芝生と露伴
宜しくお願いします。
僕は芝生だ。夢岸露伴という男が立てた一軒の巨大な白塗りで木造の三階建ての家の庭に生息している者だ。芝生といっても、小さな草一本一本が密集して一つの庭の芝生を成しているわけだが、僕の場合、一本の草ではなくて、庭全体に植えられている芝生全体として、僕の意識が一つある。僕が生まれたのは露伴がこの巨大な家を建てた時だ。露伴が自分の家の庭の土地に芝生(僕)を植えた時だ。もちろん、僕は何かしらの種から芽を出し、ある程度まで育ち、そこで露伴に芝生として売られたのだろう。その時も、僕はもちろん、生きていたのだろう。だが、僕の意識が生まれたのは、露伴の家の庭の芝生、というものが成立してからだ。だから、僕は、露伴から生まれた子供、ということになるのかもしれない。露伴の家の庭の芝生として誕生する前の記憶は、君達が母体での記憶を喪失しているのと同じように、僕にはない。僕が最初に見たのは露伴の顔だ。頬のこけた、色白の、病弱そうな、露伴の顔だ。露伴は僕を見つめて、すがすがしく微笑んでいた。希望、というものに満ち溢れていた。僕にはそう見えた。露伴は、あの時ほど、輝いてはいないが、それなりに日々を生きている。露伴は、時折、僕の上に寝転ぶ。露伴の体は、骨と皮、とまではいかないが、痩せすぎているだろう。露伴が僕の上に寝転ぶ時、僕は露伴の骨の感触を知る。露伴は僕の上で眠る。時には四、五時間も。僕は露伴の呼吸の音を聞く。この家には露伴しか住んでいないが、露伴は、孤独、というよりは、一人が好き、なのだ。露伴は昼下がりには、僕の上に置かれてある白いテーブルと白いイスで、コーヒーを飲みながら、読書をする。長い時は夕暮れ時までそうしているし、時にはテーブルの上に突っ伏して何時間も眠ってしまう。真夜中、露伴の叫び声を聞くことがある。何日も、時には何週間も、場合によっては何ヶ月も、露伴は家から出てこないことがある。露伴の家からは獣の鳴き声が聞こえる。露伴は真夜中、突然、現れて、僕の上に、何時間も立ち尽くしていることがある。一度、露伴の家に老人の集団が訪ねて来たことがある。露伴は、一度、僕を掘り起こして、棺桶を埋めたことがある。露伴は、僕の上で犬を殺したことがある。
露伴は、いつも、居留守を使う。露伴は、いつも、近所の子供にからかわれている。露伴は、一度、その子供の一人を本気で殴ったことがある。露伴は、時折、おうおうおうおうおう、という奇声を上げている。露伴は。露伴は。露伴は。
露伴、君は一体、何をしている人なんだい?
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