chapter2 キング&ルーク 初等部一年生編 ②
成り行きのまま椅子に座らせられ、紅茶が入ったカップを奏多に差し出されて、ためらいがちに受け取るとニッコリと薔薇の花が咲き誇るように微笑まれた。
やっぱりキラキラだと、あさっての方向へ思考が飛びそうになる。
「そういえば挨拶がまだだったね。僕は紫陽宮奏多といいます。一応、初めまして」
「俺は神津龍之介だ」
「藤ノ百合夏葵といいます。初めまして……」
奏多のペースに巻き込まれそうになるのを気持ちで振り払い、本題の『用件』について聞きたいと促せば、奏多は困っていますという顔をありありと浮かべた。
「花蓮姉さんのことなんだ」
「黒澤先輩、ですか?」
入学式の時から、なにかと言えば取り巻き達を連れて突っかかってくる人だが、それはなにも自分だけに限ったことではないらしい。
「藤ノ百合さんも含めて、現在の標的は三人だな」
龍之介の冷静な声に、標的ってなに? と言いそうになるが、それよりも先に奏多が話し始めた。
「まあ包み隠さず言うと、花蓮姉さんは僕と婚約したがってるんだ」
紫陽宮家には二人の子どもがいて、長男の紫陽宮奏司が家を継ぐのは確定に近い。では次男の奏多はどこかに婿入りさせてはと、奏多が生まれてからすぐにそんな話が親族達の間で交わされていたらしい。
奏多を婿入りさせても問題ない家柄はどこか。
どこなら紫陽宮のためになるのか。
そんな話の中で、花蓮の名前も挙がってはいたらしい。
「まあ、叔母様の娘だからね。それに叔母様が嫁いだ先はイギリスの名家だったし」
「それでも花蓮様が渋れば、この話なんてすぐに立ち消えたんだが」
そこで言葉を切った龍之介は哀れで思いやりのある目を奏多に向ける。
この子、本当に使用人頭の息子なのだろうか?
将来使える相手に対して遠慮というものがなさすぎる気がする。
そういえば千早が奏多と龍之介は主人と使用人という間柄というより、親友同士に近いものがあると言っていた。話された内容はかなり許容範囲を超えていたため、思い出すのに時間がかかってしょうがない。
「その目をやめろ! 僕のせいじゃないだろ!」
「もしかして、黒澤先輩は紫陽宮様をお好きになったということですか?」
先ほどの態度からしても薄々は感じていたけれど、龍之介に頷かれて、それは決定的になった。
「だが、あくまでそれは親族間の他愛無い話だ。実現するかどうかも怪しい。でも、それを鵜呑みにしてしまったんだ。花蓮様は」
奏多の婚約者候補だと。
それでどうして、夏葵達を攻撃することになったのか。
「婚約者候補になれる子を潰そうとしてるんだよ。言い方が悪いけど」
藤ノ百合家は紫陽宮家と肩を並べる財閥の家柄で、男の子どもはいない。
子どもは離婚した母が引き取った夏李をはぶくと夏葵だけ。
藤ノ百合の家に婿として入ることは、政略結婚としてなんと素晴らしいことだろう。
花蓮が自分に絡んでくる理由を聞いて、少し顔が歪みそうになるのをなんとか堪える。
なんともまあ。
「迷惑です」
すっぱりと本音が出た。
「本当にごめんね。まさか僕も花蓮姉さんがあんなことをしてるなんて入学するまで知らなかったからさ。それでどうしたものかと龍之介と話し合ってたんだけど……」
そこで言葉を切った奏多は、少しだけ悩む素振りを見せた後、いきなり夏葵に手を合わせてきた。
「藤ノ百合さん! お願いがあるんだ! 僕と友達になってくれないかな!」
「……意味がわからないのですが? ご説明をお願いできますか」
本当にまったく。
「僕は女の子の友達って作るべきじゃないと思っているんだ。こういう家柄だし、どんな噂がたつかわからない。そう思っていたんだけど、花蓮姉さんを黙らせるには僕に親しい女の子の友達がいるって思わせるほうがいいと思って」
「それで、私にですか?」
「うん。藤ノ百合さんだったら、周りは納得してくれるし、なによりもあの花蓮姉さんの攻撃にいつも負けていなくて、それどころか面倒臭いと思ってる感じみたいな人は君だけだから」
よく見ているなと思う。
まあ、大人から見れば自分の態度などあからさまにわかるだろうが。
でも、奏多の要求を受け入れるとすると。
「黒澤先輩の攻撃を一身に浴びろということですね。お断りいたします」
即断した夏葵に、奏多は必死に言い募る。
「できるかぎり僕や龍之介が守るし、酷い様だったら叔母様にも言うつもりだよ! 叔母様は花蓮姉さんのような人ではないから!」
「撃退してくれそうなのは藤ノ百合さんだけだからな」
「龍之介!」
「お断りいたします」
奏多ができないことを自分に押しつけられても困るし、迷惑以外のなにものでもない。
「そこをなんとかお願いします!」
「お断りいたします」
「お願いします!」
「お断りいたします」
「お願い!」
「嫌です」
「お願い!」
「ご遠慮いたします」
「お願いだから!」
「他をあたられてください」
「藤ノ百合さんしかいないんだ!」
「困ります。とても嫌です」
「後生だから!」
「無理です」
「諦めるわけにはいかないんだ!」
「そちらの事情です」
「どっちが勝つんだろうな。この勝負」
龍之介の独り言がサロンに落ちても、気付かずに二人は言い合いを続けていた。
結局休憩時間を過ぎても話し合いは平行線のまま。
下校時刻になっても奏多の懇願は続き、決着のつかぬまま帰路の車に乗り込む羽目になった。
「藤ノ百合さん! 僕は諦めてないからね!」
誤解を招くような言い方をやめてほしい。
そして、車を発進させてから、いつも送り迎えをしてくれている千早の目がらんらんと輝いているのが、すぐにわかった。
「後でいきさつを説明します……」
疲れた声が出て、夏葵は頭を抱えながら今後どうしたらいいものかと思案していた。




