14.前準備
ひとまず、俺達は依頼書を持って受付へと戻った。
ちょうど、最初に再征者への登録をしたのと同じ窓口が空いていたので、特に理由もあるわけではないが今回もそちらに寄ることにした。まぁ、どうせならこういう事務手続きもできるだけ見知った顔とした方が気が楽だという無意識下の心理だろう。
「ニイハラさんですね。早速、依頼の受注ですか?」
こっちの名前を覚えてくれているとは嬉しいじゃないか。いや、そりゃあほんの少し前に相手したばかりなんだから覚えていてくれていないと逆に辛いのだが。
「そうだ。これを受けたい」
そう応えつつ、持ってきた依頼書を差し出す。
その内容を確認した受付嬢は、徐に渋い顔を見せた。
「その……失礼を承知でお伝えしますが、ニイハラさんにはこの依頼は荷が勝ちすぎな気がいたします。少々危険すぎると判断せざるをえません」
こう言われることも納得はできる。今しがた再征者になったばかりのものに、凶暴な獣の退治はリスクが高すぎるということか。この手の依頼は本来、《兵卒級》が経験を積み、上位の階級に昇るためのある種の試金石となるように組合が登録したものなのだろう。
が、そんなこと俺には関係ない。なにせ俺は討伐対象である《スキゾイドッグ》よりもさらに凶暴な魔物を仕留めてきたところなのだ。こんな依頼で生命を落としてしまうぐらいなら、それこそ“仕事”どころではないからむしろさっさと死んでしまった方がマシだ。
「心配いらない。とにかくこいつを受注する」
きっぱりと言い切るが、受付嬢の表情はなおも訝しげだ。
まぁ向こうも向こうで、折角再征者になった勇気ある者の生命をむざむざ失うわけにもいかないと、こちらを気遣ってくれているのだろう。しかしながらここまでくると少し鬱陶しくもなってくる。
「……ご存知の上だとは思いますが、万が一依頼に失敗した場合、相応の違約金が生じることになります。それでもよろしいですか?」
それについてももちろん知っている。先に眼を通した“規則事項”にも書いていたことだ。
基本的に、再征者が依頼を受注する際には金銭のやり取りは生じない。金を得るために依頼を受けるのに、そのためにまず金が必要だというのも馬鹿げた話だろう。
受けるだけなら無料。そして、目標を達成したら規定された報酬を受取るという具合になっている。
が、そうなると実力のない者が考えなしに分不相応な依頼を受け、にっちもさっちも行かなくなって逃げ帰りそのまま目的を放棄する、などということが横行しかねない。そうならないためにもペナルティというものが必要だ。
それが“違約金”だ。依頼に失敗した場合は、それを受けた再征者の方が逆に組合が査定した上で請求してきた金額を必ず支払わなければならなくなる。
そしてもしその違約金を支払えない状態が一定期間続いた場合、そいつは《兵卒級》よりもさらに下の階級、すなわち《下級》へと降格させられることになる。
支払いの猶予はそれなりにあるが、その猶予を過ぎてしまえば例外はない。問答無用で隔離所送りだ。仕事の出来ない無能は奴隷として死ぬまでこき使われろ、ということである。
ちなみに《下級》が上位の階級に昇格するのは並大抵のことではない。今のところ詳細は述べないが、その難しさは《勇者》になる以上だとも言う。並大抵の人間ならば、その生涯のすべてを捧げても不可能であるだろう。
再征者とは慈善活動ではあるが同時に責任重大な役割だ。だからこそ間口は広く、しかして厳格な規律の下に統率しなければならない。
だからこそ彼らは(いや、我々か)ゲルマニアという大国の中核とも言える存在足り得るのだ。
意志さえあれば誰であろうと拒まない。だが、力も覚悟もないものに価値はない。それが、その国で勇者として生きていくということだ。
とはいえ、これはさすがに引くレベルで厳しすぎるだろ。
しかしまぁ、つくづくこんなこと俺には関係ない。
確かに、今もし違約金を払えと言われたらまず無理なわけだが、そもそもそんなことにはなり得ないのだから杞憂というもの。取らぬ狸の皮算用と言うやつだ。どうも意味合いが逆な気がするが……
憂慮と疑惑の混ざった視線をこちらに送る受付嬢に向かって、俺は辟易しながら返す。
「だから心配いらないって。いいから受注を承認してくれ。そっちが認めてくれないと俺も仕事ができないんだから」
「……かしこまりました。只今契約を登録して参ります」
ようやく向こうも折れてくれたらしい。受付嬢は依頼書を持ってまた窓口の奥へと離れていった。
関係ない話だが、こういう事務方の窓口って奥でどんなことをしてるのか時々気になってくるんだよな。ましてやここは魔術なんてものが技術として普及している世界だ。俺が持ってきたあの実体のないホログラムの依頼書が、一体どういう風に処理されるのだろうか。
『見せろ』って言ったら見せてくれるのかなぁ。
……なんてことを考えている間に受付嬢は戻ってきた。
「依頼の受注が完了しました。そちらでも登録内容をご確認ください。定められた期日内に目標を達成できなかった場合も違約金が発生しますので、ご了承くださいませ」
「分かった。ありがとう」
「ニイハラさんの勇気に敬意を。ご武運をお祈りしています」
これで依頼は正式に受諾された。これから俺の再征者としての最初の仕事が始まったというわけだ。
受付から離れ、再度《誓約術式》を展開し依頼の情報を閲覧する。
確かに、現在依頼を遂行中であることが確認され、地図上に件の牧場と、討伐対象である《スキゾイドッグ》の潜伏地点と思しき場所の位置が強調されていた。
そして、少女との契約状態も未だ継続中。
「次は“前準備”だな。さすがに手ぶらで獣狩りに勤しむのもな……」
そう何の気なしに呟くように言うこちらの声に、少女が問いかけてくる。
「金もないのに?」
……こいつはいちいち俺にちょっかいを出して楽しいのか?
「その金を今から受け取りに行くんだよ!」
荒々しく吐き捨て言い返しながら、案内所の一角にある日刻盤に眼を向ける。
現在の時刻は“表の十”。思っていたよりも時が過ぎるのは早いものだ。ゲオルグに鑑定と換金を依頼してから、すでに二刻が経過していた。
確か、解体だけならば早めに終わるという話であったし、指定した素材である《カーネイジウルフ》の肋骨ならすでに用意されているかもしれない。
確かに少女の言う通り現時点では相も変わらず金がないというのは認めざるをえないし、他にすることもないので、出来上がった素材を受け取りにいくとするか。
「取引所に行って、魔物の骨を受け取りに行こう。あんたも同行してくれるっていうなら、ちゃんとした武器を用意しておかないとな」
そんな俺の台詞を聞いた少女はなぜだか一瞬拍子抜けしたような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して、
「分かった」
と頷いてみせた。
俺達はそのまま案内所を後にした。次にここに来る時は、依頼の達成を確認し、また新たに受注する時か。
※
取引所も案内所と同じく組合の施設として統括されており、同じ城砦の中にあった。そのため幾分も歩かない内に到着した。
が、足を踏み入れた取引所の内部。その空気は、案内所の騒々しくも清潔としていたそれとは一風変わっていた。
石造りの殺風景な建物。周囲には妙な粘度すら感じるようなすえた匂いが微かながらに漂っている。一応案内所と同じく手続きのための受付がいくつも並んでいたが、そこに立つのは仏頂面を浮かべる屈強そうな男ばかりだ。なんというか、五感に訴えかけるありとあらゆる要素が重苦しい印象を抱かせてくる。
取引所というのは、再征者が依頼を達成したことで与えられる報酬や、依頼の最中に得た素材だとか、あるいは今回の用に解体屋を仲介して取り寄せてもらったものを一時的に保管し、受け渡しをするための場所だ。
その性質は、銀行と倉庫と卸売市場が一緒になったものと言ってもいい。
ここには日夜相当な額の金が出入りするだけでなく、再征者が手に入れてきた多種多様な素材が運び込まれてくる。中には貴重な鉱物資源の原石だとか、血の滴る獣の死骸だとかもある。それこそ俺の狩った魔物のような。
そういったものを搬入し、時には処理しなければならないわけだ。心身ともにかなりの重労働になることも多く、そういった種々の作業が重なり合った結果、この空間に独特の得体の知れない雰囲気を生み出していた。
まぁそんな場所にかわいい女の子をいさせるわけにもいかないし、そもそも需要がないのだろう。まさしく住まう人種が違うと言ったところか。
その上、ここは金と素材をたっぷり溜め込んだいわば宝の山だ。盗人でも入ってきたときのために、警備も厳重である。
よくよく注意してみると、受付の周囲にも物騒な気配を醸し出す警備員らしき者の姿もあり、入ってくるなり俺に刺々しい視線を送っていた。
ここは組合が管轄する施設の中でも特に重要な場所で、その職員はひとりひとりが腕に覚えのある強かな戦士と言っていいだろう。関所にいた衛兵のように魔術の心得もあるはずだ。
例えば俺が今この場で本気を出してここにある金と素材を残らず奪い取ろうとしても、あるいは五体無事では済まないかもしれない。……もちろん、そんなことをするつもりはないが。
そりゃあ、歓迎ムードで来るもの拒まずといった様子の案内所とは空気が違うのも当然というわけだ。
とはいえ、空気は違ってもやるべきことに関してはそう変わりはない。受付で要件を伝えれば後は勝手に向こうでやってくれるのは同じだ。
適当に開いている窓口へと近づき、声をかける。
「お勤めご苦労さん」
「何のご用件でしょうか」
窓口の向こうで佇立していた男が応える。相変わらず無表情だが真面目そうな印象を受ける。こんな場所で仕事を任されるぐらいなのだから、ゲルマニア王国の中でもエリートの部類に入る立場なのだろう。おそらくは俺よりもずっと勤勉なはずだ。こういう者達に対して真摯に接するのもまた、人間としての礼節というものだろう。
「今日、再征者として登録を済ませたニイハラ・タカヤという者だ。解体屋のゲオルグ・リンゴォに魔物の解体と換金を依頼し、素材と金をここで受け取るように取り決めていたんだが、どうだろうか」
「少々お待ち下さい」
そう短く返事して、男は受付から一度離れ確認をしにいった。
――案内所でも思ったのだが、いちいちその場から離れないと駄目なのだろうか?なんかこう、その場でちょいちょいと何事も済ませられるようなシステムはないのか?
まぁ、魔術も魔術で便利だが、いろいろと都合というものもあるのだろう。
ひとまずは大人しく待っておくことにする。
数分と置かず、男は戻ってきた。
「確認が取れました。換金の方はまだのようですが、指定されていた《カーネイジウルフ》の肋骨に関してはこちらに保管されてあります。組合への確認も取りましたので、すぐにでもお渡しできます」
「そうか。じゃあそれだけでもまず受け取りたい」
「かしこまりました、これより用意します。あちらの搬出口から持ってまいりますので、少々お待ち下さい」
「分かった――それと、素材の加工ができるような場所はないか?あるのなら貸してもらいたい。無料ならの話だが……」
「ありますよ。現在空きがあるようなので、こちらもすぐにご利用いただけるはずです」
「助かる。とりあえず、向こうで待っておくよ」
ゲオルグの言っていた通り、素材だけならすでに用意されていたようだ。
そいつを受け取るために、男の言う搬出口で待つことにする。
案内所の出入り口と同じ程度の大きさの門。その奥に素材を保管する倉庫があるようだ。当然ながら一介の再征者でしかない俺には立ち入りは許可されていないので詳しい様相は分からない。
開いた門から伺い見る限り、幾重にも枝分かれした通路の両脇に無数の小さな個室が並び、その中に物資を保管しているらしい。古い港にある搬入出用の倉庫がかなり縮小されたような印象だ。あるいはおかしな喩えにはなるが、ビジネスホテルの客室がそれぞれ物置になっているようなイメージもできる。
素材の種類によって分類しているのか、あるいは特定の個人専用の倉庫として機能させているのか、詳細は一切分からないが。
なんであれ門の前でしばらく待っていると、倉庫の奥から作業員らしき男が覆い布に包まれた何かを持ってこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
時には岩の塊ほどの大きさと重量のある素材などを一日に何度も担ぎ上げる、そんな仕事の繰り返しで鍛えられているのだろう。巌のような筋肉をしたまさしく逞しいと表現できる大男だ。いやはやこの見た目だけで、こちらとしては迂闊な真似はできないなと萎縮するばかりである。そこら辺の優男なら、握手しただけでそのまま死にそうだ。
「ニイハラ・タカヤさんですね。こちらが素材になります。一度ご確認ください」
野太い声でそう言いながら、大男は片腕で抱えたままもう片手で覆い布を広げ、中にあるものをこちらに見せた。
やや黄味がかった白色の、緩やかに歪曲する巨大な骨。
紛れもない、これはあの魔物の肋骨だ。一本一本が俺の腕ほどある巨大な肋。それが六本束になってた。たかだか骨とはいえ、そこらへんの角材などよりかは遥かに頑丈で折れにくそうだ。
「間違いない。ありがたく受け取るよ」
「どうぞ、重いですよ」
そう言いながら作業員の大男は再度覆い布で骨の束を包み、そのままこちらに手渡してくる。
確かに、これだけの太さの骨を六本も一度に抱えようとすると、それこそ人一人分ほどの重量になるかもしれない。
しかし生憎様、俺が神様から与えられたものはなにも魔術の技術だけではないのだ。
俺は受け取った肋骨の束を片腕で抱え、そのまま軽々と肩で担いで見せた。それこそ今しがた作業員がやっていたのと同じように。
「ん、ありがとう」
涼しい顔でそう応える俺に、大男が驚いた様子で眼を丸くする。まぁ、神様から力を与えられても身体の外見に関しては変わっていない。せいぜい中肉中背程度の体格の男がこんなことをするとそりゃあ信じられないだろう。
知らず知らずのうちについ得意気に頰を緩ませていたことに気がづいた。
……いかんいかん、他人からの貰い物で何をドヤ顔してるんだ俺は恥ずかしい。
「後で金も受け取りに来るから、よろしく」
他に受け取るものもないことだし、そうとだけ言い残してそそくさとこの場を後にする。
骨を包んだ粗布を抱えたまま次に向かうは、取引所内にある貸出の作業場だ。受け取った素材を必要であればすぐに加工できるようにと、組合が提供してくれているようだ。
受付から少し離れた場所にある通路に入ると、その両脇に無数の木組みの扉が並んでいるのが見えた。これこそビジネスホテルじみた光景だ。もっとも、石組みの通路に質素な木製の扉だけが一定の間隔で取り付けられているその様は、ホテルというよりかはいっそ牢獄じみた無骨さではある。まぁ、一時的に借りるだけのスペースを変に飾り立てる必要もないのだろう。
この辺りにも、取引所の醸し出す冷徹な空気というものを感じられる。
扉は内側から施錠できるらしく、他人が使っている最中ならば『CLOSE』の表示がされている。中に誰もいないなら『OPEN』か、実に分かりやすい。勿論、描かれている文字そのものは初めて眼にするものだったが。
おあつらえ向きに通路に入ってすぐの部屋が『OPEN』になっていたので、そこに入ることにした。
木製の扉ではあるが実際は魔術で補強されているらしく、俺達が中に入り閉めると同時に、自動的に施錠がされた。かなり強固なロックのようで――というか、根源で扉全体がコーティングされており、むしろ“結界”と表現した方がよさそうだ。そう簡単には破ったりできないだろう。
さて、部屋の広さ自体はそれなりにあるようだが、中に用意されているのは大きめの作業台と、それこそ腰を落ち着けるための用途にしか使えなさそうな質素な椅子がいくつかだけ。
これのどこか作業場なのか問いたくなる有様だが、実際のところ無料で貸し出されるだけでもありがたいというものだろう。まさか公衆の面前で鉱石を削ったり獣を解体したりするわけにもいくまい。個人の工房などを持っていない再征者にとっては、これでも貴重な空間なのだ。道具については各々が持参するということか。さすがにその辺りまで用意するほどの義理はさすがに組合にもないのだろう。
それに、魔術の心得のある者からすれば、そもそも道具などというものすら必要ない。なにせあらゆる“事象”を再現する術を持つのだ。刃物も炉も要らず、切るも焼くも身一つがあれば事足りる。
そしてそれは、俺も同じことだ。
早速粗布を作業台の上に広げ、貰い受けた素材を並べてみる。
ごろ、と音を立てて転がる六本の肋骨。いざそれをじっくり観察してみると、なんだか現実味というものが薄れてくるような気分がしてくる。
ただの骨だというのに、それを掴んで振るえば頭蓋を砕き、突き刺せば心の臓を軽々と穿つ凶器のようにさえ錯覚してしまう。
こんなものを体内に埋め込んでいるような獣を、俺は仕留めた。しかもこの凶器じみた骨は、その獣を構成するほんの一部でしかない。
ふと傍らで、息を呑むような音が聞こえた気がする。それが誰のものなのかは今更言うまでもないだろう。
しばらくの間、もしかしたら自分を食い殺していたかもしれない生物の肉体の一部をじっと見つめていた少女が、その視線を俺の方へと向けて聞いてきた。
「で、こんなものを持ってきて何するわけ?」
「言っただろ?“前準備”だよ。まぁ見ていな」




