chapter3 「友達をつくりましょう」 初等部二年生編 ⑤
「凛夜、あなたもガーネットに言ってちょうだい! 藤ノ百合家のお嬢さんをお義母様になんて会わせるなって!」
ガーネットと母親である蛍の前に割って入ってきたのは、どうやらガーネットの兄のようだ。
ガーネットと違って、こちらは母親によく似ている。
母親の怒声に苦笑しながらも、ガーネットへ優しい瞳をむけて気遣ってくる。
「ガーネット、おばあ様に会わせると約束でもしていたのかな?」
素直にガーネットは頷いた。
「そっか。じゃあ、仕方ないね。母さんも落ち着いて。僕も同席するから、それで許してやってくれないかな。ガーネットも友達をおばあ様に紹介したいだけなんだよ」
「けどっ!」
「母さんの気持ちもわかるけど、ガーネットのことを考えてやってよ。ね?」
息子に諭されて反論できなくなった母親を宥めながら、凛夜はガーネットと夏葵に振り返った。
「おばあ様のところへ行っておいで。僕もすぐ行くから。初対面なのに失礼なことをしてごめんね。挨拶はまた後でね」
夏葵に申し訳ないという顔で謝る凛夜に否定しようとしたが、先にガーネットのほうが夏葵の手をひいて動いたため会釈しかできなかった。
「し、失礼いたします」
なんとか母親には声をかけて、その場をガーネットとともに離れる。
二人が足を進める間も、納得できていない母親は喚いて、それを凛夜が押し止めていた。
廊下を突っ切り、見えなくなったころにガーネットは盛大に溜め息を吐き出して、夏葵に振り向いた。
「ごめんね。夏葵ちゃん……」
「いいえ。少し驚きはしましたが、なんとなく想像していましたから。……想像を超えていましたけれど」
笑ってみせるとガーネットも、やっと笑ってくれた。
「ごめんね。お母様はおばあ様のこと、嫌いだから」
「どうしてなのか、お伺いしても大丈夫ですか?」
「理由はよくわからない。色々あるんだって兄様が言ってた。お父様とそのことでケンカすることもあるのに、ちっとも直そうとしないの。だから、嫌い。ざくろにはああしろこうしろってうるさいのに、お母様はちゃんとしたことができてない。そういうところが嫌い」
「そうですか……」
夏葵も母親のことを好いてはいない。
いや、関心がないの間違いなのかもしれない。
あの人がなにをしようとも心は全く動かないと自負できるほどには。
だからこそわかる。
嫌いとガーネットが言っていても、その感情の中には期待も含まれていることに。
直してほしいと願って、けれど、真逆の態度ばかり見させられて。
幻滅させられてばかり。
でも、まだ信じている。
その気持ちが、ガーネットの中にあるのが夏葵にはわかる。
母親のことはどうでもよくても、夏李を諦められない夏葵には痛いほど。
黙ってガーネットに手をひかれて連れて行かれた先は、綺麗な細工の施された扉の前だった。
「ここだよ。ちょっと待ってて」
そう言ってガーネットは中に入ったが、数分もしないうちに戻ってきた。
「きて! 夏葵ちゃん!」
遠慮がちに部屋に入ると、夏葵の部屋と同じぐらいの広さがあり、青を基調とした色合いの小物や装飾品が置かれている。
部屋の中央には天蓋付きのベッドがあり、そこで横になっていた人物がゆっくりと起き上がったのがわかった。
「おばあ様、夏葵ちゃんだよ!」
背中をガーネットに押されて、ベッドの傍まで来てしまう。
ベッドから身を起こした高齢の優しげな雰囲気を纏った女性は柔らかく微笑んだ。
「あなたが夏葵さん? 初めまして。わたしは菜々月桜です」
「初めまして。藤ノ百合夏葵と言います。ざくろさんとは親しくさせていただいています」
「ありがとう。ふふ。こんなに可愛らしい方とは思わなかったわ。それに、不思議な音がするわ」
ガーネットと同じことを言われて夏葵は驚いて顔を上げた。
目が合うと、穏やかに微笑まれる。
「うん。ざくろの言ったとおりでしょ」
「ええ。こんなに不思議な音を出している人がいるのね。驚きだわ」
ガーネットは嬉しそうに桜に話している。
母親への態度とは雲泥の差だ。
それほど懐いているし、感性も似ているのだろう。
今さっきの発言と同様な感じで。
その時にようやく夏葵は手に持っていた菓子折りに気づいた。
しまった、さっき渡しておけばよかったと夏葵はガーネットに紙袋を差し出した。
「ざくろさん、すみません。忘れていましたが、お菓子を持ってきたんです。よかったら皆さんで召し上がってください」
「そんなことよかったのに」
「私の好きなお菓子なので、ざくろさんに食べていただきたかっただけですからお気になさらず」
「うん。ありがとう」
「ざくろ、僕が預かるよ」
いつの間にそこにいたのか。
凛夜が夏葵とガーネットの背後にいて、優しく声をかけてくれた。
きっと気を遣って静かに部屋に入ってきたのだろう。
でも、その優しさは夏葵には少し有難くなかった。
悲鳴を上げそうになったのを懸命にこらえて、バクバクいっている心臓を落ち着かせようと深呼吸をした。
「兄様、ありがとう。でも、夏葵ちゃんを驚かせちゃダメ」
「ああ、ごめんね。話の邪魔をしたらいけないと思って。大丈夫かな?」
ガーネットが背を擦ってくれて、なんとか落ち着いた夏葵は首を縦に振った。
「はい。驚いてすみませんでした。先程は自己紹介をせずにすみませんでした。藤ノ百合夏葵と言います」
「僕はざくろの兄の菜々月凛夜です。よろしくお願いします」
夏葵とガーネットの視線に合わせて腰を落としてくれた凛夜は派手な見た目と違って、瞳は慈愛に満ちて優しい目を向けてくる。
なぜだか頬が赤らんでゆくのを感じながら、夏葵はぎこちなく頷いた。




