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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第一章 全ての孤独な人達は
15/55

15.肋の柄



 作業台の上に並んだ肋骨の束に向けて右手をかざし、詠唱を始める。


「『其は水と移り変わるもの、土より出しもの、金のごとく固きもの』

『万物は遍くその起源を同じとし、歪めること叶わず』

『然らば姿形など吹けば崩れる砂上の城であり、砕かれること無き金剛石。如何様にとも変われよう』

『変形せよ、《再構築リマスタリング》』」


 肋骨が淡い光に包まれ、その中で水に溶ける砂糖菓子のようにみるみる内に形を崩していく。

 巨大な肋骨という形を保っていた物質は、分子あるいは原子――否、それらを構成する原初の要素である根源エーテルにまで分解されていく。

 《肉体生成バースコントロール》や《服飾クローズィング》と同じだ。

 分解された根源エーテルは、魔術によって再び凝集し、新たな形へと“再構築”される。その気になれば、ある物質をまったく異なる性質を持った別の物質に創り変えることさえ不可能ではない。それはこういった類の魔術だ。当然、そんなことをすれば相応の“代償”が必要となるが。

 ただ今回発動した《再構築リマスタリング》は、あくまで物質を同一の構造を持ったまま形や密度だけを変化させるものなので、消費される根源エーテルは少ない。


 やがて光が失せた時、作業台の上に残ったのは、二振りの小さな短剣のようなものだった。拳二つ分程度の小さな刃。全体がいかにも骨といった黄味がかった白色で、つるりとした表面はなんというかプラスチック製の玩具じみている。先端部は鋭利でそれなりに切れ味はありそうだが、だとしても刃物と称するにはあまりに見窄らしい。

 合わせて六本あった巨大なあばらはすでに消え失せていた。小さな子どもが寝そべるぐらいの広さがある作業台を占拠していた骨の束は、この短剣を生成するためだけに残らず材料として消費されたのだ。


 今更言うまでもないが、他でもないこの短剣が、俺達の武器となる。が、今の段階ではまだ完成ではない。もう一段回手間をかける必要がある。

 右手をかざしたまま、今度は長々と詠唱することなく、ただ

「『刻印転写』」

 とだけ呟いて、骨の短剣に意識を集中される。

 そうすると、短剣の表面が削られ、模様のようなものが描かれた。見えない彫刻刀が走るように、柄に相当する部分だけでなく、刃に至るまで素早く細い溝が刻まれていく。


――魔術を発動するための補助となるものは、言葉による詠唱だけではないというのはもう分かっていることと思う。これもまたその類のものだ。

 模様の刻まれた短剣は、先程に比べれば幾分かはマシな見た目にはなったが、玩具めいた印象は相変わらずだ。

 ひとまず二振りの内一本を手に取ってみる。

 と、傍らにいた少女が心底わけがわからないといった視線を送りながら言ってきた。

「……そんなもので戦うっていうの?」

 その発言はごもっともだ。俺が手にした短剣はあまりに小さい。なんせ拳に埋まった柄から申し訳程度に伸びる刃は、広げた手のひらよりも短く見えるのだから。こんなものを魔物の皮膚に突き立てたところでどれほどの威力になるものか。そう疑問を抱くのも無理はないだろう。

 が、それは認識の誤りというものだ。“これ”の強みは見た目だけでは分からない部分にこそある。魔術により生成された道具が、見た目通りの性能をしているわけがないのだから。

「そういうのは、これを見てから言ってもらおうか」

 そう短く返してから、俺は右手に掴んだ短剣の柄に意識を向け、心の中で軽く念じた。


 瞬間、刃から眩いほどの光が放たれた。緑と白の間のような色彩の光はやがて一つの形へと凝集し、細長い構造体となった。それはさながら、骨の刃が延伸したようにも見て取れる。骨から伸びた光の刃だ。

「うわっ!」

 少女の驚嘆が聞こえた。

 そう、これこそが短剣の真の姿だ。所持者が頭の中で念じると、表面に転写された魔術刻印が根源エーテルを自動的に吸い上げて、光の刃を発生させる。

 魔術師の中にはこのように、あらかじめ適当な物質に魔術を発動するための術式を転写した道具を用意する者もいる。そうすることで、詠唱を行わずとも高度な魔術を発動させたり、魔術の性質を多様化させることができる。

 技術さえあればどのような物質であろうとこうした道具にできるのだが、その中でも生体由来の物質は特に魔術刻印との相性がいい。

 元々根源エーテルが複雑に折り重なって成立している“事象”というのが生体だ。それ故、単一の構造体よりも外部から新たに送られてくる根源エーテルにも適応しやすいということだろうか。

 わざわざ魔物の肋骨を換金せず残しておいてもらったのはこれが理由だ。おそらく換金による金だけでは、武器として扱うのに十分な性能を持った道具というのは揃えられないだろう。だからこそ、死体の残っていた部位から何かしら用途のありそうなものを利用することにしたのだ。

 要は金で買うより自分で作ったほうが安上がり、ということである。


「分かったか?この根源エーテルの刃で攻撃する。実際のところこれは武器そのものではなくて、ある種の“触媒”なんだよ。刀身はただの飾り、刃として実体のある部分でもあくまで“柄”の役割しか持ってないんだ。じゃあなんでわざわざ使いもしない刃を作ったんだってことになるけど……だってホントに柄だけしかないとさすがに見た目がかっこ悪すぎるだろ。ビームサーベルかっての」

「触媒?」

「そう。名付けるとすれば、さしずめ《肋の柄ボーン・カタリスト》ってところか」

 再び短剣の柄に念を送り、光の刃を解除する。


「刃を形成するための術式はすでに出来上がっているから、使うためにはただ念じるだけでいい。あんたにもすぐにできるはずだ」

 そう言いながら、残るもう一振りを左手で掴み、少女に手渡す。

 短剣を手に取った少女は、その刃をまじまじと見つめていた。

「やってみろ。念のために言っておくが、自分の顔になんか向けるなよ。一応、自分や他の人間の身体に先端が向いていると刃が自動で消える安全装置セーフティはあるけどな」

「やってみろって……」

「イメージするだけでいい。こんなものは魔術の範疇にすら入らない。ただ『刃が出る』ということだけを頭の中に思い浮かべれば――」


 俺が言い切るよりも早く、少女が握っていた《肋の柄ボーン・カタリスト》から光の刃が形成された。

 彼女は再度驚いた様子で眼を丸くしたが、やがてその双眸が少しずつ細められていく。

 少女は目の前で起こる固定化された高密度の光、その輝きを、思い詰めたような表情でただじっと睨み続けていた。

 確かに武器としては、小さな手斧なんぞよりかは遥かに上等な代物ではあるだろう。しかし何もそんな顔をして眺めるほどではないと思うのだが……

「そんなに珍しいのか?」

「……いや、別に」

 淡白に彼女はそう応える。

「まぁ、珍しかろうとなかろうとどっちでも良い。光の刃を消す時も同じだ。イメージすれば勝手に消えてくれる」

 説明を受け、返事も寄越さず少女は光の刃を解除した。

「そうだ。ひとつ注意しておくが、一応その刃も列記とした魔術だ。必要な術式を“柄”の側で用意しているだけで、発動するための根源エーテルは自分の肉体から消費される。長時間刃を出しっぱなしにしてたら生命力を消耗するから気をつけろ。使用者の生命力が一定まで減ったら術式自体が発動しないようにしてあるが、それは言い換えればそこまで疲れたら攻撃手段もなくなってしまうってことだからな」

「生命力を消耗って言うけど、具体的に言うとどれぐらいなわけ?」

「個人差があるんだからはっきりとは言えない。が、大体“一刻”以上出しっぱなしで使用していれば限界点に達するだろう」

「……」

 『不便だなぁ』と少女の眼が語っているのが分かる。


「……この際だ。ゲオルグが金を持ってくるまでまだ時間もあるようだし、ここでしばらく“そいつ”の使い方をレクチャーしてやろう」

 俺の方はともかく、少女にとってはこの《肋の柄ボーン・カタリスト》が現状唯一の攻撃手段になる。ゼアの森での一件を見るに、彼女には自力で魔術を発動する手段はないだろう。そうである以上、可能な限りこの触媒の使用方法を習熟してもらった方がいい。

 どうせこの作業場も無料で貸出されているし、時間の制限なども伝えられていないのだ。このまま引き続き使わせてもらうことにしよう。後で怒られるならその時はその時だ。



        ※



――こんなところか。

 概ね、《肋の柄ボーン・カタリスト》の使用方法は教えられたはずだ。後はそれを俺も含めて実戦で実践(駄洒落)するだけだろう。

 今現時点でこちらで用意できるものは他にはない。こちらにとっての唯一の所持品は、この骨の塊だけだ。後は金すら持っていない。

 となればこれ以上やることもないし、指定された日刻までまだ少しあるが、後はゲオルグを待つことにしよう。

 俺達は作業場を後にし、そのまま取引所の出入り口で待つことにした。


 絶え間なく建物中へと出入りする再征者レコン達の脇で、壁にもたれかかってただ時が過ぎていくのを待つ。

 その間、少女はじっと動かず視線を落とし、ただ足元の地面だけを眺めていた。

 おそらくは、行き過ぎる者達が時々彼女に投げかける興味と侮蔑の混じった視線と眼を合わせないためだろう。

 ゲオルグは仕事を終えたらすぐにここに来るだろうと思い、目に付きやすい場所で待つことにしたのだが、彼女のことを案じるならばむしろ人気の少ない別の場所に移動した方がいいか?

 あるいはいっそ彼女を蔑むような眼で見た連中を片っ端から殴って謝らせれば気も晴れるのだろうか。


 ……いや、そのどちらも余計に彼女を惨めにさせるだけだ。

 今は、ゲオルグを待ってここにいるのが一番いいのだろう。とにかく早く用事を終わらせて去りたい。


 そう思っていた矢先に、行き交う人混みの中に見知った顔を見つけられたのは素直に助かった。

 ゲオルグだ。彼の方もこちらを見つけたらしく、慌てて駆け寄ってきた。まだ指定の日刻にはなっていなかったが。

「あぁ、ニイハラさん、もしかして待っててくれたのかい!?いやあ悪いね」

「いや、先に素材だけ受け取ってこっちの用事を済ませていた。そんなに長時間待ってはいない。っていうか、そっちこそ思ってたよりも早めに仕事が終わったんだな」

「《カーネイジウルフ》はなんだかんだ言って珍しい魔物だからね。手頃な買い取り先がすぐに見つかったよ」

 そう言ってにっこりと笑うゲオルグだったが、こちらが

「それなら換金の成果も期待できそうだな」

 と聞くと、途端に渋い顔になった。

「……いやぁ~、それなんだけどね。えっと、とりあえずこれ。今回の成果ね」

 そのまま彼はこちらに麻袋を一つ手渡してきた。手に取ると確かな重みがあるが、だからこそ中身を想像するのは容易だった。

 これは、どうも紙幣イエズではなさそうだ。

 麻袋を開けて確認して見ると、銀色の硬貨がそれなりの量詰まっている。

 こちらの様子を伺いながら、ゲオルグが申し訳なさそうに言う。

「そう。換金で得られたのは50ライだった。さすがに身体の殆どがなくなってるんじゃあそれが限界だった。牙を含めて全身残っていれば2、3イエズはあったんだろうが……いや、本当に申し訳ない」


 50ライ――すなわち5,000キリか。ある程度予想できていたとはいえ、確かにこれは正直言ってはした金だと言わざるを得ない。どこかで武器を仕入れようとしても、こんな額しか手持ちになければ碌なものが買えないだろう。(まだゲルマニア王国における物価を把握できているわけではないが)肋骨だけ残して素材にしておいてよかった。

 というかそもそも、今日のところは依頼クエストをこなさずどこかで一夜を明かして、明日改めてここを出発するつもりだったのだ、これでは食事をして宿を借りるだけでほとんどがなくなってしまうかもしれない。


 とはいえ、ゲオルグは良くやってくれたと思う。

 彼を批難するようなことはせず、こちらも素直に労ってやらねば。

「有難く受け取っておくよ。ちゃんとあんたの方にも儲けはあるんだよな?」

「そりゃあもちろん、仕事だからね。で、仕事ついでに不躾なことを言うと――」

「言いたいことは分かるよ。ほら」

 言いかけた彼の言葉に応えつつ、俺は《誓約術式コヴェナント・プログラム》に念じ魔術刻印に光を灯す。

「今後も、あんたの世話になる機会がありそうだ」

「ははは、まぁそういうことだよね。ニイハラさんも晴れて立派な再征者レコンになったことだし、これからもご贔屓頂けると幸いです。取引所に頼めば指定した解体屋に仕事を依頼することもできるから是非ともご活用を~」

「まぁ、考えておくよ」

 やれやれ、案外こういう抜け目のなさはちゃんと持っているようだ。まぁ、その方がむしろ親しみがわく。


「それじゃ、こちらの仕事は終わったことだし、僕はこれにて失礼するよ。ニイハラさんも頑張ってくださいね!」

「あぁ、お互いにな」

 そう言い合って、ゲオルグはこの場を後にした。


 さて、これでこちらの用事も終わりだ。こんな辛気臭い場所からはさっさと退散するとしよう。

 取引所の前にある柱に設えられた日刻盤を見てみると、“表の十二”を示していた。空を見てみると、少し前まで真っ青だったものが、すでに茜の色から群青へと移り変わろうとしつつあった。

 もう日も暮れる。今日のところはひとまずこれまでにして、一休みするとしよう。

 俺は少女を連れて、取引所を後にした。


――あ、でもその前に飯にしよう。

 よくよく考えたら今日は朝から何も食っていなかったことを思い出した。



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