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ごちそうさまでした。

作者: ナナシ

一人暮らしを初めて、1年と半年が経った。


最初は頑張っていた料理も次第にやらなくなり、今では3食をコンビニでまかなうことが多くなった。

実家からの仕送りもあるが、いつまでも頼ってはいられない、と近くの居酒屋でバイトも始めた。


大学での生活にも慣れ、友達もでき、充実した毎日を送っている。



「みかちゃーん、これお願い!」

「はーい!」

「ついでにこれも」

「はい!」


キッチンの人達が作った料理を、客席まで運ぶ。戻る途中にまた注文を聞き、オーダーをキッチンに送る。

このバイトにもだいぶ慣れたなぁ。


「今日は割と人少ないねぇ」


客席から回収してきたグラスを洗いつつ、のんびりと話しかけてくるのは2つ上の瑠花さんだ。

私が新しく入った時、歳が近いからと面倒をいろいろ見てくれた、とても優しい先輩。


「そうですね、昨日の忙しさが嘘みたいです」

「あ〜…店長から聞いた、すごい忙しかったんだってね」

「はい、もう次から次へとお客さんがいらっしゃって、手が回りませんでした」

「嬉しい限りだねぇ」


手についた水をパパっと払いながら、ケラケラと笑っている。

他人事だと思って……!

なんてドリンクを作っていると、なにやら瑠花さんも隣でごそごそとドリンクを作り始めた。

……あれ、それレシピにないドリンクじゃ……?


「じゃあ昨日頑張ったご褒美……瑠花さん特製の、ミラクルパワーアップドリンク〜!」


そう言って目の前に置かれたのは……なんとも言えない色をした、見るからに怪しいドリンク。


「……ア、アリガトウゴザイマス」

「うむうむ、感謝するが良いぞ〜」


はっはっはっ、なんて小さく笑いながら料理を取りに行く瑠花さんを見ながら、ドリンクを1口頂く。


「……おいしい」


なんで……なんでこんなどす黒い色のドリンクがこんなにも美味しいのか……!!

後で作り方聞こう。






「みかちゃんお疲れー」

「お疲れ様です!」


深夜の1時になろうという頃、ラスト業務を終え帰路を辿る。

途中で寄るのは、毎日お世話になっているコンビニ、セボンイレボンだ。


……けれど、さすがに毎日コンビニ飯というのもなぁ。

体にも悪いし、何よりお金がかかる。

自炊、しなければ。


でも、今日は。今日で最後だ。

そう思いつつまたレンジでチンするだけのお惣菜をカゴに突っ込むのだった。







「実家のご飯が、食べたい」


なんだかんだ続いてしまっている、コンビニ飯。

あーなんて自分は決意が弱いのだろう。

出来たてホヤホヤ(レンジでチンしただけ)の煮物をつつきつつ、そんなことを思う。


「おばあちゃん…おじいちゃん……」


実家で暮らしていた時、毎日ご飯を作ってくれていた、祖母と祖父。

久しぶりに2人の手料理が食べたくなった。


……今週末は、実家に帰ろう。







「……ただいま」

「あら!帰るのなら連絡くらいしてよー!」

「おー、おかえり」


電車を乗り継いで3時間、田舎とも言える実家に帰れば、いつもと変わらない、祖母と祖父が出迎えてくれる。

夕飯の準備でもしていたのか、懐かしい実家の香りと共に美味しそうな匂いが漂ってくる。


「今日のご飯、なに?」

「今日はなぁ、じーちゃんの作った大根と豚の角煮だ!」

「こーんなおっきい大根取れたから、いっぱいあるよー!」


祖父が自慢げに、祖母が楽しそうに、話している。

そういえば、昔は野菜が大っ嫌いだった私のために、2人はどうすれば美味しく食べてくれるのか、色々試してくれたっけなぁ。

それでもやっぱり野菜は嫌いで、祖父が愛情を込めて作った野菜も食べることなく、悲しい思いをさせた。


「折角みかが帰って来てくれたからな、みかの好きなものでも作るか!」

「そうね、何がいい?みか」


ニコニコと笑って、私の答えを待っている。

好きなもの……昔から2人は、いつだって私の好きなものを作ろうとしてくれる。

そんなとき、私の頭に浮かぶのは、極シンプルな、料理と言っていいものか分からないものーー卵かけご飯なのだ。


いつだったか、まだ私が小学生だった頃。その時の私は好き嫌いが多く、あれも嫌だ、これも嫌だ、と言うような、とても困った子供だった。

その日も、かぼちゃの煮物や、きゅうりの漬物、ほうれん草の和え物、魚のフライ……今では大好きなものばかりが食卓に並んでいた。

けれど当時の私は、どれも食べたくなくて、「夜ご飯はいらない」と、そう言ったのだ。


少し悲しそうな顔をした祖父は、手に持っていたお椀と塩を私に見せると、

「じゃあ今から魔法を見せるぞ!」

と言った。

お椀に塩を振りかけて、しゃっしゃっと混ぜてからご飯を上にそれをかける。


「ちょっとでいいから食べてみろ」


いったい、目の前の食べ物はなにか、私は不思議に思いながら、おそるおそる1口食べてみる。


「……どうだ?」

「…………おいしい!」

「そうか!」


私が黙々とそらを食べ始めるのを見届けてから、2人も嬉しそうにしながら食事を始める。


今考えてみれば、あれは元々祖父が食べるつもりで用意してたものなのだろう。

初めて食べた卵かけご飯というものに、私はこころをつかまれてしまったのだ。

それ以来、ふと、卵かけご飯を食べたくなる時がある。


「……卵かけご飯、食べたいな」

「お!今日はちょうど卵買いに行ったばっかりだからなぁ。新鮮で美味しい卵かけご飯だぞ!」

「角煮も食べる?」

「うん、食べる」

「じゃあ、準備ができるまで待ってらっしゃいな」


私の答えに、満足そうに、嬉しそうに笑った2人は、いそいそと腰をあげる。

卵かけご飯以外にも、何か作るんだろうなぁ。


「……私も、作るの手伝うよ」

「いいのよ、ここまで来るのに疲れたでしょう」

「ううん、いいの、手伝わせて」


実家にいる間に、料理を教えてもらえばよかったなぁ。

そう思ったことは、1度や2度ではない。

いくらコンビニ食の技術が上がっていようが、やはり実家の味には勝てないのである。


わたしが手伝うと言ったことに、2人はさらに嬉しくなったようだ。

何を作ろうかと、冷蔵庫の中身を確認している。


……ありがとう、2人とも。







最近の出来事を話しつつ、3人で夕食を作る。

そうして出来上がったのは、カボチャの煮物…きゅうりの漬物……ほうれん草の和え物………魚のフライ。

そして、


「……おじいちゃん、卵かけご飯、作ってくれない?」


卵かけご飯。


「お、1番美味しいの作ってやるからな!……じゃあ今から魔法を見せるぞ!」


あの時と同じ口調で、同じ出順で、同じように出来上がっていく卵かけご飯。

なぜだか鼻の奥がツーンとした。





「いただきます」


まずは、卵かけご飯を頬張る。

ただ卵と調味料を混ぜてご飯にかけただけなのに……あぁ、なんて美味しい。

カボチャの煮物、きゅうりの漬物も、全部全部、昔と変わらない味。


「ど、どうしたの、みか?」

「なんか変なものでもあったか!?」

「……ううん、なんでもないよ……ただ、美味しくて」


昔と変わらない味。

……昔と、変わらない愛情。

いつだってこの2人は、私に愛情を注いでくれた。


私が好きだって言った食べ物があれば、嬉しそうにそれを何度も食卓に出してくれた。

私がご飯を食べない日は、悲しそうに、2人で食事をしていた。



私が1度でも好きだって言ったもの、全部覚えてくれてるの、知ってるよ。


仕送りの度に、それを沢山作って送ってくれるから。


私が食べたいって言ったもの、頑張って作ってくれてありがとう。


オムライスもシチューも、全部全部美味しかったよ。


運動会のときは、いつもより早起きして、張り切ってくれたね。


タコさんウィンナーとか、うさぎさんのりんごとか、ちょっと甘めの卵焼きとか……私の好きなものばかりだった。


高校のとき、お弁当たまに残しちゃってごめんね。


その度に悲しい思いさせて本当にごめん。




ありがとう、ごめんね。




たくさんの愛情をありがとう。







ーー「ごちそうさまでした」



ありがとうございました。

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