chapter3 「友達をつくりましょう」 初等部二年生編 ⑨
クリスマス会当日、毎年のことだが、舞台は学園の体育館ではなく近場の劇場を貸し切っての大掛かりなものだ。
初等部だけではなく中等部、高等部も参加する大規模な物で、去年は圧倒されて間抜けな顔を晒さないようにするだけで精一杯だった。
二年生の劇はくじ引きの結果、丁度プログラムの真ん中、お昼を過ぎてからということになっている。
けれど、お昼をすぐに食べ終えて衣装を着なければ準備の時間があまりない。
保護者の代理として見に来てくれている千早と藤ノ百合の車の中でお昼を食べて、大急ぎで準備室へ行けば、ガーネットはすでに衣装を着終っていた。
「ざくろさん、早いですね」
「うん。でも、夏葵ちゃんが普通。ざくろは逃げてきた」
母親との食事が嫌で。
そう言わないのに、心の声が聞こえた気がした。
「父様と兄様も一緒だったけど、母様がいると母様は誰にも喋らせないから」
他が入る間を与えないということだろう。
「……母様は母様のことばっかり……」
げんなりとしているガーネットをなだめながら、夏葵も衣装を着てゆく。
ドレスというよりワンピースに近い白雪姫の衣装は、白と赤を強調していて可愛らしい。
ガーネットには似合うけれど夏葵には不似合いではないだろうかと思ったけれど、衣装係も他の配役の子達も「新鮮です! 似合っています!」と恐ろしいほど太鼓判をおしてくれた。
衣装を着終えて、夏葵は鏡越しに自分を見てガーネットを見た。
「やはり私よりもざくろさんの方が白雪姫ですね。とても可愛いです」
同じ服を着ているというのに、この違いはなんなのか。
白雪姫の格好をしたガーネットは本当に可愛らしくて、ここに本物の白雪姫が舞い降りたように思えてくる。
「そんなことない。夏葵ちゃん、とっても可愛い」
「そうだよ。藤ノ百合さんの白雪姫が一番だよ」
もう来たのか……。
諦めの境地で振り返れば、そこには王子様の衣装を着た奏多がいた。
周りでは女子達が頬を赤く染めて奏多を見ている。
キラキラしさが増している。
鬱陶しいぐらいに。
「でた」
ガーネットの言葉に心の中で同意しながらも、にこやかに微笑んで見せる。
「ありがとうございます。紫陽宮様もとてもよくお似合いですね」
「ありがとう。藤ノ百合さんに釣り合いがとれているようで安心したよ」
なんの釣り合い!?
「紫陽宮様が私ごときと釣り合いだなんて。私では相応しくないと思います」
「謙遜しなくていいよ。藤ノ百合さんほど綺麗な人なんていないよ。この世界には」
「世界なんて大袈裟です。もっと年齢が上がれば、素敵な人にも綺麗な人にもたくさんお会いになられると思いますよ」
八年ほどしか生きていないのに世界なんて語るな!
「それでも藤ノ百合さんほど綺麗な人はいないよ」
「本当に大袈裟です。紫陽宮様は」
「真実だよ」
ダメだ。延々と否定しても拒否しても、この会話が終わってくれない。
「夏葵ちゃん、行こう」
と、そこで助け船を出してくれたガーネットとともに先に舞台袖に行くことになった。
奏多はついてきたそうだったが、まだ衣装の最終チェックが残っているので諦めたようだ。
「ありがとうございました、ざくろさん。助かりました」
一息ついて夏葵の手をひいて歩いているガーネットに礼を言うと、首を横に振られた。
「大丈夫。好きにはさせない。夏葵ちゃんが好きだったらいいけど、迷惑してるならざくろは助けたい。だから、劇の途中でなにがあってもざくろに合わせて?」
好きにはさせない。
それは劇の稽古初日にも言っていた言葉だ。
ガーネットがなにかをしようとしているのはなんとなくわかったが、そんなにおおごとなことは大勢が見ている前ではできないだろうと思いながら、夏葵は頷いたのだったが。
劇が始まり、滞りなくシナリオが進んでいく。
理事長の書いた脚本を最後の部分だけしか変えなかったせいで、時折小人が小屋を料理で爆発させたり、熊をいじめて襲われかけたりという奇妙なところも意外に観客にうけいれられながら、とうとう最後の場面になった。
白雪姫が棺に入れられているシーン。
さすがは高宮東奥学園だけあって、初等部の劇といえど小道具もすごいもので夏葵とガーネットが入っている棺は硝子でできていて、全方位から見えるようになっていた。
本物の花を敷き詰められて眠ったふりをしているが、観客が見ているのがわかるので、小指一つ動かせないし、緊張する。
この後、王子役である奏多が登場して白雪姫を選ぶのだが……。
練習では夏葵だけを選び続けた奏多に、女子達から「一途で素敵です」と賞賛が送られていた。
夏葵の気持ちを無視して。
一途は美徳かもしれないが、度が過ぎれば悪寒がする。
でも、ガーネットも嫌がっているし劇の練習だからと我慢はしていたが。
今回は大勢の前で、それを実行に移されるのかと思うと正直……とっても嫌だ!
キスは寸止めだけれど、奏多の顔が間近なのは目を開けていなくてもわかるのも、悪寒+とりはだの要因だろう。
女子達は羨望や嫉妬の交じった瞳で毎回見てきていたが、変われるものなら夏葵だって変わりたかった。
もうすぐその場面。
我慢、我慢、我慢、我慢、我慢…………。
延々と心の中で唱えていると、客席がざわめいたのがわかった。
けれど、目を開けることができないので、なにに驚いているのかがわからない。
奏多の容姿に見惚れるなら、こんな驚きのような騒ぎではないはず……。
考え込んでいると、チュッと音をたてて左頬に柔らかいものが押し当てられた。
すぐにそれがなんなのかわかって、驚いて飛び起きればガーネットが可愛らしく微笑んでいた。
『白雪姫、わたし達に王子様は必要ありません。わたしはあなたと小人達がいれば、それで十分です』
まったく劇にはないセリフだった。
ポカンとしていると、今度は右頬にキスされた。
『それともわたしと小人達ではいけませんか? 王子様と幸せになりたいですか?』
『い、いいえ。白雪姫。私も私と同じ白雪姫であるあなたと小人達がいれば、それだけで満足です』
最初はためらいながら出た声は、最後にはきちんと声に出せていた。
そして、夏葵もガーネットの頬にキスをすれば、ガーネットは一瞬だけ目を瞠った後、
「夏葵ちゃん! 大好き!!」
夏葵に飛びついてきた。
けれど、すぐに白雪姫の顔になり
『王子様は皆の王子様。だから白雪姫には王子様ではなく白雪姫がいます』
『ええ。王子様は皆さんの王子様ですから』
ガーネットのセリフに同調して、夏葵もガーネットを抱きしめ返した。
あの後、実はすでに舞台に上がっていた奏多を置いてけぼりにしながら、急遽幕は閉じた。
それでも精一杯の笑顔を作って女子達の黄色い歓声を浴びていた奏多はまさしく二人が言った王子様そのもの。
『みんなの王子様』
女子から反感をかうこともなく、男子からもなぜだか「父さんに撮影頼めばよかった!」という悲鳴が聞こえた程度で場は丸く収まった。
まあ、先生達は白目になったり、大慌てで走り回っていたけれど。
奏多は…………龍之介に落ち込んでいるのを慰めてもらっていた。
ガーネットに恨みがましい視線を向けながら。
なぜ龍之介も奏多と同じ目をガーネットに向けるのかはわからなかったが。
「ざくろさん! ありがとうございました!」
「ううん! 夏葵ちゃんも合わせてくれてありがとう!」
白雪姫の衣装のままで行動していいと言われて、脱ごうとした夏葵の手をとってガーネットは会場を探索し始めた。
もう自分達の出番は終わっているし、クリスマス会は基本が舞台を見るのを自由にしていいというものなので、夏葵もガーネットと一緒にいることにした。
お互いに気分がとても良くてひとしきり笑い合っていると「藤ノ百合夏葵さん?」と優しげな声がかけられた。
振り返れば、その人物は夏葵を見て暖かく微笑んだ。
「洪流、菫様?」
「覚えていてくださったの? 嬉しいわ」
「はい。お久しぶりです。あの時は大変お世話になりました」
礼をとれば菫はガーネットにも目を向けて笑う。
「初めまして。私は洪流菫といいます」
「菜々月柘榴石です。初めまして」
ガーネットが頭を下げると、なにが嬉しいのか菫はずっと笑っている。
「劇を拝見しました。とても可愛らしかったです。白雪姫、お二人にとてもお似合いね」
「ありがとうございます。洪流様は本日はどうしてこちらに?」
「私も高宮東奥を卒業しているの。だから、今日は久しぶりにクリスマス会を観に来てみたの」
「そうだったんですか」
納得したものの、知り合いが出ているわけではないらしい。
久しぶりにと言っていたし、来た理由は絶対にあるのだろうが、わからない。
まあ、詮索することなど必要ないと思い微笑み返すと、菫は持っていたバックの中から小さな包みを二つ取り出して夏葵とガーネットに手渡した。
「可愛らしい白雪姫さん達に。リンゴのクッキーよ。よかったら食べてね」
「ありがとうございます」
二人して礼を言うと、菫は「じゃあ」と名残惜しそうな顔をして踵を返した。
「またお会いしましょうね」
急いでいるのか小走りで去ってゆく菫を見つめていると、ガーネットが不思議そうにぽつりと呟いた。
「リンゴのクッキー? あの優しい人、夏葵ちゃんを見にきたの?」
「違うと思いますけど」
けれど、白雪姫の劇をやるクリスマス会で偶然会った菫がリンゴのクッキーを持っていた。
これは偶然なのだろうか?
「クッキー食べよう。夏葵ちゃん」
まだ作って数時間もたっていないのか、いい匂いのするクッキーをガーネットは我慢できなかったようで夏葵も手をひかれて飲食のできるスペースへと移動することにした。
偶然だろうと思いながら。
二話UPできませんでした……。すみません。
閑話を挟んで次から章が変わり、初等部三年生編です。
いつも見ていただいている方々に感謝を。




