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異世界の黒砂糖 ~最初に出会ったのは死にかけの奴隷だった~  作者: tatakiuri
第一章 全ての孤独な人達は
12/55

12.彼の王に誓って



「あんたにはそこら辺で待っていてもらうか。……心細くはないか?」

 隣でずっと俺の手続きを眺めていた少女に向かって呼びかける。

「馬鹿にして……」

「いや、冗談だって。とにかく、しばらく待っていてくれ」

 軽口に相変わらず仏頂面で返す彼女をひとまず近くで待たせておいて、受付の横に立ち並ぶ集団。その最後尾へと加わる。

 前方に眼を向けると四つほどの木製の扉が見え、それぞれの扉からは一定の間を置いて例の大きな外套を羽織った魔術師らしき者が出てきては、列の最前列にいる者を扉の向こうへと招き入れていた。やはりあの外套は再征者の制服というか、いわゆるスーツのような一種の仕事着みたいなものなのだろうか。

 魔術師達が呼びかけるごとに列は一個ずつ前へと移動していき、しばらくする内に俺が最前列に回る番となった。


 そうして、同じように四つある扉の一つが開き、その向こうから魔術師が出てきて俺を呼んだ。

「ニイハラ タカヤ殿。こちらへ」

 それに従い、招かれるまま扉の向こうへと入っていく。

 入り口をくぐり足を踏み入れた先にあったのは、広さでいうと四畳半といった狭い部屋だった。石畳の床の上になにやら模様のようなものが描かれているだけの、殺風景な部屋だ。

 最早個室という体裁を保っているだけで、実際はその模様をこの場に存在させためだけに機能している空間、という印象を受ける。

 これは魔法陣だ。円形の模様はよく眼を凝らしてみると何らかの文章を連ねているものであることが分かる。詠唱により魔術の精度が上がるように、言葉や絵画を描き、それを意識することで根源エーテルに呼びかけるという手段もあるということだ。

 勿論、それらを複数併用することでより高い効果を発揮することもある。


 さて、この部屋でやることは一つだろう。先程受付嬢も話していた《誓約術式コヴェナント・プログラム》とやら、それを今から行うのだ。

「ここに立ってればいいのか?」

 と、部屋の奥にいる魔術師に聞く。

「そうだ、理解が早くて助かる。早速始めようか」

 そう促され、俺は足元に描かれる魔法陣の中へと足を踏み入れた。ただそれだけで、足の底からふくらはぎの辺りまでじわりとした熱が昇ってくるのを感じる。根源エーテルが俺の身体に作用しようとしているのだ。

 熱いのに微かな寒気がする……これが、自分が魔術の対象となる感覚か。どうもこれにはそう簡単に慣れそうにないな。


 魔法陣の上で待っていると、魔術師が不意に声をかけてきた。

「規約書にサインをしてもらったと思うが、この場で改めて確認したい。再征者レコンキスタドールとなれば、貴殿の心身はゲルマニア王国に捧げられ、その生命をもって遍く民の糧となる。生贄と言ってもいい。その献身の果てには死が待つこともあるだろう。その覚悟が貴殿にはあるか」

「あるからここに来た。はやくしてくれ」

 覚悟もなにも、ここには仕事できたのだ。その最終的な成否はともかくとして、まだ始まってもいないくせに途中で投げ出すことなどできない。

 俺の返事を聞いた魔術師は軽く頷いて魔法陣の前で跪き、描かれた模様の端っこを掌で触れた。

 そうして、詠唱が始まる。

 魔法陣と詠唱による二重の認識補助だ。


「『其は火を宿すもの、水と移り変わるもの、金のごとく固きもの』

『荒れ果てし大地に彼の王は立ち、誇りと矜持を我らに遺した。其は幾星霜を超え連綿と受け継がれる』

『王座への列席を望む者にもまた其の継承を。誇りと矜持は誓いとなりてその魂に刻まれん。唱えよ、彼の王に誓ってハイル・ゲルマーニアン

『刻め、《誓約術式コヴェナント・プログラム》』」


 命題詠唱が終わり魔術が発動すると同時に、足元に漂っていた根源エーテルが一気に頭の先にまで駆け上ってくる。そこに命じられた“事象”が細胞の一片一片にまで染み渡り、この魂の一部を書き換えていくのが分かった。

 むず痒い感覚だ。もしかして《肉体生成バース・コントロール》で治療されていた時、あの少女も同じような気分だったのだろうか。

 全身に広がった熱はやがてある一点、左胸の辺りへと集中していき、徐々に薄れて消え去っていった。


 ひとまずこれで、《誓約術式コヴェナント・プログラム》は完了したようだ。

 詠唱を終えた魔術師がゆっくりと立ち上がる。

「これで貴殿は、正式に再征者レコンキスタドールとなった。これから先は全て貴殿の思うよう、為すべきままに為すがいい。願わくば、その勇気への報いが善いものであることを。

――さ、これで終わりだ。行きたまえ、次が控えている」

 あれこれ言いたいことだけいってあっさり突き放すところも、なんとうかお役所仕事といったところだ。

 ひとまず言われるまま、俺は部屋を後にした。


 さて、これで俺も晴れて再征者レコンの仲間入り。ようやく“仕事”に取り掛かることができるというものだ。

 もっとも、今できることと言えばまだその()()()()()()()()()()程度のものでしかないが。

 部屋から出て、待っていた少女と合流する。


「終わったの?」

「あぁ。簡単な魔術を施されただけで、後は勝手にしろだってさ」

 彼女の声に応えながら、俺は先程かけられた術式の確認をした。


 先程、術式を施している中でじわりと熱を感じていた左胸の辺りに意識を向ける。

 瞬間、ちょうどその位置から淡い光が灯り、分厚い外套をも透けて光の像となって浮かび上がった。

 これは少女の頰にあるものと同じ、根源エーテルによって描かれた刻印だ。これこそが《誓約術式コヴェナント・プログラム》による魔術刻印――再征者レコンとなった者の証とも呼べるものだ。

 少し前に述べた、再征者レコンとそうでない者を見分ける簡単な方法というのが他でもないこの刻印である。この刻印を見るだけで、その者が再征者レコンであるということが一目瞭然で分かる。言うなれば身体そのものが証明書代わりになるということだ。


 そして薄々分かっていたことではあるが、少女と、案内所の入り口で見た《下級スレイブクラス》達、その頰に刻まれている模様もこれと同じ魔術刻印であるようだ。つまるところ、《下級かれら》は《下級かれら》で区別することができるというわけだ。

 俺に刻まれた刻印は左胸にあり、どうやらこちらの意思で念じることにより簡単に光を消すこともできるようだ。逆に言えば常時光らせておくことができるし熱量も発生しない。消費する根源エーテルの量も無きに等しい。そのため、再征者レコンは大抵の場合は常に刻印を浮かばせて自身の身分を示していることが多いようだ。

 現に案内所の中にもこれみよがしに左胸をチカチカさせている者の姿が見える。というか、そういった者の方が多いくらいだ。まぁその方が中継都市でやっていく上ではいろいろ便利なのだろう。免許証を常にぶら下げておけば、いちいち身分証明をする必要もないわけだから。

 それでは、《下級スレイブクラス》のものはどうだろう。少女のものを見る限りでは刻印は常に光を発し模様を浮かび上がらせているし、どうも彼女の意志では消すこともできないようだ。そして、刻まれている位置は左の頰。

 胸などはその気になればいくらでも隠せるだろうが、頰となるとそうそう隠すことはできないだろう。顔なんていうのは人が人を相手にする上で一番目につく部位なのだから。そして何より刻印は今みたいに、布を突き抜けて表示されるので嫌でも見えてしまう。

 これはこれで、他の再生者レコンとは別の意味で見せびらかすようじゃないか。《下級スレイブクラス》である者達は必ず、自らの意志と関係なく身分を周囲に知らせなければならないということなのか?

 ……随分と下卑た発想だ。


 まぁ、今憤りを感じていても仕方がない。確認すべきことはまだある。

 この魔術刻印は何も証明書代わりにしかならない単なる飾りというわけではない。《誓約術式コヴェナント・プログラム》には、もう一つの機能というものがあった。

 神様の手でこの世界に転生させられた時と同じだ。この魔術が発動され身体に刻印として定着した時点で、俺の頭の中にはそれがどういうものなのかということが理解できていた。

 脳裏で軽く術式に念じると、何もないはずの眼前に根源エーテルが視覚化された映像が浮かび上がった。まるでホログラムだ。

 そこには、再征者レコンとして組合ギルドに登録された俺の個人情報が表示されていた。


 これが《誓約術式コヴェナント・プログラム》とやらの実態か。どうやら魔術が発動した時点で、俺の生紋バイタルプリントが読み取られ組合ギルドに登録されていたらしい。

 それだけではない。今俺の魂は、見えない糸で結ばれるように組合ギルドの情報網と結ばれてる。それにより、誓約をかけられた再征者レコン組合ギルドと相互に情報のやり取りができるようになるのだ。

 受注した依頼クエストやその達成状況、ゲルマニア王国の地図だとか、あるいは現在における世界の情勢、すなわち何かしらの“イベント”がないかという通達など、再征者レコンとしてやっていく上で必要となる種々の情報がお互いにいつでも確認できるというわけだ。

 どうも自分のプライバシーが筒抜けになっているような気がして薄気味悪いが、まぁ実際組合ギルド側が収集できる情報にも制限はあるし、こちらとしても便利であるのは確かだ。


 そして閲覧できる情報のひとつに、現在における再征者レコンとしての自身の“階級”というものがあった。

 今の俺の階級は《兵卒級サブジェクトクラス》。再征者レコンとしては最も下の階級だ。国家に身柄を拘束され、強制的に再征者レコンにさせられた《下級スレイブクラス》を除いて、だが。

 再征者レコンとして登録された者はまず最初にこの階級から始めることになっているらしい。

 それ故に未熟な者も多く、《兵卒級サブジェクトクラス》では受注できる依頼クエストに制限があるようだ。

 それだけでなく、使用者の死や“事象の穴”の発生という危険が生じうる“禁忌指定魔術”の使用も制限される。とはいえこれは、ゲルマニアの国民のほとんどに施されている封印であるのだが。

 もっとも、禁忌指定魔術の中でも一部、人命救助など緊急的な状況において安全性を確保している場合には発動を許可されているものもある。そのようなものは“特例禁忌指定魔術”と呼ばれている。

 確か先の検問所でもちらりとその名を聞いた気がするが、どうやら《肉体生成バース・コントロール》も一応規則上はこの特例禁忌指定魔術に含まれているようだ。


 そして、再征者レコンにはさらに三つ上位の階級が存在する。

 《兵卒級サブジェクトクラス》の上が、《貴人級ノーブルクラス》。

 依頼クエストを一定数達成した時点で自動的に繰り上げられる階級で、ここまできて実質的にようやく一人前といったところだ。受注する依頼クエストの制限が排除され、基本的にはどんな依頼クエストであっても受注できるようになる。


 さらにその上の階級が《騎士ハイランダー》。

 《貴人級ノーブルクラス》としてさらに多くの依頼クエストや危険な依頼クエストを達成し、その功績がゲルマニアの中央政府に認められると昇格される。ここまでくると階級というよりかはむしろ“称号”と呼んだ方が近い。

 “特例~”意外の禁忌指定魔術の封印も一部が解除され、リスクを伴う強力な魔術であっても条件つきで使用できるようになる。それだけでなく、国から直接依頼クエストへの参加が要請されることもあるようだ。


 そしてその《騎士ハイランダー》よりもさらに上。再征者レコンとしての頂点に位置する者が、《勇者ドレッドノート》と呼ばれる階級だ。

 彼らは再征者レコンという枠組みを超え、ゲルマニアにとって必要不可欠な“生きた国宝”として重用される。時には王都ジェリコに存在する中央政府への参画まで認められ、国の運営にまで関わることができるようになる。

 とはいえ、《勇者ドレッドノート》になるために必要な条件は計り知れない。王族や中央政府の関係者だという“コネ”であったり、人間離れした能力であったり、ずば抜けた依頼クエストの達成成績からくる国への貢献度であったり、当人の人間性であったり。何をもってしてそう認められるのかすら、実際のところ誰にも分からないという話だ。

 並大抵の者では行き着くことのできない高みと言えるだろう。実際このゲルマニアにおいて《勇者ドレッドノート》と呼ばれるものは数える程度しかいないという。

 俺の記憶が正しければ、あの色男のルチアーノもこの称号で呼ばれていた気がするが……

 まぁそれはそれとして、これら四つの階級に応じて魔術刻印のデザインも変化するらしく、その辺りの区別も可能であるということだ。当然ながら、《下級スレイブクラス》のものにも特有のデザインがある。


――さて、ここまでくるともう察しがつくかもしれないが、俺の次なる目的は再征者レコンとしての地位を上げ、《勇者ドレッドノート》の階級まで上り詰めることだ。

 神様から与えられた能力に限界がある以上、俺一人では世界を滅ぼす“異常バグ”には対抗しきれないだろう。となれば、なんらかの協力が必要になる。それも一人や二人ではなく、国家規模での協力が。

 そのために、国の中央政府に加わりゲルマニア王国全体を利用できる立場になることが、俺にとっては最も簡潔かつ有効な方法だと考えた。

 《勇者ドレッドノート》になること自体はそう難しいことでもないだろう。人間としての能力の限界点がその称号に定められているというのであれば、神様から人間の限界点そのものとして()()()()()()()俺がその称号を得られない道理はない。


 そして、目標が決定した以上もたついてもいられない。

 なにせあの神様曰く、タイミリミットは不明だというのだ。いつ異常バグが再び出現し、世界が危機に瀕することになるか分からない。

 その前に打てる手は打っておく必要がある。そのためにも一刻も早く地位を上げなければ。

 すでに俺は再征者レコンとして王国から認められている。何一つ持っていなかった身分を手に入れ、大手を振ってこのクロスロードの街を歩けるようになったわけだ。いやはや、すんなりと事が進んで助かった。時を超えたゲルマーニアンⅠ世(キスケ王)の寛容さに感謝だ。


 となると、次にやるべきこともすでに決まっている。再征者レコンの本分、依頼クエストだ。

 彼の王に誓って、せいぜいしっかり働くとしようか。



        ※



 案内所の中、受付から少し離れた場所にそれはあった。


 座席とテーブルがいくつも並んだ“集会所”といった様相の広間。それぞれの座席には再征者レコン達が同僚と座り込んで、各々何やら話をしている。開いている席はあるにはあるがまばらなものだ。

 その喧騒は先の露店街のそれと似てはいたが、暑苦しいという方向で非なるものだった。

 そんな空間の一角、まるで避けるように座席のない開けたスペースに面した壁。そこに、真っ白な壁面を埋め尽くさんばかりに大写しにされた緑色の光の像があった。

 それは魔術刻印と同じ、根源エーテルにより刻まれた映像ホログラムだ。しかし、俺の胸や少女の頰に刻まれているそれとは違い、その映像は絶えず上から新しく書き換えられながら常にその姿を変化させている。

 そこに表示されているのは、無数の“文字”だ。文章にすらなっていない、ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけに映し出されるある種の暗号。それが幾十、幾百、あるいは千にすら達するほどの数重なり合って、一つの巨大な像を形成していた。

 緑色の文字が空間に次々と浮かび上がっては消えていく。こういうものは俺も元いた世界で何度か見たことがある気がする。()()()、ではないが。


――これじゃ最早ファンタジーというよりさながらサイバーパンクだ。

 確かに魔術は高度な“科学”に通じる部分があるかもしれないし、使いこなせばなんでもできるという意味では根源エーテルとは電脳空間における“データ”と同じものだという考えもできないくはないが……


 まぁそんなことはいい。

 この光の像が、組合ギルドからの依頼クエストや通知事項を表示する所謂“掲示板”だ。組合ギルドに承認されたありとあらゆる依頼クエストが集約して記録されていた。

 依頼クエストは日毎に増えるためその数は膨大であり、《誓約術式コヴェナント・プログラムだけで閲覧するにはさすがに容量過多になるようだ。そのためこうやって別途に記録、閲覧のための魔術を展開しているのだろう。

 再征者レコンはこの緑の光の群れから手頃な依頼クエストを選択して受注するのだ。

 実際、今も掲示板の前にあるスペースには大勢の再生者どうぎょうしゃが佇み、絶え間なく移り変わっていく映像ホログラムと睨み合っていた。

 その姿はさながら集団幻覚じみていて薄気味悪いものだったが――……いや、今から俺もその一員となるのだ。あまりネガティブな表現はしないでおくか。


 俺は少女を連れ、掲示板の前へと近づいた。



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