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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第三章 叡智と狂気が相見え
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55.牛歩の如くも日進月歩



 エリナの言葉を聞いたシルヴレットが、不可解そうに聞き返す。


「魔術をですか。それは勿論喜んでお引き受けいたしますが、わたくしめでなくても、より適任となる方がいらっしゃるものと存じます」


 そう言って、彼女はニイハラの方へと視線を送る。まったく、主人を立てるのが上手なことだ。

 が、それにエリナが応える。


「そりゃあ、ニイハラに教えてもらおうと思ったんだけどさ。なんかあいつの教え方、妙に要領が悪くて分かりにくいんだよ」

「雇用主様ほどのお方が、物珍しいこともあるのですね」


 ニイハラとしてはどうにも不服な言い方ではあるが、ある程度事実であるのだから仕方がない。実際彼は何度かエリナに自衛のため魔術を教えようとしてみたのだが、どうにも上手くいかなかった。

 というのも、理由がある。


「(神様から知識を与えられただけだから、基礎的な部分なんて知らないんだよ。悪かったな下手くそで)」


 他人から無条件で与えられた力を行使することの問題点が、ここにきて露呈してしまった。本来ならば魔術というのは長い歳月をかけて基礎を心身に叩き込み、それをさらに長い歳月をかけて理解し、実践していくものだ。ニイハラはそのステップを全て踏み越えて、無理やり結果に到達してしまった。

 それは多くの魔術師にとっては羨望の対象ともなるだろうが、同時に彼らが積み上げるべき多くの努力を経験できないという事は不運でもあった。

 なにせ基礎も理屈も分からずになんとなくで魔術を行使出来てしまっているので、いざその基礎部分を要求されると対応することが出来ないのだから。これが、彼が他者に自らの技術を伝えられない理由だった。

 スマホの利便性と使い方は知っていても、それがどういう原理で動作しているのかが分からないようなものだ。


 そのような事情はシルヴレットには知る由もない。

 彼女はニイハラの予想外の不得手と、エリナが未だ魔術に関しては素人であることを理解し、そして納得した。


「かしこまりました。なにぶんわたくしめにも職務があり、エリナ様にもやるべきことがありますでしょう。お互いの時間的余裕が合致しましたら、魔術の修行をいたしましょう。幸いこの書庫には、基礎的な魔導書が揃っているようですし」


「つまり、さっそくここの蔵書が活用されるというわけだ。さっきの話はつまりこういうことなのさ」

 ニイハラが得意げに威張る。

 それにシルヴレットはただ、「ふむ」と鼻を鳴らして応えた。


 今気づいたことだが、彼女はそれなりに機嫌が良くなると、こうやって鼻を鳴らす癖があるらしい。



        ※



 それから、ニイハラとエリナ、そして使用人にシルヴレットを加えた三人での生活が始まった。


 彼女は非常によく仕事をしてくれる。

 家事はそつなくこなし、屋敷の掃除も行き届いている。普段使わないような部屋も定期的に掃除し家具の保全もしてくれていた。ああいうのを見ると、せっかくのスペースを遊ばせておくことが申し訳なく思えてしまうほどだ。

 ニイハラの頼んでいた別件の仕事も、滞りなく遂行してくれていた。市場での素材の調達と、その後の加工。例の“蓄筒バッテリー”の製造も進み、すぐに最低限の在庫である五十個は揃い、今も少しずつ増えている最中だ。

 その上でエリナへの魔術の教授レクチャーも少しずつ進んでいるのだから末恐ろしい。彼女は実は一人の人間ではなく、こっそり見えないところで二人にも三人にも身体が分裂して仕事を分担しているのではないかとすら思ってしまう。

 それに何より助かるのが、美味い食事を作ってくれるということだった。ニイハラにもエリナにも料理をまともに出来る腕はない。そのため以前は食事するにもどこかに出来合いの品物を買いに出かけるか、“海象ウォルラス”で済ませるしかなかった。それが、足を動かさずとも待たずともいつの間にやら食事が出来ていてそれが美味いということが、これほど有り難いことだとは思わなかった。

 まぁ、とはいえ本職の料理人には叶わない。それにせっかく馴染みになった店と疎遠になるのも申し訳ないということで、時々シルヴレットも連れて三人で海象ウォルラスに食べにいくこともあるが。


 レノが不意に言った、「血もつながってないくせに、親子みたいに仲がいいんだな」という反応に困るコメントも今となっては懐かしい。


 なんにせよ、使用人としてのシルヴレットの働きは完璧だった。さすがに働きすぎではないかと思う部分もあったが、仕事のペースが早いので毎晩ぐっすり八時間眠っているというのを知ったら、心配することもくだらなくなってしまった。


 そんなある日のことだ。



 唐突ではあるが、人が文化的に生活していればゴミというものが必ず生じる。

 その処理というものはどんな世界、どんな時代であっても必要となるヒトの義務であった。

 さて、ではこのゲルマニアにおけるそれはというと。

 ほとんどの物体を根源エーテルにまで分解出来る《還元リダクション》の魔術があれば、ゴミの処理は簡単ではある。しかし同時に、このような廃棄物というものにも利用価値は多い。それを利用しない手はないのだ。ニイハラとしてももう聞き飽きるほどよく聞いた、『リサイクル』の精神だ。

 生ゴミを始めとする有機物は正しく処理すれば肥料になるし、《還元リダクション》を使って根源エーテルに戻すにしても、一度に多くの物質を還元してしまった方がエネルギーもその分多く手に入り、活用出来る幅も広がる。


 ということで中継都市の市街地で生じるゴミは原則として、定期的に組合ギルドの手によって回収されるようになっている。

 つまり市民は指定された日時にゴミ出しをするだけでいいのだ。


 まただ。またしてもである。

 ()()()()

 ニイハラとしてはそれこそ何十回何百回もやって飽き飽きしている作業だ。

 まさかこんなことまで異世界でやるハメになるとは思わなかった。この世界って、妙なところで“向こうの世界”と似通っているくせに、その似ている箇所がいちいち堅苦しくて世知辛い部分ばっかりなんだよな、とうんざりする気分だ。

 こんな仕事にこそ、シルヴレットをこき使ってしまえばいい。



 ということで早朝。シルヴレットは屋敷から出たゴミを片付けている最中だった。

 中庭の一角、ゴミをまとめるための袋が山と積まれる前に彼女は立っていた。汚れの目立たない黒い服にエプロンをかけた姿は、まさしく使用人然としている。

 初めてその姿を見た時にはニイハラが、「俺もついに()()()()()を雇えるようになったのかぁ~!」とよく分からない感動をしていたものだ。


 ひとまずあらゆる部屋から出たゴミを袋に詰めて一箇所に集める。それから一個ずつ、屋敷の外にある指定された置き場に運んで、後は組合ギルドに回収してもらう。というのが流れだ。


 たった三人での暮らしといえど、生じるゴミの量は案外と多い。“蓄筒バッテリー”作りにより生じた余り物もある。ゴミの多さは生活の豊かさの証明だ。そのゴミを社会が正しく処理すれば、国が、ひいては文明が豊かになるという寸法だ。

 ゴミ袋の数は十個を優に超えていた。それを両手を使っても最大二個ずつ運び出して、中庭と外を行ったり来たりしなければならない。

 まぁ、それに今更それに文句を言うシルヴレットではないが。


 がさりと音を建ててゴミ袋を片手にひとつずつ持ち上げ、中庭を進もうとするシルヴレット。

 と、しばらくして同じ音がもう一度背後でしたことに気づき、振り返った。


 エリナが彼女と同じようにゴミを運び出そうとしていた。


「手伝うよ」


 そういうエリナに対し、シルヴレットがわずかに申し訳無さそうな声音で言う。相も変わらず表情には何一つ変わりないが。


「エリナ様、それはわたくしめがやっておきます。貴方様は使用人の仕事をお取りになるのですか」

「だったら、あなたも私に仕事を奪われないようにもっとてきぱき動けばいいのよ」

「……ふむ」


 ならばその通りにしようとばかりに、そそくさと先を行ってしまうシルヴレット。


「あ、待ってよ!競争ってわけか?」


 エリナも慌てた様子でその後を追っていった。



 そんな二人の様子を、ニイハラは屋敷の中にある部屋の窓から眺めていた。


「二人とも仲がいいようで、よかった」


 そう呟く。

 もういい加減よく分かっていることだが、エリナは人見知りだ。それも生来のものというより、これまでの彼女の事情がそうさせてしまった。

 使用人を雇ったとして、それと上手く付き合っていけるかという不安もあったのだが、どうやらその必要はなかったらしい。彼女だって他者には認められたいし、他者を認めもしたい。そのためには歩み寄り互いに互いを知ろうとしなければならない。エリナもその努力をしているのだ。

 そうして、そんな努力に応える者として、シルヴレットは本当にいい相手をしてくれていた。

 やはり、彼女を雇ったことはこちらにとってよいことだった。エリナは少しずついい方向に進んできている。


 だからこそなおのこと、彼女の《下級スレイブクラス》という立場が忌まわしいのだ。


「……いい加減、話を進めなければならないか」



        ※



 その日の夜のことだった。

 ニイハラはエリナを自室に呼び出した。


「どうしたのこんな夜中に」と聞いてくるエリナに、彼は応える。


「エリナ。一度改めてはっきりさせておきたいんだが、あんたは《下級スレイブクラス》だ」


 それを聞いて、彼女がわずかに眉をひそめる。


「そうだけど」

「そしてあんたは、それをなんとかしたいと言った。そうして俺がそれを手伝ってやるとも。

 エリナ、その気持ちにはもちろん今も変わりはないだろう。だが、あんたが《下級そこ》から抜け出すために多くの苦痛が伴うことになったとしても、それは構わないか?」


「もったいぶってないでさっさと言えばいい。やり方が分かったのね?」

「あぁ。これは“移ろいの民”のグレンマレィが教えてくれたことだ。だから、《下級スレイブクラス》が階級を上げるということだけを見えれば、間違いのないやり方ではあるんだろう。

 だが、あいつはその方法には危険が伴うとも言っていた。自分の生命がなくなるならまだいい。中には、代償に恋人を殺された者もいたらしい。生命よりも大切なものがあるとすれば、そっちから奪われてしまうんだ。

 もしそうなったとしても、エリナは構わないのか?自分が今の立場から抜け出すために、死んじまったらどうしようもないだろ」

「……私はいいよ。

 むしろ、ニイハラの方はどうなの。私にとって生命より大事なものがあるとすれば、それはニイハラだから。あなたが私なんかのために生命を差し出す覚悟があるなら、私だって構わない」


「?」


 エリナがなんと言ったのか、ニイハラにはよく分からなかった。彼女の口から出る種々の言葉の意味なら分かる。が、それらが最終的にどういう結論に行き着いているのかがよく分からなかった。

 今自分は、恋人が殺された者を引き合いに出した。そこから今の台詞が出てくるということは、つまり?


 まぁいい。まずは質問に応えよう。

 エリナのために死ぬ覚悟があるか?それは考えるまでもない。


「さすがに俺も死にたくはない。そうなった時はエリナには諦めて貰って、俺のことを殺そうとする相手を逆に殺してやるさ。そしたら後は振り出しに戻るだけだ」


 その応えを聞いたエリナが呆れたように、あるいは安堵したように僅かに顔をうつむけて苦笑した。


「なら決まりだね。ニイハラ、どんな方法なのか教えてよ」

「分かった」


 そうしてニイハラは改めてグレンマレィから聞いた事、そして後日そこからさらに自分で調べあげた事をエリナに説明した。


 件の預言者は、ずっとこのクロスロードの街にいる。そして居場所もすでに把握してある。

 となれば、いつでもそいつを訪ねることは出来るだろう。


 明日だ。明日の明朝から出発する。

 そこでエリナの今後が大きく進展するか、何も変わらないのか決まるだろう。



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