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chapter2 キング&ルーク 初等部一年生編 ⑥

八月の前半、親族達が一堂に会するということで、豪華なホテルの一室を借りきって集まることとなった。

あまり着るのが好きではないドレスを着させられ、ネックレスにイヤリングと飾りつけられる。

夏李はドレスを着るのがすごく好きみたいだったけれど、夏葵は逆に嫌いだった。


そういえば、あの牢でもボロボロのドレスを母は脱がなかったなと思い出す。

裾のレースはとれ、純白だっただろう色は汚れのせいで茶色と黒の入り混じったものになっていても、決して服を変えることはなかった。


嫌なことを思い出したなと思っていると、顔に出ていたのか仕度をしてくれていた千早が鏡台の前に座る私に笑いかけてくる。

「夏葵様、とても可愛らしいですよ。夏葵様は黄色がとてもよくお似合いですね」

「そうかな……。派手であまり好きじゃない色なんだけど」

「夏葵様は明るい色が似合いますよ。好きではないのなら、これからお好きになればいいんです」

「……なれるかな」

「なれますよ。自分に似合うだけで、女性にとっては好きになる要素の一つですから。私も似合うと周りから言われて嫌いな色を好きになりました」

「……好きになれるように頑張ってみます」

千早の言葉はいつもストンと夏葵の心に落ちてくる。

本当に自分を見てくれている。好きでいてくれる。心配してくれるからなのだろう。

千早の包容力の高さも一因ではあると思うけれど。

「千早さんみたいな男の人がいいな。結婚するなら……」

無意識に漏れてしまった本音に、千早は真顔で悩んだ後、

「性転換はさすがにできかねます」

「望んでいません! 斜め上に考えないでください!」

からかわれるだけなのでやっぱり千早さんみたいな男性はやめよう。






「お久しぶりです。行哉様、夏葵ちゃん」

「お久しぶりです。小父様」

「まあ、可愛らしいこと。久しぶりね、夏葵ちゃん」

「小母様もお久しぶりです」

ホテルに到着してから、父の隣でずっと愛想笑いを浮かべながら完璧な淑女の礼をとり挨拶すれば大人達は褒めちぎってくる。

今日一日の我慢と思っても、これが延々と続いているから結構つらい。

隣に父がいるので気を抜けないのも、かなり精神的に苦痛だ。

そして、室内の隅でこそこそとかわされる噂話も嫌だ。


眞藤しんどう家は夏李ちゃんをひきとったみたいだが、行哉さんは夏葵ちゃんを引き取って正解だったな。参加するパーティーで噂をよく聞くが、礼儀がなっていないと主催者側の人間を怒らせて追い出されたパーティーもあったらしいぞ。薫子さんもどういった教育をしているのだか」

そういえば千早が父に命じられているのか夏李のことを調べているらしく、定期的に上がってくる報告書を見ながら「ヒロインとしてのぼせあがっているのでしょうね」と辛辣な言葉をはいていた。

聞こうと思えば聞けたけれど、あえて夏李のことは千早からも父からも夏葵は聞こうとはしなかった。

聞いたら会いたいと思ってしまう。

そうして会っても夏李は嫌がるだろう。

それぐらい予想はできていた。

いつか、夏李のことを平気で尋ねられる日が来るのか、今の夏葵にはわからない。

どうしたって高等部では会うのだから、それまでに自分はどうあるべきなのか、まだ掴めないのだ。


親族達で賑やかな食事を終えて、行哉が談笑していると、いきなり厳しくも凛々しい声がかかった。

「行哉」

少しだけ不機嫌を滲ませた声音。

声のほうに振り向けば掬子伯母様が父を睨んでいた。

挨拶を交わさなかったため、今日はもしかして来ていないのかと思っていた。

「久しぶりですね。わたくしに挨拶がなかったのは意図的だとわかっていますが、やはりいい気分ではありません」

わざとしなかったのかと父に溜め息が零れそうになる。

夏葵にはキチンとしていろとか恥になる行動は控えろと常々言ってくるのに、自分は姉を無視する行いを親族達が集まる中でして恥ずかしくはないのだろうか。

「これは姉上、挨拶をしなかったのは姉上も人に囲まれておられたからですよ。特に他意はありません」

嘘つけ!

口に出せない代わりに白々しいと思う目を向けてしまう。

「まあいいでしょう。夏葵、久しぶりですね。元気にしていましたか?」

「掬子伯母様、お久しぶりです。はい、つつがなく日々を過ごしております」

立ち上がって礼をすれば、一瞬だけ掬子の目に動揺がよぎったように見えた。

「夏葵、お話があるのよ。一緒について来てもらえるかしら?」

「はい。わかりました。それではお父様、行ってまいります」

掬子の話というのがなんなのかわからないし緊張するが、この場所にいるよりだいぶ楽だ。

そのまま掬子の後についていき、掬子が用意していた別室に通される。

「あの、掬子伯母様? お話とは?」

部屋に入るなり背をむけたままの掬子に問えば、なにも返事が返ってこない。

「掬子伯母様?」

不思議に思い一歩踏み出した直後、いきなりこちらに振り向いた掬子に抱きしめられた。

「ふえっ!?」

驚き過ぎて奇妙な声が口から飛び出してしまった。

抱きしめられる力はどんどん強くなり、我慢できなくて「痛いです」と言っていた。

「あ、ご、ごめんなさいね。いきなり」

我に返った掬子はすぐに身体を離したが、肩に置かれた手は未だに強いままだ。

「夏葵、なにかしてほしいことはないかしら?」

「して、ほしいことですか?」

「ええ。なんでも言ってちょうだい。できる限り叶えるわ」

いつも厳しい眼差しはなりを潜めて、今は穏やかに夏葵を見ている。

「いえ、特には……」

「本当に? なんでもいいのよ」

どうしたというのだろう。

前回会った時とまるで違う。

してほしいことはないし、掬子にお願いしようと思うこともない。

考えあぐねていた時、ふと先程の親族達の噂話が頭を過ぎった。

「あの、掬子伯母様……してほしいことではありませんが、聞いてみたいことがあります。よろしいでしょうか?」

「なにかしら?」

「…………どうしても叶わないのに願ってしまうことを諦めるにはどうすればいいのでしょうか?」

虚を突かれたように掬子が驚き、黙り込んだ。

けれど、数秒置いて掬子なりの「答え」が返ってきた。

「すぐに諦めるのは無理よ」

「どうして、ですか?」

「諦めようと思っている間は諦められないものよ。でも、時間が経てばゆっくりと受け入れられるのよ。諦めというものを」

「時間が経てば……?」

「そう。だから今は辛いでしょうけど、時間が経つのを待つしかないわ」

千早の言葉のように、それは夏葵の心に響いた。


いつか時間が経てば、夏李のことを諦められる?


今の夏葵にとっては夢にも近いことだけれど、時間はどう経過してゆくかわからない。

今は受け入れて進んでいくしかない……。


夏葵は下げ気味だった顔を上げて、掬子を見た。

「わかりました。ありがとうございました、掬子伯母様」

「いいえ。いいのよ」

会話がひと段落した瞬間、まるで狙っていたかのように扉がノックされた。

『おばあ様、入ってもよろしいですか?』

「大丈夫よ。入ってきてちょうだい」

掬子の返事に扉が開き、入ってきたのは夏葵と同年代ぐらいの少年だった。

天使がそこにいるような、繊細な顔立ちに思わず目を瞠る。

奏多は華やかな容姿をしているが、この子は綺麗だけれど男の子だとすぐにわかる利発さがある。

その少年も夏葵の存在に気づいたのか、夏葵を見て同じように目を瞠っていた。


なにかおかしな所でもあっただろうか?


「夏葵、この子は私の孫の理人りひとです。理人、私の姪の夏葵よ。夏葵をこのホテルの庭園を案内してあげて。大人達に交じって疲れているようなの。理人もでしょう?」

「わかりました。夏葵さん、いきましょう」

「あ、はい。それでは掬子伯母様、後程また」

礼を取り、初めて会った少年の後を追う。


だから、その後、掬子がたった一人になった部屋で呟いた言葉を聞けるはずはなかった。



「わたくしがあなたができなかったことをするわ。きっと夏葵を守ってみせる。約束するわ。カルミア……」







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