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FLEX  作者: 石油肉
第三章
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第三十二話 6点

 きびきびと動き始めたユビさんの手配によって、車に乗せられ移動。

 迷宮周辺のシティの中心から外側へと向かうと、山盛りの警備というより軍人、軍車両が並ぶ巨大なゲートを一度も停車する事なく通過していく。

 あれれー?と悠長に考えていると高架式の道路の上を走る車から、下を見ればスラムがどこまでも広がっていた。

 黒と灰色と茶色の世界がここにはある。

 意外な事に背の高いビルもあったりする。

 その中でも異彩を放つ一つの巨大なビル。

 通信機器の看板が屋上に載せられている所も、南アのあのアパートとだぶる。

 名も知れないこのアパートも生存時間15秒なんだろうか。


 車内には目を向けない。

 絶対に向けない。

 呑気に車中でポリポリと菓子の咀嚼音を鳴らし続けるユビさんの神経はどうかしてる。

 食べるー?と声を掛けてこないで欲しい。

 運転に集中しなさい。

 菓子を片手に運転する事にはこの際、目を瞑りますから。




 あっけなくペンタゴンシティを脱し、金網で仕切られた場所へと車が滑りこんでいく。

 物騒な車両やおじさん連中が居る場所を通り過ぎ、見渡す限りの土、土、土、たまに草しかない場所でようやく車から降ろされる。

 大小様々なクレーターは生家を思い出すが、思い出すだけだ。

 運転手のユビさんによると、ここは警備会社の演習場であるらしい。

 もう警備会社というよりは民間軍事会社の域だ。


 やる気マンマンの大小の野獣。

 大きな方が先に歩み始め、しばらくして立ち止まる。

 小さな方はそれを確認して、てくてくと進み大きな野獣と対峙する。


「いつでもいいわよ、餓鬼」

「……」


 イヤーマフを既に外しているアミラは手加減するつもりは一切なさそうだ。

 両手を上着のポケットに突っ込んだままではあるが、普段の気怠そうな印象はそこにはない。


「よく喋るゴリラ」

「……」


 あかん。それは禁句や。

 ユビさんが頬を膨らませているが、無表情を維持するラインを見習って欲しい。


「その目と口の悪さ、私が叩きなおしてあげる」

「老眼?」


 老眼という言葉と同時にカルミアの目と鼻の先に氷の板が出現する。

 鏡見ろやババァという魔力を使った挑発。

 何の予備動作もなくやってのけたアミラ。

 カルミアは不敵な笑みに加えてこめかみの辺りをピクピクさせている。


「ほう」

「あの速さはすごいね」


 ラインとユビさんが感心した声を漏らす。

 俺もアミラの具現化された氷の板を見て驚いたが、カルミアが手を翳した瞬間に板を氷解させた事にも驚いた。

 地面には黒い染みが広がり、再び対面した二人の間を沈黙が包む。

 見ているこちらが息苦しさを覚え、モジモジしそうになった頃、大きな野獣が疾走する。


 広大な空間を要した場所ではアミラは圧倒的に不利。

 現場に到着してすぐにそう考えていた。

 あいつは氷結や気配の察知を主軸にしているはずで、遮蔽物が多ければ多いほど有利なはず。

 リーチの差や一度だけ目にしたことがある、大容量の水流を操る面制圧が可能なカルミアはここは思う存分真価を発揮できる場所に思える。


 アミラはその不利に気づいているのだろうか。


 出し惜しみなんてする気配のないアミラは氷の雨をカルミアに浴びせ続ける。

 一方のカルミアはほぼ肉弾戦のみでアミラを仕留めようとしているのか、水を使わない。

 そのせいかファンキーな上着は破れ、お高そうな装飾品の類が千切れ飛んでいるカルミアが一見すれば劣勢にも思える。

 少し吐きそう。

 もう二人の動きを追うのが辛い。

 遠くに見える山々を眺めつつ、大きく深呼吸を繰り返してから、エロイ事を考える。

 少しだけ楽になる。


「カル、結構マジだよね」

「だな……子供相手にえげつねぇ」


 どういう事だ?

 俺からすると手加減なしの物理攻撃の嵐を子供相手に浴びせ続けているだけの暴力にしか見えない。

 水を使用しないのは手加減という類ではなく、殴り飛ばしたいという衝動故だと予想する。

 それがえげつないとは一体?


「単純な発想だ。ありゃ、嬢ちゃんの魔力切れを狙ってんのさ」


 俺が疑問を抱いている事を察したのか、ラインが答えてくれた。

 なるほど、あのクソババァめ、ガチじゃねぇか。

 俺が魔力の使い過ぎでカッスカスになると強烈な睡魔に襲われるように、アミラの場合はカッサカサ、即ち水分補給を必要とする状態に陥る。

 その弱点というか特性を見込んだ上で、あのクソババァは水というアミラにとっての魔力の素を使わずにいるって事だろうか。

 対峙する前にアミラについて調べていた可能性は高いが、そこまでするか?

 でも、どうやって調べた?

 アミラは戦闘面だけに限らず、気配を察知する事に関しては化け物と言える。


 そんな相手の特性やら弱点をそう簡単に調べられるものか?

 あいつが俺とは別行動の時に自らの能力を露見させるような行動を取っている可能性もあるが、基本的に引きこもりな訳だからその線は薄い。

 ならば、過去の行動から割り出された?

 そっちの線が濃厚か。


 戦いを目で必死に追いつつ、そう結論づけた頃アミラがカルミアの攻撃を受けるようになってきた。

 急所はギリギリの所で外し、致命的な結果を免れているが見た目にもアミラの方がボロボロなのは一目瞭然の様相だ。

 左頬が大きく腫れ、右腕はたぶん折れている。

 それでも笑ってやがるのが不気味ではあるが、口をモゴモゴして血の塊をブベッっと吐き出すのはお行儀が悪いぞアミラ。

 一方のお行儀なんて概念を知らないカルミアはもっと酷い。

 殴った際に割れでもしたのか、自分の爪を噛み剥がしている。

 勿論、笑顔である。


「そこそこやるじゃない。餓鬼という事を考慮して、まあ40点って所かしら」

「……ぺっ」


 全然、褒めてねぇ。むしろ馬鹿にしてる。

 アミラからすれば、そう思うだろうな。

 俺からすればとてつもないカルミアからの賛美であるように感じてしまう。

 たぶん、俺だと20点くらいだし。※実際のカキへのカルミア評は6点


 多くを語らず、再び戦闘へと移行する二人。

 見ている俺のほうが吐き気で倒れそうなので、休ませて欲しいくらいだ。

 そんな俺の願いなんて叶うはずもなく、二人はぶつかり合う。

 回避する事よりもほぼ捨て身のような行動を取るアミラ。

 遠隔からの氷結、氷弾の物量での応戦よりも近接での応戦へとシフトしていく。

 ほぼゼロ距離から放たれる幾本もの氷弾を掻い潜り、一切の直撃を受けずにアミラを殴り、蹴り飛ばすカルミア。

 そろそろ頃合いだろうとラインが口にし、ユビさんも肯定したその時、アミラの作り出す氷の色が黒く変化した。



 アミラが盛大に土煙を上げて、ゴロゴロと転がっていく。

 一瞬、決着かとも思ったがすぐに立ち上がる。

 一方でぶっ飛ばした方のカルミアの腕、肘の辺りが黒くなっている。

 自らの腕をまじまじと見つめ、首を傾げている。


 真っ黒になった肘の辺りには流血は見受けられない。

 あれはヤバイ。

 以前、俺がオメェは鈍ってねーの?とナメェ気な口調でアミラを煽った際、迷宮生物を一瞬にして灰にした黒い氷を思い出す。

 カルミアからの打撃を受けつつ、ほぼ捨て身のような方法で初めてアミラがカルミアの肉体に傷をつけた。

 それも回復不能な類の傷だ。


 という予想は数秒で呆気無く瓦解した。

 カルミアはかさぶたでも剥がすように、パサパサと風に流れ始めている元は自分の皮膚であり肉であった部分を摂っていく。

 しばらくして毒の有無でも確かめているのか、血が盛大に流れ落ちるのを気にせず、ぐりぐりと腕を曲げ伸ばししている。


「ふーん。面白いわね」

「……」


 肘がパッカーンしているとは思えない声のカルミア。

 対照的にアミラは押し黙る。


「これ、あなたに触れると発動するタイプかしら?」

「……さあ?」

「そう。よく考えると、ほぼ無意識の状態でここまでの魔力は練れないわよ。それも肉体のどの部分であってもカウンターで発動するなんてもの有り得ないわねぇ……。ふーん」


 自身の能力を分析、予想されているというのにまるで他人事のように聞き続けるアミラ。

 そして、今更気づいた事がある。

 カルミアが停止すれば、アミラも停止する。

 カルミアが言葉を発するまでは、アミラも言葉を発しない。

 カルミアが攻撃を行うまでは、アミラも攻撃を行わない。


 今もそうだ。

 カルミアにとってよくわからない攻撃を受けたならば、ここで畳み掛けるのがベストだ。

 アミラの普段からの性格からして先制攻撃は飯を食うに等しい当たり前の行動。


 こいつ、びびってやがる!


 怖かったなら俺を頼っても良いんだぞ!

 どうする事も出来なかったと思うけど!


「……」

「……この後も色々とあるのよねぇ。ライン、終わらせるわよ」


 へ?

 この後?

 飲み会でもあるんですか?

 それより、終わらせるってのは何ですか。

 待て待て、天才である俺でも初見では考えが及ばなかったアミラの能力を既に理解したのか?

 だが、誠に遺憾ではあるが、カルミアの予想はたぶん当たっている。

 あのバトルジャンキーが戦闘に付随する能力の予想を外すとは思えない。

 外すようなら、あの性格で生きてはいない気がする。


 そして、アミラの黒い氷の存在は厄介でせこい、ずるい、欲しい。

 力量差を超越してカルミアにも脅威になり得る。

 だからこそ、おかしい。

 カルミアのすぐに終わらせますとも取れる宣言は不可解。

 打開策が既にある?

 いや、あのリアクションからして能力の概要は知ってはいても、詳細は知らなかった風に思える。

 隠し玉とも言えるアミラの黒い氷をカルミアは初めて見たはずだ。


「あ、手荒なマネはするなよ」

「チッ」


 カルミアは十二分に手荒なマネはしているが、ラインが言う意味はわかる。

 落とし所して取り返しの付かない肉体の欠損、或いは殺すなよという事だ。

 至近で誰かの舌打ちが耳に届いたが、ここはあえて聞こえなかった事にする。

 ラインの忠告への返事もせぬままに、カルミアが駆けた。


 アミラが天高く舞い上がる。


 集中していたし、一瞬たりとも逃さないでいたつもりだった。

 それでも気付けばアミラが空に向かって落ちるように舞い上がっていた。


「アホ」

「大丈夫よ。それにあの子、反応してたわよ」

「マジか……大したもんだ」


 いつの間にやら横にいたはずのラインが、アミラの落下予想地点にて腕を伸ばしてカルミアにお小言を零している。

 気を失い、手足が伸びた状態のアミラをラインの両腕が音も立てずにキャッチする。


 何があったんですか。今。


「アミラちゃんが対応出来ないほどの踏み込みをカルがしただけだよ? カキ君には見えなかった?」


 心の内が思わず口に出ていたようで、平常運転らしきユビさんに告げられる。

 はい?いやいや、そんなはずは。

 これでも十年ばかし、死ぬほど鍛えられたんだ。

 ちょっとばかしの人外行動、俺にも見える。

 HAHAHA。


 たまたま瞬きした瞬間に全てが終わっていた。

 そうに違いない。

 それに対峙していたアミラは反応していたんだそうだ。

 遠目に見ていた俺に実力差を上乗せして考えても有り得ない。


「カキ君?」

「ハハハ! 当然、見えていました!」

「ほんとかなー?」

「あ! アミラ、大丈夫!?」


 自分でも結構、薄情者だと思う。

 何度か命を助けてもらっているアミラの安否を気にせずにいたのは、反省。

 たぶん、こいつは怖かったんだと思う。

 この地上、いやこの星でカルミアからの暴力への恐怖をものすごく理解出来る俺は、彼女の事を真っ先に心配してあげなければならない。


 色々と反省しつつアミラの下へと駆け寄ると、肉体の欠損は見受けられない。

 折れ曲がった右腕や腫れ上がった左頬以外には目立った外傷はない。

 既にラインが皮下注射の針をアミラの腕に打ち込んでいる。

 治療を手早く行っているラインを見ると、目で大丈夫だと教えてくれる。


「カキ」

「へい? はい」

「見えなかったのね?」

「え? いや……はい」


 カルミアの肘は近くで見るとごっそりと肉が消失している。

 投げかけられた言葉に反応しつつも、その歪な傷跡に目を奪われる。

 平然としてるけど、こっちは大丈夫なんだろうか。


「そう」

「……」

「あの子、カキと同じ年齢なのよね?」

「……はい」


 今まで感じた事がないような圧迫感を覚え、息苦しくてなってくる。

 言葉を理解して発するする事もままならない。

 目の前のカルミアの顔がまるで他人のように思える。


「カキ、あなたも母さんに見せてごらんなさい」

「……」


 手招きするカルミアは冗談を言っている雰囲気が一切ない。

 今までに受けた事がない、カルミアの割りと本気の暴力を受けるかもしれないという恐怖がとめどなく溢れ出す。

 銃口を頭に付きつけられている時よりも大きなプレッシャー。


「あ、あの、僕はその……」

「カル」

「……」

「少し待て。ユビ、嬢ちゃんを頼む」


 ラインがユビさんへとぐったりしたままのアミラを預け、こちらへと近づいてくる。

 膝をつき、目線を合わせたラインに懐かしさを覚えるも、体の震えは収まらない。

 両肩をがっちりと掴まれる。


「よく聞けよ、カキ。今のカルは危険な状態だ」


 ラインの言葉を聞きつつも、こちらを凝視するカルミア。

 その瞳は獣のそれで、俺を獲物として捉えているようにしか見えない。


「どうすれば?」

「死にたくなかったら絶対に逃げるな。嬢ちゃんのように立ち回れとは言わん。だが嬢ちゃんのような気概を見せろ。出来るな?」


 出来ません。



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