第三十五話 カウボーイ
会計をアミラさんが済ませる。
一定の間隔で頭をペコペコさせつつも、ごちそうさまですと連呼するのにも、船上生活の中で随分と慣れてしまった。
生粋の後輩スタンスは財布には優しいが、男としての威厳やなんかは磨り減っていく。
船を降りたからには、冒険者資格を是が非でも取得しなければ。
もし……取れなかったら、どうしよう。
もう冒険者資格をさくっと取得した後のことばかり考えていたが……大丈夫なのか、今更ながらに不安が押し寄せてくる。
ま、未来を思い描いて不安を覚えてられるってのはそれだけ余裕があるってことだ。
それは今日を生きるだけで精一杯ってな状況じゃないことを意味する訳で、ましてや、いますぐ誰かに殺されるかもしれないなどと怯えながら暮らすよりも、はるかにマシだ。
「ホテルは?」
「……えっと、この通りを港とは反対方向に進んで、んー……あっちに行くと、広場があるっぽいから、そこにあるはず」
おたくがお泊りになるに相応しいホテルの目星はつけています。
ここからでは見えないが、頭の中に広げた地図にはしっかりと印をつけていて正解だった。
「そう。カキはどうする?」
「俺は……近くに公園があるっぽいから、そっち行くわ」
宿代まで無心する訳にも行かない。
何となくだが、その一線だけは超えてはならない気がする。
それにこの先、何があるかわからない。
ふざけた預金額を持つアミラは別だが、学歴も職もない俺は節約出来る時には節約せねば。
野宿は久しぶりなように思えるが、暗闇及び虫だらけの森で夜を明かすことを強制させられた幼少期を思えば、一定の照明に加えて間引きされた樹木が広がる公園は快適と言って差支えがない。
「わかった。あ」
「ん?」
「ちょっと寄る」
「あー……携帯、ね」
ペンタゴンシティと同様、この港町も前の世界の街並みとの差異はほとんどない。
アミラの視線の先、当たり前のように端末が店頭に並ぶ様子には、前の街との治安の差を感じることもないが、懐かしさを覚える光景でもある。
いやいや、待てよ。
携帯電話なんて、こっちにあったっけ?
盗聴器やら通信機器はあったが、俺がよく知る携帯電話なんていう便利なものはなかったはずだ。
人がそこそこ行き交う通りを横切り、アミラは店へと入っていく。
「アミラよ」
「ん?」
「これって……買っても大丈夫なん?」
「これ? 何が?」
客はまばらだ。
それでもそのまばらの中に、賢そうでいて悪そうな面をしているアンちゃんが含まれている。
店内にも並べられている一見すれば携帯電話に見える端末は、そのほとんどが俺にでも分かる盗聴器やら電信接続妨害? とかいう用途不明のものやらまでが並んでいる。
中には電子錠にその電子錠を解錠する装置まで置いてあるのだが、これって法的にアウトじゃないのかしら。
「んー、なんつーか……こういうのってバレたら、ほらさ」
「……ほら? 何が?」
こいつに空気を読めとか、声色や表情から相手の心情を読み取ることを期待してはいけない。
それでも、そこそこの付き合いはあるんだから、わかって欲しいと思うのは贅沢なことなんでしょうか。
「いや、わかんだろ? こういうのって犯罪に使われるようなもんだろ? んだから、ほいほい買っても大丈夫なのか? って聞いてんの」
「大丈夫」
「……本当に?」
「うん……ほら」
ほらって、あーた。
アミラがセカンドバッグに手を差し込みモゾモゾしだす。
しばらくして、ひょいっと取り出したのは陳列された商品の中にあるものと似たものだ。
その黒くサイコロ状の物体にはアンテナのような線が生えている。
すかさず、陳列されているものの商品名を確認する。
「読み取り機? まーくすりー?」
「うん。これは初期タイプのマークワン」
「……で? それをあーたが持っているからって何? 大丈夫ってこと?」
「うん。買っても使っても今まで何も言われなかった。誰にも」
「なるほど……」
そりゃ言われる前に誰であれ、その相手を殺してたんじゃないのか?
とは聞けない。
聞けば、そうですワタスが殺人鬼ですと返って来そうだからだ。
なるほど。
それは汎用性が高く相手を過度に刺激しない便利な言葉だ。
「それにしても……この手のもんてこんな値段すんの? こんなので八万ゴスって……」
八万もありゃ八万分の肉が食べられる。
鳩に換算すると四◯羽だ。
それがこの怪しげなサイコロと同価値とは……これ一つで一体何が出来るってんだか。
陳列された商品を手にとって見るなんて恐れ多いので、アミラが取り出したサイコロを貰い受けてしげしげと眺める。
眺めてみても一向にその価値が見いだせない。
「カキ」
「何?」
「稼いだら?」
遠慮なんて一ミリもないオーバースローからのド直球。
何も言い返せない。
甲斐性なしがつべこべ言うんじゃないと言われたようなもんだ。
「……そ、そうね。稼ぐ……俺、頑張る」
「うん。冒険者って成れれば稼げるみたいだし」
「うん……そうね、成れれば、ね……うん」
頑張ろう。
もう、それしかない。
「おう! 坊主達もか!」
不意に店内に響く声。
陳列ケースのガラスが微妙に震えた気がする。
そして、ガラスに映るその影のサイズも声と同様に大きい。
迷惑なやっちゃなーっとその影を目で追えば、その影の主と目が合ってしまう。
坊主達って……俺達ですか?
周りを見渡してみても確かにお子様は俺達だけのようだ。
「知り合い? な訳ないよな」
無反応を決め込んでいるアミラへと一応確認してみる。
返事はない。
たが、小さく首を左右に振るだけマシではある。
「俺はジバルってんだ! 坊主達も冒険者を目指してんのか!?」
「……え、いえ」
咄嗟のことに言葉を詰まらせてしまう。
この声の大きなおっさん……ヤバイ。
船を降りる際に声を掛けてきたエンゾとかいうあの野郎なんか比べ物にならないほどに、だ。
否応なしに、一目で分かる。
分かってしまう。
そう、俺にでもわかってしまうんだ。
こいつは絶対的にヤバイ。
この人の目が多少なりともある店の中でポ◯チンを放り出していられるこのおっさんの精神がヤバイ、怖い、デカイ。
「は? ちげぇのか? そっちの嬢ちゃんが今さっき冒険者になるっつってなかったか?」
「……ジバルさん」
「おう?」
「ポ◯チンが、その……出てます」
「……お?」
お? じゃねーし。
何、自分でもビックリ☆ って反応してやがる。
そこは少しでも恥じらえ、色々とビックなおっさん。
「んで? 冒険者を目指してんだよな?」
ポ◯チン丸出しの件は彼、ジバル氏にとってはもう過去のようだ。
だが、こちらが受けた心的ストレスに関してもう少し気遣って欲しい。
そんなポ◯チンを日常の中で見せられると、男である前にオスとして衝撃を受けてしまうのだ。
ライン、あの父のポ◯チンなんて腐るほど見ている。
奴もそれはそれはイイモノを持ってはいたが、日常の中で曝け出すようなオスではなかった。
「あなたも?」
「おう! オレも今年受けようと思ってな! んだが、オメェらのような奴まで受けに来てるとはな! 驚いたぜ!」
こっちも驚いたぜ、二重の意味でだぜ。
それに連続して驚いている最中だぜ。
思わず音を鳴らすほどの速度で首を回して、アミラを見てしまう。
こいつ、不意に声を掛けてきた奴に言葉をこうもすんなりと返す奴だっけ?
船の上では絡んでくる気マンマンといった輩に対して、足を踏み抜くというコミュニケーションを以って答えていた奴とは思えない。
もしや、この俺の根っからの人間愛がアミラに良い影響を及ぼし──
「──あなたの魔力の器は小さいようだけど」
そんなことはなかった。
うん、アミラがそう簡単に誰かに影響されるはずもない。
こいつは自分より純粋に強い奴からしか影響を受けない。
あの戸籍上は一応母であるカルミアみたいな化け物とかさ、ハハハ。
「おもしれぇ! オメェらも使えんだな!」
ん?
このアミラの物言いは俺的に翻訳すると「体とポ◯チンはデケェようだが、肝心のお前の魔力の器はハナクソやな」なんだが……ジバル氏、笑っている。
何なのこの人、怖い。
「ジバルさん」
「おう!」
大きな声で返事をするのはいいことだと思う。
でも、大きすぎる。
何事もほどほどが良い。
「今年初めて受けるんですか?」
「おうよ! 去年、冒険者をやってるっつー野郎とやり合ったんだがな、あんな野郎でも成れるんだったら、オレでも成れるだろう! ってな! ガッハハハ!」
「へぇ……そうなんですか」
期待していた答えは返ってこなかったが、まあ良いか。
体つきは父ラインと良い勝負といった具合で、魔力を抜きにして考えればジバル氏は強そうだ。
あれ?
そもそも、アミラが口にした魔力の器という奴を読み取ることは俺には無理だってか、読み解こうとする発想すらない。
なので、ジバル氏の総合的な強さってのは測れない。
だが、彼は確かに口にした。
実際に冒険者を見て、自分より下だと判断して冒険者資格の取得を目指したのだと。
もしや、ジバル氏はそれなりの確証を以って冒険者を目指す強者なのではないか。
冒険者ということだけで全てが強者であるのかはわからない。
けれど、こうして多くの冒険者を志す者達との競争に勝ち抜いた者が弱者ではないのは確かだろう。
彼、ジバル氏が言ったことが本当であれば……。
そもそも、ニオイってやつもよくわからないが、アミラはエンゾの中に自身よりも大きな魔力の器ってーやつを見たのかもしれない。
いやいや、そもそも魔力の器を見抜くってなによ。
ラインにしろカルミアにしろ、両親からは魔力の器を見抜けるなんてこと聞いたことがない。
ユビさんにしても同様で、彼らからは少しでも強者であると判断した相手を見たら油断せず、逃げることを第一に考えろと言われ続けていたんだ。
強さの指標をそう簡単に測れるのであれば、彼らが俺に伏せていた理由も見当たらない。
まさかねー……アミラはそんなずっこい力を持ってるってか?
いやいや、それを持っていて、あのカルミアに突っかかるかね?
普通に考えて自殺行為だし……んー、でもアミラもアミラでネジがガバガバだし……どうなんだろ。
「カキ、これは大丈夫」
アミラが呟くように口にする。
ジバル氏にも聞こえたようだが、首を傾げているのでその言葉の意は判然としていないのだろう。
とにかく、アミラが言うのはエンゾとは違うってことだろうか。
「そ、そうなん?」
「うん。他のも見てくる」
いつの間にかマークスリーだったか、アンテナを生やしたサイコロを手に店内を移動し始めるアミラの背を見送る。
ジバル氏と俺とで。
「ところで坊主」
「はい?」
「名は?」
「あ、すいません。カキです」
「カ、キ……どっかで聞いたような気がすんな」
再び首を傾げるジバル氏。
それと同時に左右の腕を胸の前で交差させる。
「え? どこかでお会いしましたっけ?」
「いや? 坊主にゃ会ったことはネェよ。んだがよ、坊主の名前はどっかで聞いたような気がすんだ」
腕をほどき、チンポジを微調整するジバル氏。
その拍子にバカになっているらしいチャックがやや下がる。
内部構造をしげしげと眺めてみるに、下着のほうもかなりくたびれているようだ。
なるほど、ポロリした原因はこのダブルの軌跡によってか。
「思い出せないなら、大事なことじゃないんですよ。きっと」
「……だな! いいこと言うじゃねぇか!」
この人、怖いけどバカってことは理解した。
加えて、店員からの鋭い視線なんて気にしない鈍感さも持ち合わせているってこともだ。
ま、ポ◯チン放り出している時点で鈍感力はモンスターなんだが。
「そうだ、ジバルさん。安く泊まれる宿って知りませんか?」
「宿ー? オメェ、宿取んのか?」
「船でさっき着いたばかりでして」
「ほーん」
この人は船には居なかったと思う。
俺達とは違うルートを辿ってここへと来たのだろうから、この港町に関して既にある程度調べている可能性はある。
ダメ元ではあるが、一応は尋ねてみる。
「そこらで寝りゃ良いんじゃねぇのか? 冒険者になりゃどこであろうと寝るもんだっつってたぞ?」
「……確かに、そう言われると、んー」
「なんだ? カキはそこらの坊主とは違って、んなもん気にするようには見えねぇんだがな?」
「……え? マジですか?」
「おう! マジだ! オメェはオレのガキの頃に似てるしな!」
「……マジですか?」
「マジだ!」
こっちにも整形ってあるかな。
陳列ケースに映る自身の顔を眺め、かなり上にあるジバル氏のニヤニヤとした顔とを見比べる。
いやいや、似てはねーよ。
ジバル氏はズバリ、牛顔だ。
こちとら親譲りのゴリラ顔だから、根本の種がちげーし。
うんうん、ジバル氏はそうね、ミノタウロスだね。
大きな斧でも肩にかついで歩けばすごく似合うだろう。
俺はまだまだバナナが似合う哺乳類側だし、そこは一線を画する。
失礼だけれど、あんたはもう化け物側だよ。
一緒にしないで欲しい。
「そうですかねぇ?」
「おう! オレの弟の方が近いかもしんねーがな」
「へぇ、大変ですね」
弟さんが。
普通の人であればだが。
店を出る。
アミラは目的のものを入手したようで、少しだけ表情が明るい。
何故だかジバル氏も俺達と同時に店を出て行く。
店の前には巨大なおむすびが鎮座している。
食べれば最大満腹度が五パーセント増えそうだ。
いやいや、これおむすびじゃない。
「誰のだろ」
「オレんだ!」
「マジっすか……」
店内に持ち込むと迷惑というより、入れないから店の前に置いたんだろう。
それにしても巨大だ。
元の形が不明だが、瓶やら布切れやら寝袋やら鍋やら雑多な道具に衣類などがぶら下がったそれは、ジバル氏の荷物であるらしい。
「よっこらせ」
「おおー」
ジバル氏の両肩に食い込む肩紐は鉄? のようなものが巻かれている。
それがグイグイズンズンと彼の肩に食い込んでいく。
掛け声一つで背負うジバル氏を見て、思わず声を漏らしてしまう。
だが、それと同時に見てしまった。
ほんの一瞬、ジバル氏が上体を屈めたその刹那と言える髪の毛一本分の隙間にだ。
ジバル氏、頭のてっぺんをかなり散らかしていらっしゃるようです。
横目にアミラを確認すると、俺と同じくジバル氏の剝き出しとなった一点を凝視している。
数瞬遅れて、ニタリと口角を曲げるアミラ。
思わず、見るなとアミラの目元を手で覆うべきかとも考えたが、その出来事は時間にして一秒にも満たなかったので不動を選んだ。
「ハゲてる」
「オイ!」
それを言っちゃーおしめーよ。




