chapter3 「友達をつくりましょう」 初等部二年生編 ①
「友達をつくりましょう、夏葵様」
「へ?」
千早から唐突に言われた意味がわからずに間抜けな声を出してしまった夏葵は、持っていた紅茶のカップを置き、しばし考え込んだ。
けれど、浮かんでくる返し方は一つだけ。
でも、なんだかそう返してはいけないような気がして夏葵は明後日の方向に目を向けた。
初等部二年生に進級して早数日。
奏多から逃げるのもだいぶ慣れて、あしらい方も心得はじめた。
無意味なものを習得してどうするんだろう? とは夏葵自身思わないではないが、奏多の想いを受け入れる気がない以上は仕方がない。
友達をつくりましょうと千早は言うけれど……。
奏多から逃げている自分に近づいてくるのは奏多とお近づきになりたい子ばかり。
後は遠巻きに妬みの視線を送ってくる相手。
勉強は奏多よりもできていて、教養も深く、なにより藤ノ百合家の娘ということで花蓮のように手出しはしてこないが、陰口を言っている子なんてすぐにわかる。
じっと夏葵の言葉を待っている千早に言いにくいが言わなければいけない。
「えっと……無理、だと思います」
「どうしてでございますか?」
「紫陽宮様が私を追い回している間は女子達はそっぽを向くか、紫陽宮様と仲良くなりたい子だけが私に近寄ってきます。紫陽宮様に興味を抱いていない同性を探し出すのは難しいです」
「ですが可能性はゼロではありません」
「そう、かもしれませんが……」
「話しかけることなどできない。恥ずかしいという理由でしたら却下いたします。これは夏葵様専属メイドとしてではなく、家庭教師としての宿題だと思ってください」
「宿題?」
「はい。宿題です。今年一年の」
なんともまあ長い宿題だ。
そんなに友達できないように思われているのかと、内心ちょっとだけへこみそうになる。
「夏葵様、今の時間は今だけのものです。私は夏葵様に後悔する道を選んでほしくはないのです」
「……千早さんがいるからいいです」
「嬉しいお言葉ですが、私は夏葵様と学業をともにしたり遠足などの行事に一緒に参加はできません。それに友達といて楽しいと思う感情を夏葵様に味わっていただきたいのです」
確かにそういう相手がほしいとは思わないではない。
けれど、至難の業のような気がする。
結局「はい」と言わされてしまい、友達をつくるという宿題をかせられてしまった。
悩みに悩んで、夏葵は龍之介に話を聞いてみることにした。
彼だったら奏多の傍にいるので、奏多に興味のない女の子を知っている可能性が高い。
放課後を待って龍之介のクラスに行くと、今日は日直なので先生にノートの提出に行っているという。
教えてくれた女生徒に礼をして、夏葵は龍之介を探して職員室に向かった。
そして、丁度職員室から出てきた龍之介を発見して、小走りで近づく。
「神津君」
「藤ノ百合さん? どうしたんだ? 職員室に用事か?」
呼びかければ驚いた表情で夏葵を見てくる。
「神津君に少々お聞きしたいことがありまして。今、少しお時間よろしいですか? ここで大丈夫ですので」
職員室の付近には今は誰も通っておらず、話しやすい。
それにわざわざ人目につかない場所に行くのは、誰かに見られていた場合やっかいな噂となって学園を駆け巡るだろう。
「大丈夫だが、俺に聞きたいこと?」
「はい。神津君は紫陽宮様に興味をもたれていない女生徒を知りませんか?」
「は?」
「ですから、紫陽宮様に興味をいっさいもっていない女生徒です。御存知ありませんか?」
「……それなら、俺の目の前に、」
「私のことを神津君にわざわざ聞いたりはしません。ふざけていますと怒ります」
ちょっとだけ怒ってますという意思表示で、ニッコリと笑うと龍之介は背筋を正した。
「悪かった! 悪気はないんだ! だが、奏多に興味のない子とは難しい質問だな」
「やっぱりそうですか」
「ああ。奏多は同級生や年下はもちろんのこと、年上にも好かれる」
花蓮のことで、それは身に沁みてわかっている。
「この前は最上級生に告白されていたからな」
「は!?」
驚愕してしまって、思わず大きな声を出してしまう。
最上級生!?
二年生で!?
六年生に!?
聞きたいことがすべて顔に出てしまっていたのだろう。
龍之介が頷いたことで、なんともいえない顔を作ってしまう。
「その時の断りの返事が『僕には心に決めた方がいます。一生をかけて振り向かせるつもりです』だった」
「聞いていませんので言わなくて結構です!」
もしかしたら六年生にも花蓮のような厄介な人が出てきてしまうかもしれない。
でも、二年生に進級して一月は経過している。
花蓮のように夏葵に絡んでくる人間は、今のところいない。
まあ、最上級生が二年生に妬むのは人間性が疑われるだろうし、藤ノ百合家の娘というのも手を出せない要因の一つかもしれない。
そこまで悶々と考えて、今はこんなことを考えている場合じゃないと我に返る。
「……無理そうですね」
そこまで女の子にモテるなんて、これはもう友達作りは諦めるしかないかもしれない。
そう肩を落とした時、龍之介が思い出した! と声をあげた。
「同級生に奏多にいっこうに目もくれない人間がいたな。奏多と同じクラスなのに目で追ってこないから、珍しい子だと思っていたんだ」
「どうしてそういう子のことを、すぐに思い出されないんですか!?」
「い、いや、俺にとっては藤ノ百合さんの奏多への対応のほうが強烈で……」
「お名前を教えてください! どんな方ですか!」
顔を龍之介に近づけて、自分よりも高い背丈の龍之介の肩に手を伸ばして揺する。
なぜだか顔を真っ赤にさせた龍之介は名前をしどろもどろになりながら、教えてくれた。
菜々月柘榴石だと。




