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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第二章 氷雪の大地、沈まぬ陽光の彼方より
45/55

45.口が裂けたら男前



「いける……これはいけるぞ!」

 ラルフは思わず叫んでいた。

 最早疑いようはない。何者かは知らないが、何らかの援護攻撃が行われている。ある程度の間隔を置き、一度につき一体の敵しか倒すことは出来ないようだが、それでも確実に敵を殲滅している。それならば十二分だ。敵の勢いを抑え、こちらが耐えきる猶予を与えてくれるのは確かなことである。

 右翼の部隊は、徐々に反撃の糸口を掴もうとしていた。


 一人の再征者レコンが、《ワーリザード》の突き出した槍を盾で受け止める。

 そこにもう一体のトカゲが追撃を仕掛けようとするが、エリナの放った銃撃により、死という形でそれは防がれた。

「やられっぱなしでいられるか……!」

 この勢いに乗じようと盾を押し込み槍を弾き飛ばし、無防備となった胴体に剣を突き刺す。それと同時に、さらにもう一体のトカゲが襲い来る。突き刺した剣に身体を取られ、対応することが出来ない。このままではやられる―――

「くそッ!」

 しかしそれは、躍り出るように援護に駆けつけたラルフの斬撃によって即座に排除された。

「……すまん。助かった!」

「いや、こちらも少しずつ手が空いてきた。戦況はこちらの優位に傾きつつある」


 その言葉に応えるように、再び彼らの後方から火球の群れが飛来してきた。魔術師達の攻撃だ。今度は先程のような“弱火”ではない。彼らも本気だった。生命力の枯渇も覚悟した上で、魔術の火力を上げていた。

 その甲斐もあってか、今度は十分有効打となったようだ。部隊目掛けて押し寄せていた魔物達の、大部分が薙ぎ払われた。

 ダメ押しの一撃だ。これでこの場の戦況の趨勢すうせいは半ば決した。


 誰が決めたかいつ決まったかも知らないが、部隊の長同然の立場となっていたラルフが、仲間達に檄を飛ばす。

「形成は転じた。一気に押し込むぞ!」

 それに呼応して、160名の再征者レコン達は雄叫びを上げながら一斉に前進を開始した。このまま右翼の敵を全滅させるのだ。

 その人の洪水の只中に立ち、一転守勢に回ることとなった魔物共の姿を見据えながら、ラルフは軽く自分の右頬を左手で撫でてみた。鋭い痛みが脳髄に伝わり、手のひらが血糊で真っ赤に染まる。太い動脈は切れていないものの、出血は未だ続いているようだ。失血死するほどではないだろうが、顎から首元にかけてまで流血により赤くなったその姿は、見る者によっては卒倒ものだろう。

 頬は顎の骨格近くまで裂け、傷口は耳元まで達していた。止血が出来たとしても、この裂け目そのものは元には戻らないだろう。彼のその容貌は、さながら獣のようだった。得物に食らいつくために、大口を開けた獣。人のそれではない。ラルフはこれから、おそらくは死ぬまでこの顔で生きなければならない。


 が、そのことに彼は一切悔いもしなければ恥じもしなかった。むしろ、この傷をつけたトカゲには感謝したほどだ。深い傷を負ってなお、生きて勝利する。それは戦士にとっての栄光だ。傷ついてなお戦い続ける力の証明だ。

 この、顔を見れば嫌でも目につくほどの傷跡は、困難な戦いを乗り越えたことの証とも呼べる勲章となるだろう。そして、一度目にすれば二度と忘れないこの醜い―――いや、醜くなど無い。戦士としてはむしろ伊達男とさえ形容してもいいこの顔が、この先もラルフ・ハンセンという男の名声を世界に知らしめてくれることだろう。“口の裂けた勇ましき戦士”として。

 彼はこの裂けた口をあんぐりと開けながら、今回の戦いのことを誇りと共に同僚達に何度も語らうつもりだった。

 そう。魔物やつらには感謝してもしきれない。自分を()()()()()()()()()()()()()()()()()


 猛然と敵に突撃する仲間達の後に続き大地を踏みしめ駆け出しながら、ラルフはその裂けた頬を引きつらせ、滴る血を飛び散らせながら再び吠えた。

「男前にしてくれてよくもありがとうよ。今からそのお返しをたっぷりさせて貰うからな。……覚悟しろやァッ!!」



       ※



 それから、どれほどの時間が経過したかは分からない。ほんの僅かな間であるようにも感じられるし、逆にそれなりに長い時間でもあったような気がする。

 しかし、少なくとも一刻は経っていないだろう。戦闘は、思いの外短い時間でひとつの帰結へと到達しようとしていた。


 左翼から敵陣に突入していた警備隊連合も、“移ろいの民”のユスティーナ・イルマリネンからの協力もあって、すでに接敵した魔物を殲滅し終えようとしていた。

 残る敵は、余裕さえあればゆっくり数えてもいいほどしかいない。もっとも、余裕はないので数えないが。

 部隊はそのまま、敵を一気に殲滅すべく突撃を敢行しようとするが、それをユスティが制止した。

「あの敵は私がやります。せめて苦痛のないよう、一瞬で生命を断ってあげましょう!」

 言いながら、手にした魔術目録グリモワールページをめくり、無詠唱による魔術を発動しようとする。

 が、その矢先、敵陣に突如として謎の物体が飛来し、《ワーリザード》の身体を次々と引き裂いた。猛然と回転する、丸鋸のような物体だ。

「痛くないようにって言ってるのにー!あれは一体……《動作キネティック》で武器を動かしてる?」

 叫声をあげながらも、ユスティはすぐにそれが魔術による攻撃だと理解した。なんだかんだと言って、魔術の知識に関しては彼女に並び立つものはそうはいない。初めて目にする魔術であっても、それがどのような原理を持つものなのかを瞬時に理解してみせた。

 どうやら別方面から誰かが合流したらしい。グレンマレィか―――いや、彼はこういう類の魔術を使うことはあまりない。当然ながら、フレデリカやアマラでもない。

 となると……


 魔物の群れを蹂躙する丸鋸の猛攻を傍観する部隊に、一人の再征者レコンが合流した。

 ニイハラ・タカヤだ。それとほぼ同時に、ユスティが戦っていた敵を引き受けたグレンマレィもやってきた。

「お、思ったよりも早く合流出来たな」

「ニイハラ、お前さんもか」

 顔を見合わせるなり声を掛け合う二人。

 それに、部隊の前面で戦っていたクロスロードの衛兵長であるブライアンが続く。

「ニイハラ殿に、ウィリアムス・グレンマレィか。貴方方が合流したということは……」

「正面に集まっていた敵は大体始末出来た。フレデリカと手分けしてな。今頃は彼女も、右翼の部隊と合流する頃合いだろう」

 ニイハラが応える。

 さらりと言ってのけるが、彼とフレデリカのやったことは途方もないことだ。敵陣の中枢部に切り込み、これを全滅させる。おそらくは、たった一人で500~800近い敵を殲滅しなければならないだろう。それをやってのけたというのだ。

「あんな馬鹿みたいな数の敵を?フレデリカさんはともかく、貴方までそんなこと出来るようには見えなかった……ニイハラさんってあんまし強そうじゃないし」

 いっそ目眩まで催しながら、ユスティーナがそんなことを口にする。

「そりゃどうも。赤の他人だからって好き勝手言うのはやめといた方がいいと忠告しとくからな」

 その言葉に睨むように目を細めながら返すニイハラ。

 それを聞いた無精髭が、突然吹き出した。

「違いねえや!そこら辺にいそうなただのニイちゃんの癖してさぁ」

「このおっさん……っ」

 どうでもいい話を無駄に引っ張りやがってと言い返しそうになるが、言うだけ無駄な気がするので、ぐっとこらえて聞き流しておいた。

 グレンマレィのことは無視して、ニイハラは続けて部隊を指揮していたフォルニアの警備隊長に呼びかける。

「ったく……そろそろ“岩の島”の向こうにいた魔物もこちらに追いつく頃だろう。そいつらも排除しよう。俺も協力する」

「了解した。想定よりも遥かに早く正面の敵は潰せたな。負傷者もいない。体勢は万端整っている、このまま押し切ろう。貴殿がいてくれると心強い」

 先の作戦会議ではあれほど散々口酸っぱい台詞を並べていた警備隊長も、すっかりニイハラの実力は認めてくれているようだ。

 何にせよ、戦いの大勢はすでに決している。残りの敵が《ロックアイランド》を回り込みつつこちらにやってくるだろうが、それももう総勢の半分にも満たない。後はそれらも撃破すれば、《ワーリザード》については完全に排除が完了するだろう。


 と、その時だった。

 ユスティが声を上げながら、前方を指差す。

「あれ、見てください!」

 彼女に言われるまでもなく、ニイハラ達にもその光景は見えていた。

 遠方から、土煙を上げながら進撃する《ワーリザード》の群れ。これまでも散々目にしてきたものだ。が、今しがた見えるそれには、明らかに違う点があった。

 向かう場所が、こちらではないのだ。彼らは部隊のいる場所とはまるで見当違いの方向へと、隊列をなして進んでいた。部隊から見て右の方向へと流ていく。そこには、戦意と呼べるものが無いようにも見えた。戦う意思が見えない。もともとあのトカゲ共には何の意思も見えなかったが。

 その姿を目にして、考えられる結論はあまり多くない。

 おそらくは―――


「撤退してるんだ!やった!きっと我々に恐れをなして逃げたんです。これで一安心ですね」

 ユスティが歓声をあげる。

 が、その弾む声音に反して、どこか別の場所へ向かって進むトカゲの群れを眺めるグレンマレィの表情には曇りがあった。

「相変わらずおバカさんにも程があるぞユスティ……」

「な、なんですかまたぁ!なんにせよ、これで戦う必要はなくなったはずでしょ」

 その楽観的な発言に無精髭は半ば辟易し、吐き捨てるように返した。

「そりゃ、()()()()()()()()()……考えても見ろ。逃げるって、このだだっ広い盆地のどこに逃げる場所があるっていうんだ。連中の向かっている方向をよく見てみなよ」

 それに、ブライアンも片手を額に当てて、にじむ汗を拭いつつ頭を抱えた。

「これは、やってしまったかもしれん。このままだと、我々の戦いは無意味どころか、ただの逆効果だったということになりかねんぞ」

「へぇ?そ、それはどういう……」

「あの()()()()()()()の習性を思い出しなさいよ」

 グレンマレィがそこまで言って、ようやくユスティにも目の前の事態が何を意味しているのか理解出来た。

 今まで安堵に緩んでいたその顔から、次第に表情を失せていく。

 それと共に聞こえてくるのは、根源エーテル通信による駐屯所からの報告だ。

「《ワーリザード》の群れが、《ロックアイランド》の触脚内に次々潜り込んでいます。肉体を吸収されているんです!目標の根源エーテルが急速に増大しています!」

 ユスティの顔が俄に青くなる。


「僕もやっと分かったよ。あのトカゲくん達は《ロックアイランド》の護衛兼、“非常食”だったんだ。いざという時に、急いで栄養補給するためのな。なんでこの発想に行き着けなかったのか……いや、情けない限り」

 彼女に追い打ちをかけるわけではないが、グレンマレィが続けて言う。


 おそらく、右翼側でも同じことが起きているだろう。

 残存する《ワーリザード》が、一斉に《ロックアイランド》の方に集まっているのだ。そしてそのままその触脚に取り込まれることで、根源エーテルとして―――あの“岩の山”の活動源として還元されている。元々、あの蛸のような脚にはそういう機能があるということは分かっていることだった。

 “大地の臍”の土壌を喰らい栄養を補給すれば、奴はまた別の場所へと移動を始めるだろう。しかしそれにもかなりの時間を要するため、護衛の《ワーリザード》を狩り安全を確保しつつ、王立騎士団の到着を待って、それから改めて《ロックアイランド》を討伐すればいい。それだけの時間の猶予はあると、フォルニア警備隊は予測していた。実際、その予測自体には間違いはなかった。

 予定通りに進行すれば、この作戦は特に問題もなく終了するはずだった。


 しかし、この事態までは予想出来なかった。

 が、()()()()()()()()()()()()

 トカゲと“岩の島”は同じ魔物であり、ある種の同胞である。なれば、互いを傷つけ合い自滅するようなことは無いだろうと判断していたが、それがそもそも間違いだった。魔物と一区切りにされていても、奴らはほぼ別種の生命体だ。そこに同類の情などは存在しない。平気で互いに殺し合い、互いに喰らい合うのだ。現に今、《ロックアイランド》は今まで自分を護衛していた《ワーリザード》を捕食している。《ワーリザード》もまた、示し合わせたかのように自らの身を養分として差し出している。あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()

 こうなると予定が狂ってくる。今、奴は急速に根源エーテルを取り込んでいる。このままゆっくりと終わらせるはずだった食事を、手早く済ませようとしているのだ。

 その結果、何が起こるのか。



―――大地が鳴いているようだ。

 “大地の臍”にいる全ての者の耳に、等しくその鈍い地鳴りの音が聞こえてきた。

 それに混じって根源エーテル通信から響くのは、聞くだけでその動揺した顔まで脳裏に浮かんでくるような、通信手からの報告だった。

「《ロックアイランド》が、い、移動を開始しています!進行方向は北東の方角、そちらには……ブラッケンド鉱山があります!目標はそちらに向かっているものと推測されます!」


 ブライアンが叫んだ。

「まずいぞ!単なる偶然か、あるいはそちらに“栄養”が多いと何らかの手段で察したか、このままでは第一師団がこちらに駆けつける頃には、奴は鉱山に到着した後だ!」

 《ロックアイランド》が現れたのは昨日の今日の話だ。ブラッケンドにいる、鉱夫を始めとする数多くの住人にも避難を呼びかけはしたが、いかんせんあまりに時間が足りなかった。未だかなりの数の人が向こうに残っている。このまま奴が進行を続けてしまえば、最悪彼らが残らず犠牲になるかもしれない。

 もし仮に人的被害がないにせよ、あちらにある豊富な鉱物資源を取り込んだりした日には、外殻はさらに分厚く強固になるというのも否定は出来ないだろう。そうなれば、第一師団約三千名の手をもってしても、倒すことが出来なくなるおそれもあった。

 このままでは、事態は考えうる限り最悪の方向に行き着いてしまう。多くの人の生命が失われる上に、魔物が力を蓄える。戦略的に見れば完膚無きまでの敗北だ。


 ユスティが涙目になりながら悲鳴を上げた。

「私達が戦ったせいであの山を急かして、移動するのを早めてしまったってこと?そんなぁ!それじゃ初めからこんな作戦しなきゃよかったじゃないですか!」

 それを皮切りに、部隊が俄にざわめき出した。

 が、それが混乱という形に移り変わる前に黙らせたのは、グレンマレィのそのいつもと変わらぬ軽口だった。

「あのなぁ、みんな落ち着けよ。ユスティも。いくら魔術の才能はあっても所詮再征者レコンとしては二流だとはいえ、誇りを持って仕事する以上そんな台詞は吐いちゃダメでしょ。連中を放ったらかしにしてたら、それはそれでトカゲくん達が各地に散らばって被害を出す可能性だってあった。だからこそ早い段階で対処するために、今回の作戦があったんだろう。さすがのおバカさんでもそこまでは分かってると思ってたんだが……」

「(失礼すぎる物言いだけどなまじ正論だから言い返せない、この人はホントにもう~!)」

「警備隊のお偉いさん方も、思い出していただきたいね。昨日()()()()()()()()が言ってただろ?」

 そう言いながら、グレンマレィはニイハラの背中をポンポンと叩いた。

 ここまでお膳立てされると、最早ニイハラの方から言う台詞など無いに等しいのだが、あえて口に出すことにする。


「そうだな。やっぱりあんたとは気が合うみたいだ、代弁してくれて助かるよ。

―――昨日の作戦会議で取り決めたことだ。部隊の各員にも通達はされているはず。“それ”を実行しよう。作戦プラン変更だ。王立騎士団が来る前に、俺達だけでケリを付ける」



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