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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第一章 全ての孤独な人達は
22/55

22.報酬



 日刻は“表の六”。真っ昼間という時間帯であるが、組合ギルドの案内所には依頼クエストを終え帰還した、あるいはこれから依頼クエストを受注しようという再征者レコンでごった返していて、建物の周囲を絶えず行き交っていた。

 そんな連中の間を縫うように進み、出入り口の門を潜り案内所の中に入った俺達は、そのまま適当な受付の窓口へとずけずけと近づいていった。


「《兵卒級サブジェクトクラス》のニイハラだ。要件は分かってるよな?」

 開口一番そう言うと、窓口の向こうにいる事務員の女の子は途端に慌てふためいた。

「は、はい!この度はこちらの不手際で依頼クエストの内容に不備が生じてしまいました。その身を危険に晒す結果になってしまい、申し訳ございません」

「いや、別にそれはいいよ、謝らなくて。分かってるかって聞いたのは、……ほら」

「報酬のことですね。今回の依頼において、多大なご迷惑をおかけしたことへのお詫びと、その上でこちらが想定した以上の成果を上げてご帰還なされたニイハラさんへの謝礼の意味も込めまして、報酬を増加させていただいております。すでに取引所の方に入金されていますので、一度ご確認ください」

「ふむ」


 依頼クエストの報酬は基本的に、再征者レコン本人に直接受け渡すのではなく、一度取引所に預けてから随時必要な分だけ引き落とすという形になる。まさしく銀行の預金みたいなものだ。再征者レコンになった時点で、専用の口座ができたと考えていい。

 で、その口座に金が振り込まれた場合は、組合ギルド経由で《誓約術式コヴェナントプログラム》に情報が記録される。

 魔術刻印を呼び出し術式を起動させ、組合ギルドからの報酬の入金記録とその額を確認する。


「――――10イエズ。元々の報酬の五倍か。んん?確か俺が仕留めた討伐目標の数は十倍だったと思うんだが……」

 これ見よがしに皮肉めいたことを口にすると、またしても事務員はアワアワとした。

「も、申し訳ございません。その……」

「冗談を真に受けるなよな。別に文句はない。この報酬だって、一部は中継都市の人達の収入から賄ってるんだろ?こっちだって必要以上の額をふんだくったりするつもりはないよ。今更10イエズも100イエズも変わらんしな」

「は、はい。ありがとうございます」

 それに、大事なのは金ではない。

「こっちとしては、今回の成果が評価されて少しでも早く階級を上げられるのなら、そっちの方が有り難いね」

「それは勿論!この調子で引き続き依頼クエストを達成してくだされば、すぐにでも昇格できるでしょう。クロスロードにおける最速の昇格記録だって更新できますよ」

「それならそれで結構だ。またすぐにでも新しい依頼クエストを受けにくるよ」

 ひとまず報酬の云々(うんぬん)の確認は済んだので。そうとだけ言い残して受付を後にする。


 とはいえ、10イエズか……

 即ち100,000キリ。十倍すれば日本円に換算した価値が計算できるので――――


 やばい。俺、たった数時間でそんな大金を手に入れてしまったのか……

 受付では済ました顔をしていたが、なんだか急に冷や汗をかいてきた。一度にこれだけの額の金を手に入れた経験なんてなかったからだ。

 なにせ俺はしがない社会人だった(今となっては『元』がつくが)。毎日あくせく働いては、月の終わりにはした金をもらって一喜一憂する生活を続けてきた。

 賭け事は基本したことがないし、宝くじの類も買った経験はない。だからもちろん当選した記憶もない。俗に言うFXの類とも無縁だった。

 それが今いきなりこれだ。もし今回の依頼クエストと同じものをほんの十回でも繰り返せば、それでどれだけの金が懐に入ることになる?

 なんなら今からでも新しい依頼クエストを受けることだってできるが……

――――いかん。変な想像をしない方がいいかもしれない。

 なるほど、これが再征者レコンキスタドールというものか。道理で危険も顧みず誰も彼もがなりたがる人気の職業なわけだ。これなら実力さえあれば、億万長者になることだって夢ではない。


 頭の中に動揺とある種の興奮がぐるぐると巡って、上の空になっていた俺の意識を引き戻したのは、少女の呆れたような声だった。

「ちょっと。……どうしたの、立ったまま寝てるのか?」

「は?……あ、あぁ、いや、なんでもない」


 そうだ。浮かれている場合じゃない。そもそも、これだけの金を貰えるのにも理由がある。

 他でもない。経済を活性化させる最も単純な方法は、()()()()()()使()()()()ことだ。

 再征者レコン依頼クエストをこなして莫大な報酬を受け取る分、次なる依頼クエストの準備のための出費も馬鹿にならないのだ。損傷した武器や防具、魔術道具の補充のために、イエズ単位の金が春の淡雪のごとく溶けていくことだろう。

 俺だってそれは例外ではない。いや、俺個人は別にそうでもない。武器なんてなくても、神様から譲り受けた身体と魔術があればそれでいいのだが……


 改めて、『何事か』といった様子でこちらを見ている少女の顔を見返す。

 そう、彼女だ。

 少女との契約を続行することが決まった。

 いずれは国からの恩赦で《下級スレイブクラス》から昇格させるつもりではあるが、それも今すぐというわけにはいかない。しばらくの間は契約料を定期的に支払わなければならないだろうし、それ以外にも諸々と面倒を見なければならないだろう。

 それに、もしも――――これはもしもの話であってまだ決まったことではないが、彼女が今回の依頼クエストを経てもなお、再征者レコンとして戦う意志を見せるというのなら、こちらもそのために手を尽くしてやらねばなるまい。

 《肋の柄ボーン・カタリスト》一本だけではまだまだ戦力不足だ。俺だって全くの素手で戦うのはさすがに苦労するだろうと思えるのだから、魔術の心得がない彼女なら尚更だ。万全の準備の上で用意された強力な装備が必要になる。

 早い内からそのために手を回しておく必要がありそうだ。



        ※



 依頼クエスト達成の確認をした俺は、次に入金された報酬を受け取るために取引所に向かった。

 清潔とした案内所からいきなり殺風景な取引所に移ると雰囲気の落差で酔ってしまいそうだが、そんなことは気にせず受付に顔を出す。

「《兵卒級サブジェクトクラス》のニイハラだ。組合ギルドから入金された依頼クエストの報酬を受け取りたい」

 そう口早に用件を伝える。

 それを承った事務員がその場を離れようとしたところを呼び止めて、俺は続けてこう頼んだ。

「待ってくれ。後もうひとつ、解体屋のゲオルグ・リンゴォと連絡が取りたい。可能ならできるだけ早くだ。金は後でいい」

「……少々お待ち下さい」

 そう言い残し、改めて受付から離れた事務員が、しばらくもしない内に戻ってきた。

 その手には、一つの小さな木組みの板のようなものが握られていた。

「“根源エーテル通信”です。すでにゲオルグとは繋がっています。どうぞ」

 言いながら、事務員がその木の板を手渡してくる。


「……なるほど」

 魔術とはいかなる事象をも再現し、その利便性は俺の知る現代文明のそれと互換する。

 となれば、そう。所謂電話のようなものだって再現することができるのだ。

 木の板に術式を刻印し、同じ術式を施した別の板(受話器にあたるものだろう)と相互に音声のやり取りができるということか。

 これは助かる。必要とあれば誰かとすぐに連絡を取り合うことができるというのは、社会を円滑に運営する上では重要な要素だ。


 さて、これが電話の代わりということなら、その使い方も似たようなものだろう。

 俺は受け取った木の板を耳元に近づけ、口を開いた。

「あー、もしもし。ゲオルグか?仕事中だったなら済まない。頼みたいことがあるんだ」

 発せられた俺の声は術式を通じてここではないどこかにいるであろうゲオルグの耳へと届く。そして彼の返事が再び術式に乗って、板に刻まれた刻印から空気の振動となって俺の鼓膜に伝わる。

「お客さんからの連絡の何が迷惑なもんですか。なんでも頼んでくれていいよ」

「いや、仕事の依頼と言えばそうなんだが、今すぐっていうわけじゃないんだ。いくつか必要な素材があって、それを書いたメモを取引所に預けておく。ひとまずそれを確認だけしておいて欲しい。必要になったら後日改めて取り寄せてもらうよう依頼する」

「……ふーむ、なるほど、分かったよ。メモ書きを読むくらいで手数料は取りませんからご安心を」

「助かる。ついでにこっちも手数料はなしにしてもらいたいんだが、もうひとつ頼みがあるんだ。どこかに落ち着いて飯を食える場所はないか?あんまり人の出入りが少ないような」

「飯屋?」

「あぁ。その……。俺が連れていた《下級スレイブクラス》の女の子がいたろ。あの子のためなんだ」

「……あー」

 術式の向こうでゲオルグの合点がいったような声をあげた。

「そういうことね。そうだな、……もう昼ごろだろ?今から伝えるから、今日からでも行ってくるといい。メモの用意はいいかい?」

「いつでもいい」


――――ゲオルグの言う場所を聞きながら、俺は宙に指を滑らした。なにもないはずのそこに、光の軌跡が刻まれ、文字が刻まれていく。

 案内所で手にした“紙のない契約書”の応用だ。根源エーテルを文字として書き出しそれを固定化する。これで即席のメモの完成だ。

 書き上げたメモはそのまま圧縮して保存しておくこともでき、必要に応じていつでも閲覧できる。

 いやはやまったく魔術さまさまだ。これなら、忘れたくない用事をわざわざ腕に書いて後で消すのに苦労するなんてこともなくて済む。

 さまさまと言えばゲオルグもだ。やはり持つべきものはコネだろう。おかげで、少女に今度はちゃんとした場所で食事をさせてやれそうだ。さすがに、この間のようなことはもう二度と御免だからな。

 俺は本人が見もしないのにその場で軽く頭を下げ、ゲオルグに感謝した。

「ありがとう。やっぱり持つべきものはよく出来た友人だな」

「どういたしまして。友人と思ってもらえるなんて嬉しいよ。それじゃあ手数料として――――」

「取るのかよ!」

「今度そこで奢ってもらおうかな」

「あ、あぁ。そういうこと」

「よろしく頼みますよ。他に用件は?」

「これだけだ。いや、本当に助かったよ。それじゃあな、改めて依頼した時は、こちらこそよろしく頼む」

 とりあえず用事は済んだので、受話器を切る。魔術刻印の刻まれた道具の扱い方は基本的にどれも同じだ。そこに刻まれた術式を解除するように念じれば後は勝手に消えてくれる。


 使い終わった木の板を事務員に返しつつ先程と同じ要領で空中に根源エーテルの文字を書き、それを実体のないメモ用紙として渡した。

「大体聞いていたろ。ゲオルグが立ち寄ったらこれを渡して欲しい」

「分かりました」

「ってわけでこの件はこれで終わり。改めて組合ギルドからの報酬を持ってきてくれ」


 催促する声を聞いた事務員が再びその場を後にし、戻ってきた時には、今度はその手には数枚の紙束が握られていた。

「今回の報酬、10イエズです。ご確認ください」

 窓口に差し出されたそれを眺める。

 ゲルマニアの初代国王、ゲルマーニアンⅠ世(キスケ王)の肖像が描かれた紙幣だ。それが十枚。

 こちらを見据えるキスケ王の威厳に満ちた顔を見ていると、なんだか受け取ることが畏れ多いことのようにすら思えてくる。

 が、これは紛れもなく俺が仕事をして稼いだ金なのだ。今更及び腰になることなどない。

 差し出された紙幣を受け取って、

「ありがとう。お勤めご苦労さん」

とだけ言い残し、俺は受付を離れた。


 手元の札束をぺらぺらと一枚ずつめくりながら少女に合流するなり、言う。

「さてと、お給料も手に入ったことだし、今日は一日豪勢に過ごすとするか」

「豪勢って、……なにするの」

「さっき言っただろ?風呂に入って美味い飯食って。金ってのは使うためにあるんだ。仕事っていうのはな、終わった後の時間を有意義に過ごすためにあるんだよ。苦労したならその後はゆっくり休んで遊んでこそ、生きている甲斐があるっていうもんだ」


 そう言いながら、俺は少女を連れて取引所を後にし、まだ昼間のクロスロードの街へと繰り出していった。



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