ブレイカー
アクション映画でよく見るシーンといえば派手な爆破シーン、ヒロインとのラブロマンス、そして主人公が追われるシーンだ。
追っ手はあらゆる手段で主人公を追い詰める。
何十台もの車を引き連れてカーチェイスをしてみたり、時にはヘリコプターから銃撃してきたりと
ハラハラドキドキ手に汗握る場面だ。
そんなスリリングで一切現実味のない映画のワンシーンを、
俺が追体験することになるとは思わなかった。
追われている。逃げるために走っている。
一つ分かったのは、ハラハラドキドキ手に汗握るのは他人事だからだ。
もし自分が命の危険を感じながら追われていたら何も考える余裕はない。
頭の中にある思考は「死にたくない」それだけだ。
俺は繁華街を疾走していた。
空き缶を踏み潰し、人にぶつかりながらも決して走ることをやめなかった。
なぜなら止まることが死を意味すると分かっていたからだ。
後ろを振り返ると目深くフードを被った男が目に入る。
奴は歩いているはずだが先程から全力で走っている俺と全く距離が離れない。
後ろをべったりくっついてくる。
ふとビルとビルの間に小さな路地があることに気付く。
一か八かだ。
俺はその路地裏に走りこんだ、瞬間 俺は落胆した。
路地の向こうに抜け道はなく行き止まりだったのだ。
クソ!今から路地を出て逃げられるか!?
俺は来た方を振り返る。
「そろそろ観念したらどうだ」
立ちふさがるようにフードを被った男が立っていた。
駄目だ逃げられない。
俺はジリジリと後退する。
逆に男は淡々(たんたん)と俺の方に歩いてくる。
クソ!何か手段は……!
俺はそこに置いてあったポリバケツを男めがけて放り投げた。
「無駄だというのに」
まるでアイスクリームにドライヤーを当てているかのように、
ポリバケツは男に到達する前にどろりと溶けた。
男の足元にバケツだったものが漂う。
「俺はあらゆる物を溶かす能力者メルト。さっき俺の能力は見ただろう?」
男は見下したような目つきで俺を見る。
そうだ。俺はさっきコイツに溶かされる人間を見たばかりだ。この世のものとは思えない恐ろしい光景だった。
「おとなしく捕まれ。そうすれば命を取りはしない」
「眉ひとつ動かさず人を殺せる人間が信用できるかよ!」
前髪で隠れていたメルトの表情が険しくなる。
「そうか。じゃあ片腕溶かして連れて行くことにしよう」
メルトは歩み寄りながら俺に手をかざす。
ヤバイこいつ狂ってる!
やばい!やばい!やばい!殺される!
「待ちなさい」
透き通るような女の子の声が聞こえた。
見渡すが、暗く狭い路地に女の子は見当たらない。
まさか、上か!
俺が上を見上げると同時に爆発を思わせる音が路地裏に響いた。
俺は驚いて目と耳をふさぐ。
薄目を開けると煙が立ち込めているのが分かる。
そして、爆音の拍子に尻餅をついていた俺は目の前に何者かが立っていることに気づいた。
やっと煙が晴れて来たところでそれは女の子だと分かった。
彼女は俺の方に振り返る。
「怪我はないかしら?」
整った顔立ちに得意げな表情を浮かべた彼女は上品な声をしていた。
ただそのファッションがひたすら残念だ。
3歳くらいの女の子がつけるような白い大きな髪留め。
ダボダボのスカート。
ヨレヨレの靴下。
毒々(どくどく)しい赤色のコートには所々にギザギザの切れ込みが入っている。
おそらくハサミで切ったのだろう。
まるで全てを失敗した後、何かの衝動に駆られてマシュマロを入れて完成したみそ汁のようなファッションだった。
「あ、あなたは……?」
俺は気を取り直して聞く。
「私はFFG所属の能力者、ペコーシャよ!」
「ペ、え?」
「ペリーヌじゃないわよ!」
うんそれは分かる。
「チッ、FFGの連中か。面倒くさい」
メルトは眉間にしわを寄せてペコーシャを睨んでいる。
「この能力者はFFGで保護させてもらうわ。あなたはそこを大人しく退きなさい」
ペリー、ペコーシャは人差し指をかっこっよくメルトに突き付けた。
メルトの表情が更に険しくなる。
「おいおい、横取りはしちゃいけねえって学校で習っただろう?」
メルトは詰め寄ってくる。
「ブレイク!」
ペロ、ペコーシャが叫ぶと男はその場に静止した。
全く動かない、かと思いきやうずくまって猛烈な勢いで唸り始めた。
「痛え!クソ痛ぇ!クっ!貴様何をした!」
「私は森羅万象あらゆる物を破壊する能力、『ブレイク』の持ち主ペコーシャよ!たった今あなたの腸内環境を破壊したわ!」
まさかの内部破壊。
「さあ退きなさい!じゃないとウンコ漏らすわよアナタ!!」
どいても漏らすんじゃないのか?
「ククク……」
メルトは腹を抑えながら立ち上がった。
腹の音がこちらまで聞こえて来そうだ。
「な、なぜ立ち上がるの?漏らしてもいいの!?」
「いいぜ」
メルトは狂気的な笑顔を浮かべている。
ヤバイなあれはキテるんじゃないかアレが。
「ヒャハハハハハハ!なぜなら俺はオムツを履いてるからなあ!」
メルトが自らずり下ろしたズボンの下には真っ白なオムツが輝いて見えた。
ヤバイこいつ狂ってる!
「な、なんですって!」
ナイスリアクションなペコーシャ。
余談だが、ついに大人用オムツの売り上げが赤ちゃん用オムツの売り上げを上回るようになったらしい。
「なんでオムツなんかつけてんのよ!」
真っ当な疑問だ。
「いつでもどこでも誰とでも赤ちゃんプレイをするためだヒャハハハハハハ!」
ユビキタスかよ!ヤバイこいつ狂ってる。
「行くぞオラァ!」
オムツマンは尻を抑えながらバタバタと走ってくる。
その姿はエリマキトカゲを彷彿とさせた。
「マズイ!今のあいつは爆弾を抱えてるぞ!」
メルトはペコーシャに向かって手を振りかざす。
避けたように見えたがペコーシャの赤いコートがドロリと溶け始めた。
「きゃあ!」
ペコーシャは胸を手で隠してうずくまる。
一瞬見えた彼女の生身はとても柔らかそうだった。
「ヒヒヒ!トドメだ!」
さらに追い討ちをかけるメルト。
迷っている場合じゃない。
俺は震える足を奮い立たせ、メルトに向かって突進した。
間に合え!
メルトが手を振り下ろす瞬間、俺はその懐に到達した。
当たる瞬間 体ににグッと力を込める。
相手がヒョロかったというのもあるが、メルトは文字通り吹き飛んだ。
「ぐおおおお!来るぅ!来ちゃうのおおおおお!」
吹き飛んだメルトは今にもメルトダウンしそうだ。
「ペコ!大丈夫か!?」
俺は着ていた上着を脱いでペコーシャに投げた。
「私の名前はペコーシャよ!」
どう見ても日本人の顔をしているペコーシャはうずくまったまま抗議する。
「呼びづらいんだよ!さあアイツにトドメを刺すんだ」
「わ、分かったわ!」
急いで俺の上着を着て立ち上がる。
「ブレイク!」
ペコーシャの言葉にメルトの身につけている全衣服がハジけ飛んだ!嬉しくねえ!
「ぐわあああ!これじゃ赤ちゃんプレイが出来ない!!出る!ダイレクトで出る!ホールインワン!」
「よし今だ!」
何が今なのか分からないが、俺はペコーシャの手を引き
路地を後にした。
***
ペコーシャは近くに停めてあった黒い車に俺を誘導した。
その車は俺たちが後部座席に乗るのと同時に蒸し気味に走り出す。
「あなた、私を助けてくれたわね。今更だけどありがとう」
「いいよ、俺もお礼言っとくわ。助けてくれてありがとう」
ペコーシャはくすりと笑った。移動する街の光で見える笑顔は無垢で、純真だった。
「なあ、これからどこに行くんだ?」
「FFGの赤羽支部よ。突然だけど、あなたはこれからそこで生活してもらうわ」
「いや、そんないきなり言われてもなあ」
だが俺は心のどこかでワクワクしていた。
なんのやる気も起きない、気だるいフリーター生活から抜け出せると思ったからだ。
ただ表面上は険しい顔をしておいた。
「大丈夫よ!支部のみんなも私と同じくシッカリした子ばかりだから!」
大丈夫かなあ。
車は快速で夜の街を走り続けていた。
終わり
お読みいただきありがとうございました。
もっとペコーシャの描写をしっかりしたかったんですが
メルトにすべてを持っていかれた感があります。