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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第一章 全ての孤独な人達は
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7.出発



 そもそもの話、俺の目的はこの森から抜け出すことだった。

 色々と脱線してしまったものの、それらもひとまず一段落がついたことだし、森の出口も教えてもらった。となれば、ようやく本筋に戻ることができるわけだ。


――いや、そうでもない。まだもう少しやらなければならないことがあった。

 少女の様子をもう一度改めてよく観察する。が、そうするまでもなく今の彼女の姿がいろいろと問題だらけであることは一目瞭然だった。

 《肉体生成バースコントロール》によって身体の方は健常な状態に戻り傷ひとつなかったが、着ている服が先の魔物によって引き裂かれボロボロになっている上、血糊で真っ赤に染まっていた。元々がどのような服だったのかさえ判別できないような有様だ。

 これをまずなんとかしなければなるまい。


「とりあえず、その服をなんとかしなきゃいけないな」

 そう呼びかけた俺に少女は、自暴自棄気味に返す。

「別にいいよこのままで。どうせもともとまともな身なりはしてなかったんだから」

「あんたが気にしないんならその代わり俺の事情を気にしてくれよ。そんな血まみれの格好した奴を一緒に連れて巷を大手を振って歩き回れるわけないだろ」

「……そりゃそうだけど」

「なに、俺に任せておけ。すぐになんとかしてやる」

 人の身体はともかく、身につける衣服の類なら魔術を使えば簡単に用意できる。消費される根源エーテルも大したものではない。

 幸い、この辺りには手頃な材料がいくらでもあった。


「そうだな……『脱着せよ、《服飾クローズィング》』」

 俺が、最早する必要もない詠唱をした次の瞬間、少女が身にまとっていた血まみれの服が何かに切り刻まれるかのように尚の事細切れに引き裂かれ、そのまま空中に吹き飛ばされて分解されていった。当然ながら、その場に残った少女は一糸まとわぬ裸体になる。

「は?え?……は!?ナニコレっ!?」

 突然のことに褐色の肌をさらに赤くして湯だったような顔で驚愕する少女だったが、悲鳴のような叫び声を上げたその次の瞬間には、その身体は無数の“何か”に包まれていた。 

 森の木々や、あるいはすでに原型を留めていない魔物の死骸、その毛皮の部分から目で視るのもやっとという細さの糸状ものが解けるように放出され、それが彼女の方へと集まりその周囲を漂っていた。

 それは、糸状のものというより正真正銘の“糸”だ。木の幹や草葉、獣の皮を一度原子レベルで分解しそれを再構築することで、いわゆる合成繊維の一種を形成していた。そしてそれが無数に寄り集まっているのだ。

 それらはやがてひとつにまとまり塊となり、一本一本の糸が織り込まれ布になっていく。そう、魔術により服を形成するのだ。

 全裸になった少女はその数秒後には、その身を布地に包まれていた。


 察しはついているだろうがあえて言うと、俺は身だしなみには頓着しない。自分の格好にさえ気を使えない人間なわけだから、他人の、ましてや性別も違う人間の着るものにあれこれ意匠を凝らすことなどできない。

 それでも、とにかく血まみれでズタズタの服だけはなんとかしなければならない。

 風の根源エーテルの力により元々着ていた服を無理やり脱がせ、その代わりに土の根源エーテルにより形成した新しい服を着せてやった。これをして《服飾クローズィング》と呼ぶ。

 上半身には、正直言って我ながら見窄らしい無地の、身体を覆い隠しているだけのような服に、下は膝ぐらいの丈のハーフパンツとプリーツスカートの合いの子のようなもの。さながら無個性の極致、無課金アバターのような格好だが俺にはこれが精一杯だ。下手に意匠を凝らすよりも、いっそこれぐらい面白みのないもの方が、俺自身が傷つかずに済む。

 それに、この世界における一般的な服装というのがどういうものか分からないから(神様はその辺の知識は教えてくれなかった。やはりツメの甘い神だ……)、とりあえずあまり派手すぎないように意識したということもある。

 何にせよ、先程の死体が動いているような凄惨な見た目よりかは幾分かマシになった。服を脱がせるついでに身体にへばりついていた血糊も拭い去ってやったので、一目見る分には、彼女が先程まで食い殺されかけていたようには見えないだろう。


 で、《服飾クローズィング》によってお色直しをされた少女はというと、相変わらず赤い顔のまましばらくの間その身をブルブルと身悶えさせていた。

 ……その理由は分かる。

 でも、俺はちゃんと《服飾クローズィング》を発動している最中には眼を閉じて、無理やり着替えさせられている彼女の姿は見ないようにしていた。一度発動してしまえば後は魔術の方が勝手にやってくれるのだから、俺の方は何も意識することはなかった。

 そうだとも、ひと目たりとも何も見ちゃいない。他でもない俺自身にそれを誓おう。

 そう弁明する間もなく、少女は俺の目の前にズイっと迫り、こちらの首根っこをつかみ荒々しく捲し立ててきた。

「こ、この……このクズ!なんてことするんだ!」

「いや、だ、だって、こうするのが一番手っ取り早かったし……俺は見てないから大丈夫大丈夫。あんなボロボロになった服着てちゃ駄目だろ?」

「やり方があるでしょうがやり方が!」

 大声で喚きながら俺の身体を乱暴に揺すってくる。小柄な割には少女は意外と力が強くされるがまま彼女の腕に身を委ねていると頭がクラクラしてきそうだ。

 が、不意に彼女はハッとした様子で青ざめた顔になり、手を離してこちらから数歩離れた。

 そうして、またどこか怯えたような声で言う。

「私が……私が《下級スレイブクラス》だから、そうやって弄んで楽しんでいるんだ」

「……は?」

「いいよ。裸にするなり玩具にして遊ぶなり好きにすればいい」


 彼女が何を言っているのか一瞬よく分からなかったが、少し思考を巡らせるとその考えが察せられった。

 要するに自分の立場というものを思い出して、今しがたの行為がどれほど分不相応なものなのか思い知った。というところだろう。

 “奴隷”の分際で他人に文句を言う権利など無い。あまつさえ手を出して掴みかかることなどもっての外、と。


 いや、そんなことどうでもいいだろ。立場だとか俺が知るか。

 むしろ、そんな風に露骨に気を使われる方がこちらとしては迷惑だ。

 確かに彼女には悪いことをした。魔術で着替えをさせるにしても、ちゃんと先に断りを入れておくべきだった。さっき反省したところじゃないか。またしても俺は無意識の内に彼女のことを見下してしまっていたのかもしれない。

 しかしながら、いちいちそのことで謝っていたのではそれこそ話が進まない。

 事実として俺の魔術はそれなりに彼女のためにもなっている。それは確かだとも、うん。

 だからこの際申し訳のなさは飲み込むことにしたし、彼女のこの態度にも特に言及はしないことにした。


「……あのなぁ。今言ったところだろ?さっきみたいな血まみれのままでいられてもこっちが困るんだって。だからせめて汚れてない綺麗な服を着せてやらないとってさ……まぁ、断りもなく裸にしてしまったのは謝るよ、ごめん。

――あ、それとも何か?服がダサいのか?俺にセンスがないとでも言うのか?ああそうだよ、あるわけないだろ。彼女いない歴=年齢の俺に女の子の服装なんて考えられるかよ。あー涙出てきた」

「……なんでこんなことしたの。私はあの格好のままでも別によかった」

「だ・か・ら!さっきから『なんで』、『どうしてって』ばっかりじゃないか。そんな何事も疑ってちゃ駄目だぞ。何度も言ってるけど、着替えさせないとこっちが困るんだって……」

「……」

 こっちが何を言っても、少女は刺々しい視線を返してくるばかりだ。

 参った。これじゃどんどん気まずくなるばかりじゃないか。

 もうこの際だからそれでも構わない。彼女の身なりをひとまず他人から白い目で見られないであろうものにはできた……とは思う。


 というか待て。奇特な見た目をしているというのならむしろ俺の方じゃないのか?

 今までよく意識していなかったが、改めて見直してみると俺の服装は“あの時”、土砂崩れに会って事故死した時の格好のままだった。おそらく神様と会った時からもずっと変わらなかったのだろう。

 親戚から譲り受けた珍妙な刺繍の入った薄手のジャンパースーツ。俗に言うスカジャンが俺の身体を包んでいた。

 俺のような人間が着るものではないのだろうが、正直あまり嫌いではない(だから親元に帰るのにも着ていった)。しかしながらはっきり言って、この世界においてこれはあまりに不釣り合いだ。それだけは分かる。

 さすがにこんなもの着ている奴などどこにもいないだろう。多分あのルチアーノにも、そして今目の前にいる少女にも、『なんだこの格好』と思われていたのかもしれない。こんな姿で他人の目につくと何かと怪しまれてしまうという可能性も否定できない。

 なんとかするべきというのならこの格好こそそうだ。彼女だけでなく、俺も見た目を改める必要がある。


 再度《服飾クローズィング》を発動し、魔物の皮と周囲の樹木を分解して厚手の外套を織り込んでいく。

 さきほどの再征者レコン達が着ていたものを参考にした、全身が包まれるような大きな外套を羽織る。急ごしらえではあるものの、全身がほとんど覆い隠されるので、これでひとまずは最低限他人に怪しまれずに済むだろう。


 相変わらず怪訝そうにこちらを睨む少女に、この際だからもう良く思われようとするのは放棄して俺もぶっきらぼうな口調で呼びかける。

「まあいいや。それじゃあ、この森を抜けるが――……とにかく俺には気を使うな」

「……」

 彼女は答えないが、嫌とも言わないということはつまりそういうことだろう。


 しかし、だ。

 そう、またしても『しかし』だ。くどいようで申し訳ない。


 続いて、俺達の目の前にずっと鎮座ましましている魔物の死骸へと眼を向ける。

 《肉体生成バースコントロール》によって半分以上が消滅した上、先程の《服飾クローズィング》の材料に毛皮を使わせてもらったため、死骸はより一層悲惨な見た目になっていた。皮がいくらか剥かれ、まるで焼かれる前の七面鳥みたいだ。

 周囲の木々も何本か完全に分解され、根元辺りを残して姿を消してしまっている。ただ羽織るものを何着か用意しただけにしては高い代償だ。

 魔術の代償というのは、例外なく生み出したモノよりも大きく重いものになる。

「しかしますますこの死骸、みすぼらしい見た目になってしまったなぁ。素材としては充分に使えるという話だったが……ここまで来ると大した価値はないんじゃないか?」

「それも持っていくつもり?」

「勿論。折角手に入れたものだ、後で活用させてもらおう。あのいけすかない連中から譲り受けた形になるのは気に食わないがな」


 さて、当然ながらすでに目の前の“これ”には生命はなく、機能を停止した体組織は徐々に腐敗している最中だろう。

 先程のルチアーノの言葉を鵜呑みにするのは癪だが、こいつにはまだいろいろ利用価値はあるらしい。となると、無闇に劣化させてしまうのは防ぐべきだ。

 ということで、再び魔術の出番だ。


「『留まれ、《停滞ステイシス》』

 まずは、死骸を形成する分子の動きを遅延させることで腐敗を遅らせる。

 これでしばらくは“鮮度“が保たれ、素材としての価値が維持されるだろう。

「でも、こんな大きなもの、どうやって運ぶの」

 少女が脇から口を挟んでくる。

 まあ当然の疑問ではある。いくらほとんど消失したといっても魔物の死骸は大きく、持ち上げようにもかなりの重さになるだろう。

 もっとも、俺が神様から譲り受けたのは魔術の知識だけでなく、強靭な肉体もだ。これしきのものなら簡単に持ち上げられるのだが、かといって抱えたまま歩き回るのもさすがに面倒だ。

 が、こういう時にも魔術を使えばいい。


「言われるまでもないさ。『《切断ザッピング》』」

 その名の通り物体を切断する魔術によって、周囲に残っていた木を何本か細かく切り崩し、一定の形に揃えた角材にする。

 そうしてそれを、


「『形を成せ、《構築コンストラクション》』」

 風の根源エーテルにより切り出された角材を積み上げ、重ね合わせ、接合し、金の根源エーテルでそれらを補強して、バラバラの木材を一つの形へと組み立てていく。

 それは“荷台”だ。角材はやがて魔物の死骸が優に収まる程度の巨大な荷台となった。


「『《動作キネティック》』」

 そうして死骸を、風の根源エーテルを単純な物を動かす力として還元させた魔術により、組み上げた荷台の上へと移動させる。

 これまで用いてきた魔術はどれも初歩の初歩。生命力が枯渇することも、ましてや“事象の穴”が出来るような心配も一切ない代物だ。

 魔術師を()()()()()()()()()使えるようになっているようなものである。せいぜい、《停滞ステイシス》がちょっと難易度が高いぐらいだろう。

 とはいえ、ついさっきまで魔術なんてもの知りもしなかった俺からすれば(今となっては簡単にやってはいるものの)、眼を見張るような芸当ばかりだ。こんなことがいとも容易くできるようになるんだから、つくづく末恐ろしいものだ。


 まぁそれは置いといて。次に、

「『寄り集まれ、《集束コンセントレイト》』」

 特定の物質を一箇所に集める類の魔術だ。これは中々応用が効くもので、根源エーテルを小さく圧縮し、その力を一点に集中させたりすることもできる。

 そして今回は、木々より生える葉っぱを集めて大きな布状にし、死骸を隠す“覆い”の代わりにさせてもらった。《停滞ステイシス》によって匂いなどもほとんど出なくなってはいるだろうが、他の獣を変に刺激しないよう念のためにこうやって覆い隠しておくべきだろう。 


 さて、いろいろと用意はしたものの、まだこの状態では単に土台の上に巨大な生肉を乗っけただけだ。

「で、これでどうするの」

 と、少女に言われるまでもない。

 次に、魔物を乗せた荷台を動かすための動力が必要になる。


「まぁ、見てろ……『其は赴くままに我らを送り届け給え。駆けよ、《風の馬車馬ワイルドホース》』」

 ごくごく簡単な、とりあえず形式的に言ってみただけの詠唱を唱える。

 それと同時に、荷台の周りに風の根源エーテルが集まってきた。それは絶えず流動し渦巻きながら、徐々に一定の形へと安定していく。

 文字通り風となった根源エーテルに吹き上げられ、荷台が浮かび上がり宙に滞空する。風が光を屈折し、俺達の網膜にうっすらと形を成した根源エーテルのシルエットが映し出された。

 波のように流れる風の車輪。そして、荷台の前に佇む二頭の馬のようなもの。

 そう、これは馬車だ。

「……」

 少女が傍らで息を呑むのが聞こえたような気がする。

 が、それには特に反応せず俺はそのまま荷台へと乗り込み、立ち尽くす少女へと呼びかけた。

「出発するぞ。折角助けたんだ、またどこかで獣に襲われたりしたらかなわん。嫌じゃないってんなら、少なくとも安全な場所に着くまではぴったりついてきてもらうぞ。それでいいよな?」

「……ん」

 彼女はやはりというかなんというか、切れそうなほどに細めた眼でこちらを見据えながらも、俺の後に続いて荷台へと乗り込んだ。


 それを待っていたかのように風が形作った二頭の馬は徐に動き出し、俺と少女と、後は不格好な肉の塊を乗せた馬車が森の中を進み始めた。



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