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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第三章 叡智と狂気が相見え
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54.蛍のお尻が赤く光る、そんな魔術



 ひとまずニイハラ達は門を開き庭を通って、館の中に入る。


「屋敷の見取り図については事前にゲオルグから見せてもらっている。同居人を案内するのは家主の役目だよな。

 シルヴレット、一通り一緒に見て回ろう」

「かしこまりました。よろしくお願いいたします」

「エリナも確か見せて貰ったよな?あんたも自由にいろいろ見てくるといい」


 そう言って、ニイハラは使用人であるシルヴレットの案内のために一旦分かれた。

 一人残ったエリナは、彼に言われた通り勝手に屋敷の中を散策することにした。

 置いてけぼりにされることに一抹の不満というか、ある種の物寂しさのようなものはあったが、逆にそれは信頼の証明でもあるのだろう。家の住人が家の中を自由に動き回れる。それが決して無意味なことではないというのは、エリナだって分かっていた。

 思い返してみれば、あの森の奥にある孤児院()()()では、大人の許しを得なければ院の外に出ることさえ出来なかった。だから彼女はほんの出来心のつもりで許しも得ずに夜中に抜け出し、そして現実を知ったのだ。もしあのまま大人の言いなりになって、その実自由などない自由な生活を謳歌していたら、その先どうなっていたのかは想像もしたくない。



 とはいえ、屋敷の中を見て回ったところでそう面白いものでもなかった。

 大人数での滞在を想定した屋敷は広大であったが、逆に言えばその大人数とやらがいない間は、そもそも使いみちもないような空き部屋ばかりだったのだ。

 そんなところを徘徊したところで、何の意味もない。


 そんな中。エリナが次に訪れたのは広い書庫だった。日光により書物が傷まないよう窓はなく、湿気を逃すための魔術式が壁面に施されているその空間は、本の保管場所というのを抜きにしても快適な場所だった。

 部屋の隅の少し開けたスペースには机と椅子が何組かずつ、それと魔力灯による照明。それ以外に存在するものは、棚と、そこに敷き詰められた本、とにかく本だった。

 その数は三桁に達するだろう。最早ちょっとした図書館のようだ。


「……」


 エリナはしばらくの間、自分の眼前に広がったその光景を眺めていた。

 そうしておもむろに、その中へと足を踏み出し入っていった。



        ※



 通路を進みながらニイハラは、案内がてらにシルヴレットに早速仕事を頼んでいた。


「いきなりで申し訳ないんだが、明日から早速、あんたにはこれを仕入れて来て欲しい」


 そう言いながら彼は、根源エーテルで空中に文字を描くいわゆる例の“魔術書き”によるメモを一枚手渡す。

 それを受け取り、書かれている内容に眼を通すシルヴレット。


 仕入れてくる品物としては、一部の食物類に、原生動物や魔物の部位、あるいは植物や鉱石まである。

 料理に使うわけでもない、魔術の触媒を作るようでもない。ましてや工芸品を手作りするつもりもないだろう。どこにでもありふれたものではないが、ある程度の金をはたけば仕入れることは難しくない。そんな程度の品物ばかりだ。

 なんというか、書かれているものの分類がバラバラだ。なんのために用意するものなのかもシルヴレットにはよく分からない。

 ただひとつこれらに共通点があるとすれば、根源エーテルとの親和性が高いということだった。


「で、これらの品物を使って、これを作って欲しい」


 続けてニイハラは、もう一枚のメモをシルヴレットに手渡す。再度それを受け取り、彼女も眼を通す。

 そこでようやく彼女は、ニイハラの意図というものを察した。


「魔術道具を作るおつもりですね。しかもこれは、根源エーテルを内部に封じ込めて、貯蔵するためのもの……」

「そう。“移ろいの民”のユスティーナ・イルマリネンが発明した“根源蓄筒エーテルバッテリー”だ。この前の《ロックアイランド》との戦いで、あれの利便性について思い知らされた。

 あれを上手く再現―――特に、準備さえすれば誰でも再現出来ないかといろいろ調べてみた結果、この結論に行き着いた。

 それらの素材を、そのメモに書いてあるとおりに加工処理すれば、周囲の根源エーテルを一定量取り込みつつそれを長期間保存する即席の蓄筒バッテリーとして代用出来る。貯蔵する容量はだいぶ落ちるがな」

「これを、……雇用主様がお考えに?」

「将来的には、多分別の誰かが考えついたであろうやり方だ。そう意味で言えば、俺が別段すごいわけじゃないさ」

 謙遜のふりをした自慢だ。


「承知いたしました。明日からわたくしめが加工を進めておきましょう」

「そうしてくれると助かる。なるべく早いうちに最低五十個、可能ならその五倍は在庫を置いておきたい」


 つまり、シルヴレット一人でそれだけの素材を調達し(もちろん予算はニイハラの方で提供するが)、一人でそれを加工しろということだ。さっそくの無茶振りには、命じたニイハラの方もさすがに申し訳ないと思う。なにせこれ以外にも、シルヴレットが使用人としてやるべき仕事はいくらでもあるのだから。


「あー、その、なんだ。あんたの方でさすがに仕事を全部こなすのがキツいってなったら言ってくれ。追加の人員はいくらでも雇うから」

「感謝いたします。もしわたくしめの方で必要になりましたら、その都度雇用主様にお伺いいたします」


 ということは、今はまだ必要はないということか……

 頼もしいと言えば頼もしいが、あまり無茶をしすぎないようにこちらも様子を細かく見ておくべきだろう。



 そうこう考えている内に、ニイハラはシルヴレットを連れ歩いている本来の目的を思い出した。


「次だ。ここは書庫―――まぁつまりはその名の通りの部屋だな」


 そう説明しながらニイハラは到着した部屋の扉を開き、そこにシルヴレットを招き入れた。

 書庫の中に入るなり、シルヴレットが言う。


「蔵書の数が非常に多いですね。雇用主様は読書がお好きなのですか?」


 ニイハラとしては、なんとも恥ずかしい気分だ。これを聞いて恥ずかしくなるという事実そのものがまた恥ずかしい。


「い、いや。正直言うと好きというわけじゃない。資金に余裕があったから業者にいろいろと写本を依頼して納品してもらったんだ。でもここにある本を全部読むことは多分ないだろうな」

「……」

「『ならどうしてこんなに本を置いたのか』だろ?

 “本”っていうのは得てしてそういうもんだ。他人の持つ知識が、そこには記されている。それはいうなればさっきの“根源蓄筒バッテリー”と同じさ。本とは外部から知識を取り入れるための貯蔵庫なんだ。例え実際に読んでいなかったとしても、本はただそこに存在するだけでそれなりの意味がある。

 ある知識が必要になった時、それが記された本を読めば、ただそれだけで目的は解決する。そう出来るだけの“ストック”を所有しているというのは、人にとっては大きな優位性アドバンテージになるはずだ。逆に言えば、必要になるまではその本は読まないというのも、決して間違ったことじゃない」

「なるほど」

「それは何も知識を得るための学術本だけじゃない。“物語”の類にしてもそうだ。どんな理由でも良い、ただ世の中になんとなく退屈したというだけでもいい。そういう理由から触れられた物語は、大きな衝撃を伴って人の心を揺さぶるだろう。そしてその人が―――その人の心が必要ないと思った物語は特別な効果はもたらさないだろうし、それならわざわざ読みたくもない物語を読まなくていい。それも道理だ。

 あー、つまるところだな。例え俺がこれから先ここにある蔵書をただの一冊も読まなかったとしても、それであんたが俺のことを呆れるようないわれは一切ないということだからな?写本であって原本を買ったわけじゃないから、俺がもってることで誰かに迷惑がかかるわけでもなし」


 いろいろと方便を垂れたが、実際の理由としては、例の“神様”が与えた知識を補うためだ。ゲルマニアに転生する際に最低限の知識だけは与えてくれたが、そこにも不足があるというのはこれまで散々身にしみて分かっていた。そのため、足りないものは自らで補う必要があるとニイハラは痛感した。

 ということで、ハンブルグ大陸の歴史や地理学、魔術の基礎知識、果ては言い伝えられている寓話の類に至るまで、様々な記録を複写してもらい屋敷に仕入れておくことにしたのだ。

 実際、そうしておいた方がこの先“仕事”をこなす上で役に立つこともあるだろう。


 そんなニイハラの目的はつゆ知らず、シルヴレットは素直に感心しているのかはたまた最後に付け足した台詞に辟易したのか、相変わらずの鉄面皮で、

「素晴らしいお考えです」

とだけ返事をした。


 そして、それに続いて書庫の中に小さく響く、別の返事がひとつ。


「相変わらず。ニイハラの屁理屈って変に真に迫るものがあるよね」


 その声でようやくニイハラ達は、書庫に先客がいることに気づいた。

 エリナだ。彼女が椅子に腰掛けたまま背もたれに肘をかけて、こちらに振り返っている。その前にある机の上には、いくつかの本が積み上がっていた。それを見て、『あ、ついさっきまで読書していたんだな』という結論に行き着かない者はなかなかいないだろう。


「ん。そうしていると、エリナもなかなかサマになるじゃないか」


 などとおべんちゃらを言うニイハラ。


「そうやって人の神経を逆なでするのも得意なんだからさ。シルヴレットさんもこいつの軽薄さにうんざりしたら、すぐに出ていっていいよ」

「そういたします」


「いたすんだ……」

 自分も軽口を言い過ぎたとは思うものの、あんたらもあんたらで失礼すぎるぞ―――などという台詞は胸の内に秘めておくことにする。


「それはそれとして、実際書庫ここが気に入ったみたいだな。本が好きなのか?」

 気を取り直して、エリナのそばにシルヴレットと共に歩み寄りながら、さっきされた質問を同じように投げかけるニイハラ。

 それにエリナは、手元に開いていた本のページにちらりと視線を移してから、

「その……」

 とバツが悪そうな前置きをしてから応えた。


「例の孤児院()()()にだって、小さいけど書庫はあった。でも、あそこにいた時の私っでバカな子供だったから、本を読む必要なんてなんにも分かってなかった。

 今思えば、あの頃からちゃんと勉強して学をつけておくべきだった。あの腐った大人どもが仕入れたものだと思うと許せない部分もあるけど、それでも本そのものにかかれている事は、価値のあるものだったのに……」

「なるほどね」


 エリナの事情はニイハラもすでにある程度は知っている。彼もようやく、彼女のこの物悲しい独白をさらりと聞き流すことが出来るようになっていた。

 シルヴレットもまた、何も言うことなくその鉄面皮を変わらず顔に貼り付けたまま、エリナの方を見つめるばかりだ。


 と、エリナは次に、そんなシルヴレットの方へと向いて言った。

「ねぇ、シルヴレットさん。どうせ今しがたもニイハラにいろいろ無茶なこと頼まれたと思うし、その上でこんなこと言うのは悪いとは思うんだけどさ。あなたに頼みたいことがあるの。あなたって、魔術は使える?」

「使える、とおっしゃいますと。どれだけの程度でしょうか」

「程度って、そう言われても……」


 言いよどむエリナを見かねたシルヴレットは、

「ふむ」

 と小さく頷くと、右手を胸元にかざし、パチリと指を鳴らして見せた。


 次の瞬間。その場に現れた光景には、エリナだけでなくニイハラも舌を巻いた。

 赤や青、緑。色とりどりの光が書庫の中に灯り、それがゆらゆらと宙を舞っていた。その数は五十に達しようか。

 それはニイハラとしては、どことなく初夏の宵の中、河原に群生する蛍の光を彷彿とさせた。一度目の人生を過ごしていたころ、ほんの一度だけだが見たことがある。

 もっともこれが蛍だとすると、おケツが別々の色に光る遺伝子改良された蛍になってしまうのだが。赤く発光する蛍など何の冗談だ。


 光が舞う幻想的な光景の中、シルヴレットが静かに語る。

「風の根源エーテルとは“波”を司る。それは押し寄せ引いていく水だけではなく、音、そして光も然りでございます。これを操作し、即席の光源を発生させました。魔力灯と同じ原理でございます」


 ニイハラが感心したように続く。

「面白いことをするなぁ!まぁ、ユスティーナ辺りの魔術師ならこの光の十倍の光量と数を作れるんだろうがな」


「雇用主様は、時折必要のないことを仰るのですね」

「ね?こういうヤツなんだよ」

「ご、ごめん」

 ちょっとした皮肉ぐらい言わせてくれてもいいではないか。会話のエッセンスだろうに。


 それはそれとして、エリナとしてはこれでシルヴレットの言う『程度』とやらが分かった。

 そうして、改めて彼女に言う。


「それだけ出来るんなら、私にも魔術を教えて欲しい」



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