chapter4 お見合い!? 初等部三年生編 ③
「奔流、菫様……」
いきなりのお見合い発言に驚いたのも束の間、その名前が出た瞬間、なぜだか納得してしまった。
納得してしまえば、今までの菫に感じていた疑問もすべて解けるのだから。
「……いつぐらいからのお話なんですか?」
「察しがいいな。去年から動いている。藤ノ百合家も洪流家も。見合いは五月始め。結納は夏頃を予定している」
さも当然とばかりに言うが、そこまで決まっているのならお見合いなど無意味ではないのか。
「結納の日取りまで決まっているのなら、なぜお見合いをなさるんですか?」
「建前というやつだ。そうでもしないと菫さんとは年齢差があるしな」
今更に夏葵もそれに思い至った。
父は今年で五十五。けれど、菫はまだ二十代後半のはずだ。
名家の令嬢にしては遅いのかもしれないが、それでも年齢差は二十を超える。
政略結婚に愛情などいらないと父は、まだ小学校に上がる前の夏葵と夏李に話していた。
「…………菫様はご理解しているんですか?」
「勿論だ。でなければ結納の日取りまで決めはしない。薫さんはお前が戸籍上でも自分の子供になることを喜んでいる。この歳で他の跡取りを作る気にはならんし、乗る気もしない。その上でも菫さんは条件にピッタリと当てはまる。そして洪流家との縁もできる。いいことづくめだろう」
「条件?」
「菫さんは子供ができない身体だ。幼少期の事故で手術をしたせいらしいが。わたしにはそんなことはどうでもいい。興味もない。利益になればそれでいい」
まだ初等部一年生の時の紫陽宮家でのクリスマスパーティーのことが思い出される。
菫の婚約者だった麻倉という男が言っていた子供がほしいという発言。そしてそれは菫には無理だと言っていた。
菫には子供はいらないからと言っていたらしいのに、あの傲慢な言葉に頭にきたのだ。
だから、夏葵にできる精一杯で菫を擁護して、麻倉を叩きのめした。
それに父親も関わらせたのは、夏葵では力が足りなかったからに他ならない。
麻倉はあの後、株が暴落して会社の倒産は免れたようだが、以前の勢いはなくなり、菫に身勝手な理由で婚約破棄を申し込んだことから色々な所で笑いものになっているらしい。
子供を妊娠してしまったという女性とどうなったのかは知らない。
それにかんして関心など一切持ち合わせていない。
千早が言っていた、人は悪い行いをすれば相応のものが返ってくるという教え通り、自分の過ちが全て己に返ってきただけだと夏葵は思っているから。
でも、そのことが洪流家との繋がりを持つきっかけになるなんて思いもしていなかった。
菫は喜んでくれているという。
本当に?
そう思ってしまうのは仕方のないことだ。
それだけ父との縁談は政略的なものが強いのだから。
「……わかりました。ゴールデンウィークですね。洪流家の方々とお会いしても藤ノ百合家の名前に恥ずかしくないように努めます」
色々な思いを心の底に押し込んで一礼する。
「お前の相手は聞かないのか?」
少しだけ以外だと語らずとも顔に出ている父に、こちらこそ以外だと言わんばかりの表情を作ってやる。
父のお見合い相手は菫だ。
けれど、夏葵の相手は別にいる。
そんなの「わたしの相手はな」という言葉ですでに察している。
「お会いするだけでしょう? 私はまだ8歳です。洪流家の縁者の方だとは思いますが、私の年齢で婚約を決めるにはまだ早いかと思います。慎重なお父様がすぐに決めるとは思えませんから。でしたら、お話をするぐらいなんでもありません。それでは失礼いたしました。ざくろさんのこと、ありがとうございます」
父の顔を見ずにそのまま部屋を出た。
廊下の少し先で待機していた千早に、自室に戻ったら絶対に愚痴を聞いてもらおうと、やるせない気持ちをひた隠しにして。
一夜明けて、朝食の席で何度も謝ってくるガーネットに、夏葵は席に座ることを促しながら、あの後の経緯を説明した。
父の行動は早かった。
夕食を取る前に菜々月家に連絡をして、千早が藤ノ百合家にいることは前もって伝えて置いたことを考慮しつつ、夏葵がガーネットのことを心配しているので数日間泊めたいと言っている。そうしても問題ないだろうか? とやり取りをしたらしい。
菜々月家、ガーネットの父親は酷く慌てて、すぐに迎えに行くと言ったらしいが、父が最後には丸め込んだらしい。
それでもガーネットの母親の実家にこのことを伝えてほしいと伝言を頼んでいたと千早から聞かされて、心底喰えない父親だと再認識した。
きっとガーネットの父親は母親の実家にすぐさま連絡をしただろう。
藤ノ百合家に迷惑をかけているとか、青ざめながら話しただろうことは察しがつく。
夏葵は迷惑だなんて微塵も思っていないが、菜々月家がそう思わないのは当然のことだ。
ガーネットの母親が戻ってきても悪循環だろうし、ここは凛夜だけ戻ってきてほしいところだが、どうなることやら。
そこまでは予測して動くことはできない。
けれど、きっと凛夜なら……。
「夏葵ちゃん。夏葵ちゃんのお父様は? 挨拶とごめんなさいって言いたい」
「もう仕事に出たので夜で大丈夫ですよ。夜も早目に帰ってくるかどうかはわかりませんが。ざくろさんが気にされることではありせんよ。ざくろさんを泊めると言ったのは私なんですから」
「でも、やっぱり迷惑になるから、今日帰る。ごめんね、ありがとう。夏葵ちゃん」
昨日よりは落ち着いた様子だが、それでもまだ不安定ではあると思う。
けれど、夏葵にガーネットを無理に留め置く権限などない。
「私はざくろさんがよければそれでかまいません。ですが、本当に大丈夫ですか?」
「……うん」
僅かの沈黙の後、頷かれて、どうしたらいいものかと考えていた時、千早が食堂に入ってきた。
「夏葵様、それに柘榴石様。お客様です。菜々月凛夜様がいらっしゃっております」
「兄様……!?」
やはり妹思いの兄の行動は早くてよかったと夏葵は安堵した。




