chapter3 「友達をつくりましょう」 初等部二年生編 ②
菜々月柘榴石。
龍之介から聞かされた当初、個人の名前だとは思えずに首を傾げてしまったが、千早曰く今『キラキラネーム』というものがはやっているらしい。
「ガーネット、まだいい名前ではないでしょうか」
そう言われて差し出されたネットから調べたであろう紙の束を差し出されて、見せられたものに卒倒しかけた。
「あ、あの、これは……?」
「ですから、それが『キラキラネーム』というものです。ご理解いただけましたでしょうか?」
頷きながら、すごい名前ばかりだなと思いながら目を用紙にはしらせる。
「菜々月家と言えば著名な音楽家を多く輩出している家柄でございますから、行哉様も苦言などはおっしゃられないかと思われます」
「あの……まだお友達にもなっていないんですが……」
そもそも夏葵と友達になってくれるのかすらわからない状況だ。
相手へ勝手に気持ちを押しつけるのはよくない。
普段押しつけられそうになっているぶん、夏葵自身そんなことはしたくはないのだ。
「そんな気弱なことではいけません! 大丈夫と自分自身に言い聞かせて行動あるのみです!」
「だ、大丈夫と言い聞かせる……」
「そうです! 行動あるのみ! 例え火の中であろうが水の中であろうが!」
「それができそうなのは千早さんだけです! あと熱くなりすぎです!」
「菜々月家のご令嬢様はお可愛らしいと評判です! 夏葵様とお友達になれば美少女二人の写真を撮り放題!」
「欲望がダダ漏れです!」
「夏葵様の可愛らしさは天使のごとく! それを写真におさめるのが私の仕事です!」
「それは仕事じゃないです! あと発言がとっても嫌な人を思い出させるのでやめてください!」
夏葵が制しても千早の興奮はおさまらないようで、夏葵は諦めて机の引き出しから、そっと耳栓を取り出した。
どうも変なスイッチが入ると千早はこうなる。当分は戻ってこないだろう。
それに慣れて、こうやって耳栓をしながら勉強を始めた夏葵は、悪い慣ればかり身に着くと溜め息を零さずにはいられなかった。
翌日、夏葵は学園の図書館の入り口付近の椅子に座り、目的の人物を気取られないように、ゆっくりと目だけで探す。
龍之介からガーネットは図書館によくいると教えられたのだ。
音楽室を借りることもたまにあるようだが、基本は上級生が先約でとっていってしまうらしい。
二年生であるガーネットの優先順位は極めて低い。いかに家が有名な音楽家であったとしても。
だから、お昼はご飯を食べた後は図書館でよく音楽書などを読んでいるとのこと。
龍之介がやたら詳しいので、もしかしてガーネットのことを好きなのかと聞いてみたら、途端に不機嫌になってしまった。
ガーネットは可愛いから男子に人気で、そういう情報が聞きたくなくても入るだけだと返されたけど、最後まで機嫌は直らなかった。
なにかいけないことでも言ってしまったのだろうか?
龍之介とはあまり話をしないので地雷がわからない。
まあ、今度会った時にでも理由を聞いてみようと思いながら視線を巡らせていると、目的の人物が目に入った。
奥の窓際でぼんやりと本を読んでいる少女。
淡い銀髪の天然パーマな髪を後ろで一つにまとめて、制服は若干着崩している。
可愛いと同性なのに、そう思った。
優しげな大きい瞳に桜色の唇。肌は白く背は自分よりも若干小さい。
守ってあげたくなるような、そんな雰囲気を醸し出す菜々月柘榴石。
男子の間で可愛いという評判なのも頷ける。
と、本人を確認できたのはいいとしても問題はここからだ。
どうやって友達になるか。
選択肢一「お友達になってください」と堂々と言う。
……………………今の勇気のなさでは無理に等しい!
選択肢二、さりげなく音楽の話題を振ってコミュニケーションを図り、徐々に友達になる。
悪くはない作戦だが、音楽の知識に関しては乏しいことばかりだ。
逆に音楽のことを質問してみるのはどうだろうか?
……質問ばかりで相手を疲れさせそうだ……。
選択肢三、偶然を装って至るところで出会ってみる。
はい、無理です。
そんな時間の余裕はないし、相手の行くところ行くところに現れるなんてストーカーだ!
必死にどうしようか考えている内に時間だけが経過していく。
休憩時間も後10分となって、今日はもう諦めて明日またなにかを考えようと読むふりをしていた本を閉じた時だった。
「……綺麗」
「はい?」
声のしたほうに振り向いて、夏葵は勢いよく仰け反りそうになった。
「あなた、名前は?」
外見通りゆっくりと話し出す声。
そこには友達になりたいと今さっきまで見つめていた少女、菜々月柘榴石がいた。
蹲って夏葵を見上げながら。
「ど、どうしてそんな恰好なんですか?」
動揺して、どもりながらも尋ねた夏葵にガーネットは「うん?」と首を傾げた。
「こうしたかったから」
どう返答したらいいのだろう……。
「ねえ、名前は?」
「え? 私のですか?」
「うん。名前。ざくろは菜々月柘榴石って言います」
ざくろ?
名前の漢字が柘榴だから?
「私は藤ノ百合夏葵と言います」
「夏葵ちゃんだね。今日からざくろの友達になって?」
「へ?」
友達になりたくて機会を窺っていた相手から、友達になってくれと言われた。
なんていうか、都合が良過ぎませんか?
なにかの陰謀ですか?
そんなことをぐるぐると考えて、頭を机にぱったりと落としてしまう。
「夏葵ちゃん? お~い、夏葵ちゃん」
ガーネットの夏葵を呼ぶ小さな声が休憩時間終わりまで、人がまばらになった図書館に響いていた。




