがいい。
ケネスの言葉に偽りは感じられない。
『オーガの斧』の総意と受け取っていいだろう。
リュックの件も伏せておいてくれるという。
このことだけでもケネス達の誠意を感じる。
「『オーガの斧』とやり合うことにならなくて、本当に良かったのう」
「ああ……元々は善良なパーティだ。最善の選択をしてくれたと思う」
その日の夜の野営では、久方ぶりに皆に笑顔が戻った。
エール酒で酔ったレイリーが、カナトの隣にドカリと座る。
「お前はどうやって強くなったんだ? Dランクの冒険者とは思えない強さだ」
「草原と魔巣の森で鍛えた。ただ毎日、朝から夜まで戦っていただけだ」
「あの柄から延びる赤い剣は何だ?」
「あれは俺の魔法剣の一種だ。柄から剣先に向けて熱線を伸ばしているだけだ」
「熱線とは何だ?」
熱線を説明しようとするが、カナトも適当な言葉がみつからない。
そもそもイメージしただけで、魔素が作り出してくれている剣だ。
どうやって熱線の剣を構築しているのか、カナトも知らない。
「たまたま、できた魔法剣だから……原理がイメージしかわからないんだ」
「あれを俺も使えたなら、オーガも真っ二つにできるのに……残念だ」
「うまく伝えられなくてすまない」
「別に気にしていない。カナトと仲良くなれただけで、俺は満足だ」
レイリーは楽し気にエール酒をあおって、カナトの肩を叩いて笑う。
ナナもシモネとナタリーと仲良く夕食を楽しんでいる。
ケネスはベネットの機嫌取りだ。
「今晩も2時間交代で警備だ。俺達が先に警備する。カナト達は一番最後だ」
「わかった。警備をよろしく。」
そう言って、カナトはナナと2人で自分達のテントの中へ入っていく。




