王の居場所
なんとなく思いついて書いてみました。
「アルバノートッ、貴様裏切りおったな!!」
「ふん、先に裏切ったのは貴様らであろうに…」
私は、高みから喚き散らす者――この滅びゆく国の国王を見下している。
見下ろされることは反吐が出るほどに体験したが、存外見下ろすのは気分のいいものだったようだ。惜しむらくは、今腰かけているのが玉座ではなく車椅子ということか…。
私の名はアルバノート・リュイ・フォースミラン。生まれは侯爵家の次男であり、元王太子だった。
侯爵家次男の私が王太子になった経緯は何とも情けないことだが、王族の不祥事によるところが大きい。
元王太子、いや現王太子殿下は数年前どこの誰とも知らぬ女性と恋に落ちたのだ。当然、国王はその結婚に異を唱えた。かの王太子は公爵家つまりは王弟殿下のご息女との婚約関係を結んでいたのだ。それを側室にするのならばともかく、彼女との婚約を破棄して見ず知らずの女と結婚するなど許されるわけがない。
それを告げられた王太子は国外に逃亡。いわゆる駆け落ちをした。
本来ならばこれにより第二王子が王位継承権第一位に躍り出るはずだった。
しかし、かの王子は脳筋だった。英雄に憧れ、英雄になるべく国を飛び出していった。
更には王弟殿下は王位継承権を放棄して公爵家当主の座についており、その娘は婚約破棄のショックで自害している。
数多くの悲劇が重なり、王位継承権十八位というほとんど王族と血縁などない私に白羽の矢が立った。おそらく両親が死去しており、傀儡として扱いやすかったというのが原因だろう。兄は両親が健在の頃に隣国の王女へと婿入りしていたというのもあったかもしれない。
暫定的な王太子となった私は試用期間として新たに領地を与えられた。両親に恥じぬよう、そしてこの国を良き方向へ導くように努力をした。
そのおかげで領地は王都に負けず劣らずの発展を遂げた。
領地の民が、国民が私の王位継承を待ち望む声がとても誇らしかった。
しかし、私の試用期間終了および王位継承の儀の半月前に事態は一変する。
元王太子が連れ立って逃げた女性と赤ん坊を抱え、帰国したのだ。
私をはじめ多くの者が恥知らずと罵ったが、かの王太子から告げられた言葉に愕然とさせられた。
「我が妻は、身分を隠していたが大国の第三王女である」
聞き覚えのある国の名前、さらには身分を証明する品を次々と見せられ……そして、赤ん坊を愛おしそうに抱き上げる王を見て、私は愕然とした。
「おおっ、アルバノート丁度良い所に!」
王のその笑みが私に絶望をもたらすことなど容易く想像できた。
案の定、私は王太子の任を解かれた。王太子は何事もなかったようにまるでそこがあるべき場所だとでも言わんばかりにかの人物の下へ帰っていた。
赤ん坊が男の子だったということも要因だったのだろう。
王太子が帰ってきたタイミングこそ恨んだものの、赤ん坊を恨むわけにもいかずまた孫が出来れば人は変わるものだと諦めることにした。
そう、これだけだったら、諦めることはできた。
悲劇というのは立て続けに起こるもので、王太子が帰国してから三日後。今後は第二王子が帰国した。それも英雄としての凱旋だった。
第二王子は世界の果てで暴れまわっていたドラゴンを討伐し、多くの国の滅亡の危機から救ったのだそうだ。
これにより、私が育て上げ返還された領地は第二王子に与えるために取り上げられた。
「…すまぬなぁ、アルバート」
口ではそう言っているが、王の顔はにやけていた。
(あぁ、私は頑張りすぎたのか…)
この時になって私はようやく悟った。私は頑張りすぎたのだと。私の努力は王族が傀儡にするよりも搾取する方が利益をもたらすと思わせてしまったのだと。
そして、私は辺境も辺境。国の果てに追いやられた。
領地にあるのは私が住むための屋敷だけ。領地には草木の一本も生えておらず、砂漠のように砂地だけが広がっていた。
しかも、領地とは名ばかりでそこには人は私以外住んでいなかった。いや、生き物は私しか住んでいなかった。
王は元の領地から好きな人材を連れていってもいいと言ったが、それは口先だけでいざ要請した人材は領地運営に詳しくない第二王子や国政に必要な人間としてすべての人材を私から取り上げた。その代りに、国に不要な人材――ほとんど犯罪者紛いの人間たちを私の領地に派遣すると言ってきた。
わびの印ということだが、ただの押し付けだ。
当然、私は断った。そのような人材は不要と。だが、それは罠だった。
国王はせっかくの王から下賜された人材を断るなど、反逆罪に等しいと私の爵位を男爵にまで取り下げた。
「……もうすぐ死ぬのか」
私は迫りくる足音を立ち上がる力も入らない状態で感じていた。
現在、この国は他国に侵略されてようとしている。
最近勢力を拡大してきた国で、王太子妃の母国も滅ぼしたという国だった。このまま行けば私の領地が真っ先に蹂躙されることになるだろう。
「…領地など名ばかりだがな」
自虐気味な笑みが浮かんでくるのを感じる。
この領地では食糧も水もない。
私は、隣接する領地から私財を叩いて買うしかできない状態だった。私財も底をつき、ここひと月碌に食事をしておらず水も飲んでいないため、もはや力も入らん。
運の悪いことに、この国に英雄はもういない。
第二王子はかつて私が育て上げた領地を見るも無残な姿へと衰退させ、英雄として豪遊していた時代に出会った女性に刺されて殺されたのだそうだ。
大軍が私の領地を素通りしていくのを感じる。
「……そうか、私の領地は攻め入る資格もないのか」
自嘲する気にもなれん。
そう感じた時、屋敷に近付く気配を感じていた。
「アルバノートよ。どうする?お主がやりたいのならば、やらせてやるぞ?」
玉座に座っている女性からの言葉。
今の私の主であり、攻め入ってきた国の王女にして私の愛しい妻。
彼女の言葉で私は必死で懇願してくる国王とガタガタと震えている王太子と王太子妃。その姿を見て、どうでもよくなった。
「いや、こんな奴らは殺す価値もない」
私はこいつらに手を下してなどやらん。その意思を伝えた瞬間、眼下では彼女の部下が王たちの首を切り落とした。
そうして我が国の歴史は幕を閉じた。
かつて最も王に近く、王になるべきだった男は攻め入ってきた敵国の王女を妻として迎えた。その後妻と共に、王族を滅ぼし妻ともども属国となった国の大公としてその生涯を終えた。
前王によって冷遇された時期の後遺症で歩くことすらできなくなっていた男だったが、最後は家族に看取られながらのとても安らかな最期だったという。
一部ミスを訂正しました。