第九話 141.12
「おい! ここは餓鬼の遊び場じゃねーんだぜ? どうせスラムから来た餓鬼だろうがな」
「帰るから金をくれ」
「やっぱスラムの餓鬼かよ。シッシッ」
ペンタゴンダイブの入り口、遊園地のような作りの入場口のある場所で、迷宮内の注意事項や違反行為、ご丁寧にも心構えなどが記載された看板を見ていると、三下丸出しのナマズ髭の男に絡まれた。
これ幸いと、同情するなら金をくれと懇願するも失敗した。
次の機会があれば不幸自慢路線で行くか。
あっち行けよと手を振り払っている三下丸出しナマズさんも初心者っぽいじゃないの。
俺と並んで迷宮内について書かれた看板を見ているじゃないですか。
ナマズさんは無視して情報を集めよう。
ホテルにあった書籍を読むにはチェックアウトの時間が迫っているだろうと勝手に判断して、ホテルを後にしてしまった。
ギリギリまで粘り、書籍の中を隈なく読んでおけばと思っていたが看板に書かれた情報だけでも最低限のペンタゴンダイブの内情を知ることは出来た。
忘れない内に要点だけを整理しておくか。
■ 迷宮は五角形の柱状の構造で、第一階層は地上部分にあるが、第二階層より下は地中内にある。
■ 地下迷宮内では暗闇が支配する為、大規模な公共政策によって各階層の地面には迷宮内に多く含まれる特殊なガスを光源に変換する機器が等間隔で埋め込まれている。
■ 迷宮内は階層によって環境や地形が異なる。平坦な地形が広がる階層もあれば、迷路のように入り組んだ通路で構成された階層も存在する。更に下層には地底湖や灼熱地獄が広がる火山層があるとされている。
■ 最深部がどこまで続くのかは不明。百とも千とも言われているが、現在、ペンタゴンシティーの迷宮整備の進捗度は第四十三階層までである為に、これより下の階層を攻略するには自前で照明機器を用意する事が必須となる。
■ 迷宮内に生息する生物の死骸から採取出来る「核」をペンタゴンシティーの認可を受けていない店舗、個人へと売買する事の禁止。
こんな所かな。
あとは一番重要な事で、これは既に知っていた事ではあるが、迷宮内に存在する生物は地上の生物とは根本的に違い、第一階層に生息する最下級種と言われている一メートル前後の体長を持つグレートキャタピラー(通称:芋)ですら、一般の成人男性が素手では太刀打ち出来ない危険な生物とされているという事だ。
しかし、迷宮内の不思議生物の強さの参考が一般成人男性が「素手」の場合となっている事からして、銃火器の使用が可能であれば、さほど苦戦するような相手ではないのかもしれない。
安価ではないだろう弾薬や、銃本体の価格、整備に掛かる費用を考えれば赤字になる可能性も大いにある。
そもそも、この見てくれと身分証明が出来ない時点で銃火器の携帯は論外ではあるが。
いつかは手に入れたい。
アサルトライフルを使い、迷宮内の中で暴れたいのは男の子の憧れってもんだ。
弾薬切れやジャムったりしてオロオロするのが落ちなんだろうけども、それでもだ。
そもそも、この世界じゃラインのコレクションしかほとんど見た事がないが、リボルバーの拳銃自体ほとんど見る事が無かったし、ジャムなんて早々しないだろう。
あー、ぶっ放したいなー。
曲げるだけしか出来ない、この地味っぷりの血が騒ぐなー。
イカンイカン。
また妄想の世界にトリップする所だった。
まずは日々の糧を稼ぎつつ、安全な寝床の確保をしてお金を貯める。
迷宮生物を殺め、核を取り出し、売る。
この目的は迷宮に挑む者達の共通の目的だろうし、パーティーを組むには同一の目的を持つ者達が集う場所があるはずだ。
単独で潜る必要が非常に高そうではあるが、ダメ元でそういった場所へ行ってみよう。
俺は今、パーティーメンバーを求め合う場所の見当が付かなかったので、迷宮入り口で出待ちしている。
ジェノヴァ出身の猿を肩に乗せていたあの男の子よろしく、俺も「忍」の一字を胸に刻み待ち続けている。
目的の人物というより集団は迷宮にパーティーを組んで潜っている人達だ。
固定パーティーであれば迷宮から帰還すればすぐに宿なり住居、酒場や商店へと足を向けるだろう。
よくよく考えれば、迷宮生物の死骸から採取出来る「核」を卸す店舗や個人すら知らないのだ。
パーティーメンバーを探す場所を知る前に、核を卸せる店舗の場所を知る方が重要だ。
運が良ければ、臨時パーティーを解散するなりして迷宮に今日にでも再び潜ろうと考える者が、パーティーメンバーの募集や応募をしにパーティーメンバーを集める場所に足を向けるかもしれない。
その可能性はかなり低いだろうとは思うが。
『ピコー……ピコピコ』
尾行には不向きすぎる俺の両足に宿るフェニックスが炎の翼を広げ鳴き声を上げる。
せっかく迷宮から出てきたばかりの四人組の男女を捉えることが叶ったにも関わらず、これではフェニックスの主人である俺の尾行が露見してしまう。
フェニックスの鳴き声が聞こえぬように距離を取れば、対象の四人組を見失ってしまう可能性もある事から、極限状態の俺はダンボールが周囲に落ちていないかと鷹の目で周囲を策敵するが発見出来ずにいる。
『ピコピコピコピコ………ピコピコピコピコピコー……』
「ねぇ、あの子」
「ん?」
「あの子、さっきから付いて来てるみたいだけど……」
「そういや、この音ずっとしてるな」
「目的地が同じ方向なだけだろ? アンナ、もう地上なんだピリピリするな」
「そうよそうよー、姉さん落ち着こ」
巨大アフロヘアーの二人の男が振り返り、俺を見るもすぐに前方に視線を戻す。
黒髪ショートカットの町中でも違和感のないラフな格好をした女が、依然としてこちらを気にするように振り返る。
俺は尾行なんてしている素振りを一切見せず、冷静に子供を演じる。
ナノマシンによって強化された聴覚を駆使する事で対象の四人の会話を正確に聴き取りつつ、尾行を継続する。
五分程歩き続けていただろうか、フェニックスの限界が近づいている。
鳴き声が徐々に小さくなり、虫の息である。
不死鳥の死か。
矛盾した言葉が俺の頭を過ぎった頃、対象の四人が小奇麗ではあるが小さな店舗へと足を踏み入れる。
すぐに後を追うべきかとも考えたが、プロである俺はそんなヘマはしない。
そもそも何屋かすらわからないのだ。
時間を置けば情報の精度は落ちる、ソロでの尾行は取得出来る情報が限られているのだ。
ロストしている時間が長ければ長いほど、情報量は減り、追跡不能に陥る確率も加速度的に増す。
店舗の中、店内からの情報を得ようにも窓には鉄格子が嵌められ、スモークが掛かり様子が窺えない。
だか、灰色の脳細胞を持つ俺は些細な情報から、この店舗の商形態を理解する。
看板に核買取と書いているのだから。
疲れた。
尾行する必要なんてなかったな。
対象の四人以外への注意が回っていなかったからか、まったく気付いていなかったがここら一体、どこもかしこも核買取、核精製、加工など核に関する問屋や加工場、関連品を取り扱う店舗が立ち並んでいる。
あまり大きいとは言えないストリートでこれだけの店舗数だ。
迷宮周辺にはこれ以上に店舗があると考えて良いだろう。
それに加えて銃火器を取り扱う店舗や刃物、防護服等を取り扱っている店舗も当然のようにある。
ゲームのように魔法の書なんかはこの世界にはないので、魔法は補助的な意味合いが強いのかとも思えるが、カルミアとドミンゴ氏の戦いを目の辺りにしていると、銃火器万歳には首を傾けざるを得ない。
勿論、無属性を得意とする人が、銃火器を使用する事も多いので、銃=魔法の杖のような扱いだな。
通常の銃火器の貫通力や射程の延長の底上げなんて、それ自体チートだとラインを見ていると思えたが、あれはあれで魔力の消耗が著しく、9mmの弾丸に魔力を目一杯流し込むと、一人前の冒険者クラスの者でも十発程度の発砲で魔力核から作り出す魔力が底を尽くらしい。
なので銃火器を好んで扱う無属性保有者は、必要な場合のみ魔力を弾丸に込めるが、普通に銃本来の機能だけを活用する場合もある。
また、ナイフや長剣、槍や斧といった原始的な武器に魔力を込めて使用する者も少なくない。
無属性は無属性で得意とする魔力の使用形態が個々人で差異があるようで、これはユビさんに実例を交えてかなり教えて貰った。
しかし、ユビさんは知り合いや仲間に関する使用形態に関しては秘匿する事が大切である事も言っていた。
ユビさんが挙げた使用形態の実例の大部分が、既に故人となっている者や偉人、誰しもが知っている有名な過去の冒険者などがほとんどだった。
この事からも、俺も両親やユビさんなどの属性も無闇に口外しないようにと釘を刺された。
四人組が店舗に姿を消し、おのぼりさん状態で周辺の店舗に置いてある商品などを観察しつつ、彼らが再び店から姿を現すのを抜け目無く待っていると、ようやく四人組が姿を現した。
いや、正確には二人だけ。巨大アフロの男が二人だけが出てきた。
連れの女二人はまだ店舗内なのか、このまま男の方を追跡をすべきか。
既に核関連の店舗は知り得た。
パーティー募集が出来る店舗を見つけ出す事が出来る可能性はまだある。
単純に誰かに聞けば良いだろうとも思うが、子供に素直に教えてくれるとも限らない。
良し、あのアフロの方を追跡継続だ。
「あなた、やっぱり私達に用があるようね」
「……」
背中に突きつけられた冷たい感触。
殺し屋生活を前世で長く続けていた俺には分かる、銃口だ。
敵意がない事を示すために、両手を上げる。
「お金なら持ってないですよ」
「次、勝手に話したら殺すわよ。あなたは私の質問にだけ答えなさい」
「イエス」
やばいな。
巨大アフロの二人の男も前方の店舗前からこちらへ向かってくる。
手には武器は持っていないように見えるが、足の運び方からして臨戦態勢にある事が分かる。
周囲に行き交う人々は、あまり広いストリートではないので少ないのと、突きつけた銃を隠しているのか、騒ぎ立てる人が皆無だ。
不思議と絶対的な恐怖は沸いて来ない。
比較対象をどうしても母である鬼や鬼の仲間達にしてしまっているからだろうか。
「目的は?」
「迷宮について調べる為」
「……ピエトロ、どう思う?」
「こんな餓鬼が迷宮ねぇ。おめぇ、スラムの餓鬼にしちゃー、小奇麗な格好だよな。親はいるのか?」
「……」
ここは無言の方が良いのだろうか。
後ろで銃口を突きつけているのは、アンナという名だったか、ショートカットの女だろう。
アンナという女は確か「私の質問にだけ答えなさい」と言ったはずだ。
ならば、このピエトロとかいうアフロの質問に答えるのは不味い。
「テメェー何か隠してるのかー? 親はいるのかって聞いてんだろうが」
「……」
「この餓鬼……アンナ、こいつ連れて来い」
「あんたも馬鹿ね、今更口を閉じても無駄よ?」
「わかってる。でもあなたの質問にしか答えてはいけないと言われた。だから返事が出来なかった」
「調子にのってんじゃねーぞ、餓鬼が」
カルミア、いや、森にいた凶暴な野生動物と比べてもこのアフロの激昂して繰り出された拳は遅く軽かった。
避けようと思えば難なく回避出来たが、あえて殴られる。
左頬を殴られ、痛い事は痛いが殴られ慣れるというのは本当にあるんだなぁ。
そもそも何故激昂したのかさえわからないが、頭は良くなさそうだ。
そんなこいつが意見を求められ、おそらくはリーダーであろうこのパーティーの他の三名の頭も体は脆弱なものだろうと予想出来る。
確定するには情報が少なく、慢心出来る状況でもないが。
殴られた衝撃で体が少しだけ右方向へと傾き、背中に突きつけられていた銃口が左肩の辺りに来る。
咄嗟に、左肩の周辺に練り込んだ魔力を銃口から流し込み『曲げる』
やっぱり銃身は硬いなぁ。
体感で八十度くらいしか曲げられなかった気がする。
「このっ! え!?」
「こいつ!」
これで背後からの脅威の一つは無効化出来た。
激昂しているアフロは背後にいる二人の女のように動揺して体を硬直させずに、俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしてくる。
アフロの右手が俺の兎のワンポイント付きのお気に入りのジャージの胸倉に触れた瞬間、右手の指全てを同時に『曲げる』
全てが同一方向、魔力を流し込み本来は曲がらない方向に曲がる。
「えっ……グァァァァアアア」
アフロの上げる汚らしい悲鳴を無視して、もう一方のアフロが動き出さないと判断して背後の女、銃身が上向きに曲がっている拳銃を手にしたまま硬直しているアンナの鼻っ柱に、少しだけ跳躍して感謝を込めて正拳突き。
六歳にしては、おそらく背は高い方だろう俺は身長が既に130センチ程ある。
さすがに推定160センチ程あるアンナの頭部には手が届きにくいが、ジャンピング感謝は成功した。
「押忍!」
突如始まった暴力の応酬を前に、相手を殺してしまいそうになる自我を抑える気持ちを口にする。