表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んだ世界の救世主  作者: 豊山伽藍
1章 砂漠
10/10

09話 エリーと梢

「ほら、座って座って!」


 数あるテントの内、最も小さい物へ案内された。

 女性に促されるまま、その場に正座する。

 テント内を見回すが、特に目立つ物は無い。

 中心に寝床らしき場所があるぐらいだろうか。


「そんなかしこまらなくてもいいのよ?」

「あの、ここは」

「ここ? ここは千影ちゃんの家よ」


 ここに千影さんが住んでいる。

 女の子の部屋にしては少々殺風景過ぎる気がするが、千影さんなら確かに納得出来るかもしれない。

 だが、そんなことを気にしている余裕は今の私には無い。


「寂しい家でしょ? いっつももっと物を置きなさいって言ってるんだけどね、聞いてくれないのよね」

「そうなんですか……」

「『邪魔になるから置きたくない』とか言っちゃってさ。全く女子の発言とは思えないわー……っと、そんなことより!」


 適当な相槌を返している私の前に、女性が腰を下ろす。

 栗色の髪を後ろで一纏めにし、千影さんよりも一回り背の高いその女性は、優しく微笑みながらこう続けた。


「自己紹介しなくちゃね! 私は梢よ、ってさっき千影ちゃんが呼んでたから知ってるか」


 照れて頭を掻きながらも、笑顔を崩すこと無く梢さんが語る。

 その表情は、こちらの沈んだ感情をほんの少しだけ温めてくれる。


「えっと、私は」

「エリーちゃん、でしょ? ごめんね、さっき千影ちゃんから教えてもらっちゃった」


 先程の光景を思い出す。

 さっき、とは千影さんが梢さんを呼んだあのタイミングだろう。

 会話の長さからすると、名前だけが伝わっているとは考えにくい。


「……私のこと、千影さんに聞いてます?」

「うん、大体はね。……だからその上で質問させてね」


 やはりそうかと思う間もなく、ふぅと一つ息をついた梢さんが、真剣な顔つきになった。

 こちらの様子を軽く確認する。

 最後に顔を軽く覗き込んだ後、言いにくそうに私に問いを投げかけた。


「エリーちゃん……貴女、楽園から来たのよね?」



 身体が冷水を浴びせられたかの様に冷たくなり、視界が歪んで梢さんを捉えられなくなる。

 

 またか。

 またなのか。

 結局、私はこの世界で生きていくことは出来ないのか。


 ずっと溜まっていたものが胸に押し寄せてきた。

 汚い感情が私の心を侵そうとする。

 たまらず目をギュッとつぶり、絶叫した。


「……っ! 仮に、もし、そうだったとしたら、私はどうなるんですか!! 殺されちゃうんですか!? それで、あの人達みたいに、食べられ」

「エリーちゃん」



 全て言い切る前に、ふと暖かい何かに包まれる。

 久しく感じていなかった、全てを委ねてしまいたくなる温もり。

 目を開くと、私は梢さんの腕の中にいた。

挿絵(By みてみん)



「ごめんなさい。いきなり環境が変わって、分からないことばっかりで……混乱しちゃうよね?」

「あっ……」

「何か、辛いことがあったのでしょう? 私には分かってるわ。とっても悲しそうな顔してたもの」


 梢さんの言葉の一つ一つが、じんわりと沁み込んでくる。

 つかえが一つずつ取れてゆき、凝り固まった心がゆっくりとほぐされていく。


「大丈夫よ。貴女が答えが何であっても決して傷つけないし、誰にも傷つけさせない。信じられないかもしれないけど……これだけは私の命に懸けて誓うわ」

「……っ! ……ぅっ……!」

「だから、今この場なら全部吐き出して良いのよ? 二人だけの秘密にしてあげるから」


「うっ……ぐすっ……うぁぁぁっ……!」


 今まで必死に堪えていたものが、音を立てて崩れ去った。

 胸につっかえ続けていた黒い感情が、涙と一緒に流れ出していくのが分かる。

 今日だけで数えきれない程泣いてしまったが、こんな涙を暖かいと感じたのは初めてだ。


「私……っ! 外に、出たことなくてっ、それで、何にも分からなくてっ、倒れちゃってっ……!」

「うん」

「千影さんに、た、助けてもらったのに、怖くてっ! どうしようもないぐらい、怖くてっ!」

「……うん」


 伝えたいことが山の様にあるのに、口から出るのは要領を得ない言葉ばかりで、それが堪らなくもどかしい。

 それでも、今の気持ちを止めることは出来ない。


「わ、私、まだ死にたくない……死にたくないよぉ……!」

「よしよし、怖かったよね? 大丈夫、もう大丈夫だからね……」


 そっと頭に手が乗せられる。

 久しぶりに、本当に久しぶりに感じた安らぎ。

 その感覚が優しくて、嬉しくて、私はいつまでも泣き続けることしか出来なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ