流されたらそこで試合終了
「赤城理乃______ 好きだ。俺と結婚しろ!」
夜景が綺麗ということで有名な、都内で有数の超高級レストラン。
夜景が1番よく見える窓際の席に案内され、料理を注文し、しばらくすると葡萄ジュースが出された。
私はこんなもの頼んでいないのだが、とウェイターさんに言おうとすると、何故か一緒に来ていたクラスメイトに止められる。
どうやらこれは彼が頼んだものらしく、それならまあ良いかと飲もうとすると、グラスがカラン、と音を立てた。
普通ならこんな音はしない。
仕方なくグラスの中をよくよく見てみると、中に指輪が入っていた。
恐る恐る取り出してみると、こういうものは素人である私でさえ分かるような大きいダイヤがはめ込まれている。
何が起こったのかまったく分からないまま呆然としていると、正面に座っているクラスメイトは窓を見ろ、と小さくつぶやき、私も視線をそちらに向ける。
すると、遠くにあったビルが次々とライトアップされ、“理乃、愛している”と文字が浮かび上がった。
それを見てさらに呆然としている私に、彼は何を勘違いしたのか、頬を林檎みたいひ真っ赤に染めてこう言った。
“赤城理乃、好きだ。俺と結婚しろ”
九条司。
真っ黒なくせ毛の髪に真っ黒な瞳。
そういうのに疎い私でも分かるくらい、容姿は整っており、いわゆる“美形”というヤツだ。成績も学年1位、スポーツはどうか分からないが、それなりに出来るのだろう。
そして、彼は世界に名を轟かせるような大財閥、九条財閥の長男____ つまり、跡取り息子なのである。
つまり、それは世の女子たちにとっては超・優良物件なのであり、そのスペックでかなりモテる。
私といえば、一般的に御曹司・お嬢様ご用達と言われる響宮学院にギリギリで入学出来るような中小企業の次女であり、つまりは取り引きを有利にするような企業の息子に嫁ぐくらいしか出来ることはない。
恋愛に夢を見ていたわけでもないし、私は政略結婚で構わなかったのだが。
目の前の男は、それが嫌だったらしい。
九条君と私の関係は、一言で言えばクラスメイト、これに限る。
初等部のころから同じクラスというかなりの腐れ縁で、小学5年生くらいのころからよく話すようになった。
よく話す、というより向こうが一方的に話しかけてきた、というのが正しい。
まさか九条財閥の御曹司に変な態度を取れるわけもないので、仕方なく話していると、九条財閥が経営している遊園地やら動物園やら水族館に誘われるようになった。
これも同じ理由で断れないので、一緒に行き、彼と私の関係は時々遊びに行く、男友達、女友達、という風になった。
当たり前だが、それを面白く思わない九条ファンのお嬢様たちは、ある日を境に私に仕掛けてくるようになった。
靴箱の中に画鋲を入れたり、鞄の中に虫を入れたり。帰宅して筆箱を開けたら、Gが5匹くらい出てきた時はさすがに驚いた……
そして、放課後、彼が帰宅して校舎に私しか残っていない時は、いきなり黒服たちに拉致され、よく分からない説教をされたりもした。
何なんだろう、アレは。
彼と話したり遊びに行ったりとしたら、中小企業の娘風情が生意気だと言われ、逆に遊びに行くのを断ったりすると何で九条様のお誘いを断るのか、中小企業の娘風情が生意気だと言われる。
私はどうすれば良いんだろうか……
まあ、そんなことが1年も続いて私もすっかり慣れきった頃にはいくら鈍感な九条君でも気付くわけで、私を呼び出ししているところを彼に見つかり、私に色々してきたお嬢様たちは何故か退学になった。
別にそこまではしなくて良いとも思うのだが、彼はそれでも嫌らしい。
でも、さすが九条財閥と言いたくなる。
確か、九条家がこの学院に1番寄付している額が多いんだっけか。それで、学院も九条財閥に逆らえない、と。
…… さて、現実逃避もいい加減にしよう。
九条君は、今、何て言った? 確か、俺と結婚しろと言った。
つまり、これはプロポーズだ、うん。
でも、プロポーズって普通、恋人通しになってからやるものであって、私はまだ告白もされていない。
というか、まず、彼から好意を抱かれているということも初めて知ったぞ。
ワイングラスは良いとして、ライトアップはやり過ぎだろう、これは地味に恥ずかしい。
それに、九条君くらいならこんな高級レストランでも個室を取れるだろうに、一般席に案内されたのは、衆人環視の前でやるためだよね。拍手してもらいたからだよね。
ライトアップまでされたらさすがにレストラン内のお客さんは嫌でも気付くわけで、彼らの視線は私に注がれている。
そのお客さんの中には、サクラと言っていいのか分からないが、九条家の使用人が半分を占めている。
今言えばデートだと思う遊園地やら動物園やらの時に会った、九条君が爺と呼んで慕っている野山さんやSPの黒サングラス、ボブさん、乳母の三沢さんたちが分かりやすい変装で私たちを見ている。
その手にバレバレだけど隠しているものは、クラッカーか。よく見れば私が知っている人たちは、皆、持っていた。
それ以外の普通のお客さんも、何故か輝いた目で私たちを見つめているし。
この様子だと皆、私が断る可能性など微塵も考えていないな。
確かに、周りは祝福してくれるだろう。
私の婚約者になりそうな企業の息子だって、九条財閥には叶わないだろうし、両親は確実に喜ぶ。
私をいじめていたお嬢様たちも、九条司の婚約者となれば手を出しずらくなるし、せいぜい影で悪口を言われるくらいだ。
だが、そういう利益云々じゃない話になると、私は九条君を好きではない。
確かに、守ってもらったことは感謝しているが、彼の認識は男友達、これだけだ。
断ったら私、赤城家から勘当されるのだろうか。そうだよな、当然、九条財閥の御曹司に泥を塗ったのだから。
だけど、私の人生は私のものだ。
「…… ごめんなさい」
「______ は?」
____________________
「何故だ! この俺のどこが気に入らない!?」
「すみません、本当にごめんなさい!」
結果からすれば、私は勘当されなかった。
何でも、大切な取引先の3社が九条財閥と敵対している会社の下請け会社だったとか。
ここで九条君と結婚してしまえば、いかに九条財閥の支援があったとしても、経営が出来なくなってしまっていたとか。
私も今まで通り、響宮学院に通えるらしい。
学院内では、直接的な行動はないといえど、嫌味や悪口は普通に言われた。
まあ、それは良い。
問題なのは、九条君がプロポーズを断った今でも私を好きだということだ。
学院内では普通にアプローチしてくるし、本当にやめてほしい。
これが、九条ファンのお嬢様たちが呼び出しやらを出来ない原因だ。
「恋人からでも、恋人からでも、な!?」
「それ普通友達からでもですよね…… 申し訳ありませんが、いかに流されやすい私としても、それだけは本当に!」
この私の腰にしがみつく男は、今まで私が彼のことを好きで、両思いだと疑わなかったらしい。
…… 何というか。
「好きだ、結婚しろ! 恋人になれ、愛している! アイラブユー、ジュテーム、イッヒリーベディッヒ、ウォーアイニー、イクホウファンエ、サランヘヨ、ヤリュブリューティビャ、ニナクペンダ、アロハヌイ…… ああそうか、やり方の問題なのだな! そうか、それじゃあいきなり強引にキスするのか、それとも抱きしめて耳元で囁くか、押し倒すか、クロロホルムを染み込ませたハンカチで気絶させ起きたらベッドに鎖で縛り付け永遠にそのままか、今俺が思いつくのはこれだけだが何かリクエストがあれば言え! その言い方でやってやる!」
「言語の問題じゃないです、というか最後の方とか何語ですか! 少女漫画とかでありそうなやり方ですけど、そりゃあ好きな人にやられたら嬉しいかもしれませんが、好きじゃない人にやられたらただ不快なだけですよ!? 後、仮にも最後のは絶対にやらないで下さいね!」
「最初から英語、フランス語、ドイツ語、中国語、オランダ語、韓国語、ロシア語、スワヒリ語、マオリ語だ! ということは、最後以外はやって良いということだな!」
「そういうことでもないです!」
______ まあ、とにかく。
思わずうん、と頷いてしまわないように。
流されないように、頑張ろう。