17話 森の守り神
朝早くに野営を撤収して、カナトのリュックに収納して、森の奥地へと歩いていく。
木の上からツリーサーペントが落下してきて、エルスを狙う。
気配を感じたエルスがとっさに回避して、その場から転がるようにして逃げた。
ツリーサーペントの胴回りの長さは1mほどあり、全長が10mに及ぶ毒蛇だ。
大きく鎌首をもたげて、大きく口を開けて、2本の牙から毒霧を噴射する。
全員は毒霧から逃れるように飛びのくと、毒霧のかかった箇所が毒の酸に溶かされている。
『魔素よ。全員に風の結界の加護を』
味方全員の周りに風の結界が張られる。これで毒霧に悩まされることはない。
『出でよ。ヒート剣』
ツリーサーペントは尻尾からカナトの体に巻き付いて、カナトの下半身を動かせないように拘束していく。
カナトは落ち着いて、ツリーサーペントの頭の下の首の部分をヒート剣で真っ二つに断ち斬る。
ツリーサーペントは自分が首だけになったのも気づかず、口を大きくあけ毒霧を吹き出していたが、そのままの状態で息絶えた。
身体強化で体を守っていたので怪我はないが、身体強化をしていなければ確実に背骨を折られていただろう。
ツリーサーペントの死体をリュックに入れて、森の奥へと歩みを進める。
小川の近くを通りかかると、小川の中にいた水熊が襲いかかってきた。
水熊は水魔法が使えるらしく水の刃を飛ばしてくる。
それぞれに水の刃を交わしてエルスは目を狙って矢を放つが、4本ある手によって防がれてしまう。
水熊はそのことで怒ったのか、6本の足で駆け走ってきて体当たりをする。
メリッサは大楯を構えて、水熊の体当たりを受け止める。
しかし、水熊のほうが力が強く、吹き飛ばされて、樹々に当たって、意識を失う。
リアンナは剣を振るって、水熊に攻撃を加えるが、水熊の毛皮と皮膚がぶあつい。
水熊に怪我を負わせることもできない。
水熊の腕の一振りを受けて、体を吹き飛ばされて、樹にぶつかって気絶する。
『特大で鋭利な風の刃よ。水熊を断ち切れ』
クッカが風の刃を詠唱すると、クッカの手から特大の風の刃が現れる。
音速を超える勢いで、水熊の体に風の刃が突き刺さり、水熊の体が上下に分かれる。
森の奥まで入ってきたが、リアンナ、メリッサ、エルスの実力では、もうこれ以上、森の奥まで進むのは危険な水準まできている。
魔巣の森での魔獣討伐もかなりの成果を上げている。
このまま引き返しても、3人共にDランク冒険者へ昇格することができるだろう。
カナトはこの辺りで撤退したほうが良いと判断する。
その時、樹々の頭上から1人の男性が降りてきて、一瞬の隙をついて、カナトの首をわしづかみにしようとする。
クッカがとっさにカナトに体当たりをして、男性の腕からカナトは逃れることができた。
「この森の奥へ入ってくる人間は敵。すべて殺す」
「やっぱりいたね。ターヤン。森の守り神」
「なぜ? 俺のことを知っている? お前は誰だ?」
「おいおい、神界で親友だった俺のことも忘れちゃったのかい。ホビット族の英雄神クッカだよ」
「クッカは神界にいたはず。お前は偽物だ」
ターヤンと呼ばれた森の守り神は、俊敏な動きでクッカに近寄ると、クッカの体を捕まえようとする。
「誰がターヤンなんかに捕まるもんか。ターヤンなんてバカ力だけが得意なだけじゃないか」
「ターヤンをバカにした。ターヤン、怒った」
ターヤンとクッカの追いかけっこが森の中で始まった。あまりの速さに目が追い付かない。
しかし、クッカにはまだ余裕があるようだ。
「まったくターヤンは短気だな。忘れん坊だし。ちっとも変っていないね。会えて嬉しいよ」
クッカはそんなことを言いながら樹々を次々と飛び移ってターヤンから逃げる。
一体、何が起こっているのか、カナトには理解できない。
しかし、クッカとターヤンと呼ばれる裸体の男性が知り合いであることだけは理解できる。
「ターヤンは森の守り神なのじゃ。魔獣がいる深い魔巣の森の守り神じゃ。そしてクッカの親友でもある」
ナナの説明では、魔巣の魔獣が草原へ出て来ないのも、ターヤンの加護によるものらしい。
ターヤンは魔獣が異常行動、魔獣行進をしないように、森を守っている神だという。
クッカとターヤンの追いかけっこは2時間以上続いた。
そして、とうとう、下半身布1枚のターヤンが地上に降り立つ。
「ターヤンが捕まえられないのはクッカだけ。お前をクッカと認める。我が親友よ」
クッカも地上に降りてくると、ターヤンは右手を出してくる。
クッカが握手をすると、そのままクッカは体を持ち上げられ、ターヤンに抱き着かれる。
「地上に戻ってから1人で寂しかった。クッカが会いに来てくれて、ターヤン感激」
「わかったから、裸で抱きしめるのは止めてくれ。おいらにはその趣味はないんだよー」
ターヤンはクッカを抱きしめたまま、ワンワンと泣いている。
よほど会えたことが嬉しかったのだろう。
むせかえる汗の匂いと男臭さと野生の匂いがターヤンから漂ってくる。
クッカでなくても、ターヤンに抱擁されるのは遠慮したい。
「ターヤン、我のことは覚えておるか。我じゃ」
「ターヤン、覚えてる。創造神様のこと忘れたことない。ターヤンの母」
「ターヤンの母になった覚えはないが、我は創造神じゃ。今はナナと呼ばれておる。ターヤンもナナと呼ぶがよい」
ターヤンは顔の向きを変えて、カナトを見る。そして険しい顔になる。
まるで巨大な魔獣に睨まれているような威圧感を感じる。
「ターヤン、お前のこと知らない。勝負しろ。お前が勝てば認めてやろう」
「カナト、本気でやれ。手加減すると、ターヤンに殺されるぞ。手加減するな」
ターヤンは素早くカナトの懐に潜り込む。ターヤンの動きに目が追い付かない。
カナトは避けようとして足を動かした時、小石の上に足を乗せてしまい、偶然にもしりもちをついて転がってしまう。
そのことがラッキーだった。あのままの体制でいれば、ターヤンにさばおりにされている所だった。
「悪く思うなよ」
カナトは素早く立ち上がると、ターヤンへ接近し、ヒート剣でターヤンの右手を斬り飛ばす。
斬られた右手はクルクルと回ってクッカの足元に落ちる。
それを見たターヤンがカナトを見てニッコリと笑顔をこぼす。
「ナイスファイト。これでターヤンはお前と友達」
肩から神光の流れが出ているけど、怪我は本当に大丈夫なのだろうか?
クッカは右腕を持ってきてターヤンに渡す。
ターヤンは笑いながら、右手を肩に接合させると、自然と傷が癒えて、傷跡もなくなっている。
「ターヤンは森にいる間は不死身なんだ。だから気にしなくていいよ」
クッカはそう言って、カナトの肩をポンポンと叩いて安心させようとする。
それなら早く説明しておいてほしかった。
いつも神というのは説明が後からなのはなぜだろう?
「神界が崩壊してから、魔獣が活性化されている。この森も危険だ」
やはり神界が崩壊した影響が大きいらしい。他の地域でも影響が出ているかもしれない。
「ターヤンがいる限り、魔巣の森と魔峰の頂は大丈夫。絶対に守ってみせる」
リアンナ、メリッサ、エルスの3人は意識を取り戻したが、下半身布1枚の全裸に近いターヤンの姿を見て、そのまま失神した。