47.なゆたかなわず
「着弾するぞ!!」
誰かが叫んだその声は、すぐにかき消えた。
魔法陣から落下し、そのまま真っすぐに《ロックアイランド》に接触した《落星爆雷》の火球は、内部に圧縮されていた火の根源の全てを放出し、膨大な爆発へと転じた。
耳をつんざく轟音、それと共に生じる衝撃波と熱風が、戦場を駆け抜ける。
「予想以上の威力!ひええぇぇーーーっ!!」
爆風に耐えようと、猫のように姿勢を低くしながら悲鳴をあげるユスティ。
彼女だけではない。他の者達も、生命力が消耗し弱った身体で何とかこの暴威をやり過ごそうと、地面に伏せっていた。ただ一人ニイハラだけが、直立不動で魔術の威力を正確に確認することが出来た。
―――これでもまだ威力が足りない。
炸裂した炎熱は“岩の島”の身体を覆う鋼鉄の外殻を溶解させ、吹き飛ばした。爆風の勢いに乗って、赤熱化した液体と個体の中間のようなものが高々と吹き上がる。さながら火山の噴火だ。
が、これで破壊出来た外殻はほんの一部。肝心の本体にはほとんど影響は無いだろう。所詮は三百人程度の根源を集めた一撃。“岩の島”を撃破するのに必要とされる人員はその十倍だ。並大抵の魔物ならばこの《落星爆雷》で千体でも二千体でも一掃出来るだろうが、さすがに相手が悪すぎた。この一撃だけでは勝てない。
三百人の人員が戦闘不能になる代償に放たれた魔術。それでもなお決定打にはならないのだ。
が、それもニイハラは承知だった。この結果自体は想定の範囲内だ。
ならばさらなる手を用意すればいい。一度で無理なら、もう一度だ。
作戦の第二段階。
ニイハラは上空へと掲げていた手を、膨れ上がった炎の塊を潰さんばかりの勢いで握りしめ、詠唱を終える。
「『《連続開放》、作動』!!」
瞬間。そのまま膨れ上がり、やがて発生した熱量を失いながら拡散し消えていくはずだった爆炎が、何かに吸い寄せられるように再度圧縮された。
再び元の小さな―――しかし膨大な熱量を持つ火球へと戻ったそれは、先程の動きを繰り返すように再度落下を開始した。先の爆発により穿たれた灼熱のクレーターのその奥へ、自らが破壊すべき相手のその本体へ、さらに近づくために。
そしてクレーターの底面へと接触した火球は、新たな爆発を生じさせた。先程とまったく同じ威力の《落星爆雷》が、もう一度発動したのだ。
再び生じた衝撃波と熱風にあおられ、先程吹き上がった溶岩化した外殻がまだ地面に落ちてもいない間にさらに起こった噴火を垣間見ながら、ユスティがまた叫ぶ。
「やったっ!?まさか本当に出来るなんて……!」
―――《連続開放》。
発動した魔術を、その直後に一度《還元》により根源へと戻し、《集束》で一箇所に集めて回収。そしてもう一度同じ魔術を発動するというものだ。
火の根源による魔術は、発動した直後は熱量と衝撃によりかなりの威力を発揮する。しかしそこからすぐに熱量が拡散され、その多くが無駄になってしまう。もしそれを回収することが出来たとしたら……
この魔術を上手く発動させることが出来れば、新たに根源を消費することもなく強力な魔術を続けて発動することが出来る。つまり魔術の再資源化からの再利用だ。
とはいえこれは、ただでさえ高い集中力を有する魔術の発動を、別の要素を付け替えさらに複雑化させた上で再度行うようなものだ。そこには相当な技術が必要になる。再利用する魔術の規模にもよるが、ゲルマニアにおいてこの《連続開放》を使いこなせる者はほとんどいない。
少なくとも、さすがのグレンマレィでも《落星爆雷》ほどの魔術を再利用するのは無理だし、ユスティでも難しいだろう。―――不可能じゃないと彼女は言うだろうが、混迷を極める戦場での発動となるとおそらくはかなり困難だろう。
それを、ニイハラは苦もなく発動してみせた。
これならばいけるかもしれないと、ユスティは思った。同じ一撃をもう一度放つことが出来れば、それらが合算されて最終的にはかなりの威力になるはずだ。
が、そうもいかないらしい。
戦場の状況を観察していた物見塔からの報告が、根源通信を介して聞こえてくる。
「まだ駄目です!確かに外殻をいくつか破壊することは出来たようですが、依然かなりの数が残っている。本体はなおも移動を続けています!」
わざわざその報告を聞くまでもなかった。二発の《落星爆雷》を受けた《ロックアイランド》は、その衝撃によりわずかに足を止めることはあっても、そのまま倒されてはくれないようだ。高熱により液状化しつつある外殻をズルズルと剥離させながら、進行を続けている。本体には未だ攻撃が届いていないのだ。
「こ、これでもまだ足りないの?うそでしょ?」
吹きすさぶ衝撃と風も止み、よろよろと立ち上がりながら目の前の光景に泣き言を漏らすユスティ。
が、それにニイハラが応える。彼にも、さすがに《連続開放》で再利用した魔術をさらに再利用するなどという離れ業は出来ないらしい。これ以上魔術による打撃を与えるのは無理だ。
他の再征者達も生命力をほとんど使い果たし、立つこともままならずその場に座り込むような者さえいた。最早彼らには打つ手はない。
しかし……
「これも想定内、三段階目に行くぞ。後のことは、こちらの最高戦力に頼もう」
その声に、グレンマレィが続く。
「結局のところは、彼女頼みか……」
※
右翼の部隊もまた、《落星爆雷》の連続発動と、それを受けてなお健在である“岩の島”の姿は確認済みだった。
そしてその光景が、彼女が行動を開始する合図となった。
「私を急かすみんなの声が聞こえるようだ。いいだろう、いくぞッ!」
ニイハラと同じくすでに正面の敵を殲滅し、部隊と合流していたフレデリカ。彼女が、地面を蹴って上空へと飛び上がる。
それは最早跳躍ではなく、飛翔だった。“失くし児”の持つ類まれなる脚力が一度その全力を発揮すれば、蹴られた地面は大きく陥没し、その衝撃が反作用となって彼女の身体を押し上げた。
「マ、マジで飛んだァ!」
どこからともなく聞こえてくる誰かの驚嘆。事前に彼女がそうするということは聞かされていても、実際に目にしたその光景は驚愕に値するものなのだろう。
その声を背に受けたフレデリカの身体が、一息の内に500メンスもの高さまで上昇する。そしてその足元に見えるのは、《落星爆雷》により外殻の一部が溶解させられ、先程までよりいささか背が低くなったように見える“岩の島”の姿だ。爆発によりえぐり取られた外殻が巨大なクレーターを作り、その表面は未だ炎の予熱により赤く爛れていた。
彼女はそのまま、そのクレーターの中心部へと向けて自由落下を開始した。その手に掴む18メンスの大剣、《壊心の剣》を高く掲げて。
彼女が渾身の力で刃を振り下ろし、敵の本体に突き刺す。それが作戦の第三段階だ。
その姿を、固唾をのんで見守る再征者達。
だがそんな中で、ラルフがあることに気づいた。
「……確か、アマラとかいう“移ろいの民”の一員もここに居たはずだが、彼はどこに行った?」
フレデリカと共にこちらに合流していたはずのアマラの姿が、忽然と消えていたのだ。
ラルフの疑問に、近くにいた再征者が応える。
「さぁ、知らないな。どこへなりと逃げたんじゃないか?」
「“移ろいの民”の人間だぞ、そんなタマだと思うか……?」
「おい、それよりも見ろ!」
別の再征者が上空を指差し、咄嗟にラルフもそちらへ目を向ける。
「触脚が!?」
《ロックアイランド》本体のものと思しき数十本の触脚が、溶解した外殻の隙間から上空へと向かって伸びていた。
下に伸びているものを、上に伸ばせないという道理はない。本数はそれほど多くないにせよ、奴はこの触脚でフレデリカを絡め取るように迎撃するつもりだ。一本一本があらゆる物質を分解し、吸収する消化器官である触脚で。
フレデリカはすでに自由落下に入っている。どれほど強靭な肉体を持とうと、空気を蹴ることなど出来ない。一度落下し始めたら、もうその軌道を変えることはほとんど出来ないだろう。完全に無防備な状態だ。これでは触脚から逃れることは出来ない。
《壊心の剣》を振るえば何本かは切断することが出来るかもしれないが、今回は地面に立って迫りくるトカゲの群れを、同じく地面に立って迎え撃つのとはわけが違う。触脚は彼女を取り囲むように伸び、四方八方十六方―――前後左右上下あらゆる位置から同時に襲い来る。どれほど素早く剣を振るっても、さすがにこれらに全て対応することは無理だ。
一度でも何かしらの触脚が触れてしまえば、彼女の身体は胃袋に入った食物さながらに消化されてしまうだろう。
「まずい、やられる!」
ラルフは思わず叫んだ。
※
作戦が開始された時点で、彼もまた自らのやるべき行動を把握し、それを実行していた。
“大地の臍”の東側にある山岳地帯、その山の頂上付近に、木々の少ない開けた台地があった。そこにアマラは立っていた。
彼は上空に《落星爆雷》発動のための魔法陣が出現したのを確認すると同時に、部隊から離れ全速力で山を駆け上ったのだ。立ち並ぶ木々の幹を足場代わりに次々と飛び移りながら、凄まじい速度で200メンス近い高度にあるこの台地にまで到着した。さながら壇ノ浦の八艘飛び―――などと表現しても、ゲルマニアの人間には分からないだろうが。
何故彼が戦場から遠く離れたこの位置にいるのか、その理由は一つだ。フレデリカが行動を開始した時、“岩の島”がなんらかの対応をする可能性は事前に想定されてた。そして、もしそれがフレデリカ一人で捌ききれないものであったなら、誰かが彼女を助けなければならない。
跳び上がったフレデリカを狙う、触脚の群れ。その姿を確認しながら、彼は鞘に収まった自らの武器、その柄に手をかけた。
そうして息を静かに、しかし深く吸い込み、わずかに腰を落として身構えた。その様は、大地に根を張る大木を彷彿とさせる。左手に支えられ、右手に握られ、木造りの鞘に包まれたそのしなる刃の先端はぴくりとも動かない。ならばそれはさしずめ、無風の中に揺れもせず佇む枝葉だろうか。
それに呼応するかのように周囲の木々のざわめきすらも聞こえなくなりそうなほどの静寂の中、彼は唱えるように静かに声を発した。
「秘奥……“那由多不敵”」
瞬間。そう、その次の瞬間には、だ。
先程まで鞘の中に収まっていたはずの銀色の三日月、イエパン刀の刃が白昼の下に顕となり、大きく振り抜かれていた。仮にこの動作が衆目の下に行われたものとして、刃が空を滑るその動きをはっきりと視認出来る者がどれだけいることか。あるいは“櫓振るい”のフレデリカでさえも、完全に視認することが出来るかどうか。それほどの速さで放たれた、人の与り知る領域を逸脱する神速の斬撃だった。
斬るべき対象もいない無人の台地で放たれたその刃は、一体何へ向けたものなのか。
―――他でもない。
はるか遠くにうごめく触脚。そのおよそ半分が、まったくの同時に切断された。
自らに迫りくる猛威が、ひとりでに切り裂かれたその光景を目にした空中のフレデリカが、思わず声を上げた。
「アマラか、さすが!」
そう。これこそ、アマラの斬撃によるものだ。
イエパン流剣術秘奥、“那由多不敵”。
研ぎ澄まされた神速の居合抜刀。それは刃の持つリーチのさらに外にまで届き、遠方にまで及ぶ。そして延長した斬撃の軌道上に存在するあらゆる物体を断ち切る。磨き上げられた剣術の業前、その極致の一つだ。
“大地の臍”に居たままでは、さすがに狙う対象の位置が高すぎて、居合抜きが出来ない。仮に出来たとして、未だ何重にも張り巡らされている外殻が斬撃を阻み、本来狙うべき触脚には届かないだろう。だからこそ敵との高度を合わせるために、この高さにまで昇っていたのだ。結果、およそ4,000メンス近い距離から触脚を斬るという離れ業となった。
もっとも、さすがにただ技術のみでこれだけの所業が出来るわけがない。イエパン流剣術における秘奥、その原理は魔術と似ていた。自らの生命力を刃に乗せ、それを斬撃によって飛ばすのだ。そして、あれほどの距離、範囲に居る敵を仕留めるためには、かなりの集中力と体力が必要となった。
アマラはただこのため―――最後の一撃を放たんとするフレデリカを迎え撃つであろう敵の手を潰すそのためだけに、それだけのことをやってみせたのだ。
が、その甲斐はあったはずだ。これでフレデリカを狙う脅威の半分は排除できた。斬撃の軌道に入らなかったもう十数本の触脚は健在であるが、それについては他の誰かに任せるとしよう。
アマラには後事を任せるに足ると判断できる者が、少なくとも一人いた。
足から力が抜ける。自らの生命を燃やして放たれた斬撃は、彼の力のほとんどを奪い去ってしまった。最早立つこともままならず、尻もちをついてその場に座り込んだ。
「グレンマレィ、後は任せた。手前は最早、この後の山下りの苦労を考えるのに手一杯だ。
―――はてさて、これはもう少し余力を残すべきだったか……」




