03話 名乗り
「……ごめんなさい! やっぱり話せないです……」
相当悩んでくれたが、それでも駄目らしい。それ程までして隠さなければいけない身分とは一体何だろうか。
少し考えてみるが、しっくりくるものが思いつかない。
だが、ここまで頑なだとこれ以上の情報を得るのは難しそうだ。
「そっか、ならしょうがないね」
「……見逃して頂けるんですか?」
そこまで話したくないなら無理に聞き出す必要は無いだろう。
仮に楽園の関係者だとしても、自分にはどうでもいい話だ。
それに、目の前の少女が私達に危害を加える様子はどうにも想像が難しい。
「どうしても話せないんでしょ? だったら別にいいよ。君、悪い事出来なさそうだし」
「えへへ~そんなことないですよぉ」
「褒めてないよ」
こちらが身を引いたのに安心したらしい。
少女の身体から目に見えて緊張が抜け落ち、先程までの調子に戻った。
切り替えの早い奴である。
「いやぁ、本当にありがとうございます! てっきり『じゃあ吐くまで痛めつけてやる』とか言われてボコボコにされるのかと」
「私を何だと思ってるの?」
いやまあ他の人間に拾われてたら有り得ない話では無い。
そう考えるとかなり勇気が必要だったのだろう。
だがしかし失礼な発言をしていい理由にはならないだろう。
こんな調子でこれから生きていけるのだろうか。
彼女の未来を憂いていると、ふと一つの疑問に行き着いた。
「そんなことより、君この後どうするつもりなの? 見た感じ行く当てがあるようには見えないけど」
「そうなんです!! 私、帰る場所が無いんですよ!」
身を乗り出し、猛然と声を上げる少女。
そりゃ帰る場所があればあんな場所で倒れてないだろう。
「いや~困ってるんですよねぇ。どうしようかな~このままだとまた行き倒れちゃいかもな~」
何だこいつうぜえ。
わざとらしくこちらをチラチラと見てくる彼女の顔は、明らかに何かを期待している。
「それは大変だね……さて」
よっこらしょ、と老人臭いことを呟きながら立ち上がり、歩き出す。
「私はそろそろ村に帰るから。君も……うん、強く生きてね」
「ええっ!? 置いて行っちゃうんですか!? 『当てが無いならうちにおいでよ』って優しく受け入れてくれるパターンじゃないんですか!?」
「だって君ただの不審者じゃん」
ガーン、と効果音が聞こえてきそうな顔のまま固まってしまった。
同情だけで生きていけるほど砂漠は甘くはない。
「ま、待って下さい! 本当にピンチなんです! 一人の人間の命が尽きようとしてるんです!!」
「いや、だから……」
「お゛ね゛か゛い゛し゛ま゛す゛ぅ゛!!! た゛す゛け゛て゛く゛た゛さ゛い゛ぃ゛!!!」
目にも留まらぬ速さでこちらに近づき、号泣しながら足に絡みついてくる。
あまりの必死な様子に、呆れを通り越して悲しみすら覚える。
ていうか貴重な水分を無駄にするんじゃない。
「そうは言われてもね、私達の村だって余裕がある訳じゃないし」
「ただで置いてくれなんて言いません! 何でもします! 死に物狂いで働きます!」
「心意気があるのは良い事だけどね、具体的には何が出来るの?」
「え、えっとですね……とにかくやれることは何でもやります!」
あっダメだこいつ典型的なポンコツだ。
頭が痛くなってきた。
「一生のお願いです……どうかお慈悲を……」
その一生さっき尽きかけてたじゃん、と言おうとしたが、遂に土下座を始めた少女を見て引っ込んでしまった。
無駄に美しい土下座は哀愁を漂わせている。
「………はぁ………」
今日何度目かも分からないため息をつく。
「分かったよ。取り敢えず連れてってあげるよ……」
どうせこれ以上何を言っても無駄だろう。
勝手に着いてこられるぐらいなら、まだ案内してやる方がましである。
それに自分のせいで死なれても気分が悪い。
少女の顔がパッと明るくなる。
「本当ですか!? ありがとうございます!! こんな世界にも救いはあったんだ……!」
大げさにも天を仰いで喜びを噛み締めているようである。
分かりやすい事この上ない。
「言っておくけど私は連れていくだけだからね。そこから先は君と長次第だよ」
「あぁお父様、私この世界を生き抜いてみせます!」
そう、自分は連れていくだけだ。
いくら自分が認めたところで、長が許可しなければ住む事など不可能である。
肝心の本人は全く聞いちゃいないが。
「ほら、日が暮れたら困るから早く行くよ。」
「あ、待って下さい!」
先を急ごうとする私に待ったがかかる。
まだ何かあるのだろうか。
少女は恥ずかしそうに微笑みながらこう続けた。
「まだお名前を聞いてませんでした。貴女、ってお呼びするのもアレですし……命の恩人のお名前も知らないなんて失礼ですよね」
成る程、確かにごたごたしていたせいですっかり忘れていた。
しかしこういうのって自分から名乗るものでは無いのか?
「名前を尋ねる時はまず自分からって」
「あわわ、すみません」
こちらの指摘に慌てて謝罪する彼女の姿は、やはりどこか抜けている。
言葉を選ばなくて良いならアホっぽい。
……実際アホであるのは否定できない。
「私はエリアーヌと申します。エリーって呼んでいいですよ!」
何故か少女────エリーは胸を張り、ドヤ顔気味で答えた。
その勢いで豊満なバストが縦に揺れる。
流石に少し頭にきた。
助けてやった相手にコケにされっぱなしなのも気に入らない。
少しくらい意地悪したってバチは当たらないだろう。
「そう。千影だよ。よろしくねおっぱい」
「誰がおっぱいですか!!!」
歩き出した私の背後からおっぱいの抗議が聞こえるが、知ったことではない。