02話 謎の多い少女
「君、一体何者なの?」
真っ直ぐにこちらの目を注視して少女が問うてくる。その瞳は今まで見たどんな青よりも深く、気を抜けば吸い込まれそうな錯覚に陥る。
本当にさっきまでと同一人物なのか? そんな疑いすら沸いてくる。
「この近くには拠点も無い。どうして水も食料も……というか、何も持たずにこんな所うろついてたの?」
「な、何でうろついてたかと聞かれれば、迷子としか言えないですね!」
これは事実である。好きでこんな所ぶらついていた訳ではない。ただひたすら人を求めて彷徨い歩いた結果、辿り着いた場所がここで、力尽きた場所もここだっただけだ。
この質問になら答えられる。だが、これ以上掘り下げられると……
「そう。じゃ、どこからきたの?」
はい詰んだ。詰む質問が余りにも多すぎたので、どちらにせよ時間の問題だったが。
どう答えたら良いのか見当もつかず、ただモゴモゴすることしか出来ない私に、相変わらず少女は視線をぶつけてくる。体のあちこちから嫌な汗が染みだしてくる。
「え、えっとそれは……ここじゃあれですし、また今度にしませんか? そうしましょう! それがいい!」
「今知りたい」
「ハハハ、ですよねぇ」
予想はしていたが、逃がすつもりは無いらしい。
相手は命の恩人だ。そりゃあ私だって喜んですべてをさらけ出したい。だが……
「……申し訳ありません、今お話することは出来ないです」
「死にかけてるとこ拾ってあげたのに?」
「あううう……本当にごめんなさい……」
それを言われてしまうととても辛い。罪悪感とこれ怪しさMAXなんじゃないかという焦りで胃がキリキリ痛む。
助けてもらっておいて自分の事は話せません、なのだから怪しさMAXなのは当然だが。
「ふーん……」
少女が瞼を下ろし、何かを考えるような表情を見せる。それと同時に雰囲気が少し和らいだ。
先程からのしかかっていた重圧が僅かに楽になり、心の奥でほっ、と息をつく。
しかし、程なくして目を開いた彼女が言った言葉はこうだった。
「……もしかして〝楽園〟と関係ある?」
昔々、今から千年以上も前の話である。
始まりは小国同士のちょっとした小競り合いだった。しかし、隣国がちょっかいを出し、そのまた隣国が……と徐々に争いは広がり、遂には全世界規模の大戦へと発展した。
より多くの人間を殺すために強力な兵器が生み出され、その多くが実際に使用された。
結果として大地はどこもかしこも汚染され、海は枯れ果て、生物の大半が死に絶えた。
僅かに生き残った人々は新たな住居を求めて彷徨い、やがて何も存在しないが故に戦場とならず、汚染を免れた砂漠に行き着いた。
集った人間達は自らの過ちを悔い、二度と争いの起こらない安息の地を築いた。途方もなく広大な砂漠の丁度中心に生まれた建造物。
〝楽園〟
人類の叡智を掻き集めて創られた超巨大ドーム。この星に存在する全ての生命の、文字通り楽園となる場所。
しかし、人間の業がそれを許さなかった。
百年目は平和だった。人々は過去の教訓を忘れず、互いに手を取り繁栄に努めた。
二百年目に疑心が生まれた。小さな争いが徐々に広がっていった。
三百年目に崩壊した。人々は多くの血を流し、楽園は破滅を待つのみとなった。
しかし、四百年目に〝救世主〟が誕生した。彼は人の愚かさに涙を流し、争いを起こした者を全て外に追放した。
斯くして、楽園は恒久の平和を手に入れた。めでたしめでたし。
これが砂漠に住む者なら知らぬ者はいない、楽園の昔話である。
この話が本当なら、我ら砂漠の民は皆、救世主様に追い出された無能の子孫ということになる。果たして何がめでたしなのだろうか。こちらからすればたまったものではない。
現在楽園の内側がどうなっているのか。今は大部分が失われた自然が蘇ったとも、大戦以前の遺物が多く残っており、高度な文明が存在しているとも聞いたが、所詮は聞いた話。実際に見た者はいない。
否、訂正しよう。実際に内側を見て戻ってきた者は、誰もいない。
「どうなの?」
「…………」
相変わらず目の前の金髪の少女は何も教えてくれない。その沈黙は肯定と受け取っても良いのだろうか。
だが、もしそうなのだとしたら安易に身の上を話せないのにも納得がいく。
当然の話だが、砂漠の住民達は楽園を酷く憎んでいる。目の前にいればついうっかり手が滑って殺しかねない程度には。
先祖を追放され、過酷な環境を強いられているのもそうだがもう一つ、大きな理由がある。
何か目的があるのか、あるいはただ単に自分達以外の人間が存在するのが気に食わなくなったのか、楽園は不定期に人狩りを行う。まあ大人しく連行されれば少なくとも危害は加えられないので恐らく前者だろう。連れ去られた後どうなるかは全く不明だが。
だがしかし、もし少しでも抵抗すれば……後はもう分かるだろうが、問答無用で皆殺しである。
拠点に目をつけられた時点で全員捕虜か、滅亡かの選択を強いられるのだ。嫌われるに決まっている。
「……もしそうだとしても、私はそんなに嫌いでもないから別に気にしなくて良いよ。まだ直接何かをされた事もないし」
「えっ……?」
目を伏せていた少女が驚きの表情を作り、こちらを向き直る。
たしかに自分でもかなり珍しい考えだと思う。勿論、そんなに嫌いじゃない、と言うだけで好きでは無い。あまり興味が無いだけだ。
あえてどちらかと言えば当然嫌い寄りである
私の言葉を聞きしばしの間悩んでいた少女だったが、やがて決意したのか、静かに口が動く。
「私は…………」