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chapter2 キング&ルーク 初等部一年生編 ③

あれから一月が過ぎても奏多は諦める素振りなど微塵もみせずに夏葵にお願いをしてくる。

避けても逃げても鋼の精神でくじけることがない奏多に夏葵の方が折れそうになっていた。


そもそも千早から聞いていた奏多の印象と現実の奏多がかなり違うような気がする。

キングと呼ばれるに相応しい威厳。華やかな容姿は当てはまるが、威厳なんてこれっぽちもない。

それにかなり物静かな性格だと聞いていたが、うるさいほどよく喋る。

「別人?」と千早に尋ねてしまったほどだ。

それにたいして千早はゲームと現実は違うのだろうと言っていた。もしくは高等部に上がるまでに性格に変化があるのかもしれないと。

私がゲームの中の藤ノ百合夏葵と違うように奏多も違う。

ここはゲームとは違うのだと改めて認識できたことはいいのだけれど。


「藤ノ百合様、ご一緒にお昼を食べませんか? 是非、お話をしたいのですが!」

「いえ、わたくし達と一緒に!」

奏多との出来事から数日して、夏葵はこんな風に同学年の女生徒達に誘われることが多くなった。

奏多のことを聞きたいのだとわかりやすく顔に書いてある彼女達と食事を食べる気にもなれない。

だけれど、お昼を一人で食べていると奏多が来てしまうので、仕方なく誘われるがままに食事をともにしているが、なんとも苦痛だ。

話題は奏多のことばかり。

どうして夏葵に頻繁に話しかけてくるのか。

奏多は夏葵に気があるんじゃないのか。

夏葵は奏多のことをどう思っているのか。

そればかりを毎日毎日、興味津々で詰問されても困る。

奏多が夏葵に好意をよせている。なんて噂まで出回っているようで、眩暈がした。



そんな中で絶対に起こるだろうなと予測していたことは案外早くおとずれた。

友達になろうがなるまいが、奏多が夏葵にしつこくお願いにきている時点で、噂になってしまっている時点で、こうなることは予想の範囲内だった。

「藤ノ百合様は奏多さんをどう想っていらっしゃるのかしら?」

満面の笑みを湛えながらも、唇の端は僅かに引き攣っている。

まだ人がまばらな早朝に学園初等部の屋上に来てほしいと昨日、今にも泣き出しそうな顔をして同じクラスの女性徒に言われたのだ。

行かなければ、伝言してきた女生徒に地獄が待っていることは想像に難くない。

それに、こちらもいい加減にこの状況から打開したいと思っていたので好都合だった。


「なんとも思っておりません。紫陽宮様も私のことなどなんともお思いではないでしょう」

あなたを黙らせる武器にしたいとは思っているんだろうが、という言葉を辛うじて呑みこむ。

「なんとも思っていらっしゃらない方を、あんな風に追いかけるかしら?」

年下の少女を取り囲んでいる年上の少女達に嫌気がさしてくる。

「私には紫陽宮様のお考えはわかりません。私よりも黒澤先輩のほうがわかっていらっしゃるのでは?」

嫌味を言わないようにと思っていたけれど、耐えきれずに口にでてしまっていた。

瞬間、花蓮の顔が歪み、持っていた扇子が宙を切り、頬へと当たる。

弾くようなキレのある音が辺りに響いて。

打たれた頬はじんじんと痛かったけれど、目線を戻して花蓮を見据えた。

さすがに花蓮の取り巻き達もやりすぎたと感じているのか慌て始めている。

そんな中で激昂している花蓮は、取り巻きの諫める声にも耳を貸そうとはしない。

「花蓮様!」

「黙りなさい! 貴方がたは誰の味方なの!」

キッとこちらを睨んでくる花蓮は目を充血させて、まるで鬼の形相をしている。

それでも、ちっとも怖いと思わない。

なんてちっぽけで可愛いんだろうとさえ思える。


もっと醜い顔はそんなものじゃない。

人を竦ませて背筋を凍らせるほどだ。

そんな強烈な醜さを知っている自分は怯えることさえない。


「奏多さんにふさわしいのは、このわたくしなの! 奏多さんに釣り合うようにと勉強も作法もなんでも頑張っているわたくしが一番ふさわしいのよ! だから貴方はさっさと奏多さんの前から消えなさい!」

一気に言い切って肩で息をする花蓮に夏葵は冷めた目をむける。

「……頑張っている人は自分から頑張っているとは言わないものだと、専属のメイドから教えられました」

「なっ!?」

「それにお聞きしていれば、ちっとも紫陽宮様のお気持ちを考えてはいらっしゃらないんですね。黒澤先輩は。ふさわしいかどうかを決めるのは黒澤先輩ではなく、紫陽宮様自身です。こんなことをする黒澤先輩を紫陽宮様がお好きになってくださると本気で思っていらっしゃるんですか?」

「っ!」

再び振り下ろされようとしている扇を場を治めるためには、受け入れるしかないと目を閉じた時だった。


「藤ノ百合さんの言う通りですよ。花蓮姉さん」

良く通る声が聞こえて、自分と花蓮の間を遮ったのは、今しがた言い争いの元凶になっていた人物。

紫陽宮奏多だった。

「龍之介、藤ノ百合さんをお願いできるかな」

「わかっている」

一緒についてきていたのだろう龍之介に手を引かれて、一歩下がる。

「か、奏多さん!? ど、どうして、こちらに」

「今朝早く、いつもの登校時間よりも早く出たと叔母様から連絡がありまして。もしなにか問題を起こしていたら、すぐに報告してほしいとお願いされました」

顔が赤から白へと変わってゆく花蓮とは対照的に、奏多はにこやかな笑みを浮かべたままだ。

「さすがにやりすぎましたね。花蓮姉さん」

「か、奏多さん! わたくしは貴方のことがっ!」

「僕の友達に手を上げる人を僕は好きにはなれません」

友達になった覚えはない。

突っ込みたいが、花蓮への糾弾が止まらないので突っ込めない。

「花蓮姉さん、貴方を軽蔑しました」

「わ、わたくし、は!」

花蓮の瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れだすが、奏多は一向に気にしない。

「金輪際こういったことはしないでください。それに、僕はきっと花蓮姉さんを好きにはなれません。この先もきっと」

奏多の最後通告に花蓮は声を上げて、泣きじゃくりながら走り去ってしまう。

取り巻き達も慌てて花蓮の後を追いかけていった。


静かになった屋上で、奏多は息をついてこちらにきた。

「藤ノ百合さん、ごめんね。遅くなって。大丈夫、じゃないよね? その頬。本当に花蓮姉さんってば」

頬に触れようとしてきた手を夏葵は思いっきり叩き落した。

そして、続けざまに奏多の頬を力一杯に叩く。

自分の時よりも盛大な音が響いて、尻餅をついた奏多を見下ろしながら夏葵は花蓮の時よりもさらに冷ややかな眼差しをむけた。

夏葵の手形がくっきりと残った顔に、少しだけ溜飲が下がる。

「おい、藤ノ百合、なにをっ!」

驚いて奏多の前に出てきた龍之介も思いっきり引っ叩く。

奏多と同じように転がった龍之介を見ながら、大きく息を吸い込んだ。

「軽蔑します? それは私のセリフです。そもそももっと早く紫陽宮様が止めていればこんな事態にはならなかったのではありませんか? それを私になんとかしてほしいと追い掛け回して。男としての紫陽宮様の資質を疑います。それに同調した神津君も。黒澤先輩のしたことは間違っていますが、女性をあんな形で惨めに泣かせるなんて言語道断! 今回のもっとも断罪されるべき悪は紫陽宮様、貴方です!」

言いたいことは全て出し切った夏葵は、踵を返して屋上を後にした。


呆然としたままの奏多と龍之介を残して。







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