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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第二章 氷雪の大地、沈まぬ陽光の彼方より
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32.無精髭の軽口男



 改めて、兵士から受け取った望遠鏡を覗き込み、未だ沈黙を続ける抑制目標を観察するニイハラ。

 その物々しい外殻は、実際は小さく薄い鱗のようなものが幾重にも重なっているようだ。小さいといっても、あくまで《ロックアイランド》のスケールに合わせた話であって、人が抱えられるような大きさでは到底無い。それに、一枚一枚の強度はそれこそ鋼鉄に匹敵するだろう。

 それがお菓子のミルフィーユのように無数に積層して出来ているのが、あの生物の外殻であるようだ。

 観察するニイハラの横で、親切にも兵士が説明してくれる。


「どうやら、奥にある本体から新しい外殻が精製され、古い殻を外側へと押し広げているようだ。その結果、殻がどんどん広がっていって、あんな膨らんだ岩山みたいな姿になっていると推測される。我々人間の皮膚と似たようなものだ」

 確かに、人間の皮膚も新しい表皮が体内から精製されて、古い角質を押し上げるような仕組みになっている。そういう意味では同じではある。

 しかし、《ロックアイランド》の外殻の性質をそれと同列に語ってはいけないだろう。

 兵士の言葉に、ニイハラが応える。

「で、多少の衝撃や魔力による熱量は、外側の殻を壊すことはできても、そこから分散されて本体には届かない。しかも、せっかく破壊した殻も後からどんどん精製されて、やがては元通り……ってことか。無限に補充される多重装甲ってわけだ」

「そういうことになるな」

「……」


 単純な話だ。皮膚のように次々と修復される硬い殻によって、《ロックアイランド》は身を守っている。今しがた兵士が報告した以上の特性はないだろう。

 が、あれほどの巨体となると、ただそれだけのものがとてつもなく堅牢な防壁となった。本体を除いて外殻だけで見ても、その厚さは100メンスを超えるであろう。

 100mの鋼鉄製の装甲板。そんなもの、核兵器であっても破ることなどできないのではないか。


 となれば、一度見方を変えてみるか。

「……下の方は外殻もほとんどない。あの見るからに柔らかそうな触脚があるだけだ。あそこから攻撃が届くんじゃないか?」

 と、率直な意見を述べるニイハラだが、それはすぐに否定された。

「あの触脚も触脚で、一つ一つが物体を根源エーテルに還元するいわば消化器官になっている。今はよく見えないだろうが、あの大きめの触脚の奥には、まるで産毛みたいに無数の小さな触脚が隠れているんだ。それらを何本か切断することはできても、途中で他の触脚に絡め取られて勢いが弱まる。そうして、魔術にしても武器による攻撃にしても、取り込まれて逆に栄養にされてしまうってオチだ。兵士が直接切り込みに行きでもしたら、言わずもがな……一瞬で飲み込まれてお陀仏だろう。

 もう少し下方を見てみろ、《ロックアイランド》周辺部だ。“大地の臍”は元々、豊富な土壌があり野生動物も多く棲息していた。だが今は、草木が枯れて半ば荒野になりつつある。奴が地面から栄養を吸い出して、植物や動物を喰らっているんだ。現在進行系で、栄養補給をしているんだよ。あれじゃ、向こう十年は生き物のまともに住めない死の大地になるだろうな……」

「……なるほど」

 本体側も厄介ということか。下から攻めれば分厚い外殻は無いが、攻撃を吸収する触脚が待ち構え、上から攻めるなら、次々と絶え間なく精製される外殻を破壊するしかない。

 そして、打つ手が無いと言って放置していれば、大地から栄養を吸い取り荒廃させる。もし《ロックアイランド》が移動してしまえば、移動したその先も死の大地と化すことだろう。


―――とりあえずニイハラとしては、《ロックアイランド》の観察はこれぐらいにしておくことにした。

 別に、これ以上現実を突きつけられるのが嫌になったというわけではない。標的の性質を理解した上で、それを打破する方法はこれから考える。

 それはそれとして、脅威は何も奴だけではないのだ。


 物見塔の望遠鏡には、ゲルマニアで使われる道具らしく魔術が用いられている。()()()()()()におけるそれと同じように、レンズによる光の屈折を利用している構造であるのだが、内部の術式を操作することでその光の屈折を調節し、意図的に望遠の倍率を変えることができるのだ。まぁ、望遠鏡にはよくある機能であるし、いまさら驚くべきものでもないが。

 それを利用しレンズの倍率を変えて、今度は《ロックアイランド》ではなく、その島のような巨体の周囲を観察した。奴と共に出現したという、他の魔物の確認をするのだ。

 確かに先程の兵士の言葉通り、“大地の臍”は《ロックアイランド》の出現によって荒廃していた。枯れた草木が到るところに見え、その残骸から覗く素肌の大地にはヒビが入り、まるで収穫を終えてから放ったままにされた田畑のようだった。

 そしてそんな中に立つ、魔物の姿。


―――それを一言で表現するならば、“巨大なトカゲ”だった。

 ただ大きいだけならば、それほど珍しいものでもない。向こうの世界の話にはなるが、インドネシアに生息し、その気になればニイハラの生まれた国でも見ることのできるコモドオオトカゲなどは全長が2mにも達し、平均的な人よりも大きい。

 が、その魔物の特異な点は、“二足歩行”をしており、自由になった二つの前足で、何か棒状のものを持っているということだった。どうやら、ロックアイランドの外殻の一部を削り取り、それを槍のような武器としているようだ。

 そう。武器だ。トカゲが立って武器を持っていた。

 その姿は、ニイハラが昔よく遊んでいたゲームでも度々眼にしたことがある。まさかそれを紛れもない現実として見られるなど、一周回ってなんだか楽しくなってきた。


 《ワーリザード》。現在のゲルマニアにおいても多数棲息する魔物の生き残り、その一種だ。

 魔物の中では比較的知能が高く、このように武器を作り、集団で規則的な行動をする。中には、仕留めた獲物を保管するために、建物のようなものを作る群れがあったという記録まであるほどだ。

 そんな《ワーリザード》が、《ロックアイランド》の周囲を取り囲むようにひしめき合っている。その数は。


 その数は―――

 

「えーっと……。《ワーリザード》が周囲を固めてるようだが、どれぐらいの数がいるんだ?」

 最早数えるのも億劫になったニイハラは、手っ取り早く兵士に聞くことにした。

 こっちはともかくとして、向こうはそれが仕事なのだ。魔物の数もある程度詳細に数えてくれているだろう。

「《ロックアイランド》の向こう側に隠れて見えない分もいるが、おそらくは4,000体には達するだろうな」


「よ、よんせん……」

 というエリナのすっとんきょうな声に続いて、

「馬鹿じゃねえの?」

とニイハラも、最早どういった思惑で発したのか自分でも分からないような声を挙げる。

「馬鹿じゃなく、それが紛れもない事実だ。自分の眼で見たものが、嘘であるわけないだろう。認めてくれ」

 そう返す兵士の声には、ある種諦観にも似た悲壮な覚悟すらこもっているようだった。


「……そりゃあ、王立騎士団が一個師団三千名を総動員するわけだ」

と、ニイハラがつぶやく。

 そもそも《ロックアイランド》を攻撃する以前に、まずはこのトカゲの群れを突破しなければならないというわけだ。それがすでに至難の業だった。

 下手に戦力を分散してしまうと、本来の標的を相手にする前に、物量に飲み込まれて一巻の終わりだろう。

 道理で、中央政府が一個師団単位での作戦行動にこだわるのも、納得できるというものだ。


 とはいえ、そのしわ寄せのため、足止めとして戦うことになる警備隊と再征者レコン達はどうなるのか。

 クロスロードの再征者レコンとフォルニアの兵士、それと各地から派遣されたお手すきの警備隊が集まっても、その総数は500に達すればいいところだろう。再征者かれら再征者かれらで、国民の安全のために、他の依頼クエストも遂行しなければならない。慢性的に人手が不足しているのだ。

 たったそれだけの人数で、これから4,000もの魔物と戦わなければならないことになる。

 普通なら、絶望的な状況だ。まともな人間ならば、平常な気分で臨めるものではない。


 望遠鏡から眼を離し、押し黙るニイハラとエリナ。

 その姿を見たグレンマレィが、その髭面をヘラヘラとほころばせながら、まるで他人事のような軽口を叩く。彼自身、この事実は理解できているであろうに。

「おいおいおいおいどうした?怖いなら今から帰ってもいいんだぞ?どうせ《貴人級ノーブル》と《下級スレイブ》。強制されてるわけでもないんだから、この作戦に参加する義理はないんだ。誰も責めたりはしないさ」


 だが、そんな挑発するような言葉に、二人は動じない。

 数秒ほどその場を包み込んだ重苦しい沈黙を破って、ニイハラが応える。

「そうかい。

 いいか?一つ言っておく。別に俺はあんたのことは嫌いではないし、俺をそうやってからかう分にはいい。―――だが、彼女への侮辱は許さない。そういう巫山戯たことは言わないでもらいたいな。俺も彼女も覚悟はしているし、死ぬつもりもない。この依頼クエストは必ず遂行する。……エリナ、そうだろ?」

「……もちろん」

 ニイハラはともかくとして、エリナの眼にはまだ不安の色があった。だが、ニイハラが励ますように彼女の肩を叩くと、それだけでその不安は払拭され、消え失せた。


 その言葉を聞いたグレンマレィは、小さく鼻を鳴らす。

「いやお巫山戯じゃなくてさぁ、事実ではあるだろ。お前さんは《貴人級ノーブルクラス》で、お嬢ちゃんは《下級スレイブクラス》。違う?……もっとも、人の実力を判断するのに地位や立場は余計だと、僕は考えてるけどね。しかしまぁ、冗談が過ぎたのは確かだ、謝るよ。ごめ~んねっ!」

「(なんだこのおっさんきもちわるい)」

 という言葉は頭の中だけで抑えて、口にはしないでおくニイハラ。


「それに、こっちだって分かってるさ。作戦に強制参加の《騎士ハイランダー》だってまだロクに集まっていないっていうこのタイミングで、お前さん達はやってきたんだ。初めからこの依頼クエストを受ける気でいたんだろ? 自信があるんだ。この戦いを生き残れるだけの力が自分達にはあると信じているし、その裏付けを証明することだってできるんだろう。今更それを疑いはしないよ。そちらさんは確かに強い。僕はそんな貴重な戦力を危うく怒らせて帰らせちゃうようなことをしてしまったわけだ。お~怖っ!これが僕の悪いところだって、ついさっき言われたばっかりなのにさ。

 その謝罪ってわけでもないんだが、僕からひとつ提案がある。……やっこさんの弱点を、今のうちに探知できないかと考えたんだが?」

「弱点を?」

 兵士の一人が、魔物の監視を続けながら聞き返す。

「そうだよ。今の内に《透過解析スキャニング》の魔術を使って、《ロックアイランド》の心臓部を探っておくのさ。そうすれば、いざという時にどこを狙って攻撃すべきかも判断しやすいだろ」


 グレンマレィのその提案は、ニイハラも考えていたことだし、何なら彼の方からも提案するつもりだった。それを、この無精髭に先を越されてしまったようだ。


 あらゆる物体が根源エーテルにより構成されているのなら、その根源エーテルを読み取り解析することができれば、構造上における脆弱性、あるいは生物の肉体的な弱点も探り出すことができる。それが《透過解析スキャニング》の魔術であった。

 放射線撮影で人の骨格や臓器の位置を映し出すことができるように、魔物の身体を透視して、脆い部分や生命活動において重要な器官を探し出そうというのだ。そうすれば、敵と戦う上でこちらの優位となるだろう。


 が、グレンマレィのその申し出に、兵士はこう返答する。

「それについては我々も考えたが、いかんせん彼我の距離が遠すぎる。ここからでは《透視解析スキャニング》の効果が到底届かないし、かといって有効な範囲まで近こうとすれば、それはそれで最悪連中に見つかることになりかねない。こちらを見つけた数千という《ワーリザード》の群れが、おとなしく待ってくれるとは到底言い切れないだろう」

 《透視解析スキャニング》にしても魔術であって、根源エーテルを使う。遠く離れた標的に使おうとすると、その途中で根源エーテルが拡散してしまい、ほとんど効果を発揮しなくなるのだ。

 ましてや《ロックアイランド》の巨体だ。外殻を何層かまでは透視することができても、さらにその奥、本体まで解析するのは困難だろう。

 仮にこのフォルニア駐屯所の中から必要十分な情報を引き出そうとすると、かなり高い精度で魔術を維持しなければならない。それだけの技術を持った魔術師など、そう何人もいるものではない。


 だがグレンマレィは、それが可能であるというのだ。

「これから百戦錬磨の《騎士ハイランダー》が集まってくるんだぜ?今のそちらさんに無理でも、今言ったことをさらりとやってのけるような優秀な魔術師なんていくらでもいるんだよ。

 ……現に、()()()()()()()()()()んだからさぁ」

 そう自信満々に語る彼の姿は、さすがに鼻につくというものだ。

 兵士が怪訝そうに眉根を寄せる。

「なら、今からでもやってもらおうじゃないか。こちらとしても、《ロックアイランド》の構造をある程度把握できると、助かるのは確かだ」


 が、それにニイハラが待ったをかけた。

「いや、ちょっと待ってくれ」

「どうした?」

「これについてはグレンマレィも同意見だろうが、《透視解析スキャニング》についても魔術の一種。つまるところ、根源エーテルを相手に浴びせるってことだ。そんなことをすれば、下手すれば奴らにこちらの作戦を気づかれるかもしれない。連中にどういう目的があるのかは俺も知らないが、おそらく今は、“大地の臍”からゆっくりと栄養を吸い出しているところなんだろう。だからこそ積極的な動きは見せていないが、それでもいつ移動を始めるか分からない状態だ。ただでさえこちらが後手に回っている以上、出来る限り慎重に行動した方がいい。

 もし今連中が動き出したら、さすがに打つ手がないだろ。こちらから何かを仕掛けるにしても、人員が出揃ってからにしよう。《透視解析スキャニング》をするにしても、作戦開始の直前がいいだろう」

「……確かに」

 納得する兵士達。

 ニイハラに自分の意見を代弁してもらったグレンマレィは、感心した様子で頷いていた。

「そういうこと。今はまだおとなしくしておいた方がいいだろう。ってことで、ひとまず僕はさっきの反省のために、もう一回ユスティのありがたかわいいお小言を聞くとするか。お先に失礼。まぁ、せいぜい頑張ってくれな。応援してるよ」

 言いたいことだけ言って、グレンマレイはそのまま昇降機に乗って下へと降り、この場を去ってしまった。


 その場に残された兵士達は、どうにも煮え切らない様子だ。

「……再征者レコンっていうのは、ああいうものなのか?」

 自分達も一応再征者レコンなのだが、というニイハラの気持ちを察してか否か、ブライアンがすぐにそれに応える。

「まぁ、彼のことは気にするな。あれで案外聡明な男だと評判だぞ?」

 そうして、続けてニイハラの方へと呼びかける。

「それにしても、先程はよく言ってくれた。こちらとしても貴方がそう言ってくれると勇気がわくよ。頼りにしている」

 そうして彼も、そのままグレンマレィの後を追うように、昇降機に乗って物見塔から降りていった。



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