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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第二章 氷雪の大地、沈まぬ陽光の彼方より
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49.凱歌は高らかに歌ってこそ



 地上に残ったグレンマレィ達には、戦いの趨勢は未だ見えない。

 巨大な山のその奥で何が起こったところで、麓からそれを視認することなど出来ないのだ。それでも、根源エーテル通信を介して伝えられる物見塔からの報告を聞けば、フレデリカの攻撃がどのような帰結に至ったのかは分かった。


「目標の体内に集中していた根源エーテルが、急速に拡散しています!このままいけば、標的は肉体を維持できずに死滅するでしょう」

「ということは……」

 つぶやきながら、ユスティが再び尻もちをついて倒れ込む。なんとか立ち上がって事の顛末を見届けようとしていたのだが、安堵のためにまたしても力が抜けてしまったのだろう。

「や、やった……!」

 実感もまだ曖昧な心境を確かなものにするように、続けて彼女は感嘆を上げる。


 疑いようはない。ついに《ロックアイランド》は致命傷を負い、今まさにその活動を停止しようとしていた。

 こちらの勝利だ。彼らはたった三百人ほどの戦力で、“虚空戦役”時代の魔物を討伐することに成功したのだ。他でもない、これは彼らの―――彼らだけの戦果だ。他の誰も介入することのない。

 ユスティの声に呼応し、いたるところから歓声が上がる。戦いの終わった戦場には、勝利の歓喜と興奮が満ちようとしていた。


 が、それをグレンマレィの声が再び緊張に引き締める。

「喜ぶのは早い。見ろ、やっこさんの身体が崩壊し始めている。だっていうのに、まだフレデリカとニイハラが戻ってきてないんだぞ!」

 彼の言う通りだった。根源エーテルの密集する急所を破壊された“岩の島”は、最早その肉体を維持することすら出来ないでいた。積み重なった外殻が一枚一枚剥がれていき、それがゆっくりと地表へと落下している。急速に崩れようとしているのだ。

 フレデリカとニイハラは、まだあの中にいるのだろうか。このままでは、崩れてきた外殻に押しつぶされてしまうかもしれない。

「退却してる最中だったらいいんだが……」

 グレンマレィは二人を助けるために、慌てて崩れ行く魔物の方へと向かって駆け出した。


 ……と。

 剥がれ落ち、人の身体よりも大粒な鋼の雨となって地上へと降る外殻の群れのその中に、小さな影がひとつあるのが彼の目には見えた。

 影はひとつ。だが、その主は二人だ。見間違えようはずもない。ニイハラが、フレデリカの身体を背に抱えて落下しているのだ。

 もう間もなく、周囲の外殻と一緒に地面に落下しようとしている。その高度は100メンス以上。いかに強靭な肉体を有していても、無防備に落ちればただでは済まない。


 咄嗟にグレンマレィは詠唱を行い、魔術を発動した。

「『散らせよ、《衝撃緩衝ショックアブソーブ》』!」

 落下するニイハラ達の下方。空気を密集させ、不可視の緩衝材クッションを作る。それが、地面に激突しようとする二人の身体を受け止めた。


「おっと……」

 ニイハラの方には、まだ身体を動かすだけの余力は残っているらしい。《衝撃緩衝ショックアブソーブ》のその見えない緩衝材に、まるで底なし沼に足を取られるように身体をよろめかせながらも、ゆっくりと歩を進めてそのまま地面に降り立つ。

 そこに駆け寄ったグレンマレィが、慌てて声を駆ける。

「よくやったなニイハラ!フレデリカは無事か?無事なら早く離脱しよう。帰還するまでが戦闘だろ」

「その通り!助かったついでにすまんが、彼女はあんたに預ける。あんたのことだから、どうせ力は有り余ってんだろ?こっちは走るのもやっとなぐらい疲れてんだよ」

「分かったよ。よし、行こう!」

 ニイハラからフレデリカの身体を引き受けるグレンマレィ。彼女はぴくりとも動かず、まるで糸の切れた人形のようだ。息はあるようだが。


 そのまま彼らは、降り注ぐ瓦礫となった外殻から逃れるために、全速力でその場から退却した。



        ※



 巨大な“岩の島”が崩れていく様は、壮絶な光景だった。“虚空戦役”時代の規格外な魔物は、死ぬ間際であろうとただでは済ませてくれないということか。

 土煙を上げながら崩れていく敵の姿を呆然と見つめ、フレデリカとニイハラ、そしてグレンマレィの三人が戻ってくるのを待つユスティとしては気が気でないといった様子だった。

 それからしばらくして、煙幕のような土埃の奥からこちらに向かって駆けてくるその人影を見た時には、いっそ涙まで出てきそうなほどだった。

「きた!グレンマレィさぁーん!」


 その声援に迎えられて、三人は無事部隊への合流を果たした。

「あ゛あ゛~、づがれ゛だぁ゛ぁ゛~~!」

「ゲロ吐きそう……」

 ニイハラの嗄声かせいと、それに続くグレンマレィの嗚咽のような声。全速力で魔物の崩壊から逃れたのだ、息も絶え絶えと言った様子である。が、それでも息の根までは耐えていない。

 大きく肩で息をしながら、ニイハラは警備隊のブライアンに呼びかけた。

「なんにせよ、これで終わりか。こちらの損害はどれぐらいだった?」

「負傷者は大勢いる。が、死者はおらん、まったくのゼロだ。あちらに残った連中のことは知らんし、数に入れてはいないがな。まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()

「右翼の部隊についても同じような状況かな」

「おそらくは。つまるところだ、結果的に戦闘は我々の完全なる勝利。王立騎士団の仕事すら奪ってやったんだ。これは後災暦始まって以来最大の戦果だ!」


 興奮を隠しきれない彼の声音に端を発するように、改めて戦場は歓喜の渦に包まれた。

 部隊の中には、跳び上がる者、近くの者たちとバンバン身体を叩き合う者、男同士なのにひしひしと抱き合うような者まで現れた。

 戦いによる疲れのためかその騒々しさに素直に乗れないニイハラは、ただ苦笑いを浮かべるばかりだ。

「は、はは。そりゃ結構」

 それよりも……


 彼は共に帰還したグレンマレィと、彼が背中に抱えたフレデリカの方へと目を向ける。

「フレデリカ、戦いは終わりだ。大丈夫か?」


 そう呼びかけるが、返事がない。彼女は依然、深く目を閉じてぴくりとも動かない。それが、あまりにも生命のない人形じみていて、急に不安が胸中を過った。

 グレンマレィもまた背中に負った彼女の身体を揺すりながら声をかける。

「フレデリカ?フレデリカ、おい!?」

 “失くし児ロストチャイルド”の異能は、容赦なく生命の源泉を吸い上げていく。そこには際限はない。例え泉が尽き果てようと、止めてなどくれないのだ。

 生命力を全て失ってしまえば、四肢を動かすことも出来ず、それどころか心臓を鼓動させるための力すらも失われてしまう。先程まで全力で戦っていた者が、その次の瞬間には物言わぬ屍になっている、などということもあり得ないことではないのだ。


―――まさか。


 最悪の結末がニイハラ達の脳裏を過る。

 が、その次の瞬間だった。

「……ぅ」

 微かな、ほんの微かなうめき声が聞こえた。

 大丈夫だ。まだ彼女は死んではいない。辛うじてフレデリカの生命は、その全てを失われずに済んだのだ。

 ほっと胸を撫でおろすグレンマレィの背に負われたまま、彼女は静かに、消え入りそうな声で一言つぶやいた。

「お腹が……空いた」


「何呑気なこと言ってんだこいつ引きずり下ろしてやろうか?」

「いや、やめなって」

 無表情になってそう吐き捨てる無精髭を、ニイハラは同じく表情の死んだ顔でなだめた。



        ※



 そうして日は過ぎ、中継都市 クロスロードに夜がやってくる。

 しかし、戦場から凱旋した再征者レコン達の熱気は、止む気配すらなかった。英雄として市民達に出迎えられた彼らの高らかな凱歌は、一日やそこらで歌い終わるものではないのだ。


 クロスロード。その二番目の門に通じる大通りの一角に、ある食堂があった。そこは都市の中でも最も規模の大きなものであり、二階建ての店内には百人規模の客を収容することが出来る。

 そこが今、フォルニアから帰還した再征者レコン達により貸し切り状態となっていた。貸し切りというよりかは、強引に押しかけて半ば占拠している状態なのだが。

 その盛り上がりようと言えば、今朝方から昼間まで続いた戦闘の騒乱をも上回るほどだった。消費される酒の量は湖ほどに達し、このまま続けばクロスロードの酒精が死に絶えるのではないかと危惧されるほどである。

 最早理性を失った連中が椅子を蹴り、机を蹴り、壁を蹴り、果ては隣にいた同僚を蹴り、注文を聞きに来た店員には男女を問わず口説きにかかる。全裸になって踊り出す者さえいる始末だ。普通ならばそのまま警備隊を呼ばれて即刻お縄を頂戴するところなのだろうが、哀しいことにこの乱痴気騒ぎには、当の警備隊の人員も一分参加しているというのだから始末が悪い。

 店側としてもこのままでは何かの拍子に店舗を倒壊させられてしまうのではないかとすら思えたが、これもまた哀しいことに、この乱痴気騒ぎによる得られる収入が向こう三月分の売上に丸々匹敵すると推測されたので、なすがままにされることにした。

 食堂に飛び交う怒号と見紛うはやし声は店の外にまで届き、近隣住民にとっては迷惑なことだろう。もっとも、その近隣住民もこの騒ぎに混ざっていないとも言い切れないわけだが。



 さて、そんな魔物との戦闘以上に凄惨な光景の片隅、一つの大きなテーブルを囲む数人の者達。

 傍で繰り広げられる祭りの騒々しさに反して、彼らは一様に静かなものだった。それもそのはずで、彼らにはこの騒ぎに加わるような余裕などなかったのである。

 食堂は飯を喰うための場所だ。まずはその主目的を果たさなければなるまい。


 テーブルを埋め尽くさんばかりに並べられた数々の料理。

 その中でひときわ目を付くのが、


 豚だ。

 丸々一頭分の豚を焼いたものだった。


 そしてそれに、魔物を倒すのと同じ気迫でナイフを突き立てフォークを刺し、えぐり取るようにその肉を切り取ってそれをそのまま口の中に放り込むのは、“移ろいの民”のリーダーであるフレデリカだ。

 彼女はたった一人で、この料理(?)を平らげようとしていた。


 その姿を、“移ろいの民かれら”に相席させてもらっていたニイハラが、この世の終わりを目にするような顔で呟く。

「豚を丸焼きして?内臓抜き取った空洞部分に?ご飯を詰め込んだ?は?ギャグかよ、なんで喰えんだよそんなモノを」


 それに、グレンマレィが応える。彼も彼で、自分の臀部ケツよりもでっぷりと盛られた、茹であげ麺にクリームチーズをからめたもの(カルボナーラのようなものだろうか)を、2つのフォークを使ってぐるぐる巻きにしている。

「失った生命力を補充するための一番手っ取り早い方法は、よく喰ってよく寝ること。なにせフレデリカは相当な量の生命力を消耗したんだ。そりゃあ、その分たくさん食わなきゃ」

ふぉのとおり」

 仲間の弁明にフレデリカ自身も豚肉で頬を丸々と膨れさせながら頷く。

「いや、それにしたって加減を知ろうよ加減を……」

 そんなニイハラの呆れ声に、ナユタが言い返す。

「力の加減を知らぬ者が、喰い気の加減を知るものかよ」

 そう言いながら、彼もフードの奥に除く口の中に、大きな丼の中に詰まった何かをがつがつと流し込んでいる。

 そしてかくいうニイハラ自身、アマラが食べているものに興味津々の様子だ。

「あ、それ刺し身?……東海のマグロ!?大トロ丼かァ!うまそ~!後で俺も頼もうかな」

 そうして、彼は彼で目の前にある自分の腕ぐらいの厚さのサーロインの鉄板焼きにナイフも入れず喰らいつく。

 彼の隣に座るエリナも、同じものを頬張って―――いや、一心不乱に貪っている。

「んー!んんーー!んー!」

 すでに彼女から、語彙というものが消失してしまっているようだ。


 そんな同僚達の姿を絶望的な表情で眺めながら、ただひとり慎ましくサケのムニエルらしきものをちまちまとつついているユスティーナが、吐き捨てる。

「なにこの品性の欠片もない姿は……こんなの人のやることじゃない。ようやく私と同じ感性を持った人が現れたと思いきや、その人もご覧の有様。どいつもこいつも異常者の集まりだ!」



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