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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第一章 全ての孤独な人達は
24/55

24.食事処 ウォルラス



 浴場から出て一度取引所に戻り、改めてゲオルグにメモした素材を調達してくるように依頼をする。

 それから、ひとまず早めの夕食を取ることにした。



 組合ギルドから七番目の門に続く大通りを脇道へと逸れ、細い路地をしばらく進んだその場所に、『海象ウォルラス』とゲール語で書かれた看板が見えた。ゲオルグから教えられていた小料理屋だ。

 人通りの多い大通りから逃れ、まるで隠れるように佇むその店は、言っちゃ悪いが確かに見るからに客足が乏しそうではある。まぁ、元々少女と二人だけでひっそりと食事ができるようなところを望んでいたので、むしろ好都合といったところか。


 質素ながらも、まだ真新しい木製の扉を開いて中へと入る。

 店の中には小さなテーブルがほんの四つほどと、確かに小規模なことこの上ない。元々店自体大人数での来店を想定していないのだろう。そして、俺達の他に先客は一人としていなかった。

 扉に取り付けられていた小さな鈴が開閉に伴ってカラカラと乾いた音を立てる。それが呼び鈴代わりになったのだろう。奥にある厨房からのそのそと一人の男が現れた。


 髪は短く切り揃え、服装も清潔さを保っているが、とにかく目つきが悪い男だった。彼がこの店の店主であるレノ・Mマックス・トニーだろう。

 ゲオルグは元々彼とは旧知の中だったという。俺にこの店を紹介したのもそういう繋がりからだろう。


 店主のレノはしばらくその切れ長の眼でこちらをじろじろと睨みつけた後、ともすれば聞こえないほどの小さな声で、

「いらっしゃい」

と口にした。


「二人だ。この子と一緒に食事にしたいんだが、まさか《下級スレイブクラス》の来店はお断りなんて言わないよな?」

 というこちらの言葉に、レノは、

「なんだよそれ。とりあえず好きな席へどうぞ。品書きもあるから、注文が決まったら呼んでくれ」

とだけ言い残して、そのままそそくさと厨房へと戻ってしまった。

 去っていく彼の背中をぽつねんとその場に立ち尽くしたまま眺める中で、先程ゲオルグがこの店を紹介する途中で話していたことを思い出す。


――――……


「レノとは昔からの友達でね。料理をするのが趣味で、元々どこかに店を持とうと思ってたみたいなんだ。ただ、その……無口で無愛想な性格してるもんだから、客商売するのには向いてなくてね。そんな奴が大通りに面した一等地に店を作れるわけもなく、かといってどこかの店に雇ってもらうこともできないしで、結局あんな辺鄙なところで細々とやっていくことしかできなかったんだ。儲けも少ないみたいだし、上手くやっていけてるか心配だよ。長く付き合ってると悪い奴じゃないってのは分かるし、腕は確かなんだ。本人にとっては余計なお世話かもしれないけど、ニイハラさんさえよかったら、あいつの店の常連になってあげてほしい」


――――……


 なるほど、レノ本人には悪いが、これはゲオルグの言う通りだ。客相手にあんな態度じゃ、大通りに面した店で大勢を相手にするのは難しいだろう。

 とはいえ、俺だっていちいちそんな些細なことで目くじらを立てるつもりもない。出してくる品物が美味ければそれでいいのだ。


「あー……。とりあえず言われた通りにするか」

 少女と共に、適当に目についた席に座り、立てかけてあったメニューの表を丸いテーブルの上に広げた。

 店を始めたのが最近なのか、あるいは普段から清掃が行き届いているのか、店の中も清潔だ。木製の板張りされた床にも埃一つなく、椅子も新品同然だし、テーブルにかけられたクロスなんて、そのまま上で寝てしまっても良さそうなほどだ。

 こういう小料理屋のメニュー表と言えば、料理の油か客の手についたあれやこれやだとかでベタベタになっていることがあるのだが、そんなこともない。厚紙でできたメニューにはシミひとつついていなかった。もしかしたら、汚れたらいちいち作り直しているのかもしれない。

 店そのものの雰囲気は非常にいい。天井に設えられた魔術灯の照明が少し弱く感じるが、それもまた落ち着いた空気を演出しているような気がする。

 なんだ、いい所じゃないか。多分最大の問題点は店主の性格なのだろう。

 そんなことを考えながら、ひとまず注文を選ぶべくメニューを眺める。


――――ふむふむ。

 小羊の背肉のステーキやら東海(文字通りハンブルク大陸の東にある海だ)の海藻のサラダやら……

 翻訳コンバートが上手く作用しているためか、記されてある内容がまったく分からないということはない。おそらく、使われている食材や調理の仕方が、俺の知っているもの、即ち転生する前にいた世界にも存在するものであれば、既存の概念に当てはめてこちらでも理解できるような形に認識を調整してくれるのだろう。

 しかしながら、例えば昨日食べた“ダネル”のように、()()()()()()に実在する料理とは似ているようで異なるこの世界特有の品などは、翻訳されることなくゲール語のままで認識される。要するに、見たことも聞いたこともない名前になる、ということだ。文字は読めるので発音自体は可能だが。

 メニューを眺めている内にふと目についた“エリャ”というのも、そのひとつだろう。


 ……なんだろうこれは、気になる。もしかしたらとてつもない珍料理で、虫の死骸とかが材料になっているかもしれない。そう思うと注文するのが怖い。

 またしても“神様”から与えられた知識の不足が露呈してしまった。この世界での郷土料理ぐらい教えてくれてもよかったじゃないか。

 とはいえ、こういうのにも今のうちに慣れておく必要があるだろう。分からないことは実際に見聞きし、味わってみなければ始まらない。


 よし、決まりだ。


「俺の注文は決まった。あんたはどうする?」

「ニイハラと同じのにするよ」

「……大丈夫か?ちゃんと食えるか?」

「また馬鹿にして!」

 こちらとしては、もしもの場合を危惧し心配して聞いたのだが、なんだかこのところ『馬鹿にして』が彼女の口癖になりつつあるような気がする。

 あんまり彼女をからかうような発言は控えた方がいいか。


 とにかく、テーブルの脇にある呼び鈴を鳴らして店主を呼ぶ。

 先ほどと同じようにのそのそとやってきたレノが、何も言わずにテーブルの前に立つ。

「エリャと羊肉のステーキと、東海の海鮮サラダ。それを二人前で」

「……分かった。ちょっと待ってろ」

 そう短く返事して、また厨房へと戻っていった。



 しばらくして、再度戻ってきたレノがまたしても何も言わずに出来上がった品物をテーブルに並べる。

 別にお客様は神様だとかそんなことを言うつもりはないし、こういう商売では店が一番偉いものだとは思う。とはいえ、さすがにこれだと初めてきた客は戸惑うだろうな。ゲオルグが心配するのも無理はないか……

 まぁ、繰り返すが一番大事なのは美味いかどうかだ。モノも揃ったことだし、さっそく頂くとするか。


 と、ふと思い立って俺はテーブルに向かい合って座り、じっと並べられた料理を見つめていた少女に声をかけた。

「そうそう。今回は急いで早食いする必要はない。周りの眼だって気にするな。そもそも誰も見てやしないんだから、ゆっくり食おう。食事を好きなように、ゆっくり味わうことも人生には必要なことなんだから」

「……ん」

 そう頷く彼女の顔を見てから、俺は改めて料理に手を付けた。


――――ん!


 これはイケる。

 サラダなんてどこで誰がどう作ったところで同じようなものだと思っていたが案外そうでもない。よく水切りしてあって、ベタベタするような感じはなく、かといって瑞々しさがあってまるで今さっきそこら辺で生えてたのを取ってきたかのように新鮮だ。おそらく素材を仕入れてくる段階でいろいろ考えてあるのだろう。


 羊の肉なんてあんまり、というかほとんど食べたことがなかったのだが、これも中々オツなものだ。

 そういえば、この前仕留めた《カーネイジウルフ》も、一部では珍味の類として流通していると聞いた。魔物の肉ともなれば、それこそ未知の食材だろう。

 さすがに人間を襲って食ったような獣の肉は気が引けるが(俺が仕留めた個体が売れたのも、人間を捕食していないことが確認されたからだろう)、魔物料理というのも機会があれば一度味わってみたいものだ。


 で、肝心のエリャという料理であるが、こちらが危惧していたよりも真っ当な料理だった。

 感じとしてはリゾットとかピラフの類、日本で言えば所謂お粥だ。

 こういうものこそ作り手の腕というものが直に反映されるのだろうが、なるほど確かにレノという料理人の腕はいいようだ。まぁ、俺自身上等な料理を食べた経験なんてロクにないのでその辺りの違いなんぞ分からないが。

 俺が昔ひょんなことで自分でお粥を炊いて食ってみた時なんて、ドロドロになって液体なのか固体なのかもよく分からないような有様だったが、今俺が口にしているものはそんな素人の作ったクソの化身なんぞとは比べ物にならない。レノの料理人としての繊細さというか、ある種の誠実さすら感じられるようだ。

 使用されるあらゆる食材と素材の分量を綿密に計算した上で、寸分の時間の誤差もなく調理における全ての行程を確実に行う。その結果生み出されたのがこれというわけだ。


 ……これ以上それっぽいことを言うことはできないのでもうやめておこう。


 いや、ナイフとフォークとスプーンがどんどん進む。少女にはゆっくり食えと言った手前なのに止まらない。

 俺のような俗っぽい人間には、食事という行為そのものを尊重して行うという伊達で風流な真似はできない。美味いものを食ったら『もっと欲しい』という欲望が先行してしまうのだ。

 そうなった以上、レノという料理人を認める他ないだろう。本人の人柄のせいで中々客がこないのかもしれないが、なんて勿体無い。一度食いさえすれば、誰でも気に入るだろうに。

 しかし、もしそうなって店が繁盛してしまうと、誰にも邪魔されず静かに食事をしたいという俺のお眼鏡からは外れてしまうことになる。

 なんだかんだといって、こういう店は今ぐらいの雰囲気がちょうどいいのかもしれない。


「あ~、食った食った」

 舌鼓を打ち、あっという間に感触した俺は、何の気なしにもう一度正面に座る少女の方を見てみた。

 彼女もどうやらすでに食べ終わっているようだったが……


「……」

「?」

 眉間にシワを寄せて、何やら険しい顔をしている。

 一体何事か……

 彼女の様子に気づいたらしいレノが、またしてものそのそと厨房から出てくる。

「どうした?毒なんて入れてないぞ」

 彼の呼びかけにハッと我に返る少女。

「い、いや。そのさ、……こんな美味しいもの初めて食べたから、なんて反応すればいいか分からなくて」


「……」

 少しの沈黙を置き、それを聞いたレノが呆れたような声をあげた。

「そう言ってくれるのは悪くないがな、俺の飯を食ってそんな顔をしないでくれ。不愉快だ」

「ふ、不愉快って……」

 これには思わず俺の口からも苦言が漏れる。が、別に何か言い返したりはしない。

 まぁ、確かに美味いものを食ってしかめ面になるのもおかしな話ではあるが、少女の気持ちもなんとなく分かる。彼女のこれまでの人生を鑑みれば、こんな姿を滑稽だと笑ったりする気にはならないだろう。

 レノだって辛辣な言葉を吐いてはいるが、多分実際はただの照れ隠しだ。反応できないぐらい美味いなんて、料理人としては中々聞かない台詞だろう。

 自分の作ったものが賞賛される。それは何かを創造するありとあらゆる人間にとってのひとつの到達点だ。それを素直に受け入れられるということは(口ではああ言っているが)彼はやはり真っ当な料理人なのだと思う。


「あー、まぁなんだ。ごちそうさま。ホントに美味かったよ。お代は?」

「……430キリ」

 料理の代金を店主に支払いつつ、

「ほら、行こう。そんないつまでも感激してるなよ」

と、少女を席から立たせる。


「ここはいい店だな。また来るよ」

と挨拶代わりに言い残すと、レノはその細い目をなおさら細めながら、

「世辞なんていらん」

などと言い返してきた。

「……こんなことわざわざ言わなくていいと思うんだが、ゲオルグにこの店を紹介されてな。あいつが心配してたぞ。繁盛してるのか、って」

「余計なお世話だ。お前は他人に言われたからこの店に来たのか?そんな客は――――」

「最初はな。今は違う。実際気に入ったんだ。今度はあいつも連れてくるからよろしく頼むよ」

「……」

 結局レノはずっと仏頂面のまま、気の利いた台詞の一つも言ってくれなかったが、それには構わず俺達は店を出た。

 向こうも向こうで、俺達のことを常連客として受け入れてくれたのならそれでいいのだが、どうだろうか。



 風呂に入って飯を食ってる間に、いい時間になっていたのだろう。

 いつの間にやらすでに太陽は沈み始め、空は茜の色から群青へと移りつつあった。

 都市にひしめき合うように立ち並ぶ建物の間、肌に刻まれる小皺みたいな狭い路地の中は、差し込む光も少なく薄暗い。

 別に疲労しているわけでもない、というかむしろ魔術が付与された風呂に入ったおかげでむしろ体力は有り余っているぐらいだが、いろいろなことがあったためかなんだか眠くなってきた。


「まだいい時間だが、宿に戻って今日はもう休むか。明日からもいろいろやることあるし」

「……うん」

 少女の方も特に異論はなさそうだったので、俺達は海象ウォルラスを後にして、宿に戻ることにした。


 ふと、どうしてなのかも分からないが、今この瞬間にも、誰かが再征者レコンとして働いていて、魔物の餌食になって死んでいるんだろうか。と考えてしまった。


 が、そんなことは歩いている内にすぐに忘れてしまった。



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