chapter4 お見合い!? 初等部三年生編 ⑤
父のお見合い当日、主役はあくまでも父と菫ということで父からは無難に青色のレースをふんだんにあしらったドレスを与えられた。
年に数回しか行かないパーティーの時も親族の集まりも、全て父に渡された箱に入っているドレスばかり着ている。今のところ特に不満もないが、財前に買って来させたというわかりやすさは正直どうかと思う。財前は「行哉のセンスはいいね」と夏葵に嘘を言ってくるが、もし本当に父が選ぶのだったらカタログを出して「好きな物を選べ」で終わる。
実際一回あった。
きっと財前の都合がつかなかったのだろう。
「夏葵様、洪流菫様は近いうちに夏葵様のお母様になられます。夏葵様は大丈夫でございますか?」
髪のセットをしてもらっていると、ためらいがちに口にする千早に「大丈夫ですよ」と笑う。
「菫様はお優しいですし、私は嬉しいかぎりです」
実の母親にたいしてなにも感慨が湧いてこない。
最近、眞藤家はあまり懐事情がよろしくないようだという噂を、無駄話好きの親類が新年に話していたことを思い出す。
元々母は贅沢三昧の生活だったけれど、それだけで眞藤家が危うくなるほどだったら、結婚する前にすでに大変な状態になっている。
では、どうしてなのか?
そんなのは考えなくてもわかる。
夏李のせいなのだろう。
醜態を晒し、他家に迷惑をかけた慰謝料や謝罪料、それがどれだけのものなのか考えただけでも溜め息が出そうだ。
派手な贅沢さえしなければ、確実にやっていけるだろうが、無理だろうなと夏葵は思う。
母によく似た夏李は贅沢が大好きだ。抑えろと言われても無理だろうし、我慢もしない。
けれど、それは昔からなのかもしれないけれど。
「夏葵様、終わりました」
長い黒髪を縛ることなく綺麗に梳いてくれた千早に、再度夏葵は「大丈夫」と告げる。
「どちらかと言えば、私は菫様の方がお父様でいいのかと心配しているんです」
「年齢的なものは確かにございますが……洪流菫様はとても意思がお強い方のように思います。ですから安易に政略的なものだけで、お決めになったのではないような気がいたします」
「そうだといいんですが」
重い腰をあげつつ、本当にそうだったらいいのにと夏葵は思った。
情緒あふれる料亭で向かい合った菫は菫柄の着物を着て、優雅に微笑んでいた。
両隣りには菫の両親。
対するこちらは父と夏葵だけ。
本当に子供の自分がいてもいいのかと顔が引き攣りそうになる。
確かに父は再婚になるが、それでもお見合いの席に娘を連れて行くのは、なんだかおかしくないだろうか?
にこやかに会話をしている父と菫の父親、洪流孝輔。
これからは祖父になる人は、やはり名門の家の当主に相応しい貫禄があるが、なんだか穏やかな雰囲気の方が強い。
たった一度しか見たことがなかったが、あの時は紫陽宮家でのパーティーだった。
それもすぐに菫と共に会場を出て行ったので、ほんの一瞬見ただけ。
やはり面と向かって話してみないとわからないことも多い。
祖母になる菫の母親、洪流楓もおっとりとした人で、少しだけ身構えてきたことが恥ずかしくなってしまう。
それにしても、さっきから父と孝輔が話してばかりで、菫とは一切会話をしていない。
こんなんで本当にお見合いと言えるのか問いただしたくなってくる。
「藤ノ百合様でしたら菫を安心してまかせられます」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいですよ」
年齢がさほど違わないのに、これから「お義父さん」になるであろう孝輔は嬉しそうだ。
そう、年齢がほとんど違わないのだ!
その話もしていたが、数秒で終わってしまったけれど、大事じゃないのか! それは! と叫び出したかった。
「菫もこの話がきた時には、二つ返事で了承してくれました」
「はい。いたらないところが多々あるとは思いますが、色々と勉強していきたいと思っています。行哉様にご迷惑をおかけしないように努めます」
「相応の立ち振る舞いと教養さえあれば大丈夫ですよ。菫さんはすでに合格ですよ」
「ありがとうございます。それと……夏葵ちゃん、私がお母様になるのは嫌ではないかしら?」
いきなり話を振られて多少途惑ったが、想像の範囲内の質問だったことに安堵する。
「とても嬉しいです。こんなにお優しいお母様ができるなんて。……ですが、菫様は本当によろしいのでしょうか? その、お父様との年齢も離れていますし……」
「私と行哉様以上に歳が離れていて結婚される方も多いし、私は行哉様を尊敬しているから平気よ」
尊敬!?
今、父には相応しくない言葉が聞こえた!
「それに、私は夏葵ちゃんの母親になれることがとても嬉しいわ。こんなに可愛い子が娘になるなんて夢みたいよ」
「それを聞いて安心しました。私も菫様みたいな綺麗なお母様ができるのは夢のようです」
「まあお上手だこと。わたくしもこんなに可愛い孫ができるのは本当に嬉しいわ」
無駄に褒めてくれる楓に、笑顔で返しながら、私っている意味あったの? と思わずにはいわれない夏葵だった。
「……まあ、お見合いするためでしょうけど……」
誰もいないことを確認して呟いた声は、空気に溶けていく。
誰もいない庭園の池の傍ら。
昼食も一緒にということで、夏葵は一旦ここで待機するように父から言われた。
つまりここに夏葵のお見合いの相手がくるということ。
まあ、奏多でないだけ何十倍もマシだし、父の中で候補を増やしておきたいという画策があるのだろう。
それにしても、父のお眼鏡に適った人とは一体どんな子なのだろう?
そっちの方に興味がどうしてもいってしまいそうになる。
う~んと悩んでいると、いきなり頭になにかがかぶせられた。
「ひゃっ!?」
おそるおそる顔を上げると、それは女の子用の帽子で。
「今日は陽が少しだけ強いからかぶっていたほうがいいよ」
優しく甘い声。
そこには青い瞳をした金髪の外国人の凛夜ほどの年のころの青年が、穏やかに笑っていた。




