44.二次推進穿孔式比例炸薬弾
右翼から敵と接触する、《騎士》により構成された部隊。
“移ろいの民”が先んじて敵を引きつけ、そちらに向かおうとする敵を側面から奇襲する。その作戦は予定通りに進んでいるというのに、このような状況になってしまっていることへの不甲斐なさを感じる余裕すら、彼らにはなかった。
部隊の先頭を切るのは、ラルフ・ハンセンだ。彼は正面から突きつけられる槍の穂先を、その身の丈ほどの大きさの大剣で弾いた。フレデリカの《壊心の剣》ほどではないにせよ、リーチが長く幅の広い刃は、盾のように扱うことも出来る。
《ワーリザード》の刺突を弾き返したラルフは、そのまま怯んだ敵に止めを刺そうとするが、続けざまに別の敵が放った突きにより阻まれる。
「グ……ッ!」
彼は呻きをあげながら、それを受け止めた。敵の攻撃は絶え間なく、防戦一方で反撃の糸口が見えない。
“移ろいの民”の働きにより、部隊が接敵している敵の数はおよそ300強ほどにまで絞れただろう。未だ数的には二倍近く不利ではあるが、まだ何とかなる数だ。だというのに、部隊は苦戦を強いられていた。
それもそのはずだ。実際に敵と向かい合い刃を交えているのは、《騎士》150名の内の、半分にも満たない数だったのだから。
《騎士》の中には、“戦士”として自らの肉体を武器にこの階級まで上り詰めた者もいれば、あるいは魔術師としての実力を持つ者もいた。そういった者達が分け隔てなく混在しているのが、この部隊だったのだ。
そして、魔術師は一度に多くの敵を殲滅出来るだけの火力を発揮することが出来るが、その身体はあまりに脆弱だ。詠唱する前に敵の攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。だからこそ、腕っぷしに自信のある戦士職の者達が、彼らを守護する壁役を引き受けなければならなかった。
つまり、70名に満たない数の人員で、その四倍以上の数からの攻撃を一時とはいえ持ちこたえなければならない。単純計算でも一人で四体以上の魔物を捌かなければならないのだ。それは、困難を極める役割だった。
ラルフとしては、そのような重荷を自分達が背負い、魔術師達は少し距離を置いた安全な位置で戦うという現実に対し、別段不満はなかった。
元々自分達のような“戦士”は、才能を保たない身でありながらそれでもなお人々のために戦おうという意志を持った者達だ。この不出来な生命で、他の者達が勝利を手にする足がかりを築くことが出来るというのなら、それはそれで本望であるのだ。
とはいえそんな心意気と、それで実際に戦いに勝利出来るかというかはまた別の問題である。
敵の攻勢はあまりに激しい。これでは自分の身を守るだけで精一杯だ。
「魔術師からの攻撃はまだか……!」
早く手近な敵だけでも始末してもらわなければ、このまま壁役がやられ、そのまま敵が魔術師の方にまで押し寄せることになる。そうなればお仕舞いだ。
誰に向けるでもなくそう叫びながら、ひたすらに絶え間なく襲い来る複数の槍を防ぎ続けるラルフ。
そんな攻防が数分続いた時だった。
後方からいくつもの火球が飛来し、《ワーリザード》の群れに降り注ぐ。詠唱を終えた魔術師達が、ようやく攻撃したのだ。火の根源による高熱量によって、前方の魔物の群れが焼き払われていく。
―――しかし。
ラルフは自分の背の向こうから響く、女性の悲鳴のような声を聞いた。
「だ、駄目です!火力が不足している。何体か無力化することは出来ても、敵を一掃することが出来ません!」
魔術というのは、肉体的にはどうあっても男よりも劣る女性が、魔物と戦うことの出来る数少ない手段のひとつだった。そのため女魔術師というのも多く、その中にも《騎士》となれる者はいくらでもいた。魔術師としての実力には、男女の差は存在しないのだ。
そしてこれについてもまた、性差の問題ではない。純粋に魔術師の力不足なのだろう。燃え盛る炎を掻い潜り、何体かの《ワーリザード》が飛び出してきた。その体表面はわずかに焼け焦げているものの、あまり負傷は無いようだった。魔術師達の渾身の攻撃は、あまり戦果をあげられなかったようだ。
後は先程と同じである。襲い来る敵の猛攻を、ひたすら耐える戦士職達。
ラルフは再び叫んだ。
「だったらもっと火力を上げて、もう一度同じことすればいいだけだ!詠唱を急げ!」
少なくとも、数体の敵を撃破することは出来た。未だ敵の勢いは留まることを知らないが、何度も繰り返し攻撃すればいずれは全滅させられるはずだ。ならば今やることは、魔術師を守るために敵を食い止めることだけだ。
そんな中だった。
ラルフの耳に、四方八方から響く剣戟の音に混じり、小さなうめき声が届いた。
「ウグ、ゥァ……ッ!」
「―――!!」
彼は咄嗟に大剣で受け止めた槍の穂先を全力で押し返しつつ、声のした方へと向く。
一人の再征者が、トカゲの突き出した槍を両手で受け止めた状態で、地面に押し倒されていた。すでに腹部を一突きされているらしい。続けざまに胸へと向かう槍を、なんとか食い止めている状態だ。穴の空いた腹からは、脈動するかのようにどくどくと血液が溢れ出ている。
「グア……カ、ガハッ!」
再征者は必死に槍を押し返そうとするが、それも叶わない。今まさに、その心臓に穂先が突き刺さろうとしていた。
その姿を目にしたラルフの頭の中で、何かが音を立ててキレた。
他者のために自らの身体を犠牲にする。そんな彼は、自らの危機ではなく、他者の危機によってその肉体に宿る力を目覚めさせるのだ。
「どけェトカゲ共ッ!!」
巌の如く隆起した両腕の筋肉が旋風の如く大剣を振り抜き、二体の《ワーリザード》を一度に両断する。
そのまま敵を振り払って仲間の再征者の元へと駆けつけたラルフは、彼を仕留めようとするトカゲの無防備な横面に斬撃を叩き込んだ。
「ラルフ……!」
首の皮一枚つながったものの満身創痍の仲間に、彼は吠えるように呼びかける。
「一度後退して《活性》を受けろ!それから戦線復帰だ!」
が、それと同時に、再征者の顔に驚愕が浮かんだ。
「後ろだ!」
「……ッ!」
背後へと振り返る。その瞬間には、鋭い槍の先がすぐ目前にまで迫ってきていた。狙いはこちらの頭だ。すぐさま身を捩りかわそうとするが、間に合わない。なんとか急所は外れたものの、右の頬の肉が切り裂かれた。
「ゲェァ……!」
ラルフの身体が大きくよろめき、飛び散る血しぶきが地面を赤く染める。
が、彼は両足で踏ん張り体勢を立て直し、反撃の一振りでトカゲの腹を真っ二つにした。
「ガアアァァァァッ!!」
裂けた口を大きく開きながら発せられたその雄叫びは、最早人のそれではない。敵を返り討ちにしたラルフは再度仲間に振り返り、もう一度呼びかける。
「行け!!」
「……分かった。すまない!」
彼はよろよろとその場で立ち上がり、負傷した腹部を抑えながら一時戦場から離脱した。後方にいる魔術師と合流し、《活性》の魔術をかけてもらうのだ。そうすれば一応の治療が行え、戦線に復帰することが出来る。
腹をえぐられた人間が、敵の槍を受け止め、歩いてその場から離れる。それは、戦士と呼ばれるものが自らの身体を鍛えていると言っても、かなり無理のある動きだった。
戦士職と言えども、魔術による恩恵をまったく受けないというわけではない。彼らは自らの肉体をさらに補強するために、《頑強》の魔術を自分で発動するなり、他の魔術師に発動してもらうなりして付与していた。正真正銘その身ひとつで戦う戦士というのは、実際のところはほとんどいない。
―――ただ一人、ラルフ・ハンセンという男を除いては。
彼は、魔術を一切使えない。それは、苦手だとかそういう次元の話ではなかった。彼の肉体は生まれつき、外部からの根源の作用を受け付けなかった。他者の発動した魔術であろうと、彼には適応しなかったのだ。そのため《頑強》も《活性》も、彼には使えない。本当に自分の肉体しか頼れるものはなく、傷を負えば自然の治癒力により塞ぐしかないし、傷跡を消すこともできない。だから彼の身体には数多くの傷があるのだ。そして、今しがたできた口を大きく引き裂くようなこの傷も、完全に癒えることはないだろう。
敵が再び、大挙して迫りくる。それを見据えながら、ラルフは口角を引き上げた。切り裂かれた右の頬をも、筋肉が血を滴らせながらニヤリと引きつる。
「いいだろう、来るなら来い。俺を殺すというのなら殺せ。その代わり……」
元々、再征者として生きることを決めてから、いずれは限界に直面する時が来るだろうとは予感していた。どうやら、その限界が今やってきたようだ。
実りの無い人生ではなかった。自分の手で救われた者達は少なからずいたであろうし、そのことを思い返せば、決して無念だとは思わない。
いい頃合いだ。ここが死に場所になるのだろうか。
それはそれとして、どうせ死ぬなら一匹でも多く魔物を道連れにしてやるが。
「貴様らも殺してやるァァッ!!」
咆哮をあげながら敵を迎え撃たんとするラルフ。
瞬間、一体の《ワーリザード》が、何の前触れもなくその頭部を破裂させ即死した。
「―――なに!?」
しかも、それは一度ではない。呼吸を一つする程度も間を置いて、別のトカゲも同じように頭が弾け飛び勢いよく倒れた。
「……何だこれは」
煮えたぎる溶岩の如く噴火したラルフの精神は、この一瞬ですぐさま沈静化された。
これは一体どこからの攻撃だ。魔術と思しき軌跡は何も見えなかった。まるで、魔物の頭の中がひとりでに爆ぜたようだ。
―――いや、違う。長年の修行によって、人間が到達し得る限界に近い動体視力を持つに至ったラルフの目には、ほんの一瞬だけだが見えた。
爆発が起こる直前、《ワーリザード》の頭部に何か小さな指のような形の物体が飛来するのを。その飛んできた角度から考えるに、この攻撃の主がいるのは……
彼は未だ過酷な戦闘の最中でありながら、思わずそちらに視界を向けてしまった。
突入地点の崖。魔術で攻撃するにしても、あまりにも遠いその場所に。
※
先の一射と合わせて、これで三発を撃ちきった。弾倉が空になる。
エリナは傍らに置いてあった小さな箱に手を突っ込み、そこから三発の弾薬を取り出した。予備の弾を携行するための弾薬箱だ。ひとつあたりに45発。それを二つ持ってきているので、合わせて90発弱の弾丸が彼女の手元にあることになる。
一掴みに手に取った弾薬を、素早く弾倉に込める。その動作も、これまで散々練習、実践して来たものだ。再装填を完了するのに、五秒とかからなかった。ボルトを押し込み薬室への装填も完了。再び《黒い羽》を構え狙いを定める。
標的は、右翼の部隊に接近する魔物の群れ。前衛役をしているらしい戦士達を狙う個体を一体ずつ潰して、彼らの負担を少しでも減らす。
引き金を引き、銃口から薬莢の炸裂と共に弾丸が放たれる。
近距離での戦闘を想定した《多弾》と違い、《黒い羽》は長距離狙撃のための武器となる。となれば、少しでも遠くに飛ぶ射程と、空気抵抗や風圧による影響を受けず速度と弾道を維持する安定性が求められた。
そこでニイハラは、これに用いられる弾丸に、《多弾》のものとは別の術式を施した。弾薬が単純に大きくなれば刻印を転写出来る余地も増え、それだけ複雑な術式も施すことが出来る。数が多いこともすなわち強さであるが、大きいこともまた力なのだ。
それが、《二次推進穿孔式比例炸薬(Secondary Thrust Piercing Proportion Explosives)弾》である。
発射された弾丸は、それと同時に薬莢内にて炸裂した根源を還元、再利用し、実体を持ったある種の殻として被覆する。その殻の先端部は鋭利な棘のような形状をしており、着弾時における貫通力を高める。それだけでなく、殻は発射された後も周囲にある根源を微量ずつ吸収しながら、それを風の根源に変換し、推進力として利用する。
つまり、撃ち出された後もなおロケットのように―――無反動砲のRPGのように噴射による加速をかけるのだ。これにより弾丸の速度と飛翔距離が大きく向上し、射程距離も伸びた。《黒い羽》の推定される有効射程距離は、およそ4,500メンス。例え崖の上からでも、戦場の広い範囲を狙い撃つことが出来る。なんなら狙えと言われれば、あの《ロックアイランド》の身体のどこでも狙い撃つことが出来るだろう。
また、弾丸を被覆する殻の役目はそれだけではない。命中すると同時に、殻はその根源の全てをさらに還元し、もう一度炸薬として機能する。すなわち、弾丸を発射するのと同じだけの衝撃を再度発生させるのだ。言い換えれば、標的に命中したところで、弾をもう一度発射する。
それにより、ダメ押しとばかりに貫通力を高め、標的の身体の奥深くへと潜り込む。外殻などの防御を貫き、敵の急所に届かせるための術式だ。《ロックアイランド》の身体を覆う鋼鉄の外殻も、これならば二、三枚程度なら貫通することが出来るだろう。
そこで初めて殻が破れ、被覆されていた実体の弾丸が顕になる。そしてそこには、《多弾》に使われているものと同じ《比例炸薬》の術式が施されている。つまり、敵の肉体を火力として利用するという構造は変わっていないわけだ。
遠距離から敵を捉え、確実に撃破する。その目的を達成する上で、これが最良とも呼べる選択だと言えた。
そして、未だ100発近くある《二次推進穿孔式比例炸薬弾(STPPE)弾》の猛威が、《ワーリザード》を襲うことになる。
まず初めに放たれた一発が、トカゲの頭部に命中。二次推進による衝撃はそれだけで皮膚を陥没させるには十分だったが、そこに加えて体内で生じる爆発だ。急所にこれを受けて生きていられる生物などいない。
始末した標的が倒れる様も確認せず、ボルトを作動させ排莢と再装填を行い、次なる標的を《射撃管制式》に捉える。その時間三秒弱。
続けて、二発目、三発目の弾丸も敵を即死させる。弾倉から弾が尽き、再び弾薬箱から取り出して弾込めをする。
後は、それを繰り返すだけだ。引き金を一つ引く度に、敵が一つ死んでいく。
その殲滅速度は早いものの、一度で多くの敵を仕留めることが出来ないため、効率が良いとは言い難い。エリナが知る由もないことであるが、先程ユスティーナが使っていた《火焔穿槍》と同じようなものだ。
だがこの場合、エリナは遠く離れた安全な場所から攻撃を行っている。敵にはそもそも彼女がどこにいるのかすら分からないだろう。そうである以上、彼女が襲われる危険もない。長距離狙撃の利点はここにこそあった。自らは敵の猛威に晒されることなく、ただ一方的に攻撃することが出来る。
そういう意味で言えば、この戦場において最も優位な立場にいる者は、他ならぬエリナであった。戦いを広く見下ろしながら、ただ自分の一存のみで敵対者の生殺与奪が決定される。今の彼女は、戦場における支配者とさえ言っても良かった。
それは、先程《カーネイジウルフ》を返り討ちにしている時以上の、凄まじい快感だった。
そして、例え一度に多くの敵を仕留めることは出来ずとも、彼女の攻撃により間違いなく何人かの再征者は救われていた。一度に四体襲い来る敵が一体減るだけでも、形成を逆転するだけの機会を与える。
遠く、《射撃管制式》によりその姿を拡大されてもなお虫けらほどの大きさに見える一人の《騎士》が、裂けた口から血を垂れ流しながら、エリナの援護を受け、一体のトカゲが放った突きを受け流しつつ、続けて連続攻撃をしようとする別のトカゲを逆に返り討ちにしていた。
最早そこに、一切の疑いはない。間違いなくエリナは、この戦場における確かな戦力であった。
こんなことは初めてだった。以前の自分はいつも、本命の戦力となる誰かに隷属するおまけでしかなくて、己の力でやれることなど何もなかった。
だだ、今は違う。自分の力で、何百という戦力の状況が大かれ小さかれ操られている。
「(無力な《下級》でも、囮ぐらいしか出来ない下っ端でもない……この戦い、この状況で、私は確かに戦っている。私にだって自分の価値を、生きる意味を証明する手段はいくらでもあるんだ。
―――ちょっとずつ分かってきた。ニイハラ、こういうことだったんだね!)」




