29.出っ張り付きの棒きれ
日はさかのぼり、ニイハラ達が《スキゾイドッグ》の討伐依頼を達成した、その翌日のことである。
ニイハラは早朝から組合の取引所に足を運び、ゲオルグに仕入れてもらった素材を受け取って、そのままエリナを連れて依頼の受注もせずクロスロードから出た。
それからたどり着いた場所は、先の依頼の依頼主の所有する牧場だった。敷地内に放っておかれた家畜の死骸の痛ましさが、まだ記憶にも新しい。
何故もう一度ここに足を踏み入れたかというと、当然ながら用事があるからだ。その用事のため、ニイハラが事前に牧場主と話をつけ、喰い殺された死骸の後始末とクロスロードに避難していた生き残りの家畜の移動が済むまでの間、牧場の敷地を使わせてもらうことになっていた。
その用事というのは他でもない、エリナに預ける新しい武器の製造である。
なだらかな丘陵地帯に設けられた牧場は広大で、ちょっとした合戦のひとつでも始められそうなほどのスペースがある。
そんな見渡す限りの牧草地にぽつねんと佇む《風の馬車馬》の荷台と、その近くに座り込むニイハラとエリナ。二人の眼前には、広げられた覆い布と、その上に並ぶいくつかの箱状の物体があった。ひとつひとつの物体の大きさはエリナの顔ぐらいであるが、それぞれ色合いと質感が若干異なる。
これらは特定の分子を固めた、俗にいう“インゴット”だ。
銀色のものは、鉛と鉄鋼。そしてもうひとつの黒い色のものは、樹脂などから精製された、いわゆる合成高分子重合体の塊である。鉄などはその見た目に似合った重さがあるが、黒色の塊の方はそちらに比べてかなり軽い。ニイハラはともかく、エリナでも抱えられるほどの重量だ。
また、これらのインゴットとは別に、拳程度の大きさの金属化合物の塊もいくつか遠慮がちに顔を覗かせている。
魔術により物体の加工が容易となったこの世界においては、武器や装備を揃えるのに、わざわざ出来合いの品物を買う必要はない。中継都市にはこのように、特定の物質をある程度の大きさの塊として売っている場所が多く存在している。一部の再征者はこのような素材自体を買って、それを一から加工することで必要なものを自ら製造するのである。
そうした方が加工の手間賃が必要なくなるので安上がりになる場合もあるし、何より使用者自身の使い勝手に合わせて細かいも調節もできる。
そういうこともあって、このような“塊売り”されている素材は、その不格好な見た目に反して非常に重宝されていた。
ニイハラもその例に漏れず、素材から武器を製造してみることにしたのだ。
というより、そもそも彼がこれから作ろうとしているものは、おそらくは現在のゲルマニアにおいて、完成品としてはどこにも存在していないであろうものだった。そうである以上、自分で作り上げるしかないのだ。
出発する前にクロスロード内の武器屋をいろいろと見て回ったのだが、どうも彼が求める武器はどこにも売っていないようだった。
正直ニイハラとしては、魔術によって高度な文明を獲得したこの世界なら、“これ”も当たり前のように存在しているものだと思っていた。が、案外そんなことはなかったようだ。
あるいは、魔術が高度に発展したことにより、このような攻撃手段が生まれる余地すらなかったのかもしれない。
なんにせよ、ニイハラとしてはそれはそれで構わなかった。むしろ彼としては、ようやく自分の持っている向こうの世界の知識というものを、ようやく活用できそうな気分だった。
自分の持っている知識や技術が、その場において特異な存在になるというのは、やはり少しだけ優越感のようなものを感じてしまう。
覆い布の上に並ぶ数々のインゴットを眺めながら、エリナが言う。
「で、今度は何を作るわけ?」
「まぁそう急かすなって」
そう返事しつつ、ニイハラは《再構築》を発動し、作業を始めた。
覆い布の上に魔法陣が現れ、淡い光に包まれた素材が変形を始める。これまではついこの間《肋の柄》を作った時と同じだ。
が、今回はその時よりも幾分かやることが複雑であった。
それぞれのインゴットが一度形を崩し、そこからいくつかの部品へと再構築されていく。そしてそれらの部品が空中に浮かび上がり、方向を変えながら重なり合って、カシカシと小気味よい音を立てながら組み合わさっていく。
そうして呼吸を数度する程度の間に、魔法陣は消えた。それは言うまでもなく、《再構築》が完了したということである。
並べられていたいくつかの素材は消え、それに代わるように覆い布の上には別の物体が残った。
先端が円錐形をした筒状の物体。それが数十個。黄土色のその物体は、どことなく人の指を彷彿とさせる。大きさもそれと同じぐらいだ。
それとは別にもうひとつ、指のような物体よりも一回り大きな―――エリナとしては“棒きれ”以外に形容しようのない物体。大部分が合成高分子によって構成されているであろう黒色のそれは、ともすれば老人が持つ杖のようにも見える。
棒きれの側面からは、蛞蝓の触覚のような突起が伸びていた。
片側から反対側に向かって緩やかな扇状に広がっており、その途中で若干細くなっている。手で持つための取っ手だろうか。
その取っ手のすぐ近くから輪っかのようなものが出っ張っており、その輪の中には歪曲した金具がにゅっと顔を出していた。
エリナとしては、ニイハラが突飛なものを作る人間であることは前回の《肋の柄》で学習済みであったものの、今回はさらに不可解だった。
あちらはまだ不格好ながらも短剣としての形を保っていたものの、今回の“これ”ばかりは最早ただの棒きれにしか見えない。仮にこれが武器の類であるとして、どうやって使えばいいのかすら分からない。
「えっと……この先っぽの出っ張りで頭かち割るの?」
という彼女の純粋な問いかけを、ニイハラは大声をあげて否定した。
「恐ろしい発想だな!そうじゃないよ、今から説明しよう」
言いながら彼は、精製された棒きれを片手で手に取り、もう片手で無数に散らばる指のような物体を一つ摘まんだ。そしてその指のようなものをエリナの前に差し出す。
「いいか?これは中に根源を詰め込んだものだ。これを“弾薬”と呼ぶ。
……で、ここからご注目―――《物体形成》」
続けてニイハラは、自分の前方やや離れた場所に、牧場の土を盛り上げて人型の像のようなものを形成した。物質を形成する魔術、その初歩である。
そうして、弾薬と呼んだ物体を摘まんだままの手で、棒きれから伸びる蛞蝓の眼のような突起を持ち、それを勢いよく引っ張った。すると、棒きれに溝のような空洞ができる。そこに弾薬を入れ、そのまま突起を押し込んで元の位置に戻す。
それから棒きれを地面に水平になるように両手で構える。扇状に広がっている側の先端部を肩に当てて固定し、頬を寄せる。さながら上半身の全てを使って、押さえ込むような姿勢だ。
次の瞬間。
乾いた音が勢いよく鳴り響き、彼の支える棒きれがガクリと揺れた。
それと同時に、ニイハラから遠く離れた場所にある土塊の像、その胴体にあたる部分がひとりでに破裂し、崩れ落ちた。
その光景を見届けるように一呼吸置いた後、ニイハラが再び棒きれの突起を引く。そうすると、再び開いた溝から、先程入れた弾薬がポンッと飛び出してきた。溝から吐き出された弾薬が放物線を描き、地面に落ちる。その先端部からは、円錐形になっていた部分がするりと消えていた。まるで指の先端を切り落としたかのようだ。
「―――どうだ?」
棒きれから顔を離し、エリナの方へと視線を送りながらそう呼びかけるニイハラ。
しかし、彼の期待に反して、彼女の反応は素っ気ないものだった。
「……まぁ、それぐらいのことはできるとは思ってた」
「……」
もっと眼を丸くして驚くものかと思っていたので、ニイハラとしては消化不良ではあるが、とはいえ彼自身このリアクションは予想していた。
―――どうやら、推測していたことが的中したようだ。
魔術が普及したこの世界においては、遠くにある標的を攻撃することなど、こんな道具を使わずとも、優れた魔術師ならそれこそ何も使わずにやってのける。今更こんな、離れた物体を破壊する程度の芸当、素人のエリナであろうと驚くものですらない。魔術があれば当たり前のことなのだ。
だからこそ、“これ”がこの世界に普及することはなかったのだ。
だが、それでこそだ。
なまじ根源を用いた術が便利であるものだから、誰も彼もがそれに頼り切ってしまう。その結果、根源の使いすぎにより生命力の枯渇や“事象の穴”という危険が生じてしまうことになる。
そんな中において、自分が生み出したこの武器は、間違いなく革新的なものであるという確信がニイハラにはあった。
その確信をもって、今度こそエリナを感心させようと意気込み、彼は説明を続ける。
「確かに、離れた敵を攻撃することぐらい、魔術の心得があれば誰でもできる。で、おそらくあんたも想像している通り、こいつは弾薬を遠くに飛ばして攻撃する武器なんだ。俺はこいつを“銃”と呼ぶ。
そしてこの銃はな。弾薬を発射することに関しては、根源を一切使わないんだ。本当に、微塵たりともな」
「――――」
根源を使わない。
その一言を聞いたエリナが、俄に食いついてきた。




