『神速の少女と私の失敗』
人間には見えないであろう速さ。例えると爆発魔法で岩が砕け散った時、その威力に乗り一番早く飛ぶ石ころ程度の速さであろうか。人間が使っている表現では英雄級などだ。しかしそんな速さとは格が違う人間が現れたので確めて欲しいという魔王様のお願い──否、命令を聞かなくては。
王都は人間の中でも優秀なものが集まりやすい場所である。それは育つのによい環境だから、というだけではなく成り上がりたい確固たる理由を持っている者が集うからだ。王族や貴族は持たざるものから見れば十分と思うかもしれないが、誰よりも上に位置していたいという強欲と言えるような願望を持っている。そんな者達が通う学園に私は顔が利く。
この学園には定期的に行われる学内闘技大会が年に三回あり、今日は年に一度の全学年で順位を決める、言わば品評会が行われる。その参加者の中、目の前で上級生と戦おうとしている少女が確かめるべき存在であり目的の人間だ。
戦闘開始のゴングがなると上級生はケースの中から三十本のナイフを取り出して空中に投げる。それを自在に操って少女を倒すというものだった。動く様子のない少女の周りには無数のナイフが漂っており逃げ道はなく、上級生の「喰らえ」という声と同時にナイフが一斉に降り注ぐ。まばたきをする間もなくナイフが少女に突き刺さる筈だったが、既に少女は上級生の喉元に剣を添えていた。
この少女は優勝するまで同じような勝ち方であったが、時には盛り上げるために行動していた様に見えた。表彰式でトロフィーを渡すのは私である。すると少女からファンですと言われる。知っている、だからトロフィーを渡す役を代わってもらったのだから。私は少女に「私と戦ってみたいなら夜、もう一度ここにきなさい」と耳元で囁く。「は、はひぃ」と心もとない返事を受け取り、私は下がる。
この学園の卒業生、特に首席で卒業するような人間は魔王さまの驚異となる。手にいれたあの娘は入学して最初の学年別大会で引き抜かれ、勇者のパーティーに入れられた。それほど優秀だったのか、他に代わりがいなかったのか、大人の事情か。そんな事は今となってはどうでもいい。きっとあの少女もこの学園を首席で卒業するか、その前に勇者として駆り出されるだろう。であれば、今、この手で消しておくのも悪くはない。
少女が来た、と言うより気づいたら後ろに居た。気づいたら居たというのは魔王配下の暗殺部隊を目にした時以来だ。「えへへぇ、びっくりしましたか?」びっくりした、これほど殺したいという欲求が私に沸くと思わなかった。ある程度の攻撃力があるなら私を倒せるということではないだろうか? 殺したい気持ちを抑え、先ずは力の秘密を探るところから始める。
好きに攻撃していいという条件で私は自分の一番速い速度で移動し続けていると、背に抱きつかれ「捕まえたー!」これで私より速いのは確定したが、動く速さだけではない気がしてたまらない。魔力関知も使ってみたが魔力は一切使っていない。離れたところで目に魔力を集中させ時間を極限まで引き伸ばして少女を見てみるが、その場で消えたと思ったらまた既に抱きつかれている。速すぎて視認すら出来ない。神まがいの速度──いや、これは速いのではなくワープではないのか? どうしたら少女の速度の秘密がわかるのか、私に残された方法はもうひとつしかない。
準備運動はこのくらいで今から殺す気で来いというが少女は躊躇った。やはりただでは戦いたくないのか、現金な少女である。であるならと私から血を出させた回数、何でも言うことを聞くと言ったら目を輝かせ「約束ですよ?」と喜んだ。自惚れかもしれないが一度でも血を出させたなら一生分は楽して暮らせる人生を与えられるだろう。この少女は辺境の村からわざわざ王都に来た。貴族でなく平民だ。村を守るために全てが必要らしい。私を村の糧にする気だろう。
始まった。目に映らない速さで移動する少女だが攻撃する瞬間はそうではない様だ。抱きついてきた時は気づけば既に肌に触れていたが、違いがあるというのか? 初撃は左側から腰に向かっての斬り上げであったが、それを防ごうと伸ばした手に剣が触れ鋼の打ち合う音と同時に少女は右側に現れ右胸への突きを繰り出してくる。それをもう一方の手で防ぐとその瞬間に後ろから現れ肩を狙い剣を振り下ろしてくる。そのような紙一重の演技も飽きてきたので、私は防御障壁を無くし少女の剣に右手首を差し出し押し付ける。すると剣が肉を断っている途中では少女は移動しない。やはり実戦のようなものでは思わぬ収穫がある。であるならと、もうひとつの手で少女を掴み血飛沫を顔に向けた。何に驚いたのかはわからないが口を開けていたので幻術をかけるには十二分の血を摂らせる事ができた。私は少女を遠くに投げ捨てる。少女はまだ驚いたていたが止血をしたらその顔も真剣な表情に戻った。そして私はまだだと言い攻撃してくるようにと手で挑発する。
では、見させてもらおう。私は自分の片手を拾い上げ端っこまで移動する。落ちてすぐなら私の回復魔法程度でも手はくっつく。少女には、私が確実に防御しながら、はや歩きで近づき、攻撃し、止まる、という行動をし続ける幻覚と幻聴を与えた。すると少女はワープのような移動を繰り返している様に見える。だが様子が変である。少女は走り回っている様子はないのに激しく息を切らしていた。腑に落ちないのが一度のワープで急に息を切らした事。これまでの移動ではそんな事はなかった。魔力を使った疲労で無いことを考えると、少女はワープをする時に何か息を切らすほどの肉体的行動をしているという分析ができ、それは私の極限時間を見ることの出来る目でも捉えることの出来ない短すぎる時間の中で、である。それが意味するものは一つ。
私とは違う時間を生きている。
私は笑った。時を停めても私が動き攻撃をしてくる、故に時が止まった世界で逃げ回り息を切らしていた。これで合点がいく。あとはもう一つの疑問、何故攻撃する時だけ時を停めないのか? 時間が止まっているとモノが壊せないという可能性は低いはずである。何故なら少女が裸では無いからだ。これ以上はきっと本人に聞かないと解らないだろう。あの魔女ならもしかしたらこの少女と同じ様なことが出来るかもしれないが。まったく世界には私が欲しがるものを持っている人間が多すぎる。止まった時間の中で動く少女、か。
死んでもらうことにした。止まった時間の中で動き、相手を傷つけ殺すこともできる、が何故かしない。故にこの少女は本気ではない。これが私の考えた最悪の答えだ。
私は幻術で疲れきった少女のところまで行き、少女の首を両手で掴み持ち上げた。同時に幻術は切る。これは首輪のようなもので、時を停めるだけでは逃げ出せないだろう。もし本気で逃げたいのであれば停めた時間の中で腕を切り落とせばいい、私は防御障壁を切っている。してもしなくても殺すが、それが出来るのかを知りたいのだ。「ガハッ──負けでづ、負げ……おろじでッ──」という言葉に私は笑顔で答えた、魔王様の驚異は死んでもらう。「ャ……じぬのャ──ゴメンなざッ……だずげ……で……」可哀想だが、本当に可哀想だが魔王様の為だ。剣を落とし、失禁もしているが、苦しみはもうすぐ終わる。
そして、少女は落ちた。
私の両手と一緒に少女が地面に落ちた。私の腕を必死に引き剥がし、少女は咳き込み嗚咽を繰り返しながら必死に生きようと空気を吸う。なぜ私の両手が落ちたのか、それは次に聞こえてくる声でわかった。「勇者!? 何してるの!」チッ。私が本気で舌打ちをしたのはいつぶりだろうか。娘は少女に優しく声をかけ回復魔法を施している。まず先に両手が落ちた私ではないのか。
今日、学園に行く前に魔女の所に寄った。あんな事があったので魔女も警戒していたが、娘を不定期的に教育し魔女へ育てて欲しいと言うと少し考えたあとに了解してくれた。何故引き受けてくれたのだろうか、私にはわからなかった。しかしありがたい。厄介払いをしたい時に正当な理由をつけて預けられるからだ。そして、絶対に精神支配を娘に使わないようにと、お願いをした。
しかし、肝心な時に邪魔をされた。ここには魔女もいる。たぶんだが何をしているのかを見られていた、そして私が少女を殺そうとしている事に魔女が気づき娘にチクった。こんな所だろう。娘は本当に欲しい存在だったが、このような弊害も生じる。仕様がないか。
少女はこちらを見ている。なんだ? と言うと「ご、ごめんなさいッ」なぜ謝るのか分からないが怖いということ、殺されたくないのだろう。すると娘が「勇者が謝るべき! 本気で殺す気だったんでしょ!」と、うるさい。しかしそれに少女が答える。「ち、違うんです! 貴女が駆けつけてくるかを二人で賭けてたんです」と、理解不能だ。娘は「え?」私もその言葉を送ろう。この少女はこんな事を言って何がしたいのか? 少女に何の得があるのか? こんなどうでもいい事で借しを作っているつもりなのか? 死にかけたというのになぜ普通にしていられるのか。理解不能だ。次いで「私は勝ちました、そして何でもひとつお願いを聞いてくれると言ってくれました」私が戦う前に言った約束だ。忘れていた。しかし村への出資がそんなに欲しいのか? いいだろう。だがその後にいつか殺す、魔王様に危害が及ぶ可能性は変わらない。という考えを少し考え直させるお願いを、少女に言われた。
「結婚してください、私も魔王を守ります」
娘だけがその言葉の全てを理解できないでいた。
ここで今日の日記は終わりとする。
次話──『少女との質疑応答録』
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