51.ルーンの一族 世界観説明2
彼らがいつからこのハンブルクの地に居たのか、それは誰も知らない。あるいは彼らにはそもそも、生まれるという、存在するという概念そのものがないのかもしれない。
少なくとも“虚空戦役”を生き残った者達にとっては、“ルーン”の一族は遠い昔から伝承とおとぎ話の中に言い伝えられていたし、それは彼らの親にしても、そしてさらにその親にしても同じだった。
空と大地、海と大地の狭間。人の認識の及ばぬ領域にて暮らす、世界を構成するあらゆるものと調和する根源の化身。どこにでもいて、しかしてどこにも確かにはいない者。
いると伝えられてはいても、本当にいるのか定かではなかった。それがルーンだ。
そんな彼らが人類の前に姿を現したのは、空に穿たれた虚空と共に始まった、世界そのものの危機に際してのことだった。彼らは自らの生きる領域を守るために、現れた脅威と戦うことを決めた。
図らずもそれが、千の、あるいは万に達するかもしれない年月の間決して交わることのなかったヒトとルーンとの接触となった。
ルーンは世界を守るという共通の目的のもと人類の協力者となり、自らの持つ根源の業―――後に魔術と呼ばれるものの原型を伝えた。
そうして、竜の出現により混迷の末に終結した“虚空戦役”の後、協働という関係はいつしか“友好”という形へと変わっていった。
形すら持つことのなかったルーンは、ヒトと交わることで初めて形を得た。人類の最も原初な特徴である、男と女の違いを再現したりもした。それはあくまで知識的な興味から来る再現でしかなく、生殖機能まで模倣することもなく、男のルーンも女のルーンも等しく美しかった。
ヒトとルーンは互いの文化を交え、魔術の研究により人類の生活は飛躍的に進歩していった。戦いの末に荒廃した文明が急速に復興することが出来たのは、ルーンの働きによるものも大きいだろう。
人類最初の再征者にして、世界を蘇らせた英雄であるゲルマーニアン一世がどれだけ勇ましくも立ち上がろうと、彼一人の力では人が明日を臨むことはなかったはずだ。
キスケ王は晩年、ルーンの一族についてこう言い残していた。
『ルーンは私にとって、最大の友人達だった。あのままただやせ細り、消えていくだけだった人類という種に、彼らは手を差し伸べてくれたのだ。本当に頼もしく、愛すべき友達だった』
『だからこそ、私は―――私達は彼らに対し謝るための言葉も持ち合わせていない。私にとって彼らは友人だった。ならば人類全体にとってもそれは同じだと。全てはそう楽観的に世界を見ていたこの私の過ちだった。
私はこれまでの己の人生に対し、悔いることは少ない。このキスケ・ゲルマニアは確かに王として、再征を成す者として、清く正しく生きた。
それでも、もし許されるのならば。彼らとだけは、もう一度やり直したいと思うのだ」
人類はそれまでの歴史において、霊長の頂点として世界を統べる、最も繁栄せし生物だった。知恵を持ち、道具を繰り、文明を築く。
しかしその栄光は、虚空より現れた魔界の軍勢によって踏みにじられた。奴らはヒトを上回る強者だった。人類は一転して、淘汰される側、蹂躙される側、強いては捕食される側になった。
それでも、戦いはルーンと竜の出現により終わった。魔界の軍勢は去り、人類は再び地上に立つ霊長の頂点の座へと戻ることが出来た。
そう、誰もが思えるのならば良かった。
だが、そうではなかった。
まだいるのではないか。
人類の栄光を脅かす強き生物が、まだ世界には残っているのではないか。それまでの人類の技術を超越した魔術を知り、人類よりも遥かに長い歴史を蓄えてきた者達が。
そう考える者は少なくなった。
ヒトとルーンが共生をしつつある中で、徐々にその疑心は膨張していき、
そして弾けた。
いつからか、何故なのか。それは分からない。
そうなることを未然に予測し、防げなかったこと。キスケ王はそれを自らの治世における最大の恥であると、その最期の時まで悔いていた。
人々の中で膨張していた疑心は、友好を裏返して表立ち、ヒトはルーンへの迫害を始めた。
彼らが教え伝えた根源の業は、ヒトの手によりさらに効率的に、攻撃的に発展していた。それをもって男のルーンは殺し、女のルーンは拘束し見世物にし辱めた。あるいは場所によっては逆の場合もあった。
それは、ルーンにとっては裏切りだった。大地の狭間でひっそりと暮らしておけばよいものを、それでも人類のことを愛すべき友人と信じた彼らの、それは悲劇だった。
そうして彼らは、帰っていった。
元々彼らは確かな形もない、無色の根源そのものに近しい存在である。人類と交流するために触れることの出来る肉体を持ちはしたが、それもルーンにとってはむしろ余計なしがらみでしかない。それを取り払ってしまえば、いつでも彼らはかつてと同じ、どこにでもいてどこにでもいない曖昧な存在へと戻ることが出来るのだ。
だからそうした。
人類が牙を剥き、多くの同胞を傷つけていると知ったその日の内に、ルーンはひっそりとその姿をハンブルクの地から消した。
その後に残ったものは彼らが伝えた魔術の理と、ルーンの一族という存在そのもののみであった。
キスケ王がこの事件を知ったのは、全てが終わった後のことであった。
迫害の首謀者を見つけ出し捕らえたところで、何も戻ってくるものはない。消え去ったルーンがどこにいるのか、それを知る術は人類にはないし、そもそも肉体を持つヒトでは形のないルーンを見つけ出すことは出来ないのだ。
多くの人々にとって、ルーンは確かにかけがえのない友人ではあった。だが、それと同じ数だけの人々が、彼らを敵だとも考えた。
半分が彼らに謝罪しようとしても、もう半分の内の一部が自らの愚行を悔いそれを償おうとしても、すでにその手段は失われ、ヒトとルーンの関係はそれこそおとぎ話のように遠い過去のものでしかなかった。
現在においてもゲルマニアの中央政府管轄のもと、ルーンの生活圏を見つけ出し、彼らと接触するための研究は行われている。
だが、同時にその研究に対し反発も多い。かつて虐げてきた者達と再会したとして、同じことがまた起こらないとは限らないからだ。
しかし、一度そのような動きが始まってしまえばそれを止めることは難しい。中央政府とは別に一部の再征者の中には、裏で同様の研究を行う個人や派閥が現れていた。
彼らの目的が何なのか。それぞれの者達が、ルーンと再会したとして何をしようとしているのか。それはその当人達にしか分からないだろう。
歳月を経た今でもなお、ルーンは人類にとっての友人であるし、物珍しい見世物でもあるし、敵でもあるのだ。




