30.黒い羽
いいぞ。そういうリアクションを待っていた。
胸中でひとりごちながら、ニイハラは説明を続ける。
「『微塵たりとも』という表現は正しくなかったな。実際のところ、弾薬そのものには根源が使われている。この円筒状の“薬莢”に先の尖った“弾丸”を取り付けて、中に根源を詰め込んでいるんだ。で、それを勢いよく炸裂させることで、弾丸だけをものすごい速さで飛ばすって仕組みだ。だから厳密に言えば、まったく魔術が使われていないってわけでもない。
えーっとさっき排莢した奴は―――……あったあった。ほら、先っぽがなくなってるだろ、これが弾丸を撃ち出した後の空の薬莢だ。撃ち出された弾丸は、まぁいわずもがな、あの人型の標的を破壊したわけだな」
「つまり、魔術じゃない。単純な力を利用した武器なんだ」
「実を言うとそれも正しくはない。弾丸の方にもいろいろ細工がしてあるから、破壊力を発揮するのは物理的な力だけじゃないんだ。まぁ、これについても後で説明しよう。
……で、弾薬に関しては確かに根源を使っている。けどそれも製造する段階でだけだ。一度作ってしまえば、後は何も必要ない。弾丸を発射する原理については―――上手く説明できないんだが、薬莢を勢いよく叩いて根源を炸裂させて、その衝撃を利用しているだけに過ぎない。だから、魔術の知識なんてこれっぽっちも必要ない。さっきみたいに弾薬を銃の中に装填して、ここにある“引き金”を引く。それだけで済むんだ。簡単だろ?……実際のところ、弾薬の中に詰め込むものは根源でなくても、火起こしに使う火薬とかでもいいんだぜ?爆発して衝撃が生じればそれでいいわけだからな。
分かるか?繰り返しになるが、こいつを使うのに魔術は要らない。弾薬さえ事前に用意すれば、後は生命力を消耗することなくいくらでも使える」
「……なるほど、これは―――」
「便利だろ?」
「うん」
ニイハラとしては、ようやく望んだ反応が得られた気分だ。
魔術などというものがそもそも存在すらしない向こうの世界において、人々はすでに形作られている、有り体のもので敵を殲滅するための手段を考え、いくつもの武器を生み出した。それは例えば石を削り出して作られ、あるいは金属を焼き鍛えて製造された。そういった試行錯誤の中で到達したある種の特異点。火薬を利用した、人が扱うもっとも効率的な兵器の一つこそが他でもない、この“銃”であった。狙いを定め、引き金を引く。最低限それだけ出来る力があれば、女だろうと子供だろうと、いとも容易く何かを殺せる。
物理的、機械的な原理により、必要最低限の破壊力を一定に発揮するこの道具は、根源が文明の根幹を為すこの世界においても、特異なる有用性を発揮してくれるはずだとニイハラは考えていた。
なにより、この世界に住む全ての人が、魔術を自在に操れるわけではない。エリナのようにその心得のない者にとっては、このような根源を用いない武器の方が扱いやすいし、何より安全であるだろう。
それに、これならばある程度敵と距離を置いた上で戦うことができる。この前のように、凶暴な獣の懐に飛び込む必要だってなくなる。
今、エリナのために最も必要とされる武器はこれだと、彼は判断した。
そしてエリナ自身もそのことは理解できたし、だからこそニイハラの作った“銃”に、改めて興味を惹かれたのだ。
「よし。……っていうことで、これは今からエリナのものだ。となれば、自分で撃ってみなくっちゃな」
そう言いながら、ニイハラは“銃”をエリナに手渡した。
自分のものだという武器を受け取ったエリナであるが、いざ撃ってみろと言われても、どうすればいいのか分からず固まってしまう。
それを見かねたニイハラは、銃を持つ彼女の手に自分の手を添えて、文字通り手を取りながらその扱い方をレクチャーし始めた。
「さっきみたいにやればいいんだ。まずはこの出っ張りを引く。そうすれば、弾薬を装填するための弾倉が開く。で、そこに弾薬を入れる」
ニイハラから押し付けるように渡された弾薬を、彼が為すままに弾倉へと押し込むエリナ。
「で、ボルトを元の位置に戻す。これで銃の中にある薬室に弾薬が給弾される。後は―――」
途中まで説明したところでニイハラは、自分の鼻の先がぶつかりそうなほど近くにまで寄ったエリナの顔が、俄に紅潮していることに気づき、そこでようやく自分のやっていることの恥ずかしさを実感した。
身を寄せ合って手と手を取って。冷静になってみると、これではまるで不格好な社交ダンスみたいではないか。
彼は慌てて身を引いた。
「わ、悪い!後は一人でできるよな?」
「も……もも、もちろん!」
エリナの方も気まずそうに取り繕う。
「……よし。後はそこにある引き金を引けば、弾丸が発射される。簡単だろ?それじゃ、一発撃ってみるか。あの標的を狙ってみよう」
言いながら、ニイハラは先程自分が破壊した土塊の標的を再構築させた。
それと同時にエリナも気を取り直し、真剣な面持ちになる。彼女は先程のニイハラの姿を見様見真似して、銃を構えた。
が、そこで彼が、
「よし。そこでストップ」
と静止した。
「どうだ、当てられそうか?」
そんな彼の問いにエリナは応えなかったが、その横顔が、『無理に決まってる』と無言で語っていた。
「ま、そりゃそうだよな。今のままだと、発射された弾丸がどこに飛ぶのか皆目見当も付かん。これじゃ当てられるわけもない。
そこで、だ。―――えーっと、発言が二転三転して申し訳ないんだが、さっき銃を撃つのに根源は使わないと言ったのにも、語弊があった。実際はちょっぴりだけだが魔術を使うんだ。銃身にとある魔術刻印が施されていてな。発動してみろ」
「……」
魔術刻印は基本的に、念じるだけで誰でも発動させられる。《肋の柄》や宿屋の鍵などで、彼女も何度か経験していることだった。今回もそのご多分に漏れないのだろう。
エリナはニイハラに促される通り、銃身に施されている魔術刻印に念じ、それを発動した。
次の瞬間。視界の中、遠方に小さく映るだけだったはずの土塊の標的が、途端に大きくなった。まるで、急に標的が目の前にまで移動してきたかのようだった。
―――そうではない。エリナの眼の方が、向こうに近づいたのだ。正しくは、彼女の視界が拡大され、遠方の物体を鮮明に捉えることができるようになっていた。まるで眼球が望遠鏡になったかのようだ。
それだけではない。同時に彼女の視界には、まるで網膜に直接落書きをされたように、円形の枠のようなものが映し出されていた。
最早ニイハラに聞くまでもない。これは標的に狙いを定めるための目印だ。この円形の枠の中心部―――そこに打たれた小さな点に標的を合わせて引き金を引けば、発射された弾丸はその点の位置に正確に命中する、ということだとエリナはすぐに理解した。
エリナは驚愕の声などは挙げなかったが、ハッとしたように微かに開かれた口が、彼女の心境を物語っていた。
それを見たニイハラが説明を続ける。
「名付けて、《射撃管制式》。それがあれば、遠くに離れた敵にも狙いを定めることができる。発射された弾丸は、実際には空気の抵抗や風圧で軌道を変えるから、狙った通りには飛ばないもんだ。実体のあるものだからな。が、その辺りも計算した上で術式の方が勝手に補正してくれる。消費される根源も大した量じゃないから安心しろ。だからあんたはその“照準器”に標的を収めさえすればそれでいい。
『目標をセンターに入れてスイッチ』だ。実際にそれやったらボコボコにされたんだけど」
「またワケわかんないこと言ってる……」
訳の分からないことをのたまうニイハラに呆れつつ、エリナは魔術刻印 《射撃管制式》により視界内に現れた照準器に標的をしっかりと捉え、意を決したように引き金を引いた。
瞬間、彼女の全身に、ガクリと打ち付けるような衝撃が駆け巡る。それこそが、その合成高分子により形成された銃身の中で根源が炸裂し、鉛製の弾丸が撃ち出された合図だった。
棒状の構造物の先端部からまっすぐに放たれたそれは、吸い込まれるように標的へと飛んでいく。が、その軌跡はエリナの眼には見えない。なにせ、吐き出された鉛の塊は音よりも速く飛ぶのだ。そんな弾丸の動きを視認することなど、真っ当な人間には不可能であるだろう。―――“神”から授かった能力により、常人離れした動体視力を得たニイハラでもなければ。
エリナにとっては、引き金を引いたその瞬間には、標的が弾けるように破壊された。というようにしか見えなかった。確かに、この一連の動作において、根源はほとんど使用していない。せいぜい《射撃管制式》による視覚の補助のために、微量の生命力を消費した程度だ。
だが、発生した破壊の規模は、一流の魔術師が用いる攻撃魔術のそれに匹敵する。それだけの力を、何の知識もない、強靭な肉体とて持たない彼女が、こうも容易く放つことができたのだ。
粉々になった土塊と、未だに両腕から肩にかけて残り続ける発射の衝撃によってそれを実感した彼女は、
「すごい……」
と一言呟いた。ニイハラが作り出した武器の性能をようやく感じ取ることができた。
その興奮によりまたしてもしばらく固まっていたエリナに、なおも彼は説明を続ける。
「発射した後は、またボルトを引く。そうすれば撃ち終わった後の空薬莢が排出される」
「あ、あぁ……こう?」
説明されたエリナが説明された通りにボルトを引くと、先程ニイハラがそうした時と同じように、弾倉から弾薬を撃ち出した空の薬莢が吐き出された。
そうして彼女は、再び開放された弾倉に、まるで吸い込まれるかのようにしばらく視線を釘付けにされた後、そのギラギラとした眼をニイハラの方に向けた。
彼の方に手を差し出して、
「ニイハラ。その、弾薬だけ?それもっと頂戴」
と催促する。
それを聞いたニイハラは、得意げに口元を綻ばせた。
「あぁ、まだまだたくさん用意してるぞ、いくらでも練習すればいい。ここを貸してもらったのは、そもそもそのためなんだからな。これだけ広い場所を貸し切れば、外れた弾丸が見知らぬ誰かに当たる心配もないだろ。今日の内にそいつの扱いに慣れてもらおうじゃないか」
そうして、新たに弾薬を三つエリナに手渡した。
「弾倉には三発まで弾を装填させられる。ボルトを引いて空薬莢を排出したら、次弾がせり上がって、すぐに給弾させられるって仕組みだ。やってみるといい」
「うん」
弾薬を受け取ったエリナが、それを弾倉に装填していく。その手付きは、すでに慣れたものだった。
再度ボルトを押し込み薬室への給弾を完了する。
「よし。標的を新しく三つ用意した。全部当てられるか?」
そう試すようなこと言うニイハラの言葉に返事はせず、エリナは先程と同じように銃を構えた。
合成高分子製の黒い銃身の向こうに見える彼女の横顔は、落ち着き払っている。
それから一呼吸置いて、再び引き金を引く。
発射の衝撃と共に銃身が微かに揺れる。その瞬間にはもう、遠方に用意された三つの標的の内一つが勢いよく弾け飛んだ。
すぐさまボルトを引き排莢。次弾を給弾し、もう一度引き金を引く。再装填と発射、一連の動作だ。それを素早く二度繰り返す。
二つ目、そして三つ目の標的にも正確に弾丸が命中したのを確認し、もう一度小さな呼吸をひとつ挟んでから、エリナは最後の空薬莢を排莢した。
その仕草はニイハラにはどことなく、剣道で言う“残心”を彷彿とさせた。
この結果も当然とばかりに、顔色一つ変える様子もないエリナの姿に、ニイハラの口から思わず感嘆が漏れる。
「か……かっこいいぃ~」
さながら一端の狙撃手だ。
たった一度説明しただけで、既に彼女は銃の扱い方を概ね体得できたようだ。
元々エリナにとって、こういったことは得意なのだろう。物事の要領を学び取り、それをすぐに会得するだけの地力が彼女にはあったのだ。
なにせ、盗賊として働き、《下級》としても数年生き延びてきたのだから。才能のない人間なら、もっと早い段階で野垂れ死んでいてもおかしくはない。
昨日の依頼の件は、本当にイレギュラーな事態だったのだろう。本来ならば彼女は、中途半端な再征者などよりも遥かに、戦うことには慣れているのだ。
―――最低限自分の身を守れるようになればいいと考えていたが、それどころの話ではない。
……これは頼りになりそうだ。
ニイハラは改めてそう意識した。
「いいぞ、上出来だ。
……本当は装弾数をもっと増やして、ボルトを引く動作もせずに自動で再装填するような形にもできたんだが、そうすると構造が複雑になって重量もかさむ。物理的な力を利用する分、重量が上がるとそれだけで途端に扱いづらくなるからな。あんたでも簡単に取り回せるように、出来る限り機構を単純化したんだが、どうだろうか?お望みなら作り直してもいいんだが……」
「いや、これで十分だよ―――ニイハラ、ありがとう。これすごく気に入った」
「ならよかった」
こっちも大金はたいて素材を用意した甲斐があった。と口外に付け足す。
鉛などはともかく、鋼鉄となると、向こうの世界でもそうやすやすとは手が出せない。
それだけではない。合成高分子(俗に言うプラスチックの類)は、いくつかの材料から抽出した分子を高精度で混合したものである。複雑な行程をいくつも経てようやく作られるような代物だ。少なくとも個人が作れるようなものではない。
この世界においてもそれは例外ではなく、これだけの合成高分子を精製するためには、おそらくかなり高度な魔術が使われていることだろう。となれば、こちらでも相当に高価であることは想像に難くない。
それほどの素材を大量に仕入れてもらったのだ。ゲオルグから請求された金額は数イエズにものぼった。先の依頼で手に入れた多額の報酬が、たった一度の買い物で何割か消し飛んだことになる。
そこまで用意して作り上げた武器なのだから、強力でなければ困るという気持ちもニイハラにはあったが、それをわざわざエリナに言う必要もないだろう。
結局その後も、ウキウキ気分のエリナはしばらく銃の練習を続けた。
数十発精製された弾薬は、そのためだけに残らず使い果たされてしまった。
もう一度、材料となる鉛や、弾薬を被覆するための軽金属を買い揃えなければならない。
―――また、ゲオルグの世話になりそうだ。
ニイハラは銃に、《黒い羽》と名付けた。
その黒い銃身と、向こうの世界におけるとある英雄の異名をモチーフにした名だ。




