52.次なる目的
「(まさか異世界で寿司が喰えるとはなぁ)」
昼下がりのクロスロード。その片隅にある食事処“海象”。
相も変わらず開店休業同然の店内。数少ないテーブルのひとつを埋めているのは、再征者のニイハラとエリナ、そして解体屋のゲオルグだ。以前交わした、いずれ飯でも奢ろうという約束を今ようやく果たしているのだ。
そしてちょうどタイミングの良いことにレノが東海産の魚介類を仕入れていたらしく、期間限定で海鮮料理を提供してくれることとなったので、さっそく頂きに来た。
ニイハラが頼んだのは、彼にとっても馴染みのあるあの“寿司”だった。
「トロに、炙ったアナゴに、イクラを海苔で巻いたやつ(軍艦巻きね、ゲルマニアじゃ通用しない呼び方だけど)……ホント、レノって天才的な腕前だよ」
舌鼓を打ちながら、対面に座るゲオルグに語りかけるニイハラ。
「東海産の魚介類は人気だけどなにせ鮮度が落ちやすいから、個人の料理屋じゃなかなか仕入れてくれない。いろんな食材を客に提供したいっていうレノの心遣いに感謝ですね」
「まったくだ。これであんな性格してなけりゃなぁ……」
「はは……。感謝っていうなら、ニイハラさんにもですよ。先の依頼ではお疲れ様。ついこの間再征者になったばかりだったのに、もう《騎士》に昇格出来たなんて驚きだ。そのお祝いをしようと思ったら、逆にこっちが奢られることになるなんて」
その言葉を聞き、ニイハラはふと自らの胸元に刻まれている魔術刻印に意識を向けた。
先の《ロックアイランド》討伐の功績を認められて、彼は晴れて《騎士》の称号を得ることが出来た。ここまで来ると、再征者としてやれることも大幅に増えてくる。“禁忌指定”されていた魔術も一部が使用可能になったし、受注出来る依頼の種類も増えた。地位を上げてゲルマニアという国の深部にまで関わるという当面の目標に対して、大きく一歩前進ということだ。
とはいえ、エリナの階級は《下級》のままだ。強大な魔物を一体倒した程度では、《下級》から脱することは出来ないということか。
そんなことを考えつつ、ふとニイハラはは思い出したように、ゲオルグをここに連れてきた本題を切り出すことにした。
エリナは相変わらずいつものように一心不乱に料理を口にしているので、まぁそのまま放っておこう。
「なに、これぐらいのことは当然だよ。なにせ、また新しい仕事をあんたに頼みたいからな」
「仕事を?」
「なんだ、商談をするために俺の店に来たのか?」
仏頂面を浮かべたこの店の店主が割って入ってくる。相変わらず、腕はいいのに妙に神経質な男だ。それにももう、そろそろ慣れては来たが。
ニイハラがレノをなだめる。
「まぁまぁ。あんたにも料理人という仕事があるように、俺にもゲオルグにも仕事があるんだ。今回は勘弁してくれよ。後で海藻のスープ頼むからよろしく」
「……勝手にしろ」
そう言い残して、レノはのそのそと店の奥に戻っていく。
さて、気を取り直して。ニイハラは続ける。
「……家が欲しいんだ」
藪から棒にそのようなことを言われて、さすがにゲオルグも驚嘆した。
「い、家ぇ!?―――あぁ、いや、そりゃそうか。《騎士》にもなって、いつまでも寄宿舎ぐらしというのもなぁ」
突然のニイハラの宣言に面食らったゲオルグだったが、すぐに納得した様子で気を取り直す。
再征者にとって、家を買うというのはひとつの目標であり到達点であった。厳密に言えば、不特定多数が利用する宿屋ではなく、個人の資産として所有できる“活動拠点”を得るということは、だ。
実力を持ち、それを組合に認められた再征者は、より精力的かつ効率的に活動することを目指す。そのために、取引所にある貸し倉庫とは別に個人で倉庫を持ちそこに必要な備品を備蓄することで、絶えず発注される依頼にすぐさま対応出来る。
それだけではない。実際に依頼を遂行するのとは別に、解体屋への依頼などを代行してくれる人員を雇い、それを拠点に住まわせることで自らは再征者の職務に集中することも出来るようになるわけだ。
つまり、再征者としての活動を個人ではなく、ある程度の組織として運営していくためのひとつの足がかりとなるのが、家を買うということなのだ。
そのような事情もあり、《騎士》にとって家を持つということは、ある種暗黙の内の義務のようなものと考えられていた。ニイハラも、その例に倣うことにしたのだ。
それに自身はもちろんのこと、エリナがその身を落ち着ける場所を用意してやりたいという気持ちもあった。
そんな中で、“移ろいの民”をはじめとするいくつかの再征者が、先の依頼の報酬の大部分をニイハラに譲ったというのは渡りに船だった。正直ありがた迷惑な部分もあったが、どうせ頂いたものなら盛大に使ってしまうことにした。
ニイハラは続ける。
「立地は別にどこでもいいが、可能ならなるべく大きな屋敷がいい。それなりの人員と物資を、一度に収容出来るような。それと、俺達の身の回りの“世話”をしてくれるような人員も雇いたい。そちらも別に一人いれば構わないが、とびきり優秀な人材を用意してくれると助かる。それこそ、再征者として一緒に依頼につれていけるほどのな。報酬は向こうが提示したものをそのまま飲んでくれればいい。あんたの方で『さすがにふざけてるだろ』って判断できるような額を提示されたら突き返してくれて構わん、そこら辺は任せる。目処がついたら連絡してくれ、こちらで面接をしたい」
「大規模な屋敷に、そのレベルの人材かぁ……」
「迷惑だろうか?」
「まさか。この手の大口の依頼は何度か経験があるけど、これだけやる気が出たのは初めてですよ。分かりました!解体屋として、最大限の成果を持ってくることを約束するよ」
「よろしく頼む。
―――ってことで、仕事の話はこれぐらいにして飯喰うか。エリナは何食べたい?」
「ニイハラがさっき食べてたヤツ」
「ワサビは抜きにした方がいいな……」
※
ゲオルグに依頼した、その日も変わらぬ内の夜。とある酒場。
この間狂乱の酒宴が繰り広げられていた大衆食堂とは違い、大通りから少し外れた場所にある、ウォルラスとはまた別の方向性で隠れ家的なその酒場の中は、実に静かなものだった。
数人の客が、ただ酒を飲むためだけに、それ以外の余分なものは捨てて入り浸っている。あるいは、酒を飲むことすらただの副次的な行為であって、この空間に身を置くことだけを目的としている者もいるかもしれない。
そういった者達の前で過分に騒ぎ立てて邪魔をするというのは、ここでは唾棄すべき行為なのだ。
そんな彼らに混じり、黙々と酒を舐める二人の男。ニイハラと、そして“移ろいの民”のウィリアムス・グレンマレィだ。今回は男だけの世界。エリナには宿舎で早めに眠ってもらっている。
先の宴会の帰りにこっそりと外套に仕込まれていた根源通信の術式を、早速活用させてもらった。ゲオルグとは別に、あることをグレンマレィに頼むために。この酒場は、それに際して彼が案内してくれた会談場所だった。
グラスに注がれた褐色の液体を舐めるニイハラ。
「はァ~、美味いなこれ。この前の宴会で飲んだのより、風味が違う」
「三十年熟成させたヤツだからな。今回は僕の奢り!―――な~んて都合の良いことは言わないぞ。それお前さんが自分で頼んだんだからな」
「そりゃ、報酬も押し付けられた手前酒まで奢ってもらっちゃさすがにメンツが立たんからな……。しかしここはいい場所だなぁ。今度個人的に来よう」
「そうするといい。
で、そろそろ話を進めるとしようか?」
「そうだな。このままここで朝まで飲んでるわけにもいかんか」
こう雰囲気がいい場所だとつい長居しそうになるが。そういうわけにもいかない。
グレンマレィだって“移ろいの民”としていろいろ用事もあることだろう。早速本題を切り出すことにする。
「今しがたメンツがどうこうという話をした矢先でのこれは、俺自身恥ずかしい話なんだが……。俺達を助けて欲しい」
「お前さんほどの再征者が泣き寝入りとは、どんなとんでもない依頼を受けたんだ?」
「いや、組合からの依頼じゃない。あくまで俺個人からの要件なんだ」
「……」
グレンマレィが、やや真剣な面持ちで耳を傾ける。軽薄そうに見えてこういう場面ではいちいち真摯だから、彼のことはどうにも憎めない。
「“稀宝”というのは知―――ってるよな当然。端的に言おう。
それが欲しい。あんたには何か、心当たりとかないだろうか?」
稀宝。後災暦以来未だ発見、入手されていないような貴重な資源や情報のことだ。
「……それはまたどうして?あんたも一攫千金のロマンに眼がくらんだか?」
グレンマレィがそう聞き返してくる。
「エリナのためだ。先の依頼で俺は無事《騎士》になれたが、あいつはまだ《下級》のままだ。依頼の成果を認められて階級を上げるっていうのは、やはり相当に困難なことだろう」
「まぁ、そりゃあな」
「あの戦いから、一部の|再征者(同僚達)はあいつのことを認めて、良くしてくれるようにはなった。だが、それでもまだエリナは社会的には何の身分もない扱いなんだ。こればかりは綺麗事で容易に否定出来ることじゃない。
あんたなら分かるだろ?《下級》が依頼で得られる報酬は、あくまで他の再征者に雇われたことによる契約金だけだ。その依頼の報酬そのものが受け取れるわけじゃない。あれだけの戦いで、あいつは十二分に活躍した、多くの仲間を救いもした。それなのに、エリナには俺達が受け取ったのと同じ報酬が、一切支払われないんだぞ?それは再征者として、それ以前にヒトとしてあまりに不当な扱いだ。努力に相応の見返りが用意されているのは当然のことじゃないか。それがないんだよあの子には。
《下級》がそういうもので、それは客観的に見れば合理的なシステムであることは俺だって分かってる。エリナにだって、そうなるだけの事情はあったかもしれない。……だがな。俺という個人が、あいつという個人のことを考える時、そういう現実がどうしても我慢出来なくなるんだよ。出来ることなら、なるべく早くあいつの階級を上げてやりたい。そうして、俺やあんたと同じまっとうな再征者にしてやりたいんだよ」
「そのための稀宝か」
グレンマレィもその価値は分かっている。エリナを《下級》の立場から脱却させるためには、稀宝を手に入れるのがもっとも現実的な方法であるということも。
彼はテーブルに両肘をつき手のひらをあわせ、ピンと揃えた指先を鼻先に当てるような仕草で静かに考え込んだ。
それが十秒ほど続いた後、グレンマレィは鼻先から手を離し、語り始めた。
「いいか?これは正直に言っておこう。結局のところ僕とお前さんは赤の他人であるし、他人がどれだけ困ろうが苦しもうが、自分には無関係である以上僕は気にしない。今しがたお前さんが語ったエリナちゃんの事情とやらも、僕が周知することではないんだからな。だからこそどんな無茶をされたところで別に構わない。
まずそれを踏まえた上で、僕の言うことを聞いて欲しい。ひとつ方法を知っている。これは、おそらくは他にはなかなかないほどの手っ取り早い方法だ」
「ほ、本当か?」
「あぁ。絶対とは言わないが、このやり方なら誰でも稀宝の在り処を見つけ出すことが出来るだろうよ」
「……『誰でも?』」
その表現が、どこか引っかかった。
「誰でも手に入るような方法なのか?そんなのがあるなら、それこそ誰も彼もが稀宝を手に入れて、希少価値もクソもなくなるじゃないか」
そこでニイハラは、ゲルマニアの語る事柄にきな臭さを感じ取った。
これは、まともな方法ではない。そう悟った。
ニイハラがそう理解したことを向こうも感じ取り、グレンマレィは続ける。
「詳しく話そう。その方法というのはだな、“ヒト”だよ。一人の人物を頼るんだ。後で詳しい場所を説明するが、このクロスロードの一角、二重三重の結界魔術によって隠蔽された小さな屋敷がある。そこに、そいつは住んでいる。
そいつのことを端的に言い表すとするなら、そう。“失くし児”だ」
「“移ろいの民”のフレデリカと同じ?」
人間離れした能力を持つ、神の過失によりこの世に生まれ落ちた児。
「そうだ。が、そいつはフレデリカとは違う。頭脳の方が異常なのさ。
その男は膨大な量の知識を持ち、この世のあらゆるものを見通すことが出来る。それは現在だけじゃない。未だ確率されていない世界―――すなわち“未来”に至るまで、だ。そうしてそいつは、求める者に対して、自らが見通した物事を伝える。
要するに、“預言者”なんだよ」
そこまで聞いて、ニイハラには合点がいった。
「そいつに稀宝の場所を預言してもらうってことか。確かにそれが事実なら誰にだって、少なくともどこにあるのかだけは確実に分かる。
―――けど、そう旨い話でもないんだな?」
「そういうこと。お前さんのさっきの疑問に対する答えを言おう。言うまでもなく、そんなとんでもない能力を“ロハ”で使ってくれるわけがない。
代償がいるんだよ。要求された事柄に対し、それと釣り合うだけの代償をそいつは求める。何を差し出さなけりゃならないのかは、その時その時だ。だがな、これは脅しでもあり忠告だが、稀宝なんてモノを手に入れようとした場合は、その代償もかなりのものになるということは知っておいて欲しい。
これはその一例だ。過去そいつの屋敷を訪ねた者の中には、内臓の大部分を差し出し、そうして教えてもらった情報を使ってやるべきことをやった後そのまま死んだヤツもいれば、眼の前で恋人を殺されたヤツもいる。噂でも嘘でもないぜ、前者については僕の知人だったんだからな。……僕が言いたいことは分かるよな?」
「……」
勿論だ。つまるところ、こちらの目的を果たすためには、重大な何かを差し出さなければならない。それは、あるいは生命そのものであるかもしれないのだ。
場合によっては、エリナが自らの地位を上げるために、その生命を失う?そんなの本末転倒もいいところだ。
険しい顔でわずかに顔を伏せ、落とした視線でテーブルを見つめるニイハラに、グレンマレィが改めて言う。
「その辺りを踏まえて、最終的な決定はあんたに任せるよ」
「いや、決めるのは俺じゃないだろ。エリナだ」
「そりゃそうだ。なんだよく分かってるじゃないか、これはお前さんよりもあの子の問題だ。それが分かってるなら、僕からはもう言うことはないな」
「あぁ、ありがとう。いや、やっぱり出来の良い知人がいると助かるよ」
そうしてニイハラは、テーブルの横を通り過ぎようとした店員を呼び止めた。
「なぁ、ちょっと。ここで一番の年代物って何がある?」
「……六十年のものがあります」
「ろくじゅうねん!ハーッ!いいね、それ一杯くれ、何も入れずでな」
「かしこまりました」
改めて離れる店員を眺めながら、グレンマレィが言う。
「景気がいいなぁ」
「俺じゃない。あんたが飲むんだよ」
「お?なんだお礼のつもりか?」
「その通り。あんたみたいな優秀な再征者とは、これからもいい関係でいたいからね。先の報酬を譲ってくれた事含めての、俺の奢りだ」
「おいおい人をいい気にさせるのがウマいねぇ~!お前さん男娼の才能あるよ」
「いきなり何言い出すんだこいつキッッッモ!!そういうのユスティには言うなよ殺人事件に発展しても俺知らないからな!?」
「……その、ごめん。今のは確かにキモかった」




