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chapter2 キング&ルーク 初等部一年生編 ⑤

「今日、紫陽宮家の息子がお前を迎えにきたそうだな。用件はなんだったんだ」

久しぶりに顔をつき合わせての食事中に、夏葵が話題にしたくないことを口にする父親は手を動かして料理を口に運びながらも、じっとこちらを見てくる。

珍しく帰宅が早かったのはこのせいかと夏葵は内心で苦々しく思う。

千早には奏多から言われたことは絶対に父には言わないでほしいとお願いしていた。

奏多だって無理強いして夏葵と婚約する気はないようで、龍之介にも「自分で頑張るというから放っておく」と言われていた。

「少し学園で色々あったので、そのことへの謝罪に来られただけです。些細なことでしたので、すぐに解決しました」

「お前と同じように頬にガーゼをしていたようだな。運転手の真柴が見たそうだ」

「……お父様が気に止めることなど、なにもございませんでしたから、お気になさらず」

再び黙々と食事をするだけの時間が続いた。

夏葵よりも先にフォークを置いた行哉は薄く笑う。

「お前の婚約者として申し分のない相手だ。藤ノ百合にとってもな。お前がその気なら、私が紫陽宮に打診して、」

「いりません! 紫陽宮様は私にとって学友以外の何者でもありません!」

食事中に大声を出したはしたなさよりも、そんな気がないだろうとわかる娘に婚約話を持ちかける父に嫌悪感が増す。

「はしたないぞ。食事中に」

夏葵の言い分など興味がないというように椅子から立ち上がった。

「利益になる相手を選べ。そうでない限り私は認めない。お前が成人したとしてもな」

いったいどれだけ先のことを言っているのか。

娘に大人になっても自由にはならないと平然と言ってのける父親に最初こそ怒りが湧いたが、徐々に落ち着きを取り戻してゆくと、乾いた笑いがでた。

「紫陽宮様はありえませんが、お父様がきっとお認めになられる方を選びます。それで満足でしょう?」

「ああ、それでいい。自分が誰に育てられて食べさせてもらっているのか、きちんと理解していればな」

育ててもらった覚えはないが、今のこの暮らしができるのは父のおかげだ。それは否定しない。

けれど真実を6歳の娘に包み隠さず話す神経はわからない。

昔生きていた記憶と、今生きている記憶が混在して自分の精神年齢はやや高いのかもしれないが、それを父は知らない。

なのにこの言いざまはなんなのだろう。

本当に夏葵はあなたの娘ですか? と問いただしたくなる。

「そうだ。言い忘れていたが、夏には親族達の集まりがある。姉上も来られるそうだ。その時、お前と話したいそうだ。藤ノ百合の本家の娘としてのたたずまいを見せろよ」

そのまま食堂から出て行くが、夏葵は不快な気持ちなど忘れて「伯母様が……?」と呟いた。




藤ノ百合の本家・分家を含めて一番の長は父だが、そんな父に唯一苦言を呈することができる人がいる。

それが父の姉にあたる蘭堂掬子らんどうきくこ伯母様だ。

還暦をむかえているが、それを感じさせない若々しさで父よりも若く見られることもしばしばだと親族達が話しているのを聞いたことがある。

優しいが厳しい人でもあって、少しだけ苦手意識のある相手だ。

親族の集まりにはここ一年、なにかの病気を患い手術をしたとかで療養のため欠席していたのだが、元気になったらしい。


「伯母様が私に話……?」

「夏葵様、どうされました?」

夏葵の寝る仕度をしながら、訝しがる仕草に気づいて千早が声をかけてくる。

「伯母様はあまり私をお好きではないと思っているの。なのに話がしたいなんて直接父に言うなんて。どうしたのかと思って」

「なぜ好かれていらっしゃらないと思われるのですか?」

物心ついてから数度会った伯母は、なぜだか自分をいつも避けている気がしていた。

義務的な挨拶もそこそこに切り上げて目を逸らす。

そういえば夏李に対してもそうだったと思い出す。

夏李もなぜだか相当嫌っていたけれど。

そう話すと千早はしばし考え込んだが「話してみるしかないでしょう」と言われた。

「それしかないよね……」

気のりはしないが仕方がない。

夏葵はそう自分を納得させた。




『あたし伯母様嫌い!』


『どうして?』


『わかんないけどすっごく嫌なの! 見てるだけでムカムカする!』


『そんなこと言っちゃ駄目だよ』


『……夏葵も嫌いだけどね』


『え!? どうして!?』


『どうしても!』


『私は夏李のこと、大好きなのに……』


『気持ち悪い!』


夏李が喚く夢を見て目が覚めた。

天井を見ながら、昔も今も母だった夏李は喚いてばかりだなと思う。

枕に顔を埋めてギュッと目を閉じた。

『大好きなのに』

この気持ちがまだ残っていることを隠したくて。

無理矢理眠りに落ちていった。






夏休みに入る直前、奏多から真っ赤な薔薇を三本渡された。教室で。

「誕生日プレゼントだよ。本当は当日に渡したいんだけど、それはきっと迷惑だろうから。あ、その薔薇は僕の気持ちだから」

三本の薔薇の意味は「愛しています」と「告白」

とっくに告白している! と投げ返したかったが、そんなことできるはずもなく。

その意味を知った女生徒達が阿鼻叫喚の騒ぎで私達を見てくる中で、薔薇に罪はないけど燃やせないかなと夏葵は本気で考えた。







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