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FLEX  作者: 石油肉
第一章
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第五話 華麗なるカキ

 思い上がりは身を滅ぼす。

 そんな当たり前の事は知ってるさ。

 少しばかり鉄の棒をシコって曲げる事が上達したからって、鬼の化身である母に一泡吹かせてやろうなんて思う馬鹿は、ここにはもういない。


 全裸吊りで朝まで放置された俺は、父のラインに解放され治療を受けている。

 この世界の科学技術はどうなんってるのか、家にあるあまり多いとは言えない書物を読んだだけでは全容は掴めない。

 しかし、治療技術に関しては俺がいた世界よりは進んでいるだろう。


 ラインが手馴れた手付きで俺の骨折した左腕に注射する。

 そのまま冷蔵庫のような箱に入るように言われた俺は、黙って従い全裸のまま箱の中で眠りにつく。

 最初は慣れなかった直立型の棺桶のようなこの箱にも、今や毎日のように入るので慣れた。


 仕組みは不明。

 だが確かな効果がある箱。

 二時間ほど経過しただろうか、箱の扉が自動的に開き目を覚ます。


 左腕はやや違和感が残るが、骨折していた部位は修復され、熱も下がっている。

 ラインは俺が箱から出ると、着替えるように言い、朝食を食べるかと問い掛けてくる。


「もう少し寝ても良い?」

「わかった、ユビには授業は昼前からにしてくれるよう伝えておく」

「ありがと」


 あてがわれている自分の部屋に戻り、ベッドに潜りたかったが洗面所に行き顔を洗う。

 洗面所に見慣れない錠剤が入った蓋が開いたままの小瓶が目に留まる。

 父と母が薬を服用している様子を、この六年間で見たことは無かったが、ユビさんが使っているのかもしれない。


 そもそも医療技術が進んでいるだろうこの世界、いや、この家で錠剤にした薬なんてものを使用する必要があるのだろうか。

 アレルギーや箱に入るだけでは治療出来ない疾患がある可能性もあるし、注射も薬だよな。

 手に取ってよく見てみたいという思いもあったが、大切な物かもしれないのでそのままにして顔を洗い、自室へと戻る。




 少しだけ仮眠を取り、午前中の座学を遅らせてもらった事をユビさんに詫びる。

 ユビさんは怒るどころか、昨夜の俺の号泣を知ってか、かなり心配された。

 羞恥心を刺激されたが、俺が馬鹿で弱いのは既にバレバレなので痩せ我慢せずに辛かった事を吐露する。


「カルを挑発したのはダメだねー。カキ君じゃなかったら確実に殺されてたところだよ?」

「そ、そうですよねー。少し、いや、かなり調子に乗ってました。もうしません」

「フフ、でもカルミアは案外嬉しかったのかもね」


「そうですか?」

「うん、上機嫌だったしね」

「上機嫌な時の母さんはそれはそれで怖いですね……」


 俺の思いを聞いたユビさんは不思議な事に、あの鬼が上機嫌であったと言う。

 未だに母鬼の思考が読めない。

 そもそも人間ではないのではないかと、近頃思い始めている。


「あ、ユビさん。洗面所に蓋が開いたままの小瓶があったんですけど、あれってユビさんのじゃないですか?」

「ん? あー、そうだね。出したままにしちゃってか、すぐ戻るからちょっと待っててね」


 ユビさんにしては珍しく、大きなメガネの奥の瞳が少しだけ泳ぐ。

 ほんの少し、動揺とも言えない程の僅かな違和感。

 ユビさんはすぐに座学の授業を行っている大き目の客間となる部屋へと戻って来たが、既に俺が感じた違和感は消えていた。




 座学の授業が終わり、いつもよりは遅めにラインによるレッスンが開始された。

 最近はもっぱら私有地内の森での狩りがメインで、そして楽しみの一つでもある。

 家にはテレビなんてないし、パソコンもない。


 本は既に何度も読み返した物しかないし、両親は読書家でもないので新刊が増える事はほぼない。

 増えるとしても技術書や未開地探査に関連した書物だけで、専門用語だらけでほとんど理解出来ないし、娯楽にはならない。

 そんな娯楽の少ない環境では狩りは本当に楽しい。


 狩りは基本的に銃は使わずに、自分の体とナイフ一本だけで行うようにしている。

 銃を使うと基本的に獲物を探し出すか、獲物が現れるのを待つかというもので、レッスン内容が単調になる。

 ナイフと己の体だけが武器であれば、全ての狩りが近接して仕留めなければならない。


 これは思っていた以上に多種多様な経験になった。

 ラインは獲物の外見的特長と生息域だけ述べるだけで、まずは俺にやらせる。

 失敗すればその都度的確に指摘してくれるが、失敗から学べる事も多いので攻略法や弱点などを聞かずに獲物に飛び掛る。


 最初の内は頭部が異様に大きい全長がニメートル程ある『バンブートカゲ』を一番苦手にしていた。

 素早く地表を動くだけではなく、木々にも自在に張り付き移動しつつ大きな頭部をカナヅチのようにして振り回す。

 そして、長くしなやかでゴムのように伸び縮みする尻尾を木々に絡ませたり、その尻尾でもこちらを拘束、攻撃してくるバンブートカゲの動きは容易には捉えられず苦戦させられた。


 仕留められるようになるまでに何十回と捕食されそうになるか、逃げられた。

 問題点を一つ一つクリアして、改善する内にバンブートカゲの捕食方法は『気合』という事で完成した。

 間合いへと入った後は頭部もしくは尻尾での攻撃を気合で受け止め、その瞬間に魔力を流し込み、曲げる。

 この卓越、洗練された攻略方法を導き出した俺は、その他の動物の捕縛、戦闘にも応用し始める。



 そして本日、バンブートカゲよりも大物、近隣の森では食物連鎖の頂点に君臨している『ノコグマ』を狙う。

 ラインからの事前の説明はノコグマの外見的特長と寝床としている主な場所のみ。

 ノコグマの特徴はまず第一に名前の由来となっているノコギリ状の両手に付いている爪だろう。

 両手に三本づつ、ジョイ○ーも顔負けの長く太いノコギリ爪はそれだけで五十センチから一メートルはある。


 そして全身を覆う毛皮の下にある分厚い脂肪は、ナイフを突き立ててもほとんど効果がない。

 打撃にしても眼球や眉間などの急所以外にはほとんど効果がないので、やはり曲げる必要がある。

 体躯は五メートルを超えるので、爪が無くても危険な相手だろう。


「父さん、他にもロックスパイダーなんかの方が話を聞く限りは強そうだけど、ノコグマってそんなに手強い相手なの?」

「まぁ、対峙すりゃわかるんだがなぁ。口で説明するよりもまずはその目で見たほうが良いだろうな」

「そっか」


 ノコグマを探す間に質問してみたが、ラインからの返答では要領を得られなかった。

 危険な相手だという事はわかる。

 しかし、この森で頂点に君臨しているというのがどうにも納得出来ない。


 俺が知る限りロックスパイダーは最も危険な生物だ。

 勿論、人間と鬼以外でだが。

 森の中だというのに灰色の岩のような体表は、擬態するつもりはまったくないのか、そもそも擬態なんて進化の途中の名残に過ぎないのか何故か森に生息しているロックスパイダー。


 体長も五十センチ程でクモというよりは亀のような外見だが、とてつもなく飛ぶ。

 飛び上がって岩みたいに硬い糸をガツガツと吹きかけてくる。

 絡ませるつもりなんて毛頭ないのか、糸が体に触れる衝撃だけで大抵の生物は即死する。


 そんなモンスターと言える生物よりも上位の強さを有するノコグマの強さは想像しにくい。

 思い上がりは身を滅ぼすという事を昨日から今朝に掛けて痛感しているので、油断している訳ではない。

 しかし、相対するまで強さを推し量れないというのはどうにも不安が先行する。


 そんな不安な気持ちのまま森を歩き回り、ノコグマが寝床にしていそうな小さな川の近くの洞穴を発見した頃には、夕暮れ時となっていた。


「カキ、周辺の足跡や糞の乾燥具合、木に付いた爪砥ぎの跡からして、あの洞穴にオスが単独で居るな」

「うん、行って来る」

「待て」


 いつもは初戦は負ける事や逃げられる事がわかっていても、止めたりはしないラインが制止する。


「単独なんでしょ? つがいよりも楽なんじゃ?」

「いや、んー……オスはかなりの難敵だ。最初はメスの方が良いんだがな」

「なるほど、じゃあ他を探す?」


「やってみたいか?」

「昨日の今日だし、父さんが危ないって言うなら無理するような事はしたくないかな」

「そうか。それが分かっているなら大丈夫だろう、行って来い」


 一旦は制止されたが、俺がしっかりと自分の力量を理解していると考えたのか、ラインから突撃命令が下りる。

 危なくなったら助ける、という行為はラインはしない。

 死ぬ寸前、ズタボロになったら拾い上げてくれる。


 なので、今回もノコグマを狩るには相応の覚悟が必要だ。

 俺は洞穴へと向かう間、匂いで存在を知られないように風下から移動しようとしたが、洞穴へと風が流れ込んでいる為、どこから近づこうと無理だと悟る。

 ノコグマは外敵、いやノコグマにすれば獲物の存在をすぐに察知するべく、風が吹き込む洞穴を選んだのだろう。


 奇襲出来ればそれに越したことはない。

 しかし、洞穴へと入り奇襲出来たとしても初手で仕留められなければ暗く広さの判明しない洞穴内では不利だ。

 風が洞穴に吹きすさぶのなら、出て来てもらう方が良いか。


 俺は洞穴から十分距離を置きつつも、自分の匂いがしっかりと洞穴へと流れ込む位置にて待ち続ける。

 五分程、待ち続けていただろうか、唐突に洞穴の奥底からゴロゴロと雷のような音が鳴り始める。

 ゴロゴロ音は次第に大きくなり、洞穴の入り口にノコグマが姿を現した。


 なるほど。

 うん、こいつ頂点だ。

 ノコグマって名前に惑わされていた。


 こいつ象よりデカクない?

 五メートルって響きを誤認していた。

 実際にこの体躯の動物が動いていると、それだけでとんでもなく圧迫感がある。


 相手に手加減や慈悲の心なんてない事は、瞳を見ればすぐにわかる。

 紛れもない野生種。

 カルミアとは違う意味での絶対的な恐怖が、ノコグマの体躯と瞳から感じ取れる。


 すぐに腰の後ろに提げているナイフを抜き構えるが、ノコグマはゴロゴロと喉を鳴らすだけでこちらを凝視して動かない。

 落ち着け俺。

 外見はラインから聞いていた通り、あの爪が最も危険だろうからインパクトの瞬間、ナイフで受け止めて一本づつ曲げていけば良い。


 体躯を活かした体当たりはまともに受ければ比重の差で話しにならないので、絶対に回避。

 掴まれたら終わり、ノコで引っ掛かれてもおそらく致命傷。

 最悪を想定して安全に行こう。



 ノコグマは一向に動き出そうとしないので、俺から距離をジリジリと縮める。

 一気に詰めればノコグマの有効射程、踏み込む速度もまだわからないので慎重に距離を詰める。

 ノコグマは何もしていない、それでも強大な圧力が俺に圧し掛かる。


 汗が吹き出て地面にポタポタと落ちる。

 地面を擦るように動かす足が震えそうになり、逃げ出せという警告が頭に鳴り響く。

 それでも一歩一歩、ノコグマまで約十メートルとなるまでゆっくりと近づく。


 この距離まで来て、予め設定していた攻撃部位を追加する。

 分厚い脂肪や毛皮に覆われていない弱点部位。

 簡単には狙えないが、攻めるべき部位はいくつあっても良い。


「ゴロゴロゴロ……ゴロゴロゴ……ゴロゴロ……ゴロ……」


 ノコグマの喉から聞こえるゴロゴロと鳴る音がリズムを変え、停止する。

 来る、そう感じた時には長く鋭いノコギリ爪が条件反射で構えたナイフのブレード部分に激突する。

 透明でどれだけ動物や木々を切り刻んでも刃こぼれすらしなかったナイフは無事だった。


 しかし、ノコグマの一振りで俺の右腕に衝撃が伝わり、肘の関節が明後日の方向に折れ曲がる。

 ナイフを手放さずには済んだのは運が良い。


「ガァァァァアアアアア!」


 一発で仕留められなかった事に苛立ちを覚えたのか、ノコグマが雄叫びと共に両手を俺の頭上に振りかざす。

 後方へと退避しようかという考えが一瞬、頭を過ぎったが一気にノコグマの懐へと踏み込む。

 踏み込みと同時にノコグマの股を目掛けてスライディングする


 スライディングしつつノコグマの股を通り抜ける瞬間、左手を上げて陰部を掴み、曲げる。

 掴み過ぎれば停止してしまうので、揉んだという方が正確ではあった。

 曲げた感触はあった、これが致命傷となるかはわからないが。


「ガ……ゴロ」


 ノコグマはすぐ様、振り返ると同時に象の足程ある左腕でバックブローを放つ。

 立ち上がり左手にナイフを辛うじて持ち替えていた俺はノコグマの左手の甲へとナイフを突き立てる。

 凶悪なノコギリ爪は回避出来たが、突き刺したナイフから伝わる衝撃によって体全体が持っていかれる。


 自重の軽い俺はそのまま二十メートル程水平に吹っ飛び、木に衝突して停止する。

 追撃を考え立ち上がろうとするが、体にまったく力が入らない。

 頭を強く打ちすぎたのか、揺らしすぎたのか平衡感覚も喪失している。


 目の焦点すら合わず、体の痛みよりもこちらの方が戦闘への影響が高そうだ。

 目の前の世界がぐるぐると湾曲して回転する。

 一発でも追撃を食らえばまじで死ぬ。



 三十秒。

 戦闘中であれば命取りとなる行動不能時間が過ぎるも、ノコグマは襲い掛かってこなかった。

 吐き気を我慢してよろよろと立ち上がり、ノコグマへと近づく。


 急所かどうかは賭けだったが、陰部に魔力を流し込み、強引に曲げた事が致命傷になったようだ。

 棒よりも玉の方を曲げた事が致命傷だったのかもしれない。

 かなり外道な戦い方だけど、今の俺にはこれが最善。


 ポコ○ンハンター・カキ。

 今はこれで良い。

 ノコグマの動かなくなった巨躯を眺め、俺は結論付けた。



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