41.遊撃手 ニイハラ・タカヤ
「……すまん。恩に着る」
眼を細め、わずかに俯きながらそう漏らすグレンマレィ。
彼も飄々としているものの、その根本にある人間性は善いものであった。ニイハラに困難を無理強いしている自分への罪悪感があったのだ。
が、当のニイハラはそんなことは気にしない。そもそも自分がそうしようと考えていたことなのだから、それを他人から頼まれたところでどうということはない。
乾いた笑みを浮かべながら、グレンマレィの言葉に応える。
「結構、礼なんていらない。そのための遊撃手なんだから。……それよりも、俺が離れる以上、ここはあんたに任せたぞ。何とか持ちこたえてくれよ」
「分かった。任せてくれ」
「頼む」
無精髭の返事を聞くと同時に、ニイハラは彼から背中を離し、戦場の中心部―――巨大な“岩の島”により近い場所へと向かって進み始めた。その行く手を阻もうとする《ワーリザード》の群れを、《鋼鉄の主》でなぎ倒しながら。
一人この場に残ったグレンマレィは、呟く。
「任せたも何も、お前さんのせいでむしろこっちは手持ち無沙汰だよ……」
ニイハラと二人がかりで戦っていたためか、周囲の敵はすでにほとんどが一掃されていた。これでは持ちこたえるまでもない。かなりの余裕が出来てしまった。これもまた、ニイハラの類まれなる実力のおかげだろう。
このまま敵もまばらになった戦場で、悠長に遊んでいるわけにもいかない。
「となれば僕も僕で、誰かの手助けをしなくちゃな」
彼にフレデリカを援護するように頼んだのだ。となれば、手の空いた自分も別の誰かに同じことをしなければ、男としての恥というものだろう。
この戦場において、過酷でないところなど一つもない。一度戦いに参戦すれば、全ての者に死の危険はつきまとう。もうそろそろ遅れて進軍してきた他の部隊が到着する頃合いだろうし、そうでなくとも、今この瞬間にも戦っている者達がいる。“移ろいの民”の仲間だ。
その中に一人、グレンマレィが気にかけている者がいた。“移ろいの民”は皆優秀な戦士であり、あるいは魔術師である。しかしその上で、今回の戦いをやり過ごすのは少しばかり厳しいであろうと思われる者が一人だけいた。
ならば今のグレンマレィがやるべきことは、そいつを援護してやることだろう。
「待っていろユスティ。心細いだろうが、僕が今行ってやるからな」
そのままグレンマレィは、風の根源により推進力を得ながら、流れるように戦場の左翼側へと向かった。
※
もう何度目だろうか。振り抜かれた《壊心の剣》が並み居る敵をなぎ倒し、フレデリカの周囲18メンスから生きた魔物はいなくなる。
幾度となく繰り返してきたその攻勢。それでもなお無尽蔵に周囲から集まってくるトカゲの群れが、じりじりとこちらに詰め寄ってくるのを見据えながら、再び大剣を構え直す《勇者》。
そんな中であった。
それは微かな、ほんの微かな、ともすれば見逃してしまいそうな異変だった。
《壊心の剣》を掴む両の腕が、少しだけ重くなったような気がしたのだ。
他でもない、それこそ彼女の肉体から生命力としての根源が失われているという証左だった。それが、疲労という形で顕在化し始めたのである。
とはいえ、まだそれも初期の初期の段階だ。いうなれば、軽いジョギングをし始めて徐々に身体が暖まっている状態。疲れているどころか、むしろ調子が出てきたと言ってもいい。
それでも、だ。この感覚はフレデリカにとってはほとんど経験のない、―――あるいは初めてと言ってもいいものだった。
なにせ、18メンスの大剣を凄まじい速さで振り抜くのだ。それだけで大抵の戦いは終わる。彼女にとっての依頼というのは、それこそほんの一太刀のもとに決着が付くようなものだった。
だが今回は違う。一刀のもとに敵を両断しても、その傍からすぐに別の敵が現れる。そこに際限はない。すでに彼女は100に達しようという魔物を討伐していたが、まだ戦いに終わりは見えない。これは、フレデリカが再征者としての人生を歩み始めてから初めてのことだった。
そしてそれを前にして、彼女の肉体はついに、未だかつて踏み込んだことのない領域へと突入しようとしていたのだ。その先に待つものが何なのか、それは彼女自身にも分からない。
だが、フレデリカには不安はなかった。なんであれ、自分の肉体は、自分の意思で制御出来るはずだ。
彼女は、限界を意識し始めた自らの肉体に対して、胸中で喝を入れた。
「(私の身体の癖に、なに悲鳴をあげようとしている。そんなことは許さないぞ)」
そうして迫り来る魔物を迎え撃たんと、その身体が再び風のように疾く、そして噴火する火山のような力強さで動き出そうとした。
その瞬間だった。
その声は、押し寄せる敵の足音をかき消さんばかりに大きく、フレデリカの耳朶を打った。
「フレデリカーーッ!」
それと同時に、四つの丸鋸が彼女の背後、迫り来る敵の群れに目掛けて飛来し、数体の《ワーリザード》の身体を引き裂いた。
「――――なに?」
ここで初めて彼女は息を呑んだ。千体に達する敵の群れに対峙してもなお、そよとも揺るがなかったフレデリカが、驚嘆した。
いつの間にやら彼女の傍には、一人の再征者が立っていた。
ニイハラだ。
彼女は突然の乱入者に対し、わずかに声を荒げ呼びかけた。
「ニイハラ!?どうしてここに。……危険だ、離脱しろ!」
他者が死の危機に瀕した時。彼女がその顔に焦りを浮かべる数少ない状況、その一つはそれだった。
しかしその声を聞いたニイハラは、一向にフレデリカの言う通りにはしなかった。ただ、軽薄そうな笑みを浮かべて、あまつさえこんな返事を寄越してくる。
「あんたが大声出すのを初めて聞いた。そういう顔もするんだな。……援護に来た。一緒に敵を倒そう」
「冗談のつもりでここに来たのなら、やめておけ。死んだって知らないぞ」
「これが冗談かどうかは、実際に見て確かめて欲しいね。……《圧縮》、解除」
そう応えると同時に、ニイハラは自らが携帯していた《圧縮》の魔術を解除した。フレデリカがそうしたのと同じように、保管していた武器を取り出したのだ。
そうしてニイハラの手に握られたのは、彼の脚ぐらいの長さをした一振りの両刃の剣だった。その刀身は鋼鉄で形作られていたが、それと別に両刃の刃の内側、ちょうど剣の芯とも呼べるような部分は黄味がかった白色をしていた。そこだけ使われている素材が異なるようだ。
魔物の骨と思しきものが、まるで継ぎ足すかのように鉄の刀身で補強されていた。
彼がゲルマニアに転生したその翌日、即席の武器として《カーネイジウルフ》の骨から作り出した魔術触媒、通称《肋の柄》。
それも所詮は、急ごしらえで作り出したおもちゃのような短剣を、根源を利用することで切れ味を確保しただけのものだ。以前の依頼でエリナが敵と相打ちとなった例があるように、武器としては若干心許ないものだった。《黒い羽》や《多弾》のような、より上等な武器が出来上がった今となっては、さすがに力不足というものだろう。
とはいえ、それでも折角作ったものだ。出来る限り利用しなければ勿体無い。そこでニイハラは、エリナのために銃を製造するのと並行して素材を集め、《肋の柄》にさらに追加で刀身を継ぎ足し、その上で魔術による強度補強の修飾を重ねることで、より性能の良い武器として改造することにした。
それがこの、骨の柄に鋼の刃を持つ剣―――《複合魔剣》だ。
“神”の施しによって得た魔術の知識を用い、直々に修飾を行ったのだ。それにより得た刀身の強度は、それこそゲルマニアにあるどんな武器よりも優れている。長さはともかくとして、フレデリカの持つ《壊心の剣》と、頑丈さにおいても切れ味においても、一切引けを取らない。
それに加え、根源への適応性が高い骨の部分も残っているため、依然として魔術触媒としての機能も有している優れものだ。斬ってもいい、魔術に使ってもいい。それ故の“複合”という名である。
しかもしかも、この武器の優秀なところはそれだけではないのだ。(通販番組か)
《複合魔剣》を両手で構えながら、さっきのグレンマレィの時と同じように背中合わせになったフレデリカに、不敵な横顔を見せる遊撃手。
「昨日の作戦会議で、あんた自身が試したところだろ?俺もこんなナリで、腕っぷしには自信があってな。まぁ見てなって」
「……」
訝しげにその横顔を見返すフレデリカ。
と、無駄話をしている場合ではない。この戦場において、ほんの一時であろうと油断している暇などないのだ。いつの間にやら、トカゲの群れはこちらの目と鼻の先にまで接近していた。今まさに、数体の《ワーリザード》が、フレデリカの身体に槍を突き立てようとしていた。
「邪魔だ!」
そうはさせじと、《壊心の剣》を振るい、こちらに迫りくる槍のその穂先ごと、敵を一掃する。
そうして続けて、彼女は改めてニイハラの方へと振り返り、叫ぶような声で呼びかけた。
彼とて同じだろう。すでに無数の魔物が、ニイハラに襲いかかっているはずだ。
「ニイハ―――」
が、その瞬間、フレデリカの眼に映ったのは、迫り来る魔物に対して剣を振るうニイハラの姿だった。
彼を囲むおよそ十数体のトカゲ。その数と同じだけの斬撃を放つ。一体は斜めに、一体は横一文字に、一体は唐竹割りにそれぞれ斬りつける。
その動きをはっきりと視認出来たのは、“失くし児”の異端による力で、常人離れした動体視力を持つフレデリカだけだろう。他の魔物共には、ただ一振り、良くて辛うじて二振りその斬撃の軌跡が見えただけだ。そして見えた時には、それすなわち生命の終わる時だった。
ただの一振りが、その十倍を超える斬撃となって襲い、トカゲの群れを残らず両断していく。
《複合魔剣》の優秀な点は、それだけではない。(通販番組か)
触媒となる骨の部位だけでなく、そこに継ぎ足された鋼の刀身にも、ある術式が刻印されていた。それはエリナの使う銃の弾―――“比例炸薬弾”と同じ原理のものだ。刀身が当たった箇所の根源を還元し、それを高熱として纏うというものである。これによりさらに斬撃の威力を増すことで、どんな相手であろうと常に一定の切れ味を確保出来るようになった。
どんな敵であろうと関係ない。今トカゲ共がそうなっているように、溶けかけのバターみたいに綺麗に割り裂いてやるだけだ。
両断された《ワーリザード》の死体、その断面は、刀身が纏う高熱によって焼き切れ、出血することさえなかった。ニイハラの周囲には、“赤い霧”は生じない。そこにはある種の、清潔さすらあった。
もっとも、彼自身の斬撃に伴って、ニイハラの背中に展開された《鋼鉄の主》が操る丸鋸が、《複合魔剣》の間合いの外にいる敵を襲い、刃の食い込んだ身体から掻き出すように吹き上がる血液が周囲に飛び散っているわけだが。
その戦いは、フレデリカの行うそれと何ら遜色ないものだった。
彼自身グレンマレィにも言ったことだが、ニイハラの戦法はあの無精髭の《騎士》が努力の末に行き着いた、“体技”と“魔術”の合わせ技。再征者の理想とされる戦いと、ほぼ同じものだった。しかしフレデリカには、(本人には申し訳ないが)グレンマレィのそれよりも、より洗練されているものに見えた。
ニイハラは確かに、襲い来る無数の―――まさしく無数としか形容できない敵も、物ともしていないのである。
「さ!これで分かっただろ。俺は敵の半分を引き受ける。あんたは残りの半分に集中すればいい。行くぞ!」
有無を言わさぬ説得力を伴って、彼は再びフレデリカに呼びかけた。
彼女は確信した。この男は、おそらく自分よりも戦士として総合的に強い。自分がニイハラに勝っている点など、それこそ振るう剣の長さぐらいのものだと思えた。
そうである以上、その言葉に対する異論はなかった。
「……分かった。ここは貴方に任せたし、私も任された!」
二人の再征者は重なり合ったその背を離し、互いに正反対の方向へと前に出た。
それぞれの敵を殲滅するべく、戦場を駆け抜けるのだ。
その時だった。
ニイハラの耳に―――というかその脳に直接、声が届いた。
「《騎士》部隊、および警備隊混成部隊、双方とも敵と接触します!」
男の声だが、ニイハラには聞き覚えのあるものではない。どうやらフォルニア駐屯所の通信兵のもののようだ。
戦闘に参加する者達には、事前に根源通信のための術式が施されていた。駐屯所に残る観測手が物見塔から得た戦場の動向を、通信手が逐次伝えるためのものだ。
それが今活用された。どうやらこれから、他の部隊が戦闘に加わるらしい。
となれば、これから正念場だ。
そして、それに続けてだった。警備隊により施されたものとは別に、ニイハラもまた根源通信用の術式を用意していた。“彼女”と、離れた位置でもやりとりするためにだ。
通信手の声に続いて、ニイハラの頭の中に声が響いた。
エリナだ。
「ニイハラ、ごめん!こっちの身の安全を確保するのに手間取った。今から援護するよ!」
「よし来たァ!」




