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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第二章 氷雪の大地、沈まぬ陽光の彼方より
36/55

36.平和を欲するならば、戦いに備えよ



 つい先程まで空気の緩みきっていた広場は、一転して狂乱の渦の中へと飲み込まれることになった。

 一人の再征者レコンを襲った《カーネイジウルフ》が、その爪を強靭な前足ごと振り抜き、身体を引き裂く。まるで何かに蹴飛ばされたかのように、再征者レコンの身体は前方へと何度か転がった後、仰向けに倒れ込んだ。

 彼は、何が起こったのか理解できていなかった。ただいつの間にか身体が仰向けに寝ていて、ぼやける意識の中、自分の身体が半分ほど裂け、そこから血となんらかの固形物を吐き出されている様を眺めながら、うわ言のように繰り返すばかりだった。

「へぇぇっ!?嘘、嘘、嘘、嘘、嘘―――」

 魔術刻印に以上が生じた時の根源エーテル通信のスピーカーのように同じ言葉だけを繰り返す男の、その致命傷の腹が、別の《カーネイジウルフ》の前足によって踏み潰された。

「げぶっ」


 最初の一体を皮切りに、広場を囲う茂みの奥から次々と《カーネイジウルフ》が姿を現す。何のために、などと言うまでもない。

 元々、フォルニア山脈は開拓が行き届いていない手付かずの土地だ。そこに多数の魔物が棲息していたとしても、何もおかしいことではない。今までこの辺り一帯の安全が確保されていたのは、ひとえに駐屯所の警備隊が日毎ひごと眼を光らせて警戒しているからだ。

 いくら獣の類であろうと、自らの身の危険を察する程度の能力はある。あるいはその辺りは人間よりも遥かに優れているかもしれない。自らの天敵となる人間の眼をやり過ごすために、彼らは東側の山全体を覆う森の中で、ひっそりと隠れて生きてきた。

 求むるままに他者を襲い、喰らう。そんな本能を抑圧されていたのだ。

 そして今、警備隊の殆どは《ロックアイランド》の討伐に向かい、山全体の監視は今日この時に限りほとんど行われなくなった。さすがに今回ばかりは、本来の職務を放棄してでもこの急を要する事態に対応せざるを得なかった。

 その結果、多くの獣達が抑圧から開放されることとなった。そしてその矢先に、まるであつらえたかのように、すぐ鼻先に手頃な獲物が現れたのである。

 そこから起こることなど、ひとつしかない。


 この場に残っていた《貴人級ノーブルクラス》以下の再征者レコン達は、根本的にその事実を理解できていなかった。

 彼らの多くは、危険な仕事は極力避け、手頃な依頼クエストばかりを遂行し小遣い稼ぎし、その結果今の階級になったような者達である。元来、《貴人級ノーブルクラス》程度なら、よほど生き急ぐような者でなければ誰でもなれるのだ。彼らはそういった、凡百な者達だった。

 今回の依頼クエストの莫大な報酬に目がくらみ、それでありながら本来やるべき戦いから逃げ、安全な場所で傍観を決め込むことにした。

 が、それがまず間違いだったのだ。

 このフォルニアの山において、本当の意味で安全な場所など存在しない。この再征者レコン達にはそれを理解するだけの経験と、なにより危機感が不足していた。この場において、戦わないなどという選択肢は存在しないのだということを、分かっていなかった。


 いくつもの悲鳴が、いたるところから発せられる。

「魔物だ!」

「嘘だろ、どこに居たんだよ!」

「に、逃げ―――」

 彼らは遮二無二しゃにむにこの場から離れようと逃げ出した。数十人の人の群れが、一目散に崖から分かれた斜面の方へと向かって動いていく。

 が、その行動はあまりにも遅すぎた。彼らが動き出した瞬間には、さらに数人の再征者レコンが、次々と現れる《カーネイジウルフ》の鋭い爪や、あるいは牙の餌食となった。

「げぇ゛ぇ゛」

「ひぇああああ!!」


 《カーネイジウルフ》は、ひとつの獲物を狩ることに意識を集中させる。そのため、ある獲物を狩っているその隙を狙って、他の者が隠れて攻撃するのが最も安全な撃退法となる。

 が、他の獲物がこれみよがしに無防備な姿を晒して、土の下にいるモグラですら聞こえるような大声を挙げるとなると、話は違ってくる。それではさすがに別の獲物の存在に気づくのも当然のことであるし、そちらに標的を移すのも道理だった。

 一人の人間を仕留めた魔物が、続けざまに別の者に襲いかかる。全力疾走する人間の、その数倍の速さで駆け回ることができる《カーネイジウルフ》に対し、逃げることなど出来るわけがない。

 このままでは、二十余名の再征者レコンが全滅するのも時間の問題だった。

 茂みから現れる《カーネイジウルフ》の数はすでに十を越えており、なおも増えていく。すでに状況は、《貴人級ノーブルクラス》程度ではどうにもならない領域に入っていた。


 一人の再征者レコンの身体をトマトでも潰すかのように引き裂いた一体の魔物が、即死した死体の上に跨がりながら、次の獲物を視界に捉えた。―――エリナだ。

 その次の瞬間。魔物の頭部が勢いよく弾け、鮮血が吹き上がった。見えない手にもてあそばれるかのようにもんどり打って倒れた《カーネイジウルフ》は、そのまま小さな痙攣を数度して、完全に事切れた。


 音より速く飛ぶ鉛の塊を回避することなど、いかな俊敏を誇る獣であっても不可能に近い。目で見ることすらできないものから、逃れることなどできるわけがない。

 エリナが両手に構えた無骨な合成高分子の塊―――“拳銃”と呼ばれるそれから放たれた弾丸が、《カーネイジウルフ》の頭部に命中したのだ。

 それを確認した彼女は、続けてその虚空のようにぽっかりと空いた銃口を別の敵へと向ける。

 一人の《貴人級ノーブルクラス》の身体を、その丸太のように太い前足で捉えた獣が、そのまま生きたままその身体を喰おうとしていた。捕らえられた再征者レコンは、最早言語として形容できないほどの絶叫を上げて、抵抗にもなっていない抵抗をしていた。

 今まさにその泣き叫ぶ顔を牙で抉ろうとしていた《カーネイジウルフ》の、その牙ごと頭が再び破裂し、即死する。

 再征者レコンは何が起こったのかも理解できないまま、顔全体を真っ赤に染め上げた血糊を拭うこともせず、這いずるように逃げ出した。

 その姿には見向きもしない。エリナは再度別の標的を狙い、そして引き金を引く。それを幾度となく繰り返す。

 引き金を引く度に獣の目が、鼻が、下顎が、首の根元が、額が、弾けて飛び散る。

 その間隔は、数秒となかった。彼女はそれこそ瞬きをするほどの間に次々と、凶暴な魔物を仕留めていった。



 《黒い羽ブラックフェザー》は、根源エーテルをほとんど使うことなく、長距離の標的に対して十分な威力を発揮する兵器だ。

 が、それにも欠陥があった。ボルトを引き弾薬を再装填するための動作が必要になるため、連続で発射するのには時間がかかるのだ。しかも三発撃ってしまうと弾倉に弾込めをしなければならなくなるので、尚更である。

 そうなってしまうと、近距離にまで迫った複数の敵を相手にした場合に、さすがにその全てを捌ききれなくなる。軽量化と単純化による精度の向上を優先したことにより、武器としての汎用性は失われることになってしまったのだ。

 が、ニイハラとしてはそれも承知のことだった。そして、欠陥があるならそれを補えばいい。

 だからこそ彼は、《黒い羽ブラックフェザー》とは別に、近距離にまで迫った敵に対する対抗手段として、より軽量でかつ素早い連射ができ、装弾数も多く弾切れがしにくい。そんな“補助兵器サイドアーム”を追加で製造した。

 それがこの“拳銃”だ。


 引き金を引けば、弾薬に充填された根源エーテルが炸裂し、その勢いで弾丸が発射される。ここまでは《黒い羽ブラックフェザー》と同じである。

 しかしこの“拳銃”は、炸裂による衝撃が弾丸だけでなく薬莢も押し下げようとする力を利用し、薬莢に銃身を後方へ押させスライドさせることで自動的に薬室を開いて、発砲後の空薬莢を排莢させる。いうなれば、手動でボルトを引き下げて行っていた動作を、弾薬の方で勝手にやってくれるようになったということだ。それにより、再装填の動作が必要なくなり、短い間隔で続けて発砲することができるようになった。連続で射撃を行うことができるようになったのだ。

 結果的に構造が多少複雑にはなったが、銃身そのものは短く切り詰めてあるので、重量自体は《黒い羽ブラックフェザー》の三分の一以下にまで抑えられている。そのため、取り回しのしやすさはさらに向上していた。


 また、重量が軽減した理由はそれだけではない。この“拳銃”に使用される弾薬は、《黒い羽ブラックフェザー》のものよりもあえて一回り小さいものになっていた。《黒い羽ブラックフェザー》の弾薬は弾丸と薬莢合わせて約7サンであるが、それの半分以下である約3サンである。

 そして、それだけ小さなものであるなら、よりたくさん()()()()()というわけだ。その小さな銃身の中には、一度に十三発の弾薬を装填することができた。しかも、弾を撃ちきったとしても、一発ずつ悠長ゆうちょうに弾込めをする必要はない。グリップの下部から、弾薬をひとまとめにした箱状の弾倉マガジンを出し入れすることで、短い時間で弾の補充が可能となった。鉛筆を一本一本買うのではなく、1ダースのケースで買った方が手っ取り早いということだ。


 弾薬が小さく、なおかつ銃身が短くなったことで、弾の速度と軌道が安定せず飛距離は大きく低下することになった。が、そもそもこの“拳銃”は《黒い羽ブラックフェザー》では対応しきれない近距離での戦闘を想定しているので、飛距離に関してはそもそも度外視して問題はない。空気抵抗で軌道が逸れるよりも前に、弾は命中してくれるだろう。

 結果としてこの武骨な塊は、近寄ってきた敵を撃退することに関しては、《黒い羽ブラックフェザー》以上に有効な、弱点を補うには十二分の性能を持つ武器となった。


 短い時間でたくさん撃てるということは、そのものずばり()()ということだ。“DPS”という単語は、ニイハラもゲームでよく目にしたことがある。

 そういう意味で言えば、突撃銃アサルトライフルとかを作ってやればよかったのかもしれないが、さすがに重すぎてエリナには扱えないかもしれない。彼女が問題なく扱え、最大限の火力を発揮し、かつ素早い攻撃ができる手段はこれだと判断した。

 そう、これは十分に強力だ。

 だからこそニイハラはこの武器に、《多弾ハイパワー》という名をつけた。もしかしたらどこかに同じ名前の銃があるかもしれないが、そんなのは別のこの世界での話ではないのだから関係ない。それどころか下手すれば性能や外見に至るまでそっくりかもしれないが、そんなことも知ったことではない。



 とはいえ、だ。

 《多弾ハイパワー》などという勇ましい名前に対しては、やはりその見た目はどうも不釣りなものに思えた。

 ただの棒きれである《黒い羽ブラックフェザー》どころではない。両手で包み込める程度の大きさのその小さな塊は、とてもではないが武器には見えない。

 そしてそこから放たれる弾丸にしてもだ。その大きさは最早指を通り越して爪のようだった。

 いくらそんなものを超音速で撃ち出したところで、魔物の強靭な肉体を破壊することはできるのか。

 《カーネイジウルフ》の毛皮は、それ自体が防具に転用できるほどに分厚く、骨は人間のそれよりも遥かに堅硬だ。人の力で剣を突き立てたところで、容易には破ることはできない。だからこそこの獣は人々に恐れられていた。

 その名に反してひ弱そうなこの武器で、それらを破ることができるのか。


 結論から言うと。実際、()()()()()

 《多弾ハイパワー》から放たれた爪ほどの弾丸は、確かに《カーネイジウルフ》の頭部を叩き、毛皮を破り頭蓋骨を砕き、その奥にある脳を、地面に叩きつけた水ようかんのように原型も留めず破壊していた。

 その光景は、どこか異常だった。

 ただ勢いよく飛んでいるだけの物体が、なぜか着弾点で小規模な爆発を発生させていたのだ。貫き通り過ぎていくならまだしも、爆ぜていた。

 単なる鉛の塊が、魔物を仕留めるための強力な力となり得る理由はそれだった。


 魔術というものが普及したこの世界で、あえてそれらを上回る武器として銃を作る。そのためには、淘汰すべき魔術をも利用しなければ、勿体無いというものだ。

 それこそが、ニイハラが弾薬に施したとある細工―――物理的なものだけではない、破壊力の源だった。


 再度エリナが引き金を引き、一体の《カーネイジウルフ》に鉛玉が飛ぶ。それが、上顎へと命中した。

 瞬間、獣の皮膚へと食い込んだ弾丸へ、着弾点周囲の肉が飲み込まれるように吸い寄せられ、消滅した。

 否、消えたのではない。それを構成する原初の要素である根源エーテルへと分解されたのだ。そしてそれは、熱量と衝撃を伴った小さな爆発へと転じ、標的の頭部をえぐり取った。それは、明らかに魔術が起こす現象であった。

 弾薬を飛ばすための炸薬として根源エーテルを用いるだけではない。衝撃により飛んでいく弾丸にもまた、特殊な魔術刻印が刻まれていた。着弾点の根源エーテルを一部転用して、それまるごと破壊力へと変化させるというものだ。すなわち、敵の肉を、生命を守る鎧そのものを、逆に生命を焼く炎へと変えてしまう。これにより、ただ鉛の塊が音速で飛ぶだけではない、強力な威力を発揮できるようになる。

 しかも、弾丸に施されている術式は、着弾点の周り一定の範囲の根源エーテルを全て吸収する。つまり、より密度の高い根源エーテルで構成されているものを狙えば、それだけ吸収される力も強まり、それに比例して発生する爆発も強力になるということだ。言ってしまえば、標的となるものの肉体が頑健であればあるほど、敵が強力であればあるほど、弾丸の威力が増すのだ。

 これをニイハラは、《比例炸薬(Proportion Explosives)弾》と名付けた。

 《カーネイジウルフ》は凶暴な獣だ。その肉体を動かす生命力も人間のそれとは比べ物にならないほどである。だからこそ、放たれた弾丸はより強力なものとなった。


 獣の群れが広場に現れてから、未だ数分も経ってはいない。だが、すでに辺り一面にはことごとく頭部を陥没させられた《カーネイジウルフ》の死体が、数人の再征者レコンの亡骸と共に散乱していた。

 エリナの働きのおかげか、難を逃れた者達の多くはすでにこの場を離れつつある。このままいけば、かなりの数の《貴人級ノーブルクラス》が生き残ることができそうだ。

 が、そのことに対する達成感や安堵の類は、エリナの心境には一切なかった。


 すでに広場に残っている()()()人間は自分一人になりつつある。他には誰ひとりとして、戦う意志を見せる者はいなかった。そして《カーネイジウルフ》は未だ、茂みの向こうからそのおぞましい姿を次々と見せていた。

 これは、“あの時”の続きだ。人と獣の戦い。どちらかが一方的になぶられ、甚振いたぶられる殺戮。ゼアの森で繰り広げられた虐殺だ。

 だが、今回はその被害者と加害者の立場が逆だった。

 再び一体の《カーネイジウルフ》が唸り声を上げてエリナに襲いかかり、《多弾ハイパワー》から放たれた弾丸により絶命させられる。


 敵を狙い、引き金を引き続けるエリナの胸の内には、ある種の興奮が波のように押し寄せていた。

 あの時は、そして今まではただ恐れ逃げ惑うばかりだった自分が、今その相手を蹂躙している。それは否定しようもない快感となった。

 敵を一体殺す度に、ゼアの森での忌まわしい記憶が、少しずつ拭い去られていく。これまでひたすら恐れ、逃げ惑い、奪われるだけだった自分が今、奪う側に回っている。

 戦いにおける優位を奪い、愉悦を奪い、そして生命を奪う。


 《多弾ハイパワー》を構え、迫り来る獣の群れを見据えながら、エリナは吐き捨てるように言った。


「かかってこい、まとめて皆殺しにしてやる。私は生きる、死ぬのは奴らだ……!」



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