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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第二章 氷雪の大地、沈まぬ陽光の彼方より
33/55

33.作戦会議



 それから少しずつ、依頼クエストを受注した他の再征者レコン達も駐屯所に到着し、“表の十”頃には予定されている人員がほとんど合流した。

 そこで、一度これまでの情報を確認しつつ、作戦会議を行うこととなった。

 もうそろそろ陽が地平線の向こうへと沈み始め、空が赤らんできた時分である。


 最終的にフォルニアに集まった人員は、元々駐留していた警備隊100名、クロスロードとブラッケンド鉱山地帯から派遣された兵士が30名ずつ、そして《騎士ハイランダー》がおよそ150名、それとは別に依頼クエストを受注した《貴人級ノーブルクラス》の以下の再征者レコンが28名の、合計338名だった。

 対する魔物の総数は約4,000。彼我の戦力差は十倍を超える。その絶望的な状況において、少しでも作戦を遂行する可能性を上げるために、どのように戦力を動かすのかを考えるのだ。



 駐屯所内にある司令室にて、会議は行われた。

 とはいえ、300規模の人員を収容できるほどの場所ではない。それに、『船頭多くして……』ということもある。会議に参加するのは、一部の人間に絞られた。

 フォルニアの警備隊長と、派遣されてきた各警備隊の隊長、《騎士ハイランダー》の代表として一名、そして、今回の作戦における最大の戦力であろう“移ろいの民”から、リーダーであるフレデリカとグレンマレィの二人。

 それと、ブライアンとグレンマレィからの申し出で、《貴人級ノーブルクラス》であるニイハラも参加させてもらえることになった。


 司令室の真ん中にデンとおかれた大きな机。その上には、“大地の臍”を中心としたフォルニアの地図が広げられており、それを数人で取り囲むような形になっていた。

 地図の中心、直径6,000メンスの円形の盆地である“大地の臍”に描かれた大きな丸印。それが《ロックアイランド》を示しているのであろう。縮小された地図の上であっても、やはりその異様な大きさを感じられる。

 抑制対象を示す丸印の周囲には、《ワーリザード》を示すマーカーが文鎮のように置かれている。それがいくつか、丸印の周りを取り囲んでいた。さすがに4,000という数をいちいち用意するのも面倒なだけなので、数十体、あるいは数百体をひとまとめの印にして、省略している。


 さて、これをどう切り崩すか、というのをこれから話し合うのである。


 最初に発言したのは、“移ろいの民”のフレデリカであった。

「まずは“移ろいの民われわれ”が正面から切り込んで、敵を引きつける。その後、王立警備隊と再征者レコンがそれぞれ二手に分かれて、左右から挟撃する形で敵を包囲するのがいいだろう」


 会議の開始早々、『そんな無茶な』と思わずニイハラは言いそうになった。

 つまるところ彼女が言っているのは、4,000という敵に対して、“移ろいの民”たった4人で正面から立ち向かうということだ。

 正面突破というのも、まぁ戦いの基本ではある。それも十や百の相手になら十分通用するだろう。だが、今回の相手は4,000だ。これはあまりに無謀すぎる。


 だが驚くべきことに、彼女のこの申し出に反論する者は、この場にはひとりもいなかったのである。

 《騎士ハイランダー》の代表として会議に参加していた壮年の男が、険しい顔をして頷いた。

「お前達には酷なことをさせるが、これより他にないか……」


 ラルフ・ハンセン―――

 ニイハラも再征者レコンになってから、その名を何度か聞いたことがある。

 その生涯において、《勇者ドレッドノート》の称号を得てから死ぬことのできる者がいるとしたら、その一人は彼だろう。

 そうとまで讃えられるほどの優秀な再征者レコンであった。

 魔術の扱いにはあまり長けていないものの、鍛え抜かれた強靭な肉体と、何より質実剛健の具象とも言えるような精神を武器に、困難な依頼クエストを数え切れないほどにこなしてきた。同僚を守るために自らの身体を盾にすることもあったし、それも一度や二度ではなかった。その度に身体は傷つき、苦手な治癒魔術をなんとか使っても完全にその負傷が消えることもなく。今では彼の身体には無数の傷跡が残っているという。目に見える範囲でも、首筋から左の頬にかけて走る大きな薄赤らんだ痕が痛ましいものだ。

 その姿は物々しくも勇ましく、彼は同僚の再征者レコンやゲルマニアの国民からも慕われており、まさしく“勇者”という概念の体現者であると言えた。

 これでもう少し魔術の才能でもあれば、今頃は《勇者ドレッドノート》の称号を得ていてもおかしくないのだが、天は二物を与えないということか。


 そんな男だ。

 そのラルフであっても、フレデリカの語るこの無茶な案には賛成していた。それは他の者達も同じだった。

 彼らは、“移ろいの民”がこの無茶な作戦を実行できるだけの実力を持つと考えていた。つまり初めから、それこそ会議が始まる前からすでに、彼らはフレデリカ達のことを当てにしていたのだ。

 《貴人級ノーブルクラス》以下のごくありふれた再征者レコンならともかく、《騎士ハイランダー》の中には、“移ろいの民”の戦いを実際に眼にしたことのある者もいるだろう。

 その上でのことだった。


 それが分かったからこそ、『本当に大丈夫なのか?』という言葉をニイハラは発しないようにした。

 それが可能であるかどうかは、それこそ当事者である“移ろいの民”が自ら知っていることだ。そして仮に不可能であったとしても、それでもやり遂げようという覚悟がフレデリカ達にはあった。

 それに水を差すわけにはいかないのだろう。


 結局、会議が始まったその直後から、戦闘における大まかな方針は半ば決定してしまった。

 彼女らが戦力の中心である以上、その内容も“移ろいの民”のフレデリカが主導していたのである。


 彼女は、机の端に並べられていた別の印(人間側の戦力を示すものだろう)をいくつか摘まみ、それを地図のとある場所に三つ置いた。フォルニア駐屯所と《ロックアイランド》間、盆地と山岳地帯のちょうど境目に位置するような場所だ。

「突入地点はここにしよう。正面は崖になっているもの、その左右から緩やかな傾斜に分岐しているので、戦力を分散して進めるのには好都合なはずだ」

 これにも異論は出ない。周辺の地形については誰よりも熟知しているフォルニアの警備隊長も、盆地に降りるための場所はそこにしようと考えていたところだ。

 そして、この位置から部隊を《ロックアイランド》に向け進軍させる。実際の移動を再現するかのように、フレデリカは地図の上で印を滑らせて見せた。崖の左右から分かれた分岐路の斜面を、それぞれ別の印が移動する。

 が、もう一個の印は、依然崖の前に置かれたままだ。これが、彼女達“移ろいの民”を示す印なのだろう。


 フレデリカの案を聞いていた警備隊のブライアンが言う。

「我々は分岐路から山を下るということか。しかし、“移ろいの民あなたがた”はどうする」

「崖から飛び降りるさ」

 彼女はそうさらりと言ってのけ、残っていた印をまっすぐ《ロックアイランド》に向かって移動させた。その途中にある地形のことなど、一切気にしていない様子だ。


「……」

 少しの沈黙が間を置く。

 地図上では単なる絵でしかないのかもしれないが、この崖は高さが数十メンスはあるはずだ。“移ろいの民”はその高さを飛び降りるというのだ。

正直俄には信じがたいことではあるが、当人であるフレデリカがそう言い、彼女の同僚であるグレンマレィも何も言わない以上、他の再征者レコン達も口を出すことはできなかった。

 飛び降りて進むというのなら、そうなのだろう。


 フレデリカは説明を続ける。

「まずはこちらが先んじて敵にぶつかり、その注意を引きつつ可能な限り数を減らす。そうすれば、反対側からも順次敵が向かってくるだろう。そこから少し遅れて、両翼から他の部隊が到着し、こちらに向かってくる敵を側面から叩く。

 魔物の数は確かに多いが、実際のところ一度にその全てを相手するわけではない。反対側の敵がこちらに追いつくまでに、いくらか時間の余裕があるだろう。それまでに押し切ることができれば、我々の勝ちも見えてくる」


 言葉の上では確かに間違った理屈ではないが、しかし―――


 続けてブライアンが口を挟む。

「反対側の敵が、こうやって別の方向に散開したらどうする」

 言いながら、戦場へと到達した人類側の印と円を挟んだ反対側、《ロックアイランド》の向こうにいる《ワーリザード》の群れを、まったく別の方向へと移動させる。

「山を越えた先にはブラッケンドの鉱山地帯がある。最悪千体を超える魔物がそこに押し寄せることになるかもしれない」

 魔物の群れを移動させたその先、フォルニアの山を越えた地図の端には、鉱山地帯であるブラッケンドがあった。


 ブライアンのこの指摘であるが、それにもフレデリカは涼しい顔で応えた。

 彼女は“移ろいの民じぶんたち”を示す印をもう一度摘まんで、それをブラッケンドに向かう魔物の方へと素早く滑らせた。

「だったらこちらもそいつらを追いかけて殲滅すればいい。結果的に戦力を分散させられるのだから、やることは概ね変わらないだろう」


「……」

 ニイハラは終始やりとりを傍観するばかりだったが、もうそろそろ「冗談きつい」と毒を吐いてしまいそうな気分だった。

 今しがた彼女はものの一息で地図上の印を移動させたが、そもそもこの地図は現実の地形を縮小しているだけであって、実際の戦場はこれより遥かに広い。

 彼女が印を移動させたのはたったの1メンス程度だろうが、それがいざ戦闘になれば、その千倍以上にも膨れ上がる途方もない距離になるのだ。それだけの距離を進んで、別方向へと向かう魔物の群れを追撃する?

 しかも、すでに正面から敵に切り込んでいる状況でだ。移動するためには、まずその敵を振り払わなければならない。それこそ、千体規模の敵を。


 ニイハラの脳裏に渦巻く様々な考えを、ラルフが一言で代弁する。

 他の者達も、このことは分かっているのだ。フレデリカの言っていることが、常識的に考えればあまりに滅茶苦茶なものであるということは。


「ひとつ聞きたい。……出来るのか?そんなことが」

「出来るかどうかじゃない。やらなければならない。そもそも、私か提示した以外で、この戦力差を打破する方法が思い浮かぶだろうか?ブラッケンドに向かう敵を追撃するにしても、他にる方無いだろう」

 そして、フレデリカのこの返答もまた、紛れもない現実だった。

 可能性を指摘したブライアン自身にしても他の再征者レコンにしても、もしその通りになってしまえば、こちらにはもう打つ手はないと考えていたのだ。

「それは認めるしかないが……」


 そもそも根本的な問題として、フォルニアに集まっている戦力は、この作戦を遂行するにはあまりに不足していた。これだけの人員で戦おうというのが元々無理だったのだ。これではまともに戦ったところで、まず勝ち目はない。

 かといって、作戦自体を中止することもできない。

 今、《ロックアイランド》がおとなしく沈黙を保っているのは、おそらくは“大地の臍”から栄養を吸収するためだ。が、それもほとんど尽き、盆地のほぼ全てが枯れ果てようとしていた。となれば、あの地上の島は次なる餌を求めて別の場所へ移動するかもしれない。それは明日かもしれないし、最悪今日かもしれないのだ。そうなってしまえば、移動した先で街が、人々が蹂躙されることになる。

 それを防ぐためにも、例え無茶でも戦うしかない。人を、国を守るのが再征者レコンの役目である以上、それ以外の選択肢はないのだ。

 そして、無理を通すためにはこちらも無理をするしかない。誰かがあらゆる負担を一手に担って、他の者達に勝機を託すしか。

 それをこの場で唯一出来得るのが、《勇者ドレッドノート》が率いる“移ろいの民”なのだ。


 今回の作戦における決定権を一任されていた、フォルニアの警備隊長が結論を出す。

「やむを得ん。この案を採用するしかないようだ」


 結局、フレデリカの提案した方針が全面的に採用されることなった。

 ニイハラとしては―――というより、この場にいるほとんどの者にとっては、快く承諾できない内容ではある。

 かといってそのニイハラ自身、散々『無茶だ』、『冗談きつい』と思っていても、フレデリカを批難することも、ましてや止めることもできない。

 なにせ他でもない。彼もまた―――


 即席会議室の端で沈黙を続けていたニイハラがおもむろに手を挙げ、切り出した。

「その……俺から一つ提案がある」

「なんだ」

 藪から棒の発言に対し、警備隊長が聞き返す。

「俺も“移ろいの民”に同行して、正面の敵への切り込み役をしたい」


彼もまた、“移ろいの民”と同じだけの無茶をしようとしていたのだから。



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