04話 村へと歩む
太陽の光がこれでもかと降り注ぐ灼熱の砂漠。
見渡す限り砂、砂、砂……後は稀に背の低い木や岩が存在するのみである。
そんな広大な砂漠を二つの影が進んでいる。
前を行く影が真っ直ぐに大地を踏みしめて進んでいるのに対し、後ろに続く影はフラフラノロノロと安定せず、気を抜けば今にも倒れそうだ。
「もう無理……ですぅ……」
そう。何を隠そうこの後ろをちんたら歩いているのが私、エリアーヌことエリーである。
岩陰から歩き始めてしばらくの間、必死に前方を歩く少女を追い続けたが、もう限界だ。
砂丘の丁度天辺に座り込む。
陽で焼かれて熱くなっているがそんなことを気にする余裕もない。
「まだ30分も歩いてないよ……さっきこの世界を生き抜くとか言ってなかった?」
そう。何を隠そうこの私を冷ややかな視線で見下ろしている少女こそ私の命の恩人、千影さんである。
だがしかし、先程まで女神の様に映ったその姿も、今では邪悪な笑みを浮かべた悪魔にしか見えない。
歩くスピード速過ぎである。
「うっ……そんなこと言われたって……さっきまで倒れてたんですもん……」
こちとら数日間ぶっ続けで歩いてきたのだ。
前提条件が違うのである。
少しは手加減してくれても良いだろう。
「一応合わせてたつもりなんだけどね」
「あれでですか……」
信じられないことを呟いているのを私は聞き逃さなかった。
よく見てみれば私と違い、息の一つも切らしていない。
どんな体してるんだ。
それに、私は覚えている。
ヒイコラ悲鳴を上げながら歩いている私をちらりと振り返り、「フッ」と嘲笑った千影さんの姿を……
何か彼女を怒らせることでもしたのだろうか。
見当もつかない。
「そんな大きいモノつけてるからだよ」
「何言ってるんですか! あ、でも確かに千影さんは軽そうですし一理ありますね」
「それ天然? それとも喧嘩売ってる?」
千影さんの言っている意味は分からないがまた怒らせたらしい。
扱いの難しい人である。
「とにかく、少し休ませてください……というか休みます……」
何と言われようともう限界だ。
だらしなく仰向けに寝転がり、しばらくは梃子でも動いてやらないと固く決意する。
「何やってんの……ほら、さっさと立ち上がっ…………」
ふと、千影さんの言葉が不自然な場所で途切れる
「……? どうかしました?」
返事はない。
ただ睨みつけるように砂漠の一点を凝視している。
釣られて私も視線を向けるが、何も変わった場所は無い。
無限に砂が広がるのみだ。
「千影さん、一体どうし」
「来るね」
「え? 何がですか?」
「こっち来て」
「え? え? あっちょっと!?」
何が何だか分からない内に砂丘の下に引きずり降ろされてしまった。
口に砂が入ってジャリジャリする。
「うぇっ……何するんですか!」
「静かに」
突然の手荒な行動に文句の一つでも言ってやろうと思ったが、厳しい顔でそんなこと言われたら何も言えなくなる。
ずるい。
ソロソロと砂丘を登り、頂上から少しだけ顔を出し何かを窺っている。
と思ったら、こちらを向いて手招きし始めた。
誘われるままに横に並び、同じく顔を出す。
やはり何も見えない。
「ほら、あそこ……」
千影さんが指差す先をジッと観察する。
しばらくして漸く変化に気づいた。
「……!」
私達のいる場所の遥か先、見えるか見えないかギリギリの所に二つの点が現れた。
初めは点にしか見えなかったそれだが、近づくにつれ正体が明らかになる。
人だ。
正確にはラクダに跨り、青い衣を纏った男が二人、こちらに向かって来ている。
その肩には黒色に鈍く光る金属製の筒……人間の命など簡単に奪える凶器がかけられている。
この砂漠で青い物を身に着ける人間など、私は1種類しか知らない。
「千影さん、あれって……」
「うん、間違い無い。楽園の連中だね」
まずい。非常にまずい。
もし見つかればこちらは女二人、更に相手は銃持ちだ。
まともにやり合えばまず勝てない。
「あわわ……やばいですよ! 早く逃げましょう!」
「…………」
早急に逃げなければならないと言うのに、この人ときたら悠長に考え事である。
「何やってるんですか! こっち来ちゃいますよ!?」
「エリー、大人の男一人担いで歩ける?」
「はぁ!?」
この非常事態に頭がおかしくなってしまったのだろうか。
というかそんなの不可能である。
ただ普通に歩くだけでこっちは精一杯だ。
「無理に決まってるじゃないですか! 私女の子ですよ!?」
「私も女の子だよ」
「基本スペックが違うんです! ていうかそれどころじゃないですって!」
「落着きなよ」
落ち着ける訳ないだろう。
逆に何故そこまで冷静でいられるのか理解できない。
「全部持っていくのは難しいか……いや、ラクダに運ばせればいいか。どうせエリーもいるから同じだし……よし」
「え?」
ちょっと待て。
その「よし」は何の「よし」なんだ。
とてつもなく嫌な予感がする。
「ちょっと行ってくる」
嫌な予感的中である。
確かに、千影さんは頼りになるし、私なんかより力も強いだろう。
それでも、自分と年の変わらない女の子なのだ。
相手が丸腰で一人だったとしても勝ち目は薄い。
命の恩人を死なせる訳にはいかない。
何とかして止めなくては……!
「待って!! 行っちゃダメです!! 相手は銃も持ってるんですよ!?」
「あの武器、銃って名前だったんだね。初耳だよ」
「…………あ゛」
やっべ墓穴掘った。
「じゃあここで大人しく待っててね」
「千影さん!? 千影さーーーーん!!!?」
私の必死の呼びかけも虚しく、彼女は影の方へ歩いて行った。
今回より、友人に挿絵を描いていただけることになりました。
この場を借りて御礼申し上げます。




