卒業式 その後
「以上を持ちまして、第58回瀬戸内学園卒業式を終了します」
その放送と共に体育館から次々と人が出てくる。
卒業生、その親、在校生などだ。
「せんぱい!
制服のポタンをください!!」
憧れの卒業生男子に在校生の女子がボタンをねだった光景は今年も行われている。
入学した時はそんなのがあるのかと思ったが、気づいてみたら自分がその卒業生である。
なお、そんな事を考えていた二宮忍の所にも在校生女子がやってくる。
「二宮先輩!
制服のボタンをください!!」
「するい!
抜け駆けは無しって言ったじゃない!
先輩!
私もお願いします!!」
たちまち数人の在校生に囲まれる忍に友人達がはやし立てる。
そんな生活がこれからも続くと思っていた。
友人とはここで道を違える事も多い。
「忍。
お前卒業パーティどうする?
『アヴァンゼ』でするつもりだが」
「悪い。宮田。
今日はパス。
この後もバイトでな。
昼から20時までびっちりシフトに入っているんだ」
宮田優。
二宮忍と在校時代に色々した仲である。
どちらかといえば宮田のやらかしに忍が巻き込まれた事が多かった気がする。
「そうか。
お前、ここの大学だっけ?
推薦で決めてうらやましいこった」
「お前こそ、東京だろう?
がんばれよ」
「ああ」
東京の国立大を決めた宮田優に手を振って、在校生の女子を適当にあしらってバイト先に向かおうとする。
校門前では卒業生の女子達がパーティの相談を楽しそうにしていた。
「この後のパーティだけど、お昼ごはんを兼ねて『アヴァンゼ』で一次会。
二次会はカラオケに行ってその後は改めて決めましょう!」
「おー!!!」
盛り上がっている卒業生女子達の横を通り過ぎようとして、その中から声をかけてきたのは彼の幼馴染。
輪の中央から声をかけられたので、振り向くとさっと間の女子が横によけていた。
「おつかれさま。忍。
今日もいつもの列車?」
「そのつもりだ。
お前は?」
「私もいつもの列車。
今日で最後と思うと、何だか感慨がわくわね」
曽我夏海は卒業証書が入った筒を肩にかけて空を見上げる。
三月の瀬戸内海は暖かく、梅は既に去り、桜が咲くのを望むかのように空はどこまでも青い。
「じゃあ、おばさんの所は今日が最後か?」
「一応ね。
もっとも、ヘルプで時々入るかもだけど。
卒業パーティーで貸切った後に挨拶をして、二次会を抜けてそのまま駅に行く予定。
そっちはいつもどおりでいいの?」
そう言って夏海は伊達眼鏡を外す。
学校に居る時は真面目ぶるという事で、いつも伊達眼鏡をつけていたのだ。
その真面目については色々と騒動に巻き込まれた忍からすれば言いたい事のひとつや二つはあるのだが、それは言わないでおく。
「ああ。
今日は昼から20時までネットカフェで働いて、いつもの列車。
21時の長浜周り伊予大洲行きだよ」
二人の家はこの松山市では無い。
そこから南西に少し下った所にある、双海町というのが二人の家のある場所だった。
そのため、通学の費用を少しでも賄う為に、二人は学校に許可をもらってアルバイトをしていたのである。
忍は卒業生が起業したネットカフェの店員、夏海は松山市に住んでいる叔母が営んでいるカフェの店員をしていたが、夏海は卒業後は地元双海の家の手伝いをする事を決めていた。
「おっけい。
じゃあ、いつものように松山駅で」
「ああ。
いつものの所で」
そう言って別れる二人を在校生や卒業生達が遠目で見て囁きあう。
片や推薦を決めた校内の有数の秀才。
片や真面目系委員長ぶりながら、その実女子の中心に居た人気者。
おまけに幼馴染で二人して三年間連れ添うように行動していたのだから、話題にならない訳が無い。
「知っているか?
あれであの二人付き合っていないらしいぞ」
「嘘でしょ!?
私何度か夏海が告白断ったの見ていたわよ!」
二人に聞こえないように卒業生達のひそひそ話があの二人の話題になる。
ある意味当然で、ある意味呆れ半分なあの二人の関係は、校内でも有名だった。
「俺も忍に告白して振られた下級生を数人知っているけどな。
そのくせ、あれで口を合わせて付き合っていないと言い張るんだぜ。あの二人」
「うわー。ないわー」
「俺、卒業までに二人が付き合う方に賭けてたんだよ。
畜生……」
呆れ声の女子に男子もぼやく。
二人は知らないが、『いつ付き合うか?』で賭けまで行われており、まさかの告白無しという大穴で宙に浮いた賭け金が今日の卒業パーティーの資金になっているというのを二人は知らない。
「だろ。
けど、二宮はこっちの大学で曽我は双海の家の手伝いだろ?
告白すると思ってたけど、どうするんだろうな?」
宮田優のぼやきを二人は聞くことは無かった。